22.微笑み
よろしくお願いします。
ラトさんの猛追は、距離が離れてからが本番だった。
あの爆発する攻撃を嫌なところに乱れ打ちしてくる。
距離を徹底的に詰めさせない戦法だ。
近接戦闘をしなければならないこの状況において、それをされると為すすべがない。
毒は着々と体力を削っているが、気にするほどではない。
ただ、無視する訳にはいかない。
プレッシャーとしてはとても有効だ。
やっぱり、この人は強い。
「くっそ、近づけねぇ…!あの右手をなんとかしないとジリ貧だ」
謎の攻撃の正体は大体わかった。
ラトさんの隠れていた右手から飛んでくる白い物体が爆発したりする訳だ。
問題は、ほとんど際限なくそれを打ってくるということ。
「今日は、出目がいいですね。シンプルに戦えます」
身軽に動きながら確実に俺を狙いにくる。
実にやりづらい。
しかし、被弾はしていないから、毒による継続ダメージしか食らってない。
試合はラトさん優勢のまま、膠着状態になり始めた。
ふと、ラトさんが動きを止める。
俺はすかさず接近しようとするが、ラトさんは爆発を俺の目の前に起こして、距離を取った。
「ここまで長引くとは思いませんでした。<賽の宴は死と踊る>」
また、ラトさんの周りに光が瞬く。
右手に同じように光が集まって収束していく。
「少し、攻め方を変えなければいけませんかね」
俺は警戒を強め、彼の動きをよく見ようとした。
しかし、彼のその言葉こそが罠だったのかもしれない。
飛んできたのは今まで通りの白い何か。
軌道は俺の足元より少し手前。
「<3の目>」
それが地面につくやいなや、俺の視界は真っ白になった。
何が何やらわからない。
パニックになる前に、身体が動くか即座に確認する。
よし、動く!
とにかく後ろに飛び退いた。
何が起こるかわからない。
同じ場所に留まっていてはいいカモだ。
「視界が奪われてもそれだけ動けるとは、素晴らしい。では、行きますよ」
足音が聞こえる。
出来る限り動いて、見えないながらも抵抗を試みる。
小さい物体を第六感だけで避けるなんて曲芸はできないからな。
近くに爆発が起きる。
爆風が身体を掠める。
相当距離が近い。
しかし、動かなければ、直撃する。
爆風を感じたら、すぐさまステップを踏んで移動する。
次への警戒だ。
どこから来るのか。回らない頭で考える。
だが、次の瞬間。
「がっ…!」
俺は鈍い衝撃を腹部に感じて吹っ飛ばされていた。
目くらましの効果が切れたのか、うっすらと視界が戻ってくる。
まだぼやけるが、地面に横たわっているのは理解した。
身体を転がし、また場所を変える。
途端、目の前に爆風が発生した。
やはり、狙われていたようだ。
「これでも避けるとは、感服いたしました」
「…どの口が言ってんだ。試すようにえげつない攻撃を繰り返しやがって」
「否定はいたしません」
くそ。
この人は、マジでやばいな。
勝ち筋が見えない…。
カイムを召喚するか?
いや、状況が好転しないな。
会話する分、隙が出来そうだ。
目をつぶされたら、代わりに目になってくれるだろうか。
いや、あいつは悪魔だ。そんなことしない。
目の前に集中しよう。
ラトさんが微笑みを崩さず、静かに言った。
「それでは、そろそろおしまいにしましょうか。削り切りますよ」
「くっそ、一撃で伸してやるよ」
俺はなりふり構わず突進し、一撃で首を跳ねることにした。
俺が上回れるのはステータスで勝る速さだけ。
最高速で。前に。
「<5の目、乱れ桜>」
右手から白い物体がばら撒かれた。
爆撃が無差別に周囲で起きまくっている。
掠るし、ダメージも入るが、そんなもの関係ない。
先に首を取れば勝ちだ。
粉塵が飛び散りまくる中、俺は駆け抜けた。
あと、一歩。
踏み出す。
一閃。
「なめんなぁぁぁあ!!!」
確かな手ごたえ。
サーベルを振り切る。
「お見事」
「がっ…は…!」
ラトさんの声と共に、腹部に凄まじい衝撃が来た。
蹴られた!?
若干の浮遊感を感じる。
上に打ち上げられたか。
避けようのない、白い玉が迫る。
いや、よく見たら、サイコロか。
ってことは、まだなんか隠してやがったな…。
食えない執事だ。
「…勝てねーじゃん」
「<5の目>」
視界に爆炎が広がる。
痛みや熱気をほとんど感じないところが、いやにゲームらしい。
モロに爆発を食らった俺の体力は、消耗も相まってゼロになった。
すぐさま視界が暗転し、システムメッセージが表示される。
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<YOU LOSE>
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シンプルなのが、また。
視界が明るくなると、決闘を始める直前の立ち位置に戻っていた。
決闘内の死亡は、ゲーム上の死亡にカウントされない。
決闘中に死亡した場合は、初期位置に戻されるのだ。
これでアカウント制限なんて食らったら、みんな決闘で遊ばないからな。
目線の先にラトさんを見つける。
何を感じる間もなく、彼は深々とお辞儀をした。
虚を突かれた俺は、なんとなくそれに合わせる。
ウォォォォォォォオォ!!!!!!!
不意に大歓声が周囲から聞こえた。
慌てて周りを見渡すと、かなりのギャラリーができていた。城で働く人々だろうか。
そこそこの人数が、兵士達と共にこちらを見ている。
そして、歓声を上げ、拍手をしているのだ。
俺は少し状況が飲み込めなかった。
悔しいとかいう感情は、戸惑いにかき消される。
深々とお辞儀をしていたラトさんは、顔を上げるや、俺の元へ来て握手を求めた。
頭の回らない俺は、何も考えずにそれに応じる。
戦闘のほうが、まだわかりやすい。
「お疲れ様でした。私の我儘に付き合っていただき、ありがとうございます」
「いや、それは、もう……。つか、これなんなんすか?」
決闘の悔しさもある…はずなのだが、俺の関心はほとんど外に向いていた。
ラトさんはそんな俺を見て、またあの微笑みを崩さずに言った。
「あぁ、これですか。別に、大したことではないのです。私はこの城で、【筆頭執事】兼、戦術指南役をしていましてね。ここの人たちは私に一撃も加えられないのですよ。あなたとは違って」
「はぁ…」
正直、それがどうしたと思った。
NPCはもちろん、プレイヤーでも、この人とサシでやるのは難しいだろう。
俺も普通にやられたし。
しかし、ラトさんの話は続く。
「私の左腕を切り落とした。この事実が、彼らの希望に見えているのでしょう。オーブも使わず、こんなに戦えるのかと。私はプレイヤーの中でも恵まれたオーブを持っていますからね」
なんとなく、わかった。
腑に落ちない感じはあるが、それは個人差なのだろう。
それにしても何に対する希望なのか。
全員がラトさんと戦うわけでもなかろうに。
「なんで希望になるんすかね…。その、全員は戦わないでしょう?この城の使用人っぽい人もいっぱいいるみたいだし…」
ラトさんはそこで、いつもの微笑みよりも深く笑った。
「残念ながら、ここは使用人が全てプレイヤーでございます。つまり、全員が戦闘員でもあるのです。兵士だけはNPCですが、この国を愛したプレイヤーがこの国のために働いている。これが、“タルトレット”なのですよ」
「……マジすか」
なんだか想像を超えてしまって、俺の思考は止まった。
観客席にいる使用人っぽい人々は、拍手を送りながらも、優雅な姿勢が崩れない。
現実でできない第二の人生を謳歌しているのだと、今更ながら、OLAのキャッチコピーを思い出した。




