19.テンション
よろしくお願いします。
「あーっ!もう!かわいい!」
「ほぇ?」
ガタンと勢いよく立ち上がったユーカは、天を向いてそんなことを叫んだ。
パンナ姫が驚いて、気の抜けた声をあげる。
俺の腕の中でアリスはピクリと反応し、キューと鳴いた。
ユーカの勢いは衰えない。
俺は我慢できなかったユーカに心の内で共感していた。
「どうしてこんなにかわいいの!この部屋の小物も!雰囲気も!まとまっているのに、1つ1つが個性的でかわいくて、まるでかわいいもの博物館!そして何より、かわいいかわいいパンナちゃん!反則よ、反則!なにこの暴力的なまでにかわいい子!天使なの!?女神なの!?いや、女神までいかないわ。このあどけなさは女神には表現できない!女神を超える、人類の至宝!正確には、電脳世界の秘宝!通常のプレイヤーがたどり着けない特別な場所に、煌めいている小さな花…。もう、空間ごと食べしまいたいほど愛しい…。つらい…。もうここが私の死に場所…」
「し、死ぬな、ユーカ!まだ世界にはかわいいものが…!」
「尊い命を、守りたい…」
馬鹿みたいに語ったユーカは、がくりと崩れ落ちた。
俺はいつものノリでユーカぁぁ!と叫びそうになったが、流石に自制した。
思い出したのだ。ここがパンナ姫の部屋だと言うことを。
ユーカは重度のかわいいもの好きだ。
特に美少女が好きで、たまにこうして発作を起こす。
いつもは現実で画像を漁りながら唸っているのだが、ゲームの中、しかもこんな場面で暴走するとは…。
のってしまった俺も俺だが、かわいいは正義だから仕方がない。
問題はこのことで大変なデメリットが降りかかるかもしれないことだが…。
そっとパンナ姫の方に目を向けると、うつむいて体をふるふると震わせていた。
やばいことでもしてしまったか。
気になって彼女の様子を注視する。
小さな手は頬にあてられている。
うなっているユーカの声で聞き取りづらいが、かすかに声が聞こえてきた。
「か、かわいいって、かわいいって言ってくれた…!どうしよう、どうしたらいいんだろう…!うれしいなぁ…!」
「がっはぁっ…!」
ユーカは二度死んだ。
つぶやきが聞こえてしまったのだろう。
そばに控える侍女の人たちも苦しそうにしている。
完全に、パンナ姫の世界が出来上がっていた。
そして、決意したようにグッと手を握って、ユーカに言う。
「あ、あのっ、ありがとう!うれしい!」
「……っっ!!!」
ユーカは三度目の死を迎えた。
「私は、もう、人生に悔いはないわ…」
これが彼女の最後の言葉だった。
って、言うわけにもいかない。
俺はできる限り平静を装って声を上げた。
「あ、あの!パンナ様はこいつに触りたいんじゃないですか?」
アリスをパンナ姫の前に掲げる。
キュイ?と首をかしげるアリスは、まっすぐにパンナ姫を見つめた。
パンナ姫な子どもらしく、歓声を上げて本来の目的を思い出したようだった。
手を伸ばしながら、彼女が言う。
「うわぁ、かわいい!本物だぁ…!白くてきれい…。触ってもいいの?」
「もちろんですよ。そのために来たんですから」
悶えてる方々はまだ少しかかりそうなので、姫には先にアリスと触れ合ってもらおう。
姫もとても楽しみだったようで、彼女の瞳はキラキラと輝いている。
アリスは周りに興味を示しまくってはいるが、暴れる様子もなく、パンナ姫の腕に収まっていった。
パンナ姫は、とても慎重にアリスを受け取り、ぎこちなく背中を撫ではじめた。
俺はあんまりアリスを撫でたりしないから、嬉しいかもしれないな。
「すごい、硬いのにフサフサしてるみたい。不思議。竜ってみんなこうなのかな…」
アリスの体は確かに毛で覆われている。しかし、その毛が特殊なんだと思う。
ほとんど抜けないし、集まればかなり硬い。
竜が見かけによらず強い理由がわかるというものだ。
アリスはたまにキュキュと鳴きながら、されるがままになっていた。
パンナ姫はアリスのことを興味深く観察しながら、手を動かし続けている。
その姿もとても絵になるが、だんだんと悶えていた人々が復活しはじめた。
侍女の方々は流石なもので何事もなかったかのように、元の位置でいつも通りの顔をしている。
ユーカはヨロヨロとしているが、少しずつ持ち直して来たようだ。
「そうだわ!あなたたちと、この子の名前を聞いてなかったわね!名前を教えてくれない?その、お友達になりたいの…」
「はぁっ…!わ、私は…ユーカよ…。ちょっと、頑張ってなれるわね…」
ユーカがまた発作を起こしている。
今回はなかなか我慢したな。
あと少しでちゃんと話せるようになるだろう。
「俺はカゲツって言います。もう一人がコータで、その子はアリス」
「アリス!とってもかわいい名前ね。ねぇ、アリスにお洋服は着せないのかしら?」
洋服を着せる…?
そんな発想はなかったな。
やっぱり、女の子は考えることは違うね。
すると、ユーカがいきなり反応した。
「そうね!なんで考えなかったのかしら!やっぱり、パンナちゃんはかわいいものに敏感なのね!」
「えへへ、アリスちゃんて、女の子みたいだったから…」
うんうんと大きくうなずくユーカ。
これは、別のスイッチ入ったな。
ていうか、さっきからユーカは敬語を使ってないんだが大丈夫だろうか?
「ねぇ、パンナちゃん。私、【仕立屋】なんだけど、どんな服を作ってあげたいとかある?材料があれば、すぐに作ってあげられるわよ」
「ほんとに!?私もね!【蒐集家】なの!材料なら、多分いっぱいあるよ!」
ん?
姫なのに【蒐集家】でいいのか?
「そうなんだ!じゃあ、好きなものが作れそうね。私の今までに作った服のデザインがこのカタログにあるんだけど、気に入ったのがあればそれをベースに作りましょう」
「へー!へー!いいないいな!みせて!」
パンナ姫はテンションが上がったのか、ユーカの元へ来て、ユーカの膝に乗った。
どうやら、ユーカがストレージから出したカタログを早く見たかったらしい。
仕事モードのユーカは全くソワソワするそぶりも見せない。
なんか、つくづく変わった人間だな、ユーカは。
「へぇ、本当にいろんな服を作っているのね…。今着てる服もかわいいし、ユーカお姉ちゃんはすごいわ!」
「ありがとう。何かアリスちゃんに似合いそうなデザインでもあった?」
「んー、どうしようかなぁ…。みんなかわいいから迷っちゃうよ…」
パンナ姫はパラパラとカタログをめくり、真剣に悩んでいるようだ。
当のアリスはパンナ姫の腕の中でくぁとあくびをしている。
「んー。…ん?ねえねえ、このお洋服って、クーレちゃんの来てるやつとおんなじじゃない?わざわざ同じようなデザイン作ったの?」
「あ。いや、それは…」
「わかった!ユーカお姉ちゃん、実は、クーレちゃんの服まで作れるすごい人なんだ!」
おぉ?いや、まさかそんなことはないだろう…。
ん?ユーカの様子がおかしい?
ってことは、え!?
「…パンナちゃん。そのことはあまり言っちゃだめよ?なるべく隠してるの。それに、あの子とは友達だから服を作ってるっていうのもあるの。専属でもないし、全然大したことないんだから」
「すごい!私とクーレもお友達になったの!なんて偶然!最高の日ね!」
パンナ姫のテンションの上がりようは尋常じゃなかった。
俺の驚きもとんでもない。
なんか、コータもユーカもすごくて遠い気がするなあ…。
「そうだ!お茶会をしましょう!三人で!クーレちゃんも今日までは暇だって言ってたの!」
「あー、それは私と会う約束をしてたからね。王城で再会ってなかなかロマンチックかも。女の子同士だけど」
なんか、数分で置いて行かれたなあ…。
男には出番がなさそうだ。
これは休憩してもいい奴かな。
そう思った矢先、盛り上がっていたユーカから、声がかかった。
「ね、カゲツ、お使いに行ってきてくれない?」
「え?」
「お茶会するにはいろんなものが足りないのよ」
「ごめんなさい。ちょっと在庫が切れてて…」
普段、ユーカだけだったらこんなお使いにはいかない。
でも、今回はパンナ姫がいるから行ってあげよう。
「で、何が必要なの?」
「“フルーティオの森”にある茶葉とフルーツ。それから、あなたの就職ね」
「就職?」
どうやら、俺はまた面倒なことをしなければいけないらしい…。




