18.パンナ姫
よろしくお願いします。
どういう仕組みか、“天馬車”はほとんど揺れない快適な空の旅を演出してくれた。
夜の“タルトレット”を上から眺めるのは、とても気持ちの良いものだったが、向かっている場所のことを思うと緊張してくる。
馬車の中でも、ラトさんは終始穏やかな笑みを浮かべており、何を考えているのか全くわからない。
騙してる訳じゃないってことは確定でいいのだろうけど、観光ガイドまで始めるなんて、プレイヤーのはずなのにこんなに世界に馴染んでる人がいるんだろうかって驚く。
「さて、いよいよ近づいて参りました。我が国の顔とも呼べる“タルトレット城”です。着陸の際、若干揺れますのでご注意を」
城は、“タルトレット”という名前にもかかわらず、クッキーの柄のレンガを中心に造られているようだった。
もちろん、建物の意匠の1つ1つがタルトをイメージしたようなものではある。
ただ、総合的に見てお菓子感が出るような、ファンシーな装飾をしている。
「マジで来ちゃったね。城」
「あぁ、さすがに俺も経験ないな…」
「私もよ…。礼儀とか言われたらどうしよう…」
俺たちの心配をよそに、“天馬車”は豪奢な城の塔の屋上に停まった、
いくつかある城の塔の中でも、少し辺鄙な所にある塔だった。
「どうぞ皆様。姫様はお忍びで会われるとのことなので、ここで経験したことを他言しないようにお願いします。ちなみに、謁見のようなことはございませんので、仰々しい礼儀は必要ありませんよ」
ラトさんの言葉にちょっと安心した。
しかし、油断は禁物だ。お姫様なんて何を考えているかわからない。
第一、俺たちは本物のお姫様を知らないしな。
塔の屋上から内部に入っていく。
内装はそこまでお菓子感はない。
せいぜい小物の意匠がカラフルで乙女チックなだけだ。
城の内部は広く、どこへ行くにも時間がかかりそうなイメージだったが、目的地には案外と早く着いた。
そこには、観音開きのクッキーの扉があり、衛兵らしき人が脇に2人立っていた。
「こちらです。少しお待ちください」
ラトさんはお辞儀をしてから扉の前に立つと、慣れた手つきでノックを3回した。
一呼吸おいて、室内に呼びかける。
「パンナ様!お客人をお連れしました!国境の警備兵から報告のあった、“アルカディアドラゴン”を引き連れているプレイヤーです!」
途端、室内がガタガタとうるさくなった。
大きな声が聞こえる。
「ラト!ありがとう!そこにいらっしゃるのね!ちょっと待ってて!今片付けるわ!」
パンナ姫の声は、想像よりもずっと無邪気で幼かった。
高慢で頭のかたいお嬢様をイメージしていたから、毒気を抜かれた。
いや、何か呼びつけてくるお嬢様ってそうなのかなって…。多分、そういう本とかを読んでたからだと思うけれど。
「おまたせ!わざわざありがとう!さ!入って!」
元気な声とともに、扉がバタンと開く。
空色の生地にお菓子のアクセサリーをたくさんあしらったドレスが、ふわりと揺れる。
大きな音と、いきなり飛び出してきた少女にラトさん以外のその場にいた人間全員が、少し驚いた。
ラトさんは、ほとんど無表情で咳ばらいを1つした。
「パンナ様。それはいけません。扉はおしとやかに、ゆっくりと開けるものだと何度も言っているでしょう」
「えー、でも、今日ぐらいいいじゃない」
頬を膨らませて不満を表す姿は、どこまでも無垢な少女だ。
ラトさんは、さながら孫を諭すおじいさんのように、優しく、けれど淡々と言い聞かせる。
「なりません。普段の行いが大事な時にも出てしまうものなのです。もう一度やり直しましょう。今日は、ちゃんとするのはそれだけでいいですから」
「むぅ…。しょうがないなぁ。これだけだからね?」
拗ねたようにふるまいながらも、パンナ姫は、居住まいを正した。
そして、美しいカーテシーとともに、かわいらしい声で名乗った。
「はじめまして。私、タルトレット王国第二王女のパンナ・シュガーでございます」
綺麗な金髪がふわりと揺れる。
顔を上げてにこりと微笑む姿は、何かのプロモーションに使われてもおかしくないくらいの魅力があった。
そりゃ、公式が精魂込めて作ったキャラクターなら、それくらい完成度が高くてもおかしくないんだけど。
しかし、人を魅了するようなしぐさはその一瞬だけだった。
元の姿勢に戻ったかと思うと、人懐っこい満面の笑みに戻って、元気な声をあげた。
「はい!これでいいよね!みなさん!早く入って!私の部屋の中でおしゃべりしましょう!本当はダメなんだけど、今日は大丈夫だから、早く!」
「え、ちょ、ちょっと!」
一番近くにいたユーカが手を引かれ、部屋の中に連れていかれた。
ラトさんは苦笑いをしながら、俺たちにお辞儀をした。
「パンナ様はこのような方なのです。まだ子どもですので、いろいろとご迷惑をおかけするかもしれませんが、相手をしてあげてくださいませ」
「え、いや、そんな…」
俺は戸惑って何も言えないし、コータは何やら複雑な面持ちをしている。
気になったので、こっそりとコータに質問してみる。
「どうしたの?」
「いや、あんまり子どもは得意じゃなくてな。その、俺には厳しいかなと…」
「えっ、そうなの?確かに大好きってイメージはないけど…」
「うるせぇな」
このやり取りをしっかりと聞いていたラトさんが、優しいトーンで提案してきた。
「それでは、別行動となってしまいますが、城の訓練場でも案内しましょうか?パンナ様は侍女が世話を焼くはずなので、私はいなくても大丈夫ですし」
「いいんですか?」
「もちろんです」
ラトさん、めっちゃ優しいな。
というか、この人の目と耳良すぎでは?
でも、おかげでコータも我慢とかしなくてよさそうかな。
「だってよ、コータ。めったにないチャンスじゃない?」
「あ、あぁ、確かにそうだな…。なんか、さっき疑ったりした分際でアレなんですが、頼んでもいいすかね…」
なんか、敬語のコータ久しぶりに見た。
先生ともろくに話してないから、いつもあのふてぶてしい口調だよね。
敬語はなんか、新鮮。
「ええ、連れてきた責任は私にありますので」
「よかったね、コータ。ユーカには俺から言っとくね」
「お、う。頼んだ」
「ラトー!早くほかの方も案内してあげて―!」
予定が決まったのを見計らったかのように、中から声が聞こえた。
どうやら、パンナ姫が待ちかねているらしい。
きっと、俺の頭の上でくつろいでいるアリスを。
「さ、それでは、行きましょうか。訓練場はあちらです。報酬はお帰りの際にお支払いしますので」
「はーい。ありがとうございました。コータ、あとでね」
「あぁ、じゃあな」
俺はコータとラトさんと扉の前で別れ、パンナ姫の部屋の中に入った。
かわいらしい壁紙や小物で統一された室内は、とても女の子らしい。
“フェアリーランプ”のランタンもいくつかあって、頭の上のアリスがそれに反応していた。
「お前はモンスターの分類だろうに、なんでこれが好きなんだろうなあ」
暴れると落ちるので、アリスを腕の中に移動させる。
「来たみたいね!こっちよ!」
声のする方を向くと、かわいい装飾のソファーに、ちょこんとパンナ姫が腰かけているのがみえる。
テーブルをはさんで反対側には、ユーカがソワソワしながら座っていた。
俺はなるべく自然に、余裕のある顔でそちらへ向かう。
「今日は本当に来てくれてありがとう!私、好きなものがあると、直接見たくなっちゃう癖があってね?特に動物が大好きで、庭に何匹も飼っているのよ!この部屋のものも、みーんなコレクションなの!かわいいでしょ!」
「はい、すごくかわいいと思いますよ」
「えへへ、ありがとー」
はにかむパンナ姫から目をそらさず、俺はユーカの隣に腰を下ろす。
そして、小声でユーカに問う。
「この部屋、かわいいもの多すぎで、やばいんだけど、ユーカは?」
ふるふると唇を震わせたユーカは、答えようとして、口をつぐんだ。
そこへ、パンナ姫が心配そうに聞いてくる。
「どうしたの?お姉さん、具合悪いの?」
角度が、まずかったかもしれない。
伏し目がちだったユーカの顔をパンナ姫が覗き込んだものだから、上目づかいの美少女を、ユーカはまともに見てしまった。
恐らく、ここでユーカの何かが切れた。




