16.一歩目
よろしくお願いします。
土煙にまみれ、牛の間をどうにかこうにかくぐり抜けた。
引かれそうになったり、踏まれそうになったり、突進されて吹き飛ばされたりと散々な目にあいながらも、大移動をしていた“大角牛”は全て倒すことができた。
生き生きとした顔でサーベルや戦闘斧を使っていた2人は、満足そうに武器を納めた。
割と体力を削られ、ゼェハァと肩で息をしている俺とは大違いだ。
「カゲツ、レベルは上がったか?」
「い、一応、19になったよ」
「まだ貧弱ね」
ユーカの辛辣な言葉にも、言い返すだけの余力がなかった。
気づけば、コータが召喚したカイムが俺たちの近くまでやって来ていた。
「お疲れ様でした。お預かりしていた竜の子をお返ししに参りました」
「あ、ありがとうございます…」
ヨロヨロと腕を伸ばし、アリスを受け取る。
まだアリスは夢の中にいるらしい。
丸まって、幸せそうに目を閉じている。
俺がこんなに大変な目にあったって言うのに…!
でも、寝顔はやっぱりめっちゃ可愛い。
最近撮りすぎな気もするけど、でもやっぱりスクリーンショット撮っておこう。
可愛いは正義。可愛いものこそ素晴らしい。
「またスクリーンショット撮ってる。飽きないわね」
「病気みたいなもんだろ。ほっとけばいい。カイム、また頼む」
「承知」
カイムは黒い炎に包まれて消えた。
コータの悪口を聞かなかったことにして、俺はアリスを頭の上に乗せる。
うん、やっぱりいい感じにフィットする。
「さて、ここからどう進んだらいいの?」
「…有耶無耶にする気ね。まぁ、いいわ。遠くの方に、緑っぽいのが見えない?」
ユーカが呆れながらさらに西の方を指す。
よく目を凝らすと、たしかにうっすらと緑っぽい色が見える気がする。
「あれが“タルトレット”周辺の森、“フルーティオ森林”だ。あそこを抜ければすぐに着く」
「了解。またやばい戦闘とかにはならないよな?」
「多分大丈夫よ。このエリアで2番目にやばいのがさっきのだから。滅多な事じゃなければ、下級のモンスターがいくらか出てくるくらいじゃない?」
下級モンスターか。結構動けるようになったから、下級モンスターくらいなら結構居ても動ける気がするけど、2番目って言うのが気になる…。
「ちなみに、1番やばいのは、どんなやつなの?」
「そりゃあ、エリア竜種モンスターの“荒野竜”だ。同じ竜種とはいえ、“アルカディアドラゴン”とは比べ物にならない強さらしい。いわゆるレイドボスだな」
「“アルカディアドラゴン”が竜種最弱なのは、レイドボスじゃないからって言うのが大きいわよね。他の竜種は単独討伐なんてできないもの」
「なるほどね。と言うことは、通常ではまず現れないってことだな」
「そうだな。流石に竜種は俺も厳しい」
よかった。なんとか無事に着けそうだ。
今までよりも、若干足取りが軽くなる。
これなら、今日中に到着しそうだな。
土色一色だった視界には、だんだんと緑が混じり始め、土の感触も変わってきた。
あちこちに見える下級モンスターは、敵対意識の低いものが多く、ほとんど戦闘にならない。
群れで襲いかかってくるモンスターが多かったため、群れらしき影がないかと気にしていたが、取り越し苦労だった。
少しずつ日が傾いてきて、世界に暗闇が迫ってきた。
「夜も進んで大丈夫?一回昼になるまで休憩してもいいよ?」
「夜こそ、この辺が綺麗になるのよ、休憩なんてするわけないでしょ」
「えぇ、あんなに歩くの嫌がってたのに…」
「この辺は特別なの。“タルトレット”周辺の夜は名観光地だから。とってもロマンチックな風景が見えるのよ」
そんなスポットがあるとは知らなかった。
夕暮れの世界は怪しい闇が忍び寄ってきている。
間近に見えてきた森は、その闇を纏って不気味にうごめいているように感じる。
そんな場所が夜にはロマンチックな風景に変わるとは考え難い。
「そろそろだな。“フェアリーランプ”の開花が始まる」
コータのつぶやきが合図だったかのように、オレンジ色の淡い光があちらこちらから立ち上り始めた。
それは時間とともに森の全体に広がっていき、暗闇を照らすランタンが広がっていくような幻想的空間を演出する。
「何度見てもいいものね。これがあるだけでここに来る価値があるわ」
「すっごいきれいだけど、これはどういうわけでこんな景色が生まれてるの?」
俺は、だらしない表情をしながら2人の顔も見ずに聞いた。
聞こえるコータの声も、いつもより心なしか柔らかい。
「これは、“フェアリーランプ”という植物が発する光が起こしてるんだ。光に集まった虫を食べるんだと。そして、こいつらは甘い蜜をため込む。お菓子の国にはうってつけの植物ってことだな。そういう運営の意思もあってか、ここには群生してるんだ」
「夜になると、一斉に開花する花か…」
森の入り口に着き、獣道のような小路に入った。
森の中に入ると“フェアリーランプ”の光は一層美しく見える。
小路の脇に、導くように連なる光が非日常の景観を強調しているようだ。
「キュイ」
頭の上から声がした。
アリスがようやっと起きたのだろう。
寝すぎて気分が悪くならないのかと心配になるほど彼女は寝ていた。
起きているアリスと触れ合いたい気持ちと、アリスの寝顔を撮りたい気持ちとがせめぎあうから、俺は アリスを絶対に起こさないけど。
「キュイ!キュイ!」
起きて早々、アリスは興奮したように頭の上を飛び跳ねる。
何事かと思っていると、アリスが急に飛びたち周囲を滑空し始めた。
「どうしたんだろう?」
「“フェアリーランプ”が気に入ったんじゃない?」
ユーカが横から言う。
なるほど。確かに興味深そうにそこいらの光を観察している。
微笑ましく見ていたが、コータは苦笑していた。
「残念だなぁ、アリス。これは光る状態で採取できないんだよ」
「キュイ?」
「そうなんだ。それは、アイテム的にってこと?」
俺は首をかしげるアリスを捕まえながら聞いた。
コータは頷き答える。
「そうだ。“フェアリーランプ”は基本的に採取すると“フェアリーランプの蜜”というアイテムになる。まぁ、ゲーム的な仕様でそのまま採取できずに、素材だけが残るってことだな。ほら、木を切って木材を作ったのと同じ原理だよ」
「ああ、そういえばそうだったね」
「でも、生きているまま丸ごと採取できる【職業】があるって聞いたわよ?」
何だって?
それはなかなか面白そう。
【職業】探しをしている俺にはピッタリじゃないか。
「確かにそういう【職業】はある。特に“タルトレット”には多い」
「私が知ってるのは【蒐集家】と【研究者】系の【職業】の人たち」
「旨みがそこまでないから、生産職のサポーターとして生きるか、芸術家になるかでなければ、まずみんながならない【職業】だな。大体の人間は戦闘職に行くわけだし」
「そうね、無職よりはマシだけど」
「…くっ、言い返せない自分が悔しい」
でも、いいことを聞いた気がする。
具体的な【職業】が二つも分かったのは今後のためになりそう。
それにしても…。
「“タルトレット”が目の前にあるわけだけど、こんなにメルヘンチックになるものなの?」
“フルーティオの森”を抜け、目の前に広がるのは“タルトレット”の入り口。
内側に見えるのは“フェアリーランプ”が沢山飾られているかのような、淡いオレンジに包まれたお菓子の国。
屋根も、壁も、床も、すべてがお菓子の色合い、お菓子の雰囲気。
淡く照らすオレンジは、それらの味を滲み出させるようにやさしい。
「“タルトレット”名物、“フェアリーランプ”のランタン照明だ」
「さっき言った【職業】の人がこの国に多いのは、これを作るためよ」
俺は何となくその光景から目が離せず、口を半開きにして、ただ前を見ていた。
「ボケっとするな。入るぞ」
「そうね、きれいなのはわかるけど、せっかくの新しい場所、楽しまないと損よ?」
「…うん」
俺は、2人に手を引かれ、ついにお菓子の国“タルトレット”に足を踏み入れた。




