15.旅路
よろしくお願いします。
OLAでは一度行った街やエリアにはワープできる機能がある。
街と街を移動する時はこれを利用するのが一般的なのだが、俺は初心者。当然、他の街には行ったことはない。ということは、次のイベントが開催されるという“タルトレット”まで、徒歩で移動しなければならない訳で…。
「ねぇ、ほんとに歩くわけ?しかも依頼こなしながらとか正気?」
「当たり前だろう。いくら俺たちがチームとはいえ、カゲツを低レベルにしておくわけにいかないからな。次のイベントに参加するわけだし」
「なんかごめん」
こういうことになるのだ。
俺たちが今歩いているのは、“大アルカディア荒野”。これをずっと西に行ったところに目的地である“タルトレット”があるのだという。
道中何もしないのは効率が悪いと、3人で受けた依頼が、“大アルカディア荒野”に生息する“大角牛”を10頭討伐するというもの。
難易度としてはそこまで難しくはない。ただ、ユーカの不満はそこではないのだ。
「だからといって、徒歩はどうなのよ?“大アルカディア荒野”って、マップめちゃくちゃ広いじゃない。ポップするモンスターも多めだし…」
「仕方ないよ。高速鉄道とか使うとモンスターと出会えないし」
「それに、高速鉄道はなかなか値が張る。初心者で、金もロクに持ってないカゲツには払えない」
「ちょっと貸してあげればよかったじゃない!」
「俺は人に金は貸さない。そして、お前は忘れているようだが、一番の目的はカゲツの強化だ。そこそこ動けるとはいえ、【職業】を未だに持たない基礎レベル18のプレイヤーだぞ?舐められるに決まってるだろうが」
「決まってるんだ…」
あの依頼を受けた時よりは3レベルも上がったのに、まだまだ初心者の域を出ない。その上、【職業】がないと舐められるのはほぼ確実らしい。
理由を尋ねると、追加ステータスと技能の有無が原因のようだ。
「一般的に、戦闘職は各種ステータス値の上昇と、戦闘用技能の習得ができる。生産職でも、ステータスは上昇するし、生産の技能を習得できる。これは、OLAをプレイする上でかなり重要な要素になってくるんだよ」
「私は【仕立屋】で戦闘用ではないけど、技能である“縫製”は自分でオリジナルアイテムを作れたりするから便利だし、【職業】ステータスの底上げのおかげで並みの戦闘職と同じくらいの能力値になってるのよ。基礎レベルだけをあげててもどうしても限界が来るのよね。生産職にも負けるんだから」
「うぅ、無職にはつらい世の中だ…」
「【フリーター】ってやつも【ニート】ってやつも存在してるぞ?補正は小さいけど、割と特殊な技能を使えるから好きでそうなる人もいるからな」
「えぇ…」
無職って、本当に無職なのかよ。
【フリーター】も【ニート】も【職業】の中に入ってるとか謎すぎるだろ。
あー、早く【職業】決めないといけないなぁ。
「けどさ、どんな【職業】になればいいか、全然わかんないんだよな。ます、何があるのかもわかんないし…」
「そんなの、誰にもわからんぞ。このゲームの【職業】は、オーブ並みに未知数だ。ま、隠し要素が多いってことだな」
コータは簡単に言うが、全容も知らないのに決めるのは個人的に嫌なんだよなあ。
また、堂々巡りになりそうだ。
そんなことを思った時、ユーカがあっけらかんと言った。
「そんなに悩むことないのよ。これはあなたの第2の人生なんだから、夢を叶えるとか、現実じゃなれないものになるとか。なんでもありなの。あなたの場合は、アリスがいるんだから、モンスターをテイムできる【職業】から絞るとかもできるんだから。簡単に考えなさい。シナリオのないゲームは、自分で遊び方を決められるのよ」
「なるほど。確かに…」
頭の上で昼寝をしているアリスが、若干身動きをした。
その存在を改めて感じながら、【職業】について再考する。
ユーカの言ったように、このゲームの遊び方は特に決まっていない。
生産職で遊ぶ人が一定数いるように、自由に目標を決めて遊べばいいのだ。
じゃあ、俺はどうしようか。
リアルでできない仕事でもするか?なにかのイベント1位を目指すか?
うーん、なんとも悩ましい…。
「まぁ、ゆっくり考えろ。どうせ職に就けるのは、次の都市に着いてからだ」
「そうね、ネットで検索すれば、カタログも見られると思うわ」
「わかった。イベントまでには決めないとな」
歩きながら物事を考えるのは疲れる。
一回保留と決まった途端、若干心が軽くなったのは、後回し癖のせいかな。
アリスがクァとあくびをして、頭の上で伸びている。
こんなに小さな竜が、大きくなるなんて不思議だ。
育てていればちゃんと大きくなるのだろうか。
なんてことを思っていると、遠くの方に土煙が見えた。
「見つけたぞ。あの土煙の下に、“大角牛”がいる。大移動中だ」
「大移動?」
俺は槍を構えて、土煙の方をよく見た。
しかしまだ、煙以外は見えてこない。
「カゲツは、もう少し公式設定資料を見たほうがいいかもね。大移動は、“大角牛”が餌場を変える時に起こる現象よ。4,50匹の群れが一気に移動するから、ものすごい土煙が上がるのが特徴。NPCならみんな知ってる常識なの」
「へぇ、OLAってすごい細かいところまで作り込んでるんだな」
「何呑気にしてんだ。土煙の進路から早く外れるぞ」
「え?ターゲットが来るんじゃないの?」
「バカ。どれだけの数の牛に引かれるつもり?NPCの常識ってことはつまり、危険だってことなのよ?」
「マ、マジか…」
そんな危険な依頼を受けるんじゃねーよと、コータに言おうと思ったが、コータはやけに楽しそうな表情をしている。
退避しながら何事かと見ていると、おもむろにサーベルを抜き始めた。
「お前ら、少し遠くに逃げるぞ。あの群れは今から大混乱に陥って、暴走するからな」
「え?それって…」
コータのサーベルに嵌まっている宝珠がキラリと光る。
コータはそれをひと撫ですると、案の定叫んだ。
「“召喚型”!!<囁き拾いの大悪魔>!!!」
お馴染みの黒い炎がから、お馴染みのイケオジ様が姿を現す。
彼はいつも通りに恭しく一礼する。
「お呼びですか、ご主人」
「いつも通り、あの群れを混乱させるぞ」
「ちょっとコータ!」
何となく怖くなってコータを止めに入るが、時すでに遅く…。
「街に歩いて行くなんて久しぶりだからな。ちょっと遊びたくなったんだ。許せ」
「悪魔のささやきを聞きなさい」
カイムの呪文が唱えられた。
ぶもぉぉぉぉと、土煙の方がにわかに騒がしくなる。
割と近くまで来ていた土煙は、ある一か所に固まり、さらに激しく煙を上げ始めた。
振動がこちらにまで伝わってこようかという大混乱がそこでは起きていた。
俺は嫌な予感を感じて、2人に聞いた。
「ねぇ、ここからどうするつもりなのかな?」
2人は息ぴったりに答えた。
「「突っ込む」わ」
「えぇぇぇ…」
即座に離れていこうとする俺を、2人の腕が掴んだ。
「お前のために、この依頼を受けてこうして手伝ってるんだ。逃げるなんて言わないよな?」
「私はほんとは歩きたくなかったわけ。ここらでストレス発散してもいいわよね?」
俺はどちらにも首を縦に振らざるを得ず、最後の頼みであるアリスを、頭の上から腕の中へ移動させる。
アリスはまだ気持ちよさそうにまどろんでいる。
「俺は、あんまりアリスを危ないところに連れていきたくないなあと思うんだけど…」
コータはにこにことした笑顔で、俺の腕からアリスを奪い去り、イケオジ様に渡した。
「カイム、こいつの子守りくらいできるよな?」
「もちろんでございます」
「じゃあ、頼んだ」
短いやり取りの後、俺に残された道はただ一つ。
「行こうか。カゲツ」
「…うん」
暴れ牛がパーティーを開いている会場に、俺はドナドナされていった。
…レベル、上がるといいなあ。




