12.終わりは突然に
よろしくお願いします。
暴走した“森の王者”は、割と長いこと壁の方で留まっていた。
恐らく視認している敵の中で直線距離が1番近い者に襲い掛かるのだろう。
俺はなるべく息を潜めて、限られた範囲内で、どのように逃げれば良いかと考えを巡らせていた。同時に、持っていた回復アイテムも目一杯使っておく。これで先程のように、直撃を避ければ、もう一回は耐えられる筈だ。
暴走してもしなくても、奴の攻撃の単調さは変わらない。
しかし、恐ろしいのはその攻撃範囲だ。
横薙ぎに振るう腕は、軽いステップでは回避しきれない。思い切り走ったり、跳んだりしなければ、確実に当たってしまう。暴走状態は、今までよりさらにその範囲が広がっているような気もする。
一撃でも食らったら、即死も同然の攻撃でこの広範囲は怖い。
加えて、攻撃間隔の短さは相変わらずで、なんなら若干激しくなっている。
どうやったらこの状況で生き残れるのか…。
ただひたすらに考えて、様子を伺う。
気づかれたら死が迫ってくる。
この緊張が永遠に続くようにも思われた。
そして、その緊張はにわかに破られる。
「しつこい!最後まで見届けたかったが、俺はもう逃げるぜ!頑張れよ、初心者!」
キャップが壁の反対側へ飛び降りた。
カシャンという金属音が響き、何かに着地したことがわかる。
“森の王者”はしばらく壁を殴ってウロウロしていたものの、やがて周りを見渡し始めた。
限られたこの空間で、見つからない訳がない。
あと、1分を切っていた。
びっくりするほどの速度で、奴が近づいてくる。
最悪1撃食らうにも、ここではすぐ後ろが壁だ。確実にタコ殴りにされる。
まずは、ここから移動するのが先決。
拳を振り上げ近づいてきた怪物をよく見る。まだ余裕がある。
十分に引きつけてから、一気に奴に向かって走り出す。
勢いづいている奴の拳は、そう簡単に軌道を変えられないだろう。
なんて、空想はなかった。思い切り俺の頭の位置に合わせて、薙ぎ払い攻撃をしてくる。
一応、予想通り。
あとはここで思い切り、スライディング!
ズザザザと音を立てて、“森の王者”の足下を抜けていく。
きっとあいつには、ターゲットがいきなり消えたように見えているはずだ。
結構な速さで景色が後ろに流れていく。
これは抜けられるかと思った瞬間に、衝撃が俺を襲った。
「…っ!!!!」
吹き飛ぶ自分の体を、どうにか調整しようともがく。
それが功を奏したのか、何とか遠くへ移動することができた。
しっかり当たらなかったのか、体力は残り3割ほどだ。
オーブの鑑定完了まで、残り30秒。
あと少し。耐えろ、俺。
“森の王者”の次の攻撃が目の前まで迫っている。
行けるか…?
「グルァァァアァァァ!!」
絶望が、すぐ前にあった。
だが、天は見放していなかったみたいだ。
突如、地面を大きな揺れが襲った。
“森の王者”は体勢を崩して、片膝を地面に着いた。
俺も若干の間、揺れに耐える。
壁の向こうからすさまじい音が聞こえるってことは、これはユーカの攻撃の結果か。
地面揺らすとかどんな攻撃力してんだよ。
でも、ありがとう。
おかげでオーブの鑑定が終わった…!
「“拓く航路、反転する潮流、燃え盛る灯は此方に…”」
壁が消えた。
ユーカがもう一人を倒したのだろう。
後はもう、こいつをどうにかするだけだ。
怪物はもう俺に狙いを定めなおしている。
詠唱、間に合えっ…!
「“迷える魂よ、泡末の現へ” <外ツ國、還リ來タル禍ツ舟>
俺の指輪から、光がほとばしった。
その奔流は天空へと昇っていく。
もう一度眩い閃光を放つと、今度は大きな魔法陣に形を変えた。
急降下してきたそれは、地面に着くなり輝きを黒く変え、大きな竜のシルエットになった。
「再び、この足で地上に立てることを感謝しなければなりませんね」
シルエットの竜から美しい声が聞こえた。
オーブを使うのも初めてだし、説明もろくに読まずに使ったものだから、何が起こっているのか自分でもわからない。
黒いシルエットはだんだんと鮮明な色に変わっていき、正体があらわになる。
それは、この間助けられなかったはずの“アルカディアドラゴン”だった。
「なんでだ…?」
「その話は後にしましょう」
穏やかに言う竜は、目の前の“森の王者”に向かい合う。
「今は、これを何とかしなければいけないのでしょう?」
「できるのか?」
「もちろん」
大きな口の端が少し上がり、笑ったように見えた。
「この程度のモンスターは、私の敵じゃありませんから」
一瞬で竜が出てきたことに戸惑っていたのか、動きを止めていた“森の王者”が気づけばまた動き出している。
そちらを一瞥した“アルカディアドラゴン”は、スッと息を吸い込んで、大音量の咆哮とともに、燃え盛る炎を吐き出した。
「グギャァァァァァァァアアァァッ!!!!」
“森の王者”は苦しみながら、体中を炎に焼かれ悶えている。
それでも、周りのものを巻き込み破壊しようと腕を振り回す様子は、恐ろしいまでの生命力にあふれていた。
しかし、その抵抗もむなしく、すぐに体が明滅し始め、光の粒子となって消えた。
なんか、こんなにあっさり終わっていいのかな。
この前やられてた“アルカディアドラゴン”とは思えない…。
「終わりましたね。無事でよかったです」
「あ、ありがとう。でも、なんでここに…?」
「あなたの力のおかげです」
俺はすぐに、オーブの鑑定結果を見直した。
“魔術型” <外ツ國、還リ來タル禍ツ舟>
詠唱“拓く航路、反転する潮流、燃え盛る灯は此方に迷える魂よ、泡末の現へ”
*第1能力*所有者が参加した戦闘において討伐したモンスターを呼び出して攻撃する。呼び出す対象によってかかるコストは異なる。1回の召喚につき、呼び出されたモンスターの行動時間は5分までとする。
なるほど。参加した戦闘…。
つまり、俺が竜たちを抱きしめたりしている時間も判定としては、戦闘状態だったということか。
「キュィィィィ…!」
どこからか、あの時と同じ声が聞こえる。
子竜だ。
俺のコストはすべて使ってしまっているようだから、俺が呼び出したということはなさそうだ。ということは…。
「無事だったのか!」
周囲を見渡すと、行きに使った一本道のほうから、走るコータとはためく子竜がこちらへ向かってくるのが見えた。
すると突然肩をたたかれた。
「お疲れ様。やるじゃないの。初心者であれだけの敵を倒すのは難しいのよ?」
ユーカが無邪気に笑っていた。
壁がなくなったので、救援に来てくれたらしい。
ユーカからの誉め言葉なんてめったにないことだから、戸惑ったが、お礼を言っておく。
子竜とコータも合流する。
子竜は何やら親竜にめちゃめちゃ甘えている。
コータはいつも通り、薄く笑っていた。
「さて、あとは最後の一人をどうにかするだけだな」
コータの視線の先にいたのは、こそこそと逃げようとしていたキャップだった。
「いやいや、皆さんお揃いで」
壁が取り払われ、密輸組織のため込んでいたであろう財やら、捕獲したモンスターのケージやらがあらわになっている。
密輸組織の人間と思わしき人間は、それらの物資の最奥で震えていた。
背中を見せて逃げようとしていたキャップは今度、もみ手をしてこちらにひきつったような笑顔を向けている。
「お前が、この対抗依頼を受けたチームのトップだな?」
「えぇ、まぁ、最近はそうさせてもらってますけども」
「じゃあ、とりあえずお前が死んだら俺たちの依頼は達成なわけだ」
うおぅ、コータの殺意がすごい高い。
サーベルがぎらついて見える。
「いや、まあ、そうなんだけども。見逃しちゃくれねぇかね?」
「無理だな」
「そうね、あんたに有益な情報があるとも限らないし」
「いや、一応情報ならある!俺らはここを守るって言う対抗依頼を受けてくれと頼まれただけで、“キングサスケエイプ”も“白王狼”も、“森の王者”だって用意したのは別のやつだ!俺はそいつらに首輪をつけて使ってただけなんだよ!そこの“アルカディアドラゴン”にはオーブがしっかり効かずに逃げられるしよ…」
急にコータの顔がゆがんだ。
「そうか。そいつの名前を聞いてもいいか?」
「知らねえんだよ。ただ、大きな黒い鎌を持った男だ。それ以外はほとんどわからねぇが、尋常じゃなく強い。…これで許してもらえるか?」
冷たい顔をしたコータは、サーベルを下ろしていった。
「…早くリタイアしてログアウトしろよ。今回はぎりぎり許してやるから」
「ありがてぇ!すまなかったな、またどこかで会おう!」
急にキャップはにこにこ顔になり、ログアウトしていった。
一同はその変わりように少し呆れた。
ユーカが、不思議そうに言う。
「何なのかしらね、あのお調子者っぽい感じは」
「さあ?俺にはわからないけど、悪い人じゃなさそうだね」
「…かもな」
少し、表情が軽くなったコータがいつもの薄い笑みを浮かべた。
そして、サーベルを密輸組織の人間と思わしき者たちに向ける。
「さて、おとなしく投降してもらおうか。殺されたくはないだろう?」
なんというか、一番悪役が似合いそうなのはコータなのではないだろうか。
戦闘が終わり、通常運転に戻った3人でいることに、俺は大きな達成感を感じた。
平穏が戻ってきたということを、じゃれついている“アルカディアドラゴン”の親子が示していようだった。




