11.カゲツ戦線
よろしくお願いします。
「戦いを楽しもうじゃねぇか!!」
そんなこと言われたって、初心者の俺にどうしろって言うんだよ。
前には怪物、後ろは壁。
立ち向かうって決めたものの、1ミリも勝てるビジョンは浮かんでこない。
それでも、男なら立ち向かわなきゃ、かっこ悪い!
“森の王者”がその剛腕を俺のほうにふるってくる。
俺は大きめにステップを踏んで回避する。
ゴウと風を切る音がすぐ近くを通り抜ける。
圧力が尋常ではない。めちゃくちゃ怖い。
実は、こいつの話はコータに豆知識として聞いていた。
“南の密林”エリアのモンスターの頂点。その名の通り密林の王者。
この密林エリアは群れるモンスターの巣窟であり、公式設定上の生態系ではいくつかの群れが幅を利かせている。だがその中で、唯一単独ですべてのモンスター、その群れに勝ちうる存在が“森の王者”というモンスターだという。
「グルァァァァァァァァッ!!」
“森の王者”が咆哮する。
思わず耳をふさぎたくなる音量に、足がすくみかける。
だけど、ここで動きを止めたら、確実に殴られる。
必死の思いで、横に転がりながら距離を取る。
案の定、あいつの拳が俺のすぐ近くを通り抜ける。
あまり素早く動いてこないから、どうにか回避できるけど、体勢が1度狂うと即体力がゼロになるだろう。
「初心者だというのに素晴らしいな!大抵の初心者はこんな猛攻に耐えられない。リアルの経験か、他のゲームで鍛えてきたのか。いずれにせよ、優秀な能力を持っていることに変わりはない。ぜひとも、立ち向かう姿を見せてくれ!」
敵ながら無茶を言ってくるなあ。そんなことできたら、俺はこんなに苦労してない。
せめて、楽に攻撃を回避できる方法を見つけたい。
大抵のゲームではモンスターというか、敵モブの動きはパターンが決まっているはずだ。
何とかそれを見つけられれば、俺の回避も相当楽になるんじゃないか。
と、考えてはみたものの…。
「くそっ!攻撃の間隔短すぎだろ!」
“森の王者”の攻撃は単調で躱しやすいものが多い。
だから、初動を見てから行動している今でも回避できている。ただ、パターンを分析することに全然集中できないレベルの速度で次の行動に移っている。
これじゃあ埒が明かない。
ゲーム内ではスタミナなんて概念がないから逃げ続けることはできるかもしれないが、それも集中を切らしたらおしまい。
せめて相手が疲れてくれればいいんだけど、スタミナがないのはあっちも同じだろう。
攻撃で消耗させれば、疲れたモーションをすることはあるかもしれないが、今の俺には何もできない。
「ああ、もう!どうしたらいいのさ!」
「どうしたんだ初心者君!もっと積極的に戦いを楽しまないと!」
「そんなことしてられないって、見てたらわかんない!?」
キャップっていうあの人、俺がこんなに大変な目に合ってるのに…。
上から目線でムカつく話し方をする人は嫌われるんだぞ。
「俺にはわからんな!なんせ、こいつと直接やりあったことはない!」
「胸を張ってそんなことを言うんじゃない!降りてきて戦えよ!」
「そんな危険を冒すわけないだろうが。基本的に、“召喚型”は戦場に下りないのが鉄則だからな。前線で戦うなんて、“兵器型”がやってればいいんだよ。常識だろうが」
えぇ、そんな常識知らないんだけど…。
コータのあれはじゃあ何なんだ。
なんて考えていたら、またあいつが吠えた。
やっぱり、他のことを考えている余裕はなさそう…。
大ぶりの拳をしっかりと躱し、次の動きを見る。
とりあえず現状は、あいつの攻撃手段は殴る一択なのかもしれない。
多分、第一段階って奴だろう。ダメージを与えられてないから当たり前だけど。
それなら、何とかなるかもしれない…。
「こっちだ!」
俺は攻撃を食らわないように、回避をしながらダッシュした。
目指すは、あいつの立っている石壁。
上手く壁をこのモンスターが壊してくれたら、多少戦況が変わるかもしれない。
「な、お前、俺を巻き込もうっていうのか!」
「そりゃそうするでしょ!」
「正々堂々戦いやがれや!」
「こっちのセリフだよ!」
この人、PKやってる人とは思えないくらいお調子者で、面白い人だなあ。
でも、俺は子竜のことはちょっと許せない。だから全力で、この戦闘を切り抜けないと。
ちょうど、怪物の拳がこちらに迫ってきている。
壁に当たるように、少しリスキーな避け方をする。
何とかうまくいって、“森の王者”の足の間を抜けた。奴の後ろに回り込む形になる。
ズガンという衝撃音が響き渡り、ぱらぱらと石のかけらが落ちてくる。
「はっはっは!心配して損したな!さすがはブルトンの作った壁だ!」
「そんなに簡単に壊れる壁じゃなかったか…」
こういうのを簡単に壊しながら戦闘するユーカはどんだけの攻撃力を持ってるんだよ。
ただそうなると、さすがに対抗策がほとんどない。
やっぱり逃げ回るしかないんだろうか。
「さて、俺もブルトンの助太刀に行かなければいけないからな。この勝負もそろそろ幕引きと行こうか!」
やばい、何か仕掛けてくる…。
オーブを使っているところを見る限り、一般的な“召喚型”だった。つまり、仕掛けてくるとしたら、新たにモンスターを召喚してくるくらいだろうか。
何にせよ、今の俺には防ぐ手立てもない。何が起きても冷静に対処しよう。
「<異次元怪物園:暴走>!!」
黒い渦が“森の王者”の周りにいくつも発生した。
“森の王者”自身も戸惑うようなそぶりを見せている。
みるみるうちに黒い渦は“森の王者”を飲み込んでいった。
もったいぶった様子で、キャップが言う。
「いいか初心者!ここまでの健闘をたたえて、俺のオーブの特徴を教えてやろう!俺のオーブは、首輪をはめたモンスターをいつでも自由に呼び出せる能力だ。ただし、呼び出せるだけでほとんどアクティブのモンスターと変わりない。指示できるのは敵がどれかってことくらいで、ステータス補正も大したことない。弱いと思うか?俺は思わん。その理由の一つがこれだ」
黒い渦はいつの間にか収まり、残された“森の王者”は若干黒いオーラを纏っていた。
先ほどよりも明らかに威圧感がある。強化されたに違いない。
「これが“暴走”モードだ。全ステータスを強制的に大幅に上昇させる。これを使ってしまうとモンスターは戦闘後に消滅するが、このオーブの弱点も補正してくれる。ただし…、全生物に敵対するから扱いには注意だ。というわけで、俺は安全な壁の上で勝負を見守らせてもらおう!」
キャップが高笑いを始める。
「グルオォォォォォォッ!!!」
今度の咆哮には耳をふさがずにいられなかった。
大地を揺るがすかのような大きな音。
「ぁがっ…!!!」
そして、次の瞬間、馬鹿みたいに強い衝撃で俺は吹っ飛んでいた。
石壁で仕切られた空間の丁度反対側までである。
痛みはほとんど感じないが、息が止まるかと思った。
えげつない。どうしようもない攻撃。
運良く槍を構えたところに攻撃が当たったからいいものの、俺の体力は残り2割を切った。
ゲームでなければ、身体のあちこちを損傷し、もう二度と動けない身体になっていただろう。こんな状況でも、頭も身体も動くというのが唯一の救いだ。
暴走状態というのは嘘ではないようで、一気に距離の離れた俺ではなく、今はキャップにターゲティングがされているらしい。
悲鳴をあげながら壁の一番上でうろついているが、暴走状態でも、石壁はなかなか壊れないようだ。
屹立した石壁は掴んで登ることも難しいようで、いつ諦めてこちらに向かって来るかもわからない。
どうにかしないと。
そんな思いが頭をよぎるも、どうにもできないという答えしか浮かんでこない。
せめて、俺にオーブがあれば。
対人戦でオーブの果たす役割の大きさを痛感し、そう願わずにはいられない。
いや、ちょっと待てよ。
オーブの鑑定を依頼したのは、リアル時間で昨日。
3倍の早さで時の進むこの世界なら、今日が、鑑定完了の日だ。
ならば…。
急いでメッセージを確認する。
まだ鑑定完了のメッセージは届いていない。代わりに、依頼受付完了のログを見つけた。
この依頼を受ける直前に、オーブの鑑定をしに行った。
つまり、このログがほぼ鑑定開始の時間に重なる…!
現在時刻と照らし合わせる。誤差を含めて、鑑定が終了するまでの時間は…。
あと、約3分。
3分だ。
たった3分。耐えきればいい。逃げ切ればいい。
それができるかどうかが、この戦場での、俺の勝負だ。
「よし…!」
覚悟はできた。やることも決まった。
あとは、考えて、実戦して、全力で生き延びるだけ…!
もう一度、体勢を立て直す。
まだ、奴はこちらに来ていない。
距離は充分。
足は動く。
さあ、最適解を探し出せ。




