9.コータ戦線
よろしくお願いします。
「さて、ご主人、こいつらをどうしてくれましょうか?」
カイムがいつもと変わらぬ無表情で聞いてくる。
俺は手近な“サスケエイプ”を切り捨てながら答えた。
「いつも通りでいい。全体を混乱させて同士討ちを誘え。それが1番効率いい」
「承知」
俺は、早くあの2人に追いつかなければならない。
プレイヤーと交戦するということは少なからず想定外の事態を引き起こす。
ユーカはまだ大丈夫だろうが、始めたばかりのカゲツには少し荷が重いかもしれない。
「悪魔のささやきを聞きなさい」
カイムの幻惑が“サスケエイプ”の群れに広がっていく。
途端に混乱を始める奴ら。同士討ちが始まった。
いつも通りの流れだ。数が少しばかり多いが何とかなるだろう。
俺はサーベルを構えなおし、混乱する群れに突撃していった。
「数が多いな、なんだこれ」
混乱したからか、木の上に潜んでいた“サスケエイプ”も地面に落ちてきたらしい。
ぱっと見、100体はいるんじゃないだろうか。
こんなのとまともにやりあうなんて御免だ。カイムを呼び出せることに感謝しなければならない。
「ご主人、畜生どもの様子がおかしいようですよ?」
「どういうことだ」
カイムが助言をするなんて珍しい。
俺は突撃を中断し、バックステップを踏んだ。
その瞬間、野太い声があたりに響いた。
「ぐうぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」
気づけば、猿どもの真ん中あたりに黒い渦ができていた。
徐々に大きくなっていったソレから、“サスケエイプ”とは似て非なるモンスターが姿を見せた。
「“キングサスケエイプ”か…」
そいつは、“サスケエイプ”たちを完全に統制下におくというなかなか厄介なモンスターだった。
“キングサスケエイプ”の出現によって、周りの“サスケエイプ”が正気に戻り始めている。
「まずいな。面倒なことになった。カイム、もう一度混乱をかけられるか?」
カイムは全く変わらないトーンで答える。
「恐らく、厳しいかと思われます。お気づきかもしれませんが、“キングサスケエイプ”はオーブの能力による介入がなされています。より強力に畜生どもの統制権を持つようです。少なくとも、奴を倒さぬ限りは、いつもの幻惑は聞かないでしょう」
「だよなぁ…」
正直、かなり大変なことになった。
キングがいるのは群れの中心。向かうは俺1人。混乱は効かず、敵の数は100程度。
これは無双ゲームか何かか?
しかもこれをタイムアタックする感覚だろう?どれだけ面倒をかけるつもりなんだよ。
ただ、やれないことはない。そして、やらなければならない。
「カイム、第二階位権能を使う。この量を相手にすると代償はどれくらいになる?」
カイムは一瞬驚いたようにして、俺を見た。
「よろしいので?ご主人なら、時間を多少かければできるでしょう」
聞き返すなんて珍しい。
確かに生産的ではないからな。しかし今は、時間効率が大事だ。
カゲツを死なせるわけにはいかない。
あいつが今後依頼を受けないなんて言ったら、俺はどうしていいのかわからないから。
「今は1秒でも早く、あいつらのところに行かなきゃいけないんだよ」
「…なるほど。それではサービス料金で、基礎レベル1つ、というのはどうでしょう?」
「いいのか?これだけ倒せばさすがにお釣りがくるぞ?」
「はい。サービスですから」
「悪魔がサービスとはね…。それで頼むよ」
「承知」
カイムの返事とともに、俺の基礎レベルが下がった。これは、これから使う若干強力な技のコストになったということだ。
プレイヤーが<大悪魔シリーズ>と呼ぶ召喚悪魔には、様々な特徴がある。
その1つがこの権能システムだ。コスト以外の何かを支払うことにより、さらに強力な能力を使うことができる。
「詠唱は知っての通り、3分ほどかかります。その間、生き残るように努力してくださいせ」
「こんな猿どもには負けないからさっさと始めろ!」
「承知。それでは…」
カイムが聞き取れない謎の呪文を唱え始めた。
これが終わるまで、俺はサーベル1つで襲い掛かってくる“サスケエイプ”全員を切り捨て続けなければいけない。
上下左右、縦横無尽に猿どもが仕掛けてくる。
それも、単調ではなく、絶妙に面倒なところを攻めてくるのだ。
確実にキングの能力によって統制が取れていることが原因だ。
「うざってぇな!」
イライラを剣に乗せて首をはねる。
“サスケエイプ”は腕が長いため、一刀で切り伏せるために首を狙うのも一苦労だ。
初めから、腕を傷つけに行くほうが早いかもしれない。
なんて、猿殺しのプロになっている場合ではない。
「クソ、さすがに数が多すぎる!」
無限供給かと疑うほどに猿の数が減らない。
なんだこれは。
「カイム!まだなのか!」
詠唱が終わっていないカイムは全くこちらに反応しない。
「ぐうぉぉぉおおぉぉぉぉぉっ!!」
唐突にキングが咆哮した。
にわかに猿どもが沸き立ち、攻撃が苛烈になる。
ふと森の奥を見ると、さらに大量の“サスケエイプ”がこちらに向かってきていた。
「本当に無限ポップなのかよ、こいつら…!」
思ったより“キングサスケエイプ”というのは厄介な相手だった。
依頼によるイベント補正が聞いていそうだとはいえ、これは凶悪すぎる。
ただ、見たところ、テイムされているのはキングだけ。
相手方プレイヤーがうまく環境を使った結果だ。
猿どもの攻撃がだんだんと入るようになってきた。
やはり俺はこういうスタイルは向いてない。
「こういうのはユーカの仕事だろうが!」
悪態をつくも、ユーカのような火力は出ない。
力こそ正義を地で行くスタイルは素直にあこがれる。
一騎当千の英雄とはそういうものだろう。
だが…。
「ご主人、準備が整いました」
俺は笑みを浮かべた。
だが、俺は俺のスタイルを誇っている。
「上出来だ!第二階位!<陽炎纏いし黒鶫>!!」
カイムの身体から黒い炎が湧き上がり、マントのように広がっていく。
その炎から小さな鶫が無数に生まれ、猿どもに向かっていった。
「我が炎は幻惑の炎。触れたら最後、其方の心を炎が占めてしまうであろう。静かに、眠るがいい」
凶鳥たちは猿の体を次々に通り抜けていく。
しかし、奴らの体は燃えることもなく、鶫の影が上空を覆いつくしていく。
「ぎいぃぃぃいいぇぇぇぇ!!!」
影が濃くなった森に、“サスケエイプ”の苦悶の声が響き渡る。
鶫に体を通り抜けられた猿が叫んでいるのだ。
阿鼻叫喚の生き地獄。
これは、今までのような混乱ではない。
夢で、地獄の炎に焼かれているのだ。
広範囲の敵に痛みの幻覚を与えるという、悪質な能力は代償を払うにふさわしいだろう。
あんなに目の前をうごめいていた猿たちが、地面をのたうち回っている。
痛みはあるのに死はやってこない。
俺がとどめを刺すのが先か、精神が崩壊するのが先か…。
「まぁ、お前は確実に俺が仕留めるけどな」
俺は“サスケエイプ”たちと同じように苦しんでいる“キングサスケエイプ”に近づき、一刀で首をはねた。
「手こずらせやがって…。思った以上に時間食っちまったじゃねぇか」
「ご主人、そろそろコストが厳しいのでは?」
キングを屠った俺にカイムが言った。
なんだか今日はカイムが積極的な気がする。
「確かにもう送還するが、今日はやけに積極的じゃないか?」
俺の問いにカイムは薄く笑って答えた。
「彼がいれば、ご主人が積極的になるということが分かったので、協力することにしました。ご主人が動かなければ、私は‘王’になれませんので」
「なるほど。そいつは悪魔らしい理由だ」
カイムは満足したのか、恭しくお辞儀をすると、黒い炎となって消えた。
俺は、短く息を1つ吐いた。
そして、未だ苦しんでいる“サスケエイプ”をできる限り倒しつつ、2人の向かったほうへ走り出した。
「間に合えよ…!」
どうにかカゲツに合流するために、足を全力で進める。
久しぶりに、‘生きている’感覚があった。




