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残像 4

部屋に帰ったのは武器を用意するため。

直樹はこの日こそ雀荘に乗り込むと決めていた。

『怖い目に遭わせ、琢磨が逃げるのを待つ』

その一環として雀荘に彼も連れて行こうと決めていたが、この時の直樹の考えはあくまで『1人で乗り込んでやる』

琢磨は頭数には入っていない。

上着の右にライター。

左にスタンガン。

ズボンの左に拳銃。

ポケットの中のそれらを確認する。

琢磨との待ち合わせは18時。

その時間から雀荘に向かって……ちょうど客が増え出した頃だろう。

客がたくさんいないと意味がない。

見せしめのためにも。

そんなことを考えているとついついウトウトしてしまい、普段はすることのない昼寝で夕方までの時間を潰した。


目が覚めたのは、ピンポーンというチャイムの音で。

時刻は18時10分前。

相手は琢磨だ。

直樹は受話器を取り、

「おう来たか、すぐ出るで」

そう言ってオートロックを解除したが、しばらく経っても琢磨は上がってこない。

直樹が部屋を出て駐車場へ向かうと、琢磨はマンション敷地内に設えてある花壇に座り込み、木の棒で土をつついていた。

その様子を後ろから眺めていると、やがて琢磨がこちらに気づき振り返る。

「ニイニイ、見て」

言われるままに琢磨の手元を見ると、何のことはない……

「アリ。キャラメルあげてん。ね、大群や!」

「………」

何や、これが気になって今度は部屋まで来なんだんか。

……次の段階で逃げ出すに決まってる、こんなヤツ。

「アリも生きよう思うて必死じゃ!それくらい誰でも知っとるやろ!行くぞ」

「どこ行くん?」

「お~?仕事しよう思うて必死やな。ええトコ連れてったる」

琢磨の車は多少危なっかしくはあったが、直樹の言う通りに進んで行った。


しばらくして着いた、あの雀荘。

道路の端に車を停めさせ、直樹は琢磨に問うた。

「おい、ケンカできるか?お前、ケンカ売ったことあるか?」

すると琢磨は、

「売ったことはない。売られるようにこんなアタマしてるけど」

そう言ってボサボサの自分の頭を指差す。

それに何の意味がある。

何がどう違うっちゅーんじゃ。

「そうか。今からお前はケンカを売るんや。エエか、よう聞け。ドアを開けたらまず大声で『おい!!』と叫べ。それから、雀卓って分かるか?マージャン打ってるテーブルのことや。『おい!!』って叫んだら、どれでもエエ、ソレを引っ繰り返せ。あとは俺に任せろ。分かったな?」

あの店の雀卓は据え付け。

床に固定されていて動かない。

『あとは俺に任せろ』?

赤っ恥かかせて、コイツにできることなんかないってことを教えてやる。

所詮中学生。

ケンカも大したことないやろ。

そこでふと琢磨が原付を持ち上げた光景を思い出したが、直樹はそれを頭の隅に追いやった。

琢磨はハイ、ハイ、と肯きながら、不思議そうに直樹に尋ねてくる。

「ねえ、どうしてケンカ売るん?俺、売るのイヤなんやけど」

「ここで『イヤや』言うたら、お前はいらん子やねん」

そう返すと、琢磨は一瞬噛みかけのガムを飲み込んだような顔をして口を閉ざした。

……コイツに説明したところで理解できるんか?

まぁコイツもクスリに手を出さんとは限らん。

恨むべきは薬物であって、コイツを追い出すこととは関係ない。

「詳しくは説明できんが、お前『クスリ』って分かるか」

「覚醒剤とかのこと?ニュースでなら見たことある」

「そうや。ウチのあのオッサンはな、方針としてクスリはご法度なんや。嫌いなんや。一番ゼニになるんやがな。俺もクスリは嫌いやからエエんやが。コレはウチの枝なんやが、それなのにここでクスリを売っとんのや。オッサンの命令で、ここの権利を全部取り上げろ言われとる。でもチンタラやっとると時間がかかるから、先制パンチ食らわしたろう思うてな。そのために今から乗り込むんや」

琢磨に向かって噛み砕きながら、ぼろぼろと我々の内部事情が口から漏れる。

こんなガキに話しても意味がないこと。

琢磨をおちょくりながら、自分が緊張していることを思い出す。

「エエか?『おい!!』と叫んでバーン!とドアを開ける。そしてどれでもエエから、雀卓を引っ繰り返せ!エエか?分かったな?」

「ハイ!」


2人は車を降り、1階喫茶店横の外階段を上り、雀荘入口の前まで歩く。

この状況においても、琢磨の顔は強張ることもなくいつもと同じように見えた。

ひょっとして緊張してるの、俺だけか?

……緊張?

そんなことしてる暇も余裕もない。

ドアが開いた瞬間、俺は俺でやらなきゃいけねぇことがある。

直樹は小声で叫ぶ。

「飛び込めッ!」

その声と同時に琢磨はノブを引っ掴み、バターンッ!とドアを開いた。

「オイッ!!」

琢磨が大声を張り上げる。

しかし部屋の中は多くの客とかなりの騒音。

いきなり現れた少年の大声にドア近くの客はこちらを振り返るが、室内に動揺は走らない。

琢磨は一歩を踏み出すと同時に、

「フンッ!!」

直樹の言った通り、手近にあった雀卓に手を掛けた。

その姿を見ながら、直樹はスッと右ポケットに手を突っ込む。

マージャンを打っていたその席の客たちは何事かと立ち上がり、不可解な顔をして琢磨の行動を見つめている。

「フンッ!!」

繰り返される気合。

それを見て、

「……ブフッ!」

直樹は思わず噴き出してしまった。

いろんな意味で必死じゃ、コイツ。

お蔭で何かが解けた感じがする。

いつもの俺のペースやな。

俺に緊張なんざ、似合わねぇ。

「ふ、んぐ――――ッ!!うーんぐ~~~~ッ!!!」

いくら持ち上げようとしたところで、据え付け雀卓がメリメリと床から剥がれることなどない。

何度目かの挑戦の後、琢磨は雀卓に掛けた力を抜き、不思議そうな独り言を発した。

「……ア、アレェ……!?」

それを聞いて堪えられるワケがない。

「ヒ、ヒャ~~~~ッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!」

琢磨が驚いたように直樹を振り返る、それがまた拍車を掛ける。

「お前、何やっとんねん!!それ据え付けや!ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ~~ッ!そんなん動くワケあらへんわ!ビルごと引っ繰り返すつもりか!!」

「………」

何とも言えぬ目をしてこちらを見つめるその顔。

「ヒャ~~ッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!」

ひとしきり笑った後、直樹はテーブル席の間をツカツカとカウンターまで歩み寄る。

そこに尻を掛け、傍にあった雀卓の上に足をバーンッと乗せ上げて、

「大将を呼べ!!」

派手な音と共に、四方八方へ飛び散るパイ。

同時に「ア~~~~ッ!!」と叫び声を上げたのは、そのテーブルにいた男の1人。

「どういうつもりや!?」

ここにいる客は、直樹の中ではあくまで観客。

彼らには、外に出て行って宣伝をしてもらわないといけない。

アソコの雀荘はヤバイ、と触れ回ってもらわないといけない。

目立つ行動は、敢えてする。

……ここまで輩丸出しなんも初めてやな。

そう自分を評価する直樹を尻目に、琢磨は男に「すいません!」と謝りながら、バラバラになったパイを拾い集めている。

直樹はそれを見て、コイツのこの行動もまた面白い、と考えた。

どんどん余裕が出てきた。

「丁寧にそんなことせんでもエエ!さっきお前も引っ繰り返そうとしとったやんけ!」

その時、目の端でコソコソと雀荘を出て行く男たちに気づいた。

客には見えないいでたちの3人。

……売人か。

まぁいい。顔は覚えた。

いつでも捕まえられる。

そこへ、奥からズカズカと大股でやってきたのは和田。

「おう大将、久しぶりやな」

直樹の挨拶に、和田は激高して叫んだ。

「お前ゴラ、秋月イィ――――ッ!!何しに来たんや!!」

「おう、先制のジャブ入れさせてもらいに来たわ。オヤジの命令や」

コレを言うのが大事。

あろうがなかろうが、ここで俺の後ろ盾を見せること。

「お前がやっとる雀荘、ノミヤ、いろいろあるなぁ。全て俺が預からせてもらう。お前、冷たいの売っとるらしいやないか。ウチはアレ、ご法度やな。何か文句があるんか?」

すると和田は、

「お前、どこにそんな証拠があるんや!?」

常套句。

本当に証拠を挙げられて困るのは、それを言うたお前やろうに。

当たり前のアホ。

「お前な、俺よりいくつ年上や。俺より一回りも上やったやろ。俺らに証拠なんかいらへんわ。そういう世界や。頭のイイのが、強いのが、上へ上がってけるんじゃないんか。忘れたんか?」

「……ッ」

ヤ○ザの遣り合いを恐れたか、周りの客たちがコソコソと店を出て行く。

宣伝、忘れんなよ。

そこへ奥からまた、やけにシルエットのデカイ男がのそのそとやってきた。

Tシャツにジャージ。

短髪の大男。

……これが噂の用心棒か。

「ほほ~、用心棒がおるんか。聞いとるでェ」

これまで生きてきた中で、人の顔を見る際に顎を上げなければならない機会はそれほどなかった。

プロレスを見に行ったとき以来。

デカイ…!

直樹はポケットの中のライターを握り締める。

大男の登場に、大将は余裕の表情で笑いながら直樹を見た。

「別にワシはな~んも言うてないで?ただ、コイツがどう動くかは分からんけどな」

「………」

……一つ思いついた。

琢磨をちらりを見ると、顔色一つ変えずその大男を見つめている。

時折パイを拾いながら。

コイツ……何がどこまでどう本気なんか分からんな。

この状況見てビビるなんてこと、ないんか?

それやったら……。

「丁度エエわ。ウチにも用心棒がおるんや」

そう言うと、直樹は琢磨を指差した。

「え・えええ~~~~~~~!?」

琢磨のそんな声には頓着しない。

直樹は琢磨に向けて顎をしゃくり、

「おい、ヤッたれ!!」

遊ばれて来い!

琢磨は大男と直樹を何度か交互に見直し、それから問うた。

「ニイニイ!このデッカイのとケンカやろ!?」

「おう、そうや」

「デカイなー!!」

「デカイよー?」

直樹がそう応えたところで琢磨はピンと大男に向き直り、思い立ったかのように声のトーンを上げ、顔色を一段階上げた。

「仕事や!よっしゃーッ!やったるわいッ!!」

そして続けて、

「俺はな!タイマンやったらヒロ以外に負けたことないんやッ!!」

しかしその叫びの直後、琢磨は大男に首を掴まれ、いとも容易くブン投げられた。

宙を舞ったその体は一回前転し、勢いを削がれることなく床を滑り、壁に向かって頭から激突する。

ガシャ――――ンッ!!

琢磨の通った道筋に沿ってグラスが落ち、椅子が引っ繰り返った。

「!!」

寸分の余裕もないいきなりの展開に直樹は咄嗟に腰を浮かせ、思わず左ズボンのポケットに手を遣る。

内心慌てながらも平静を装い、琢磨に向けて、

「アイターッ!終わりかい!!」

「………」

琢磨は寝転がったまま、何も言わない。

しかしその3瞬後、琢磨はブリッジするように手を頭の横に突き、体を撓らせピョコンと起き上がった。

「終わらへんよ!!」

「――――…」

意識なく詰めていた息が漏れる。

あんな起き上がり方できるくらいや。怪我はないな。

直樹の手は左ポケットに突っ込まれたまま、離れることはない。

琢磨はその場から大男に向かって全速力で突っ込むようにジャンプすると、両足で飛び蹴りをかました。

ドカッ!!

それは大男の側頭部にキレイに入る。

この、直樹が見上げるほどの大男はそこで「アッ!!」と悲鳴に近い声を上げた。

「何や、作りモンとちゃうんやな。声出るんやないか」

揶揄の声を掛けつつ、そろそろ自分が入るかと腰を上げようとしたが、その前に琢磨が大男の背中に飛び掛かる。

左手を首に回し、右手で後頭部をガンガンと殴りつけ、それから側頭部をフックするように殴り飛ばす。

それを見て、直樹はほ~、と思わず感心してしまった。

コイツ、めちゃくちゃやってるようで、的確に人間の急所ばっかり狙うとるやん。

……ひょっとして、あんまり怒らしたらアカンのかな……

「よっしゃ!落とせ!!」

直樹の指示に、琢磨は元気良く、

「うん!!」

琢磨は大男の頭を押さえながら、ギリギリと首を絞めつける。

体をブンブン振り回されながら。

大男はそのデカイ体が邪魔をして、背中の琢磨に手が届かない様子。

壁にガンガンと琢磨をぶつけるが、彼のチョークスリーパーは外れない。

やがて大男は白目を剥き、口からは涎を流し、膝をカクカクさせ始めた。

「ぐ…ッゥア――――……ッ!!」

…ビビッとった用心棒が、悲鳴しか上げてへんやないか。

何か損した気分や。

和田に目を遣ると顔色を変え、オロオロしている。

コイツも想像通り、全然大したことない。

予定と違うとったが、こんなガキにでもできることがあったか……

と、

―――― ん?

そこで目に入ったモノに、直樹はピタリと視線を止めた。

苦しげな形相の大男がポケットから取り出したそれは、刃渡り6~7センチのナイフ。

琢磨は歯を食い縛り、大男の首を絞め続けている。

刃物の存在には気づいていない。

「………」

素手で頑張っとるコドモに刃物かよ。

いっぺん死んどくかァッ!?

直樹は無言のまま、敢えて琢磨には見えない角度から大男に左手を突き出し、


―――― カッチャ…ッ!


その音に、大男は目の前から真っ直ぐ自分に向けられた銃口に気づいた。

慌てたように持っていたナイフを床に滑らせるように捨て、両手を挙げる。

「ま、参った!参った!!」

それを見て、即座に銃はポケットへ。

「え?参った?参った!?」

顔を覗きこむようにして尋ねてくる琢磨の腕を叩き、大男は焦ったように請う。

「もう勘弁してくれ!」

途端に琢磨は飛び上がり、直樹の元へ駆け寄ってきた。

「ニイニイやったで!どうやった!?俺どうやった!?」

「おう、上等や!」

それから直樹は和田に目を遣る。

「この状況、分かるやろ?もうお前にできることはないで。今日は挨拶代わりに来ただけや。今週中には悪いこともお前も、全部ペチャンコや。早よ逃げた方がエエんちゃうかー?逃げても見つけるけどな。まぁエエわ。また来るで~」

琢磨に「行くで」と声を掛けると、彼は嬉しそうに「うん」と応える。

部屋を出る前、琢磨は大男に近づき声を掛けた。

「大丈夫?」

「あ、おぉう……う・うん、まぁ……」

「ごめんね」

一つ頭を下げ、琢磨は直樹の後をついて来る。

階段を降りたところで、琢磨は直樹にはしゃいだように問うてきた。

「あれで良かった!?ねぇ、あれで良かった!?」

「おう、上等や」

また「ハウス!」と言ってやりたい。

……どういうわけか最初から応援しとったなぁ。

ま、この場はこれで済ますしかないな。

死なすわけにも行かんかったし……


……次次! 次や!!


「今から遊びに行くで~」

まだ残っている仕事があったが、直樹はその前にしたいことがあった。

あらかじめサトミに連絡をし、ニューハーフのたくさんいる店に予約を入れていたのだ。

そこへ行く途中、わざと自分の店の前を通り、人を増やしていく。

「ニイニイ、どこへ遊びに行くん?」

「まぁ黙ってついて来い。面白いトコや」

自分たちも含めて十数人。

ぞろぞろとサトミの店へと向かう。

その店は元々一つの店だが、壁で完全に仕切ってある。

片方は身も心も女性ばかりの店。

片方は身はともかく、心は女性が接客する店。

もちろん後者の扉を潜って中に入ると、琢磨は早速物珍しそうに辺りを見回している。

薄暗い店内。

紫やピンクの妖しげな光。

「ニイニイ、俺こんなトコ遊びに来たことないんや」

「そうか」

そこへ、奥からサトミがやって来た。

「直樹くん、店に来てくれるなんてホント久しぶりねぇ。会えるの月1回じゃ寂しいんだけど…」

直樹とサトミの関係はこの時もまだ続いていた。

月に一度、彼女は直樹の元へお金を持ってやって来る。

……自分の意志で。

隣に立つ琢磨に目を遣ると、肩をすぼめ、ぎこちない表情を浮かべて固まっていた。

直樹がわざと人を集めたのは、大勢の前で何かしらの恥をかかせてやろうという企みから。

人前で歌わせて恥かかせたろか…。

そう思ったが、ここで一つ気が付いた。

直樹は人前で歌を歌うなどという行為はとにかく苦手。頑なに拒む。

が、この少年は……

音楽5言うとったな。

これじゃイヤガラセにはならんか。

……しかしまた何て幼稚な考えなんや、俺。

居心地の悪そうな琢磨にソファに座るよう促し、自分も腰を下ろす。

「お前、酒は?」

「イヤ、俺、酒は…」

14歳の少年に、真紅のベルベットのソファは笑えるほどに似合わない。

落ち着かないのか、琢磨はまたポケットからゴソゴソとタバコを取り出し、1本銜えた。

そこへ、隣に座ったオンナがすかさず火を点ける。

シュポッ!

と同時に直樹は手を伸ばし、ギュッとその火を握り潰した。

「だから!熱い言うてんのや。タバコはエエ!酒は?」

「……イヤ、俺、酒は飲めへん」

「飲めへん!?ヒャ~ッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!お前、そんなゴツイ体しといて酒が飲めんのか!!」

……俺もやけど。

「ま、飲ますな言われてるからエエんやが。おい、コイツにジュース作ったって」

その声に席を立とうとしたオンナに直樹は小声で耳打ちし、自分も同じものを頼む。

そして琢磨に向かって、

「お前、カラオケ歌えるか?」

とにかく一応歌わせてみよう。

「俺、歌ったことない。音楽の授業でなら歌ったけど…」

「挨拶代わりや。1曲歌え!」

「イヤや!」

思わず口元が歪みそうになる。

……来た来た。

直樹はソファから立ち上がり、必要ないほどの大声で怒鳴り散らした。

「俺の言うことに二度と『イヤや』と言うなッ!!俺が言うこと、これは命令や!!」

突然の大声に、場がシンと静まり返る。

琢磨は少しの間視線を下げていたが、仕方なさそうにオンナの差し出すマイクを受け取った。

一応空気を読むアタマは持っとるみたいやな。

しかし、うっすらとしたイヤガラセやなぁ…。

こちらも一応、そういうアタマは持っている。

やがて歌い始めた琢磨。

歌などに興味のない直樹にとっては、もちろん知らない歌。

しかしイヤガラセのつもりで命じたカラオケを、琢磨は皆が静かに聞き入ってしまうほどに上手に歌い上げてしまった。

「………」

ここでもまた何かイヤガラセをしてやろうと思っていたのに、……ついつい最後まで大人しく聞いてしまったではないか。

先ほどの暴れっぷりと照らし合わせてみる。

次から次へとワケの分からんヤツや。

歌い終えた琢磨に向けられる、皆の拍手。

「すごいねぇ!」

「歌うまいねぇ!」

オンナたちの賛辞の中、照れたように笑って席に戻って来た琢磨は、テーブルの上のグラスを手に取った。

あ、ソレ…ッ!

気づいた直樹が制止する間もなく、

「あーッ!!お前!!飲むな言うたやろ!!」

グラスの酒を一気に煽った琢磨は、しばらく店のオンナたちにクダを巻いていたが、やがてうつらうつらし始めた。

ほんまにワケ分からん。酒1杯で寝てもうたやないか。

……まぁ手っ取り早い。

直樹は次の作戦へと移る。

この店の、パッと見女性にしか見えないオンナに琢磨を預け、『怖い目』に遭わせてやろうという作戦。

直樹は席にサトミを呼びつけると、

「言うたった通りに頼むわ」

「えー、ほんとにいいの?カワイイいい子じゃん。何でイジメんのよ?」

「世間の広さ・厳しさを教えたんねん。コイツに男を教えたってくれ。今晩預けるわ」

直樹はオンナ相手にうだうだと何かを呟いている琢磨を尻目に、その店を出る。

明日が楽しみやな。

というより、もう二度と会えんかもしれんな。

尻尾巻くやろ。

……ハアァ――――……ッ

気が楽になる……

そやねん。あんな用心棒にドツキ合いで勝つ必要はない。

引き金引けたらOKなんよ。

あんな小僧に関わってる時間はない。

そう自分に言い聞かせ、今度は穂積の元へと足を向けた。


そこへ行こうと思ったのは、ただ何となく。

別にこれといった用事があるわけではなく、穂積がこの時間に必ず自分の事務所にいることを知っていたから。

食事でもどうかな。

もうこの時間じゃ済ませとるか。


ノックして部屋へ入ると、穂積は1人でそこに居た。

デスクの上に書類を広げ、その横にコンビニ弁当を置き、ペンを走らせている。

穂積はこちらを向くことなく、声を掛けてきた。

「おー直樹か」

「………」

返事もせずに、直樹はソファに腰を掛ける。

「アレ?アンタ、あのボクちゃんくんドコおんねん」

「あー、アイツやったら帰ったよ」

穂積は手を休めることなく、こちらに目を向けることもなく、

「アンタの家に泊めてやりゃいいのにねぇ」

そう呟いた。

それを無視することができず、直樹は言い返す。

「何でじゃ!何であんなモンと一緒に暮らさなアカンのじゃ!フザケるな!」

穂積はそこで手を止めてデスクに肘をつき、顔の前で両手を組んだ。

「せやけどお前、お前の後ベッタリついてきてくれるのなんざ、あの子だけちゃうんか」

「ハア?」

ここで、穂積の目つきは裏側に変わる。

「お前、あの赤い兄ちゃん、和田んトコへ連れてったな」

「………」

「何させたんや」

「……何もさせてないっちゅーねん」

その応えに穂積は少し間を置き、どこからかしら何とも言えぬ重い空気を放ちながら威嚇するように言い放った。

「直樹、お前この後もう1個でも嘘吐いたらエライ目に遭わすでェ」

背中の辺りがゾクッとする。

あまり気にしたことはなかったが、穂積が自分のことを『お前』と呼ぶのを耳にして、久しぶりに叱られているという感覚に陥った。

「……せやけどなアンタ、この世界におったらあがいなことしょっちゅう起こるやろが。現実見せたらんとアイツも覚悟のしようがないやろ。それじゃのうても自立して社会生活を送ったことも1回もない小僧なんやぞ。世の中どんなんか教えたらなアカンのちゃうん」

直樹は穂積に歩み寄りながらそう言い、穂積のデスクをバンッと叩いた。

それに対して微動だにせず、穂積は返す。

「ま、お前の言う通りやな。ただあの雀荘であの子の命に関わるような、そんなことにはならなんだか?もしそんな状況になったとき、お前はあの子を命懸けで守る覚悟があったか?あの子に何かあったとき、ワシもお前も責任なんか取れやせんのやで」

直樹はその穂積の言葉を聞き、思うのだ。

正直なところ「あった」と。

あのガキがあの後形勢逆転され、追い込まれるようなことがあったら……。

そのために銃を持って行った。

しかしこの穂積の言い分から自分は信用されていないことを知り、それを言うのを止める。

「エエ加減なこと言うなよ。それやったら最初からあんなガキ、預からなんだらエエやないか。責任取れんのやったらよぅ」

穂積の言葉はいつものゆっくりで軽いものではなく、重くゆっくりなもの。

「あの子はここを追い出しても、あのままやったら他んトコへ行く言うたやろ。忘れたんか。もう言わんぞ」

喉仏の辺りまで「俺はあの時、ちゃんとアイツを生かし、自分の命を懸ける覚悟があった!」

それが上がってくる。

だがそれを言う覚悟がなく、ここで押し黙った振りをした。

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