残像 2
「へー…スゴイんやなぁ。ニイニイ、こんな仕事もするんや。何か難しいのいっぱい書いたあるなぁ」
そこに立っていたのは、昨夜事務所に乗り込んできた赤い髪の少年。
「…ぅうわああぁぁあッ!!?」
思わず出たその叫び声とともに、しくっと額の痛みを思い出す。
少年は両膝に手を付いた前屈みの体勢で、直樹の展開しようとしている商談を聞き、書類を見ていた。
それがさも当然のことのように。
「……秋月さん、この方はお知り合いで?」
「ハハッ!ハハハハハハ…ッ!」
喉がカラカラになる笑い。
直樹は立ち上がり、
「申し訳ございません。少しお時間ください」
そう言って、少年の首根っこを掴み上げた。
少年は暴れることもなく直樹に掴まれたまま、大人しい猫のようについて来る。
そのまま直樹は妙見迫に見えないほどの距離を取り、壁に隠れた。
「オイッ!!何じゃワレェッ!!俺に何ぞ恨みでもあるんかッ!!『わぁ』言うてもうたやないか!」
「んーん、ないよ、恨みなんか」
「じゃあ何で邪魔すんねんッ!!」
「邪魔とちゃうよ。手伝おう思うたんやよ」
「いるかボケェッ!!お前どっから湧いて出たんや!?」
「昨日からずっとバイクで尾けて回りよってん」
「……ッ!」
とにかく、こういう展開は自分の想定の遥か斜め上を行く。
直樹は少年の胸倉を掴み上げ、押し出すようにホテルの玄関へ向かって突き飛ばした。
「お前、この商談パアになったら、お前1個じゃ責任取れんほどの損害が出るんやぞ!?エエから家へ帰れ!!」
直樹の睨みにもまったく視線を逸らすことなく
「家へは帰らん」
そう言い返す少年を引き摺りつつ玄関に差し掛かったところで、後方から声がした。
「秋月さん」
それに振り返った直樹の元へ妙見迫が歩み寄って来る。
「ちょっと事情は私には分からないですが、今日はこの辺にしときましょう。書類の方は今からコピーしますんで、私の方でも預からせてもらっていいですか?」
それを聞き、直樹は少年の胸元から手を放した。
「あ、コピーなら自分が持っておりますので。先ほどの書類、あちらをお納めください」
「そうですか。ではまた追ってこちらから連絡します」
妙見迫はそう言って2人に背を向け、奥へと去って行った。
……沸点の向こう側にある怒点というものを設けた覚えはないが、その高さまで行った気がする。
直樹は再び少年の首根っこを引っ掴み、ホテルの外へ出た。
自分の車の辺りまで少年を連れて行き、それから改めて両手で胸倉を掴み上げる。
直樹の怒りにも、その表情を変えない少年。
「おいコラ、クソガキ!!お前、俺に名前名乗る根性あるか!!」
「えー?何?どういうこと?」
「お前、今俺に名乗ったら今後の人生大きく左右するぞ。この商談破綻したらお前の親、弁償できるだけの財産あるんか!」
「多分ないよ。でも親は関係ないよ。俺がニイニイの手伝いして返すわ」
「その前に、お前は二度と五体満足で俺の前へ出て来れんかもしれんぞ」
「ううん、それはないよ。俺めっちゃ強いから。多分ニイニイにも負けへんわ」
……決めてかかるまでもなく、本物のアホだ……。
直樹は掴んでいた胸を突き飛ばす。
「俺はな、お前とは出来が違うんや。レベルが合わん。お前みたいなんをイタさ爆発言うんやな。とにかく俺の前に二度と現れるな!」
そう言い残し、車に乗り込み、その場を後にした。
車を走らせながらミラーを見ると、原付に乗ったあの赤頭がさらにまだ後をついて来ている。
直樹は高速へと上がり、それを振り切った。
何やねん……
俺の部屋見てから帰ろう思うてたのに……
何やねんほんま……
……ところでアイツが言うてた『ニイニイ』って、何や?
雑音を取り合えず放っておくことのできない、そんな自分の性分にも恨みを持つ。
やるべきことの半分もできず、直樹は事務所へ戻ることになってしまった。
事務所に帰ってまずやったことはメグミへの連絡。
手筈は全て整えていた。働く店へももちろん話は通してある。住む場所も。
それらを伝え、最後に俺もそちらへ行くからその店で働いていろと告げて、電話を切った。
と同時に、離れた場所の電話が鳴る。
いつも運転してくれる彼がそれに出、直樹に向かって声を掛けてきた。
「秋月さん電話や。会長から」
「………」
返事もせずに内線ボタンを押し、受話器を取ると、
『直樹、ヒマしとるか?』
「ハア?仕事してるよ。暇なワケないやん」
『嘘吐け。お前ヒマやろ。ちょっと遊びに来いや』
「………」
直樹はそこで悟る。
どうやら先ほど妙見迫のところでやったヘマが耳に入ったようだ。
雰囲気で分かる。
やろうと思っていた書類仕事をそのままに席を立つと、直樹の前でペンを走らせていた部下が話しかけて来た。
「秋月さん、どこ行くんですか?」
「イヤ、ちょっとな、オッサンところへ」
「ちょっと待ってください、車出します」
「イヤ、エエよ。1人で行くって」
すると疑うような目でじとーっと直樹を見つめる、その男。
「秋月さんの『ちょっと』はアテにならんのよな…。またいつ襲われるか分からんし、なかなか連絡付かんのも困るんですよね。会社の方で秋月さんの携帯電話を用意しましょうか?」
「携帯電話?」
「ええ」
そう返事をし男はポケットからスッと、最近世の中で普及し始めた携帯電話を取り出した。
少し外へ出るにも人に呼び止められ、束縛されているような今日。
鬱陶しくてしょうがない。
1人の方がスムーズに行動できる。
そんなモン持たされた日にゃ……。
「イヤ、エエよ、もったいない。まだ通話料から本体料からバカ高いやないか。もったいないわ。いらん。ほんで運転手もいらん」
そう言い、再び呼び止められないうちにいそいそと事務所を出る。
表に出て駐車場へ行くと、また気づいた。
少し離れた塀に、ササッと隠れる赤い髪。
犬でも迷子になったら帰巣本能っちゅーのがあるって言うわなぁ。
完全にこっちの居場所を覚えられとるがな。
ハア……
……相手にしなければいい。
直樹は車に乗り、穂積の元へと向かった。
穂積の部屋のドアを開けて中に入ると、彼は立って直樹のことを待っていた。
「おー直樹、早いな。やっぱりワシの言うた通りヒマなんやないか。そやろ?」
今回は自分のしたミスで説教されると想定して、ここへ来た。
直樹は面倒臭そうに穂積に近づき、ソファにずっぽりと座り込む。
「…あー、悪かったよ。ただ破談になったワケやないねん」
「破談やないっちゅーんは、妙見迫さんから聞いとるよ」
「それやったら文句ないやろ。次でバチッと決めて来るやんけ」
直樹のその態度に穂積は一つ溜息を吐き、向かい合わせのソファに腰を下ろした。
「妙見迫さんのトコからお前が帰って来よる頃なぁ、向こうにおるお前の部下がちゃんとフォローに行ったらしいぞ?」
「エッ?!」
「エエ感じやないか。輩みたいなことばっかりしよるか思うたけど、お前の周りでもちゃんと人が育って、助けてくれとるやないか」
「………」
そんな話は聞いてなかったので、正直驚いた。
「妙見迫さんからも、秋月さんはエエ部下持っとるなーってワシんトコへ連絡来たで。まぁ詳細は帰ってから聞いたらエエわ」
穂積は直樹をじっと見ながら続けて話し出す。
「アンタはアレか、この日本で起こった経済バブルっちゅーのを知っとるか?」
その頃自分はまだ学生で、それを肌で感じることはなかった。
しかし噂では聞いている。
「知っとるよ。濡れ手に粟のオモロイ仕事がその辺にゴロゴロ転がっとったんやろ?」
「ハハハ~ッ。よう知っとるやないか」
「そのバブルのお蔭で、今しょうもない経営者がおるんや。俺らはソイツらを焼き畑農場にして生きてってるんやろが。その場所にまた違うヤツが緑蓄えて、また俺らが焼き払う。アンタもそうやってデカなってきたんやろ?」
「ワシは焼き畑農場はムリがあるいうて、早うから気づいとったでェ。更に言うと、そんな話しとるんちゃうんや。あの妙見迫いう男はな、そのバブルの生き残りや。あの濡れ手に粟の、吹けば吹くほど膨らんだ経済事情の中にもホンマモンはおったんや。妙見迫さんは来月から貸切のジェット機でハワイへビュ~ンらしいぞー?」
「………」
ただ説教されるだけかと思っていたが、また面倒臭い話を聞かされている。
穂積は直樹の表情で、そろそろ自分の話に飽きてきたことに気づいた様子。
「まぁエエわ。ワシが聞きたいんはな、お前は今後どうしたいんやっちゅーことや。このまま今の裏稼業を続けるか、ワシと一緒に妙見迫みたいなビジネス続けるか、更に1人で何かやっていくか」
「………」
別に妙見迫みたいになりたいワケではない。
1人で何かをするのは楽ではある。
そしてコイツについて行くという選択もある。
ここで聞かなければならないほど、目前に迫っている現状なのか。
……だとしたら、まだ決められないでいるよ。
直樹はここで話を逸らした。
「あのー…、あー、何や、……そうそう、あのホテルへな、バーを入れるとかよぅ、カラオケ機材とかな、話詰めよう思うとったらやなぁ、とんだ邪魔が入りよったんやざぁ」
「邪魔?」
自分でも思いつかない方向へ話を逸らしてしまった。
直樹は転がるまま、あの少年を『赤い頭のガキ』と表し、穂積にこれまであったことを最初から説明する。
「えー何や、ほんなら家へ帰らん言うて、お前の後ずっと尾け回しよるんか」
「そうやでェ」
「家へ帰ってないんかなぁ…」
「ぽいで。家へ帰られーん言うとった」
「何や、ほんでお前んトコの人間、2人も殴り飛ばされたんか」
「そうなんやって」
うまく話を逸らせた気でいる直樹。
しかし、ここから予想だにしなかった展開が待っていた。
「ふぅん……その子、ワシんトコへ連れておいで」
「あーうん……ぃえッ!?何て!?」
「連れておいでー言うたんよ」
「何の為に!?」
「そんなん、お前に言う必要はナイ」
「………」
まさか、取って食うワケでもないだろうし、
……賠償金の話に持って行くつもりか?
子どものくせに、あのどっしりと据わった目つき。
その表情、赤い頭、鎖だらけの格好。
少年の姿が頭を過ぎる。
何も知らんあんな子どもを追い詰めるつもりかよ、コイツ…!?
穂積に目を遣ると、窓の外の景色を笑みを含みつつ眺めている。
……どうする?
でも話した以上、逆らえねぇか。
楽しそうにニコニコと窓の外を見ている穂積を、直樹はじっと見つめていた。
次の日、直樹はまたあの雀荘に1人で下見に行こうと企んでいた。
昨夜は久々に眠れなかった。
もう朝かって感じやな…。
直樹は以前から不眠症に悩まされている。
あまりに眠れない時は精神安定剤を服用して眠れるようにしており、昨夜は久しぶりにそれを飲んでいた。
しかしあのオッサン、あのガキに一体何するつもりや。
命令とあっちゃ従うしかない。
それがこの世界の住人の決まりごとだろう。
自分はニセモノではあるが……。
昨日穂積の元から帰るときには、少年の姿は見えなかった。
……アイツはもう俺の前に現れるべきではない。
身支度を済ませてホテルを出、車を走らせる。
昨夜眠れなかったことも助け、この日動き出したのはもう正午に近い時間。
今から和田んトコ行ってもな……まだ早いかな。
あの女連れて逃げたの、俺やってバレとるかなぁ。
そんなことを考えつつ右折しようとミラーを見た、その時。
そこに映った、あの姿。
「………」
車で一気に右折する直樹に、少年は原付で強引について来る。
直樹は車を走らせながら窓を開け、
「おいコラーッ!!二段階右折やろが!!」
そう叫んだ。
その声が聞こえたのかどうなのか、ミラーに映る少年は原付を走らせながらこちらに大きく手を振ってくる。
「……ハアァァ――――…ッ!」
とんでもなく大きな溜息が出た。
直樹が左手にあったコンビニの駐車場へ車を入れると、当然少年も後に続いて入って来た。
もう一度深呼吸に近い溜息を吐き車を降りた時には、少年はすでに車のドアの横で立って待っている。
「ハア……しつこいなーお前」
「うん、まあね。完全にロックオンしとんねん」
「………」
例えばバイクで俺の車に突っ込んで来た。
そんなことがあれば、こっちも出方はあるやろう。
何で俺がこんな子どもに、真綿で首絞められるような思いせなアカンねん。
にんにくのスライスは低温油から炒めましょうか、ってか。
……誰がにんにくのスライスやねんッ!
「お前、どういうつもりや?どこまでついて来るつもりや」
直樹の問いに少年は答えた。
「別に俺はアンタには興味はない。まぁこの間の仕返しもせなアカンしな。アンタからは金のニオイがするんや。俺は金が要るんや。俺は1人で生きて行かなアカンのや」
お前みたいなんが1人で生きて行けるワケないやろ。
俺らみたいな人種に関わるから、こんなことになるんや。
「……俺に仕返しせなアカンのか。ほんならしゃあないな。分かった。ついて来い」
直樹は少年に車の後部座席へ乗るように促す。
しかし彼は、
「え?バイクあるからバイクでついて行く」
「そんなきったないバイク、捨ててまえ!」
「ええ――――…でもなぁ……あ、そうやニイニイ、トランク開けてや」
そう言って、少年は自分の原付をヒョイッと持ち上げた。
「………」
直樹は黙って少年に歩み寄り、彼を突き飛ばす。
「オイお前、ちょっと退けェ」
そうして自分も少年と同じように原付を掴み、持ち上げ、……ようとするが、うまくいかない。
浮くのは前輪だけ。
車体が持ち上がらない。
「………」
黙り込んだ直樹に構うことなく、隣でトランクを開けようとしている少年。
直樹はそんな少年の後姿をじっと見つめ、やがてハッと我に返った。
「お前、何しとんねん!」
「え、積んでくれるんちゃうん?」
「積むワケねぇやろ!こんなキッチャねェーの!まぁエエわ、原付で俺の後ついて来い」
取り合えず和田の店へ行くのを一旦止め、穂積の事務所へ向かうことにした。
「お前、当然無免許やわな。14言うたもんな」
「うん」
「……まぁエエわ」
直樹が車のドアを開けて乗り込もうとすると、少年は何を思ったかズリズリと原付を引き摺り始めた。
そしてその様子をじっと見つめている直樹に、
「ちょっと待って。やっぱり乗っけて。俺、こんな車乗ったことないから一回乗ってみたいんやわ」
駐車場の端に原付を寄せ、自分から直樹の車の後部座席へ上がり込む。
「………」
それから一拍後、直樹も車に乗り込んだ。
……まったく、今から何が起こるかも分からへんのに。
車を運転しながら、ルームミラーでチラチラと少年の様子を伺ってみた。
「うわぁ…!やっぱり高級車ってスゴイなー!走るたんびに椅子へめり込む感じするやん!」
妙にはしゃいでいる少年。
「……お前な、刑の執行の前に饅頭が置かれとって、それ食べてもエエっちゅー話、知っとるか?」
「んん?」
「………」
恐らく家庭の事情ってのがあるのだろう。
年齢を考えると、時折見せる表情はやけに大人っぽい。
更に言うと、さっきの腕力。
原付いうても簡単に持ち上がるもんやないよな。
一体どんな子なんや。
………あ、イヤイヤイヤ………
少し興味があったこの少年のことを、直樹は思い直す。
この後に起こること、これ以上自分責めるなよ。
恨むんやったら俺を恨んだらエエ。
そんな直樹の思いとは裏腹に、少年のテンションはやや高め。
「ねぇ、やっぱりアレなん?ニイニイ、こんなゴッツイ車、何台も持ったあるん?」
「……お前な、そのニイ(↓)ニイ(↓)って何や」
「え?ニイ(↓)ニイ(↓)ちゃうで、ニイ(↑)ニイ(↑)やで」
「そんなんどっちでもエエ!俺はお前に自分の名前なんか名乗ってないぞ!?ほんで俺の名前に『ニ』なんか入ってないで!」
俺はお前に名乗るようなことはないし、俺はお前の名前を覚えるつもりもない。興味もない。
「イヤ、ちゃうよ。ニイニイのニは、兄ちゃんのニやんか」
馴れ馴れしくされる覚えはなく、馴れ馴れしくしないでくれとも思う。
「お前に兄ちゃん呼ばわりされる筋合いはないわ!ちょっと黙れ!!」
そのヒステリックな直樹の言葉を最後に車中での会話は止まり、穂積の元へと車は走る。
黙ったまま歩いて行く直樹の後を、ひょこひょことついて来る少年。
エレベーターに乗っている間も2人に会話はなく、無言のままでいる。
旅行にでも来た気分でおるんやろなぁ、コイツ。
穂積の部屋のドアを開けると、中には十数人の人間が集まっていた。
「秋月さん」
そこへ話しかけてきたのは、先日少年に肘撃ちを食らい、激高していた男。
鼻の辺りにガーゼを当てている。
「アレ?お前何でこんなトコおんの?」
「会長から呼び出しがあったんやけど、秋月さんおらんもんやから俺が代わりに…」
と、男はそこで直樹の後ろに少年の姿を見つけた。
「あッ、お前!何でこんなトコにおるんじゃッ!!?秋月さん、こりゃどういうことや!?」
事情は話すまでもなく、この後すぐ分かる。
「まあまあ、落ち着け。別に仲良うしとるワケちゃう」
ちらりと少年を振り返ると、彼はこちらには無関心。
キョロキョロと物珍しそうに、穂積の部屋を見回している。
そこへまた、集まっていた男の1人がやって来た。
「お前、あんじょう行っとるんか?」
「ハア?何が?」
「和田んトコの話やろうが」
「あーあー、そんなもんバッチリやんけ。ところでオッサンは?」
「出掛けとって、今こっちへ来とる最中や。もう着くんちゃうか」
「で、何で皆集まってんの」
「今後の話に決まっとるやんけお前。オヤジにベッタリくっついとるクセに、お前も寝惚けたヤツやなぁ。ゼニ金勘定ばっかりしとるんちゃうぞ、ほんま」
「………」
自分は慣れてはいるが、ここに集まっている人間の風体を見れば、ほとんどの人間がビビッてしまうだろうが…。
少年はこの場でも物怖じすることなく、相変わらずキョロキョロしながら部屋の中を歩き回っている。
「おい、ウロウロせんとコッチへ来て座れ」
直樹の手招きに従い、少年もソファに腰を掛けた。
やがて、部屋のドアが開く。
「ウィ――――…ッ!」
その声と同時にソファに座っていた男達が一斉に立ち上がり、頭を下げながら声を揃えて
「「お疲れ様です!!」」
自分もこの手の挨拶を穂積にしたことはない。
直樹は自分も着席したまま少年に向かって、
「まぁ、お前は座ったままでエエわ」
と一言声を掛けた。
人がたくさんいる前で何だが、難しい話の前にこっちの話を済ましちまおう。
表情の変わることのない少年を一度見、直樹は我先にと言わんばかりに穂積に向かって口を開く。
「おい、オッサン」
穂積はこちらに顔を向け、ちらりと少年の姿を確認した。
「ふ~ん……知らないボーヤがおるねぇ。この子、見たことないねぇ」
そう言いながら、穂積は自分のソファへと腰を下ろす。
「オッサン、このガキがこないだ話した例のガキや」
直樹の言葉に、穂積は少年に目を遣った。
「ほーほーほー、聞いとるよ。……危なっかしいねぇ。ワシをそんな目ェで見ないでくれないか?」
「………」
「コイツな、金が要るんやって。1人で生きて行かなアカンらしいわ。雇うてくれ言うてるわ」
「ほ~…君、何歳だい?」
「14や」
「うんうんうん、まず間違えてるな。『14歳です』やろ?もう一回言うてみ?」
「……14歳です」
穂積は周りに人間がいることをまるで無視するかのように、少年に話しかける。
直樹は黙ったまま、そんな2人の遣り取りを見ていた。
「若いねぇ。どうして金が要るの?ご両親は?」
「一応、いますよ」
「一応って何だい?」
コイツの事情なんか聞いてどうするんや。
親おるいうて言いよるやないか。
「まぁいいわ。この世界もねぇ、腕っ節が強くてヤ○ザになる人は少ないの。君みたいなの、必要とされないの。君がどんだけ強いか知らないけどねぇ」
そこで穂積は初めて組の男たちに視線を投げた。
「ところでね、この子に張り倒されたのは誰かな?」
「……はい、自分です」
名乗り出たのは、直樹の部下。
穂積は彼を見て続けて言った。
「そうだねぇ、まず君、破門ね」
……え!!?
直樹はギョッと穂積を見る。
「腕っ節がいらん言うても、極○がケンカで中学生に負けたんじゃ話にならん。君はもういらない」
ア……アレッ!?
何か話の行き先が……ッ
直樹は腰を浮かせ穂積に話しかけようとするが、彼は構うことなく話し続ける。
「さ~て、『一応の親』がおる子か。それで、いくら欲しいんだい?」
「いくら欲しいって、どういうこと?」
「『どういうことですか?』でしょ。もう一回言ってみて」
「……どういうことですか」
「いくら欲しいの?一月」
すると少年は少し視線を彷徨わせ、
「えーっと、えーっと、えーっと……じゅ、13万!!」
そう答えた。
同時に男が1人「ブッ!」と噴き出し、続いて沸き起こる大笑い。
しかし直樹は笑えない。
……リアルやな。
俺もあの頃、計算して弾き出した数字は、確か13万やったな。
3人の便乗しない野太い騒音の中、穂積が応える。
「分かった。君を客人として迎えよう」
その瞬間、直樹の目は文字通り飛び出した。
「―――― ッッ!!!??」
驚きすぎて、声にもならない。
な!
な!!
ンな~~~~ッ!!??
「ちょ…ちょ、ちょちょちょ、ちょっと!!」
直樹の驚愕も制止も無視し、穂積はどんどん話を進めて行く。
「13万はワシがあげよう、毎月ね。あとは歩合だ。ただ、いいかい?この子を不必要だなーと思ったら、ワシは全力でもって君を消すよ?」
その内容とはちぐはぐな、
「ハイ!!」
という少年の元気な声。
「え・え・えええ~~~~ッ!!??アンタ一体何言うとるんや!?ほんでウチの人間破門って何や!?」
例の男を見ると俯いたまま拳を握り締め、そして何も言わず部屋を飛び出して行った。
穂積は直樹を含むその一連の流れを全て無視する。
それから直樹に向かい、とんでもないことを言い出した。
「直樹、君が面倒見なさい」と。
は、ハアアァァ~~~~~~ッ!!??
「ウ、ゥウッソやろ~~~ッ!!?何言うとんねん!どういうこっちゃ!!中学生に何させろ言うんや!?」
「何でもいいから、させなさい」
「ウッソやろ~~~~ッ!!!」
思っていたのと全然違う!
取り合えず、ここでは穂積の言う話の内容は理解できなかった。
「ヤッタ~~~~ッ!!」
少年はそう叫び、穂積に近づく。
「ねぇ、じゃあね、俺、このニイニイの仕事、手伝うたらいいん?」
「ああ、そうしなさい。あ、アイター…オッサンもエエ年なのに順番間違えとるなぁ。ワシの名前は穂積や」
「うん、穂積さんね」
「………」
「………」
「おいおい、名乗った人には自分の名前も言うて返さなアカン。なぁ?」
「あ、うん。松本、えーっと、松本琢磨です」
「おう、よっしゃ覚えた。ほんでコッチのニイニイはな、もう名前聞いとるか?このニイニイは、秋月直樹。ちゃんと覚えたってくれな」
「うん!分かった!よっしゃーッ!!」




