しるべ 2
「部屋に1丁くらい置いといた方がエエんちゃいます?」
もう一度問われたそれに、直樹は曖昧に答える。
「……まぁそれに関しちゃまた今度な、言うわ。それよりもこの2つ、早速使わしてもらうよ」
「え、この後どっか行きますの?」
「ああ、一回事務所寄ってからな」
直樹はこの後すぐ、穂積に言われた雀荘に行こうと考えていた。
この日は月曜日。
週末行かないと意味がないとか言ってたな。
勝負は金曜の夜か。
直樹はここでこの男に今から行く雀荘の説明をし、同行してくれないかと頼んでみようかとも考えた。
しかし、やはりその腹は決まらない。
そのスタンガンとライターを上着のポケットに仕舞い、その後は事務所に着くまで何も話さないままでいた。
やがて、いつものように車は事務所の前へ停まる。
このように送迎してもらった際には、毎回運転手や周りの人間がドアを開けてくれるのだが、直樹はその都度それを拒んでいた。
この時も、運転席から男が降りようとドアを開けるのと同時に、直樹は自らドアを開け、車を降りる。
「エエよエエよ、車回しといで」
降りようとしていた男にそう声を掛けた時、彼がふと何かに気づいたように視線を止めた。
それを見た直樹もそちらへ目を向ける。
事務所の前。
そこには1人の男が立っていた。
キャップを被り、スニーカーを履いたスポーティないでたち。
その男は、ちょうど車を降りた直樹に近づいて来る。
「……どうも、こんにちは」
この風貌では、誰だか確認できない。
直樹は相手の顔を覗き込むようにして、
「あー……こんにちは。悪ィんやけど、どちらさんかいな」
「……アンタは俺のこと知らんと思うよ」
男はそう言いながら、ポケットに突っ込んでいた手をゆっくりと持ち上げる。
その動作をじっと見ていた直樹の視線の先、現れた手に握られているのは拳銃。
直樹は咄嗟に、開け放したままだったドアを引っ掴み、それごと車の中に飛び込んだ。
同時に、運転手の彼が男に飛び掛かる。
―――― ッパーンッ!!
硬い音と共に、車の天井辺りからガツン!という衝撃。
直樹は後部座席で身を伏せたまま、それを聞く。
直後、発砲音を聞きつけた事務所の人間が、わらわらと駆け出してくる足音。
声。
ざわめき。
静かな平日の昼下がり、道路の真ん中で大声を出し合う大人たち。
その喧騒を、直樹は車の中で聞いている。
アカン、泣きそうや。
また死に掛けた…!!
硬直したように横になっていると、運転手の男が駆け寄ってきてドアを開けた。
「大丈夫か秋月さん!秋月さん!!」
その声を聞き、何とか持ち堪えられた。
取り押さえられた男は、余所の組に籍を置いていた人間。
直樹のやっている商売に経営で負け、それが原因でその組から追い出された。
……そんな話を、後で聞いた。
「秋月さん、コイツどうする!?」
「………」
何となく、今起こった出来事で落ち込んでしまった。
「……アンタらに任せるわ。もう俺を襲わんといてくれって、言い聞かせといて」
「そんなん無理やろ!!」
直樹は上着のポケットに手を突っ込み、先ほどのスタンガンとライターを確認する。
そして、地面に押さえつけられている男に歩み寄った。
「……なぁ、今回のこと取り合えず勘弁したるから、その銃、俺にちょうだい」
男は突拍子もない直樹のその言葉に一度キョトンとしたが、すぐに顔を強張らせ、
「ワレのせいでな、俺はな!!」
直樹は落ち込んだような表情のまま、今度はその男の前にしゃがみ込む。
「まぁそれらも含めて勘弁したるから、ソレ俺にちょうだい」
「………」
男は拳銃を強く握り締めていた手を緩める。
アスファルトに転がったそれを、直樹は重々しく拾い上げた。
一応……うん、一応な、持っとこ。本物もな。
びっくりしすぎるのも、泣きそうになるのもゴメンや。
そう自分に言い聞かせ、1人事務所へと入って行く。
事務所の中は、まだ男のことで大騒ぎしている。
直樹はそれを横目にある程度の現金を持ち、そっと事務所を出ようとした。
それを見咎めたのは、先ほどの運転手の男。
「どこ行きますの!?」
「あー…ちょっと仕事な、仕事で」
「あんまり1人でウロウロしてもらいたないんやけど。ちょっと待ってください、俺も行きますから」
男の言葉を何となく心強く感じたが、直樹はあえてその申し出を断った。
「エエよ、1人で行くから。大丈夫やわ。ただアンタの車、ちょっと貸してくれや」
「ほんまですか?……1人で大丈夫なんかなぁ……」
男はブツブツと言いつつも、自分の車のキイを直樹に手渡した。
直樹は運転しながら、穂積から渡されている件の雀荘の資料を読んでいる。
結局誰にも言えなかった。
自分が強く念じていた望みを、あの日を切欠に諦めたことで、自分の中に恐怖というものが芽生えたような気がする。
人を失う恐怖。
自分を失う恐怖。
それらに付随する、いろんなもの。
これでこそ人なんであろう。
そう自分に言い聞かせながら、ここ最近毎日を過ごしていた。
この恐怖というものが逆に自分への糧となっている。
それほどに生きたいと思っている自分に対して、希望を感じていた。
先ほど起こった出来事もその一つであり、今からしなければいけないことに対する恐怖心から自分を奮い立たせてくれた。
……穂積に啖呵を切った以上、この雀荘を押さえるのは俺の仕事。
車で30分ほど走ったところに目的の雀荘はある。
ここを経営しているのは、和田という男。
薄汚れた小さなビルを見上げ、それから駐車場を覗いてみる。
そこには1台のベンツ。
穂積から受け取った資料の中には、和田の所有する3台の車のナンバーが全て書かれていた。
その内の1台が、このベンツのナンバーと一致する。
こんなショボイ雀荘でベンツかいな。
相当やっとるな。
そのビルは1階が喫茶店、2階が雀荘。
ビルの端には剥き出しの階段が上へと繋がっている。
直樹は和田の車を始め、ビルの周りをウロウロと探索して回る。
するとその時、1階の喫茶店から1人の女が直樹に歩み寄ってきて、
「あの、すみません」
突然掛けられたその声に先ほどの動揺も手伝って、直樹はビクッと肩を揺らすほどに驚いてしまった。
首を竦めて振り返ると、そこにはまだ若い、背の小さな女がニコニコ笑いながら立っている。
「な、何や、ビビらすな!!」
直樹の鋭い声にも笑顔を崩さないその彼女は、直樹を引き止めるように話しかけてきた。
「今、お暇ですか?」
「イヤ、忙しい」
「あの、コーヒーでもいかがですか?」
「イヤ、忙しい言うとるやん」
その場から立ち去ろうとする直樹の上着の袖を掴み、女は言い募る。
「この時間なら、コーヒーとセットで2万5千円ですけど」
「ハア!?にま……」
今からしなければならないことに夢中で、この女が何を言っているのかすぐには分からなかった。
……何やココ、売春宿か。
直樹は改めて、その女の容姿を確認してみる。
背中までのストレートの髪。
薄紫のカットソーに、ジーンズ姿。
まだ化粧っ気のない、幼さの残る可愛らしいその顔。
「お前何や、この店に雇われてんのか」
「はい」
「何歳や」
「19です」
ニコニコしながらそう応えるその女に、苛立ちが溢れてきた。
「お前な、俺の容姿見て何とも思わんのん」
「ハイ?」
「お前雇うとるのもヤ○ザやろ?同業者に声掛けるなー言うて怒られるぞ」
「はあ……。何でですか?」
「何でですかって…」
ああいう組織には派閥があったり、抗争があったり…そういった話を今したところで意味がないな…。
「お前の雇い主って、何てヤツや?」
「あ、ハイ。ここのお2階でマージャン屋さんやってます。名前は……えっとー……」
笑顔を絶やさず進められるこのスローなペースに、だんだんとイライラが募ってくる。
要するにこの和田って男、クスリと売春宿をやってるってことだな。
直樹はおもむろに、その女の上着の両袖を捲り上げた。
その腕に、疑った注射の痕はない。
「……クスリは食うてないみたいやな。クスリは食うてないんやな!?」
がなり立てるようにそう問われた女は、しかし笑みを絶やすことはなく、
「私、蓄膿症なんで、漢方薬はいつも飲んでます」
と、そう応えた。
…鼻から吸引していたら、真実は分からない。
この女の受け答えじゃ、クスリ漬けにされてウリをやらされているのかどうかも確認できない。
「……うるせェ!!もうエエ!あっち行け!!」
直樹は女を突っぱね、2階へ続く階段を駆け上った。
2階のドアを開けると、店内は意外と明るい。
客の姿はまばら。
入ってすぐにウエイターのような男が近づいてきて、席に案内される。
「飲み物は何にしましょう?」
「イヤ、いらんよ」
「今ちょっとお相手の方がいないんで、少し待ってもらいますが」
「ああ、エエ、エエ。俺、マージャン知らんから。やったことないから」
「………」
直樹はテーブル席に座り、マージャンをしている客の姿をただじっと眺めている。
しばらくすると、直樹の目の前に1人の男が現れた。
男は笑みを作りながら、直樹に
「お客さん、今日はどういったご用件ですかね」
「………」
「マージャンせん、酒もいらんって、どういったご用件で?ねぇ秋月さん」
……ん?
と同時に、コイツが和田であることを確信した。
「アンタ、俺のこと知っとるん?」
「そらぁ知ってますがな。穂積の親分さんの腰巾着やろ?あ、ちゃうか、コバンザメか。のう?」
なるほど。
あのオッサンに引っ付いていることへのやっかみってェのは、こんな末端まで来てるんだな。
直樹はそこで席を立つ。
「何や、俺のこと知っとるんか。お前、和田やろ」
「ありゃー、こりゃぁ光栄やな。あの有名な秋月さんに名前知っとってもろうとるんかいな、ワシ」
「随分儲けとるみたいやな。どんな手使うとるん?」
「イヤイヤイヤ、全然儲かってませんわ。見ての通り、寂れた雀荘ですさかいなぁ。秋月さんこそ、ようけぇ稼いでるんでしょう。もっぱらの噂でっせ。秋月いう小僧が穂積の親分さんにケツ貸して、1回100万貰うとるいうてな。ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!傑作ですなぁ!」
なるほど。
俺がここに来たことで、いろんな心当たりがありすぎるみたいやな。
間違いない。週末に確認するまでもないみたいや。
もう一回態勢を立て直そう。ここで暴れるのは賢明ではない。用心されてしまっては困る。
一度、用心棒なるヤツの姿を見ておきたかったけどな…。
直樹は黙って和田に背を向け、店を出ようと足を向けた。
「あら、秋月さん。帰りますんかいな」
「おう、別に何の用事もないしな」
その返事に、和田は顔を近づけるようにして直樹に迫り寄った。
そして小声で、
「ワレェ、何企んどるんか知らんけどな、下手な邪魔はせんこっちゃ。杯も受けてない半端な野良犬が、アッチコッチで人に噛み付きよったらエライ目に遭うでェ」
それを耳元で聞いた直樹は、自分の顔を笑顔に変え、和田に返す。
「だから、別にアンタに用事ない言うとるやないか。ナニ必死になっとんねん。何かオモロイことがあるんやったら、俺もまぜてや」
そう言い終えると出口に向かって歩き、ドアノブに手を掛け振り返った。
「それとな、俺がケツ貸しとるんやのうて、向こうが俺にケツ貸しとるんじゃ。穂積に100万払うとんのは俺や。ご苦労さん言うてな。ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!!皆に言うとけ。傑作やろ~」
和田の表情は先ほどの笑みから、睨みに変わっている。
それを確認し、直樹は笑顔のまま雀荘を出た。
えらい必死やったけど、大したことなさそうやな。
こりゃ俺1人でも余裕やろ。
武器もあるし。
そんなことを考えながら階段を降り、そのまま車に乗り込もうとドアを開けたとき、
「あのー、すみません」
その声に、直樹はまたビクッと肩を揺らす。
振り返ると、そこには先ほどの女の姿。
「お前何や!?俺に何か文句でもあるんか!?」
「いえいえ、文句なんてそんな。遊んでってくれないかなと思いまして」
「だから、断る言うたやろ。いらん!」
そこで女は明らかに肩を落とし、項垂れた。
「何やねんお前、まったく…」
「あ、ハイ……ノルマってのがあるんですよ。それクリアしないと減給されちゃうんですよね。このままじゃアカンわー…」
「せやから言うて、そがいな過剰営業しよったら客は余計ヒイてまうやろが。ちょっとは頭使え!」
女はその言葉を聞き、俯いていた顔を上げ、
「そうですね、気をつけます。ありがとうございます」
そう言ってニコッと笑った。
「……お前、学生か」
「いえ、まぁ学生になりたくって、このアルバイトやってるんですけど」
「……何やソレ」
「学校に行きたいんですけど、お金がないんですよ」
「……親は」
その問いに、女は不自然に表情を変えることもなく笑顔のまま、
「そんなのいません。ずっとおらんのです。小さい頃から」
……何となく、この女の持つ雰囲気に時間を使いたくなった。
「学校って、何の学校?」
「看護です。看護婦になりたくって」
学校に行きたくて体を売り、看護婦になりたい……?
「一回の取り分は?」
「あ、ハイ、7:3です」
「お前が7?」
「いえ、私が3です」
「チイッ!!!」
開けていた車のドアをバンッと閉め、そこに凭れ掛かる。
「あのな、お前普通逆やろ!!お前が7貰わんでどないすんねん!」
「あ、そういうもんなんですか」
あのクソオヤジ、どこまでもシワイことやっとる!!
そこで女は1人ブツブツと呟き始めた。
「えっとー……3の取り分から、えーっと、いろいろ引かれてー……アレ?どうなんだろ、実際のところは……えーっと、2.5?」
そして、
「よく分かんないです」
そう言い、直樹に笑顔を返す。
「お前、何笑ろとんねん。ボロカスされてんねんぞ。腹立たんのか!」
「え、笑ってます?」
「笑ろてるよ!!」
「じゃあ、えっとー、これはワザです」
「ハア!?」
「子どもの頃からこうやって生きてきました」
「………」
とにかくこの女の、学費を稼ぐために体を売って看護婦になりたいというのが気に食わない。
またいろんなことをほじくり返されたような気がした。
「オイお前、名前何て言うんや?」
「大西です」
「下の名前は」
「メグミです」
「よしメグミ、お前は今から俺の部下や。俺んトコで働け」
「ハイ?」
「エエから!店に戻って貴重品やら何やら持って来とるやろ。それ全部持って来い!この店もあの雀荘も、今週中には潰れるんや」
「ええ!?嘘やん、何で!?」
何で?
まだ確信はない。
だが確信にするために、今のうちから大きく出ておこう。
「俺とここのクソオヤジが、今ケンカの真っ最中や。ほんで間違いなく俺んが強い」
そう言いながら、自分の顔が赤くなるのを感じた。
「エエから早よ取って来い!!」
「他の女の子らはどないしよう?連れて来ますか?」
「知るかッ!!お前だけでエエ!!エエから早よせェ!!」
「あ、ハイ」
メグミは一度店の中へ入って行き、カバンを持って裏口からコソコソと出てきた。
直樹は彼女を車に押し込み、その場から走り去る。
……これでケンカの理由にはなる。
最初から引き下がるつもりなどなかったが、自分をけしかける事に成功した。
堂々と助手席に座り、ニコニコしているこのメグミという女。
まぁ大分アホみたいやが、良い火種になってくれたよ。
直樹はメグミと共に、事務所への道を辿る。
車中、このメグミという女と会話し、面倒臭いモノを拾って来てしまったと少し後悔した。
「あの~、まだお名前聞いてないんですけど」
「っていうかお前、何で助手席座っとんねん。ズカズカと厚かましい!」
「イヤ、そんなことは聞いてないんですけど、名前は…。私は大西です。大西メグミです」
「名前!?秋月や!」
「下の名前は?」
「俺の下の名前、要るか!?直樹や!」
「直樹くんは何歳ですか?」
「『くん』言うな!!」
「いや、一応年上だと思ったんで」
「だからって『くん』はないやろ!しかも下の名前で!俺が何歳か!? ………」
………アレ?
俺って何歳やったっけ?
漂流期間があったので、自分の年齢が曖昧になっている。
「……ま、まぁアンタよりゃちょっと上やわ」
「年齢は謎なんですね。分かりました」
常に笑顔で受け答えをする彼女。
先ほど自分の笑顔をワザだと表したその言い分に、興味があった。
「アンタ、じゃあ施設か何かで育ったんか」
「ハイ、施設育ちなんで高校までは甘えれたんですけど、大学まではさすがにってことで、自分で行こうって考えてました」
「だからってお前、あんな仕事せんでもエエやろ」
「イヤ、なるべく急ぎたかったから。そう言う直樹くんも、何でそんな仕事してんの?」
ストレートに問われることに対して、ストレートに返せる返事を持ち合わせていない。
屈託なく聞かれると、実に難しい。
「ん――――…俺もな、アンタと一緒で親がおらんのよ。まぁそんなトコやな」
「え、子どもの頃からいないんですか?」
「イヤ、俺が大きくなってから、2人共死によった」
その言葉を言った後、自分の隣でメグミが静かになった。
何となく横に目を遣ると、ずっと笑顔を絶やさなかったメグミがぼろぼろと涙を流して泣いている。
「ぅうわッ!?何やお前!何泣いてんねん!?」
メグミは両手で目を擦りながら応えた。
「だって悲しいやんか。私の場合、最初から知らんけど、直樹くんはお父さんとお母さん、存在知ってるのに、死んじゃったんやろ?」
そう言って、グズグズと鼻を啜る。
「それでスネて、そんな鬼みたいな、人殺しみたいな顔して、生きて行ってるんやろ?それって、悲しいやん……」
「………。お前な。人のツラ見て悲しい言うな」
この拾い物に少し後悔しながらも、穂積以外の人間と久しぶりに会話をした気がして、癒された気分でもある。
直樹はメグミに、給料はあの売春宿の30%増を払うという約束をし、自分の経営するキャバクラで働かせることにした。
途中そのキャバクラに寄り、メグミを店主に紹介して一度預ける。
それから自分の仕事が残っていたことを思い出し、すぐに事務所へと戻った。
目の前の書類。
なかなか進まない仕事。
ペンを握り、紙面を繰りながら、集中できていない自分を知る。
寄せる思考を傾ければ、今日会った和田の姿が頭に浮かんだ。
トレーナーにジャージのズボン、裸足に突っ掛け。
身長は160くらい。
年は……40くらいか。
ショボイおっさんや。
用心棒がおろうが余裕やろうに、何でこんなに悩んでるんや。
乗り越えたつもりでおったが、やっぱりビビッとるんかな…。
集中できない仕事は間違いの元。
直樹は外の空気でも吸おうと席を立つ。
裏口のドアを開けて外階段を下りると、そこはビルの隙間の狭い路地裏。
もう辺りはすっかり暗くなっていた。
腕時計に目を遣り、もうこんな時間かよ、と呟く。
1階裏口のすぐ近くにある自販機でコーヒーを買い、一口飲んだ。
……1人じゃ危ないかな。
明日もう一回行って、用心棒の姿見てくるか。
直樹はそんなことを考えながら、上着のポケットからスタンガンを取り出し、それを眺める。
こんなんじゃ役に立たんかなぁ。
一回ブッ放したことあるけど、やっぱり銃は抵抗あるな……。
もう一口コーヒーを含んだ時、先ほど直樹が出てきた2階の出入り口の扉がバンッと勢い良く開いた。
「秋月さん!!」
その大声に、また直樹は首を竦めるほどに驚いてしまう。
同時に、含んだコーヒーが気管に入り激しく咽た。
「ゲホゲホゲホッ!!ゴホッ!!!ゲホケホッ!!……な、何や!?」
「秋月さん!ワケ分からんのが1人乗り込んで来て、大将出せ言うとるんや!」
「………」
「コレ、どないしましょうか!?」
「……何や、また鉄砲玉かよ……」
直樹の力ないその言葉に、男は首を横に振り、
「イヤ、ちゃうねん、それが」
「んん?」
「子どもやねん」
「コドモ?」
「秋月さんとケンカさせェ言うとるんや」
「………」
その時、開いたままのドアから大声が聞こえてきた。
「大将出せや!!お前らじゃ俺の実力は測れん!!」
それから、物が激しく散らかる音。
直樹は男を見上げ、
「子ども?言うてる意味がよう分からん!」
そう返事をする。
「私もよう分からんのやけど、ウチの田中がその子どもにドツかれて、病院に運ばれましたんや」
「………」
今言われていることの内容が、さっぱり分からない。
ただ部屋の中から聞こえてくる騒音から、器物破損。
ウチの者が病院送りにされた、傷害罪。
子どもなら、親が代償してくれるやろう。
そう考えた。
「……オイ、とっ捕まえてコッチへ連れて来いや」
「あ、はい!!」
返事をして、男は急いで部屋の中へ入って行く。
直樹は手に持っていた缶コーヒーを、一気に口の中へ流し込んだ。
ちょうどそのタイミングで、再び開いた鉄の扉。
そこから事務所の連中と一緒に階段を下りてくる姿を見て、直樹はまず驚いた。
「………!!!」
夜目でもはっきりと分かる、髪の毛を真っ赤に染めたその男。
身長はそこそこ高いようだが、顔を見るとまだあどけない。
というより、完全な子ども。
「ハアッ!?」
その少年は真っ直ぐにこちらを見つめ、悠然と直樹の前に降り立った。




