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病葉 3

やはり俺のことを調べていたのか。

父や、父の会社のこと。

そう思いはしたが、その辺は想像の範囲内だった。

だが俺の育ちや家柄を利用し、旨みのある方向で話を持って行くというのであれば理解できるが、俺みたいなヤツはキライ、か……。

「あんな、オッサン。俺にもな、目的があるんよ。大体泣いてるヤツの顔面に泥塗りたくってきたアンタが、俺にそんなこと言えるんか」

「まぁ、そう言われたらそうやな。まー、せやけど、ワシもその辺はこれっぽっちも反省なんかしてないんやねぇ、これが。

何々になろうとした過程。1番になろうとした努力。血ィ滲ませて、この辺ゴールやろう思うて上ってみたらな、ワシよりもうちょっと高いトコとか、倍くらい高いトコとかな、その天辺でうちわ扇いで景色見渡しとるヤツが何人もおった。

アイツらはな、ワシらみたいな中途半端な成金が必要なんや。貧乏人の存在なんか知らん。ワシらみたいな骨組になる成金の存在が必要なんよ。下ァ見下ろすためにな。ワシ、コレ知るために何十年もかかったわ。

アホらしいと思わんか。ワシ、アホらしい思うたんやなぁ」

「………」


直樹はこちらに来る車での移動の数時間、いろいろと考えていた。

死んだらゴールと表するか。

死ぬちょっと手前がゴールと考えるか。

そんなものは設けない、そう考えるか。

穂積の今回の言い分は、直樹にとって極めてタイムリーなもの。

松田が少しずつ金銭というものにがっついている様子を窺い知り、あれは俺の影響以外の何物でもないと、反省に近い感覚を覚えた。

この穂積の世話になり出してから、長いと表するにはまだ短い年月を経て、俺の目標は一体何だったのか。

そんなことを考えてみた。

久保さんに対する出来うる限りの施し。

それらを差し引いても、今俺がやっていることというのは大袈裟すぎやしないか。

ここまで金銭に執着する必要があったのか。

それらの思考の後の、穂積との今回の遣り取り。


ゼニ

人の命すら救えると表したソレ。

……忘れちゃおらんよ。

アレは再発する。

そのためやろ? 

言い聞かせるまでもない。

その他の人たちと

生活

俺の知らない所で揺れ動こうが、所詮は見えぬ場所でのこと。

……俺が知るはずもない。


黙ったままの直樹に、穂積は続けて尋ねる。

「本音?目的?目標?アンタ、将来どうなりたいっちゅーんや?」

「ハア?」

「今言うとったやないか。目的やら目標があるって。どうなりたいんや?」

それを聞き、直樹は席を立った。

「……なりたいんやのうて、したいことがあんねん」

直樹は部屋の中をゆっくりと歩き、出口へと向かう。

ドアノブに手を伸ばした時、背中から穂積が声を掛けてきた。

「秋月くん、しっかり気張りや」

直樹はそれに振り返り、一つ肯く。

と同時に、

―――― 人助けすんねん。

それは恐らく穂積の元へ届いてはいないだろう。

敢えて小さく呟いたから。


直樹はそのままドアを開けて廊下に出る。

と、すぐそこに先ほど部屋を出された赤木が立っていた。

彼は、素通りしようとする直樹を制するように腕を掴み、

「おい秋月、オヤジは心配しとるんやぞ。お前、分かっとるんか」

そう話し掛けてきた。

「あんな、お前ムチャするなよ。向こうでも早速お前、余所の組の息のかかっとるのを引き抜いたらしいやないか。文句の電話、かかって来とんで」

「………」

「揉め事になったらお前、責任取れんやろ」

今日初めて会うこの男が直樹の目をじっと見て、まるで直樹を心配しているかのようにそう話す。

……お前もヤ○ザもんやろ。

「穂積には迷惑掛けんよ。俺は生まれついての金持ちやからな。金で苦労したことないねん。ゼニ置いたったら皆ひれ伏すんじゃないん」

直樹の発した言葉に、赤木は黙って掴んでいた腕から手を離す。

それを見て、直樹はニコッと笑顔を返し、その場を後にした。

ひょっとして極○や何や言うても、アイツら極まれにおるエエ奴なんちゃうか。

万が一そうやとしたら、俺はどうする?


帰り道の数時間。

それはしがらみなどを念頭に置き、その辺を熟知しようと思えば十分すぎるほどの時間。

『どないしたんや、青いカオして。いろいろ想像しとるんか?心配せんでも、お前が今練りに練りよる最悪の状況はな、全てこれから起こるよ。そこに俺の願いも混じるからな。お前の限界の、更に向こう側のことが待っとるから。まー、俺から言えることはな、死なん方がエエでー』

この言葉、決め事のように何百回言っただろう。

多重債務者に、更に銃を押し付ける方法を強いて、

命を売ったらどうだ?

そう命ずるような言い回し。

……どこで覚えてきたんやろうなぁ。

誰かに教わったわけでもないのに。

『ハハッ!笑わすやんけ。俺を殺すってか。そんなモン、死んでから勝手に言うとけや。お前はもう終わったんや。最後くらい神妙に見送らせてくれよ。なぁ?笑わすなよ』

『女はいいと思うで。いざとなりゃ心すら売れる。男はな、体の部位を売るしかないんよ。それは今、もう値下がりして大したゼニにならんなぁ』

『オイ、死姦マニアって知っとるか?そういう大金持ちのド変態がおるんや。コレってスゴイことやぞ?例えばな、お前が死体になっても、その死体はゼニを稼ぎ続けるんや。これがなぁ、男女問わんっちゅーからエライもんやねん。お前の屍、そうなると稼ぎ続けるんちゃうか。選ばせたる。どうするんかな。

俺に用事があったら、いつでも言うてや。紹介くらいだったらできるで』

言葉で表するだけではなく、これらは事実この世に存在することであり、勿論それを承知している俺が生きている人に向けて投げつけた言葉。

闇雲に稼ごうと、重きを置かずに発した言葉。

その後、アイツらはどうなった。

俺は、知らない。

知ったことではないと過ごしてきた。

腹を見せ、俺に媚びへつらうアイツらが働き蜂だとしたら、俺が女王蜂か?

……所詮虫だろ。

穂積の先ほどの言葉が、思い当たる。


高速をしばらく走ったところで直樹は車をインターに入れ、トイレへと向かった。

入った男性トイレで、イチャついているカップルを見つける。

直樹はそれを尻目に用を済ませた。

男性トイレに女性を連れ込み、イチャついているアレは、あの男の価値観。

それを受け入れているあの女の価値観でもある。

それを見下げるのは、俺の価値観。

自販機で缶コーヒーを買い、それを片手に何となく夜空を見上げてみた。

思い出されるのは、ここ最近自分がしたゲスい振る舞いのみ。

当然ではあるが、それ以外のことをしてねぇだろ俺は。

ゼニ 金

ゼニ 金

ゼニ 金

ゼニで買えないものがある?

人の心?

じゃあ俺には買えないものはない。

人の心に興味はない。

直樹は空き缶をゴミ箱に放り投げ、また車へと乗り込む。


何やねん。

だったら、俺に買えへんモンはないやないか。

何の問題もないやろ。

オッサン、俺には何の問題もないよ。

そう考えると、どういうわけだか涙腺から滲み出るものがある。

そんなもの、久しぶりだった。

1人の空間ではあったが、直樹はそれを隠すようにぐっと堪え、堪えきる。

……そやな。

今日はもう家へ帰って休もう。

明日はコレをやって、……そうそうアレもせなアカンな。

何時くらいに向こうに着くかな。


直樹は車を走らせ、先を急いだ。



直樹は数日前、松田に命じていた。

紀子を今の職種から外すように、と。

ウチの会社の事務の仕事をしてくれればいい。

学校が終わって夕方から夜12時までの勤務で、これまで通りのギャランティを支払う。

この条件を、紀子は考えることもなく引き受けると、直樹はそう思っていた。

しかし紀子の返事は、直樹の思っていたそれとは違っていた。

『怪しいことには乗れません。それでなくとも私自身が怪しいことをしている。そんな私が思う怪しいあなたたちに、これ以上乗っかるとまた何が起こるか分からない。蛇の道は蛇、でしょう。私にだって自分なりの通路がないと』

それが紀子の答え。

このまま今の仕事を続けていくと言う。

ワケが分からなかった。

俺が久保さんをカタにハメるわけねぇだろ。

この思いが彼女に届いていないことは、もちろん分かっている。

しかし直樹は、自分の機嫌がグツグツと損なわれていくのを感じるのだ。

「お前、ほんならソレをやな、飲み込んで帰って来たんか。何もない言うて、もっと押さんかい」

「あ、はい、すいません。ちゃんと言ったんですけど、ヤだって言うんですよ。実力行使で言うこと聞かせていいですか?……でも、良い条件持ってって実力行使っていうのも、おかしな話だけどな……」

「……何でもエエ。彼女にあの仕事はもうさせるな」

直樹の言葉に、松田は、

「秋月さん、一体あの女、何なんですか?まぁ店での成績も悪かないですよ。確か稼ぎは3番目かな。でも俺には、アイツが何か特別なモノを持ってるようには見えないんスけどね。そろそろ教えてくれませんか?アイツが秋月さんの何なのか」

俺の何なのか?

……俺の何でもない。

その返事すら返すつもりはなかった。

直樹は松田の肩をグッと掴み、顔を近づける。

「お前はその辺を感じるな。見るな。聞くな。ただ俺に言われた通りにやっとけ。エエか、もし俺の存在が彼女にバレるようなことがあったら、誰の口からでもそう、お前からのモンじゃなくても、俺はお前がやったことにするぞ。理解はしとるよな」

「あ……はい。イヤ、でも秋月さんにとってどんな存在か知っとかねぇと、俺もどう動いていいのか分かんないんスよ。過保護にすりゃいいのか、ブッ飛ばしてもいいのか。その都度困るんですよね」

松田のその言い分にも、余計な言葉を重ねる気はなかった。

掴んでいた松田の肩から手を離し、

「エエか。最後にもう一回言うとく。お前は感じるな」

直樹はそう言い残し、その場から立ち去った。

紀子が在籍していた組織から穂積の元へかかってきたという電話。

その内揉め事になることは、簡単に想像できる。

その時、知りすぎていない方がいいんだ。

直樹はそう考えている。

そしてもし狙われるようなことになったら、あの2人には余りあるほどのお金を渡し、どこかに逃がすつもりでいた。


松田の勤めるホストクラブを出ると、直樹はその足で事務所へと走る。

苛立ちを隠せない直樹だったが、事務所の人間はそれを気遣うこともできないほどに忙しく立ち働いていた。

「秋月さん、これなんスけどね」

1人の男がそう言って、直樹のデスクの上に書類の束を置いた。

その紙には1枚に1人ずつ、顔写真が添えられている。

数多く手掛ける商売の中、親が親を生むという形。

直樹は最も効率が良い金貸しもしていた。

もちろん国が定めるそれとは違う、高利貸し。

「すいません。この黒いヤツら(借金を返せていない人。債務者)、消息が分からんのですわ。なんぼ探しても見付からんで」

直樹はその書類を数え始める。

全部で23枚。

要するに23人。

200万

300万

50万

30万

80万………

中には直樹が直に融資した者もいた。

直樹は知っている。

この中から見つけ出せるとしても、良くて6割。

あとの4割は完全に消息を絶つ。見つけられないのだ。

例えば北海道に住む者が沖縄に逃げていたら、四国に逃げていたら、それだけで見つけ出すのは困難。

更に言ってしまえば、この中の見つけられる6割も含め、5割の人間はもうこの世にはいない。

これまでの統計で、それを知っている。

利息制限法なるものは、我々の頭にはない。

コイツらはその罪に対して、借りる時に『イエス』と答えたんだよ。

ならばそれに対する罰が当然覆いかぶさるもの。

なのに、コイツらは逃げる。

……何度も言ってるはずだろ。

俺はその他大勢の火事・地震には興味がない。

やれることは何だってやる。

信用できればこんな考えに至らなくて済むのだが、コイツらは借りる時は頭を下げ、返す時はケツを出す。

見てみろよ、この縮図。

どう考えたってこの世の中、ゼニ金だろうよ。

……オッサン、面白がっていたずらに俺を悩ますな。

書類に目を通しながら他の事を考えている直樹に、男が話しかけてくる。

「あの、秋月さん、どうしましょうか」

その呼びかけに我に返った。

持っていた書類をデスクに滑らせ、直樹は口を開く。

「この世にはした金っちゅーのはないよ、なぁ。…お前なぁ」

「あ、はい」

「1円玉はな、紙切るハサミで簡単に真っ二つにできること知っとるか」

「あ、はあ…そうなんですか?やったことないんで…」

「そんなことするヤツはな、この世にもう用事がないんやわ。逃げたヤツには聞こえんやろうから伝達頼むわ。『借りたモンは返さんと、死んでも死に切れんぞ』言うといてくれ。俺は1円もまからん。俺の中では、真っ二つの1円玉も1円や。50銭にはならん」

「…あ、はい!分かりました」

返事と同時に、男は急いで外へ飛び出して行く。

それを見送った後、直樹は椅子の背もたれに寄りかかり、大きく一つ溜息を吐いた。

……力が溢れてくるよ、ほんまに。

充実してて、我ながら呆れてしまうな。

……俺は、うまくやれてると思うで。




直樹の考えは、大きく大きく揺れている。

穂積

紀子

松田

自分

これらを結んだ線の真ん中で、大きく大きく揺れ動いている。

直樹と松田は同じホテルに部屋を取り、そこに住んでいた。

朝、松田の運転する車で2人一緒に出勤し、夜また共にホテルへと帰る。

こうして始まり、こうして終わる相変わらずの1日は、この時直樹にとってすでに抵抗のない習慣となっていた。


この日の帰り道、松田はいつものように後部座席のドアを開け、直樹を車へと迎え入れた。

乗ろうとした直樹の定位置である左の後部座席に、何枚かの書類が置かれている。

確認するまでもなく、それは店関係の書類。

直樹は車に足を突っ込みながらその書類を手に取り、何気なく目を通す。

1枚の用紙には50人ほどの名前が縦に並んでおり、その隣には数字の羅列。

それは書いては2本線で消され、書いては消され、右へ重なるごとにその数字を増やしていた。

それが2枚目の途中まで続いている。

……思うものではない、不適当な匂いがした。

この数字の変化が利息分が加わった金額であることは、当然直樹にも理解できた。

ある人物は最初が30、最終的に86で止まっている。

「……オイ、これ何や?」

直樹の問いに、松田が答えた。

ここに並んでいる名前は、ホストクラブで遊び、その代金を松田が立て替えた一見客の女性たち。

だんだん増えている数字は女性たちの借金。

松田は彼女たちに、すぐには返済を要求しない。

その立て替えたお金に利息をつけ、増やしてから請求に行く手段を取っていると言う。

「ハア?お前、金貸しやってんのか!?」

「イヤ、金貸しじゃないッス。……ヤ、金貸しッスかねぇ……」

松田はそう言いながら車を発進させる。

年利何%の利息でもって立替をしているのか、直樹はこの時、面倒で計算をしなかった。

しかし当然引っ掛かってはいる。

直樹は用紙に書かれた1人ひとりの名前と数字に目を通していく。

その中に数名赤ペンで線が引かれ、消された人間がいた。

「オイ、ほんでこの線引っ張ってるヤツ、コレ何や」

「ああ、それは完済したってことですよ」

うち1名は最後の数字が360となっている。

「……どうやって完済させた」

すると松田は少し笑いながら、

「イヤイヤ、大丈夫ですよ!死んでなんかいませんから」

「………」

自分は良いがコイツはダメ。

その思考がどれほど都合がいいことか直樹も理解してはいるが。

自分の行いから倫理なるものを諭すなどチャンチャラおかしいということも分かってはいるが……。

黒く染まる松田に対して自分が何かをしないと。

そんな考えを持ちながら、言葉が見付からない。

直樹はその書類に、溜息しか出て来なかった。


現在の時刻は深夜、すでに2時を回っている。

街灯と信号の灯りのみが照らす町並みを、車は進んでいた。

赤信号が点滅する小さな交差点に差し掛かったとき。

2人の車の前に、1台の車が飛び出してきた。

―――― キキキィッ!! 

甲高い音と共に急停車する車の中で、直樹の体もつんのめる。

前方を見ると、停まった車から落ち着いた様子でゆっくりと1人の男が降りてきた。

……どうやらこちらの車を停めさせようと、わざと突っ込んできたらしい。

気が付くと右横にも車。

後ろにも。

……囲まれている。


正面からやってきたその男が、運転席の窓をコンコンとノックした。

「何だテメェらッ!!?」

怒鳴り散らす松田。

しかし直樹は落ち着いていた。

―――― 来たか。

男の求めに、松田が窓を下ろした。

しかし男はその松田には目もくれず、直樹に向かって声を掛けてくる。

「何かスンマセンなぁ。…アンタ、秋月さんでよろしいか?」

「……ああ」

「ちょっと用事があるんじゃけど、こんなトコで話すんも何じゃけぇちょっとアンタら2人、ワシらの車に移動してくれんかね?

この車はウチのモンが運転して、ついて来させますけぇ」

それを聞き、松田の声は更に荒れる。

「テメェッ!!どこのモンだ!?こんなことしてタダじゃ済まねぇぞ、アアッ!!?俺たちゃ帰るんだよッ!車どけろ!!」

松田の怒声を背で聞きながら、しかし直樹は黙ってドアを開け、車を降りた。

買う恨みは山のよう。

終わりたくはないが、それなりの覚悟は用意しているつもり。

外に出た直樹は、男と視線を合わせ、

「アンタが言うようなメンドイことせんでも、コイツは関係ないからこのままこの車で帰らすよ」

しかし男はその言葉を一笑に付した。

「あの穂積さんトコの若頭をそがいにしてぞんざいにして扱えんのですわ。丁重に扱わせてもらいますけぇ言う通りについて来てもらえますかいねぇ?」

当然ではある、その対応。

車を飛び出し、男の胸倉を掴んでいた松田に、直樹は大人しくするよう命じる。

「心配するな、イサム」

直樹の言葉に、松田はその場で全ての抵抗を止めた。

男に言われるがまま、直樹とは別の車に乗せられ、連行される。

直樹は後ろに停まっていた車の後部座席に。

その隣には恰幅の良い男が1人座っている。

男は乗り込んで来た直樹に視線をくれることもなく口を開いた。

「アンタが秋月さんかぁ。随分活躍しとる人って聞いとったもんじゃけぇどがいな人か思うたら、エライ若いんじゃのぅ」

直樹もその男と目を合わせることはない。

ただ隣に座るこの男が、このグループの核であることは理解した。

「ワシら、穂積の親分さんらがコッチへ進出してくるなんて話は聞いちゃおらんのじゃがのぅ。今回、その話が聞きとうてのぅ」

「………」

コイツ、前田か。

前田というのは、紀子が属していた組織のトップの名前。

……こりゃあ気合入れんとな。

直樹はそれまでの覚悟を別のものに代え、起伏の姿勢を正す。

イサムもおる。

乗り切らんとな。

4台の車は直樹と松田2人を連れて、真夜中の街を走って行く。


車は、あるビルの地下駐車場に停まった。

男たちが次々と降り、直樹と松田もそれに続く。

誰に攫われたのかはっきりとは分からないこの状況で、言われるがまま・されるがままになることは危険だった。

その場で立ち止まった直樹に、1人の男が近づいて来る。

「この上にウチの事務所があるけぇ大人しゅうついて来てや」

それに対して直樹は答えた。

「まぁ、大人しいしといたるのはエエんやけどな。『その他』の言い分に耳傾けるつもりはないで。話だけやったらココでもできるやろ。ドコのボンクラが、八方塞がれた基地へ2人で乗り込むんや。話するんやったらココでもエエんちゃうか、なぁ、『その他』さん?」

案の定男はサッと表情を変え、詰め寄ってくる。

「オイお前な、どこぞのナニを借りとるからいうて、調子に乗っとったらしごうするぞ!!」

「………」

直樹はこの時、敢えて先ほどの言葉を吐き、一触即発の雰囲気を演出した。

この場であの男が出て来なければ、アイツはこのグループの核ではない。

ボスではない。

睨みつけてくる男と、その視線を流す直樹。

そこへゆっくりと近づいてくる人物。

直樹が『核』と表したあの男だ。

「まあまあ、荒い声出しんさんな。丁重に扱う言うて約束したんじゃけぇ。酒や食事用意させてもろうとるんじゃけど、秋月さんはここで話すんがお好みか」

コイツらの腹の内など分からない。

更に、ここはすでにこのグループの陣地。

出口を塞がれてしまっては、計画も何もあったものではない。

直樹はそこで初めて、その核らしき男の顔を真正面から見た。

「…アンタ、前田さんでよろしいか」

確認した直樹の言葉に、その男は僅かに不可解な顔をする。

「前田?……おーおー、そうよのぅ。ワシゃぁアンタの名前知っとるのに、自分の名前言うとらんかったよのぅ。ワシャぁ原いうんじゃわい」

原!?

……そんな奴知らない。

誰だ、コイツ。

俺らは何でココへ連れて来られた?

前田の組のモンじゃないのか…!?

「前田っちゅーんがドコの誰のことなんかワシゃぁ知らんが、秋月さん、アンタぁちょっと派手にやりすぎとるん違うかいのぅ?

ワシんところの風俗嬢やらキャバ嬢やらのぅ、あがいによけぇ連れてかれたら文句も言いとうなるじゃろうが。穂積の親分の名前がなかったらのぅ…」

いったん言葉を切った原の表情は、次の瞬間一変した。

ドスの利いた顔、声。

「アンタみたいなん、とうの昔にプチッといわしとるんじゃけどのぅ」

睨みを利かせ、真っ直ぐにこちらを見据える原の視線を、直樹は敢えて受け止める。

その時、直樹の隣に立っていた松田が声を上げた。

「おいアンタ!何スゴんでんのか知らねぇけどな、原なんて名前、聞いたこともねぇぞ!テメェ、今何やったか分かってんのか!テメェらみてぇなショボくれヤ○ザがな、ウチのケンカを買ってその先どうなるかくらい理解できっだろ!宣戦布告か?売り返したテメェらのケンカ、俺たちが買ったらテメェらどうなるんだ、アアッ!?」

自分たちのことを『ウチ』と表する松田。

当然直樹はそれを聞き逃さない。

『ウチ』?

……コイツもまた、俺が穂積の一部だと勘違いしている。

「アアッ!?どうなんだ!!このまま大人しくするってんなら目ェ瞑ってやるよ!!」

更に声を荒げる松田に対し、原も黙ってはいない。

「あんのぅ、アンタ。ワシも秋月さんと一緒なんじゃ。『その他』には用事はない。

のぅ、秋月さん。ワシが聞いとるだけで、ウチの人間が18人、アンタのトコに引き抜かれとるんじゃ。

こう言うたら何じゃが、ワシらもの、穂積の親分さんにケンカ売るつもりはないんじゃ。エエか、18人じゃ。ワシが把握しとる人間が18人。これがまた稼いどる奴らばっかりなんじゃ。これが19人になったら、今度はワシらかちこむで。

メンツやプライドいうんがあるからのぅ。ワシら全員死んでも、アンタだけは必ずトるで」

この原という男が言っていることは事実であろう。

だが俺がこの地に来て引き抜いたのは、久保さん以外に覚えがない。

……俺の知らないところで、誰かが引き抜きを行っている。

アイツかコイツかと模索したい心中。

しかし悲しいことに、そこに思い当たるほどこの地で親しく関わった人間などいなかった。

一難の中に生じた難。

この状況の中、誰だなどと思い当たらぬ人影を自問自答している。

「………」

「どうや秋月さん、よろしいか」


もちろん原の言葉も聞いていた。

直樹はそれに対して言葉を返す。

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