表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/86

急流 2

暴力描写があります。

7人にされるがまま、直樹は近くの神社へ連行された。

人気のないこの神社。


直樹を掴んでいた4人が手を離し、直樹はやっと解放される。

同時に、改めて辺りを見回してみた。


全く、こんな神聖な場所で……

何や、あのイチョウの木……でッかー…!

……人気はないみたいやな。


「おい秋月、お前一人でこんな所プラプラしやがって、どこまでナメとんや!今からお前んトコ行ってイテこましたろう思うとったんや。

こっちは7人おるで。どないするんや。

持っとる金全部置いて、明日10万持ってワシらんトコへ来るか、ここでボテ繰り回されるか、好きな方を選べ!」

「………」

黙っている直樹。

ちらりと神社の入口を見ると、そこに菅井の姿が見えた。

「おいコラーッ!!帰れっちゅーとるやろ!!」

直樹の叫び声を聞いて、彼はサッと走り去る。

それを確認し、直樹は7人に向かって口を開いた。

「どっちも選べへんなー。そこに答えはない。何で俺がお前らみたいなブスにゼニあげなアカンのや。

誰をボテ繰り回すって?俺は今、ちょうどエエ機会やと思うとるよ。いっぺん1人で多人数相手にしたい思うとったからなぁ。

7人でエエんか?ブスをちょうどええハンサムにしたるよ」

顔を真っ赤に染めて震えている△△高の生徒たち。


号令はなかった。

一斉に飛び掛る。


人気のない神社。

神主もいない。

そこでの大乱闘。


砂利を踏む音と、打撃音だけが何度も響く。


それは10分ほどだった。

最後にそこに立っていたのは、直樹1人だけ。

垂れてくる鼻血を拭いながら、直樹は一度、大きく鼻を啜る。

「しかしアレやなー。何回やってもケンカっちゅーのは止めどころがよう分からへん。

殺してしもうたらオモロないやんけって習うとるからよぅ。

この辺で止めとくかー?なぁ?」


腹を押さえ蹲っている者。

顔面を手で覆ってジタバタしている者。

一応全員が、血まみれになっている。


「おいお前。ソレ、アバラ折れとるからな。内臓傷ついとったらアカンから、ちゃんと病院行けよ?

お前もや。ソレ、鼻折れてもうとるからな。ちゃんと病院行かんと、この先ずーっとハンサムのままやぞ」

「ウ……ッううッ……」

とりあえず返事は返って来ない。

「フ――――……ッ」

直樹は大きくため息を吐く。

「ほんなら帰るわ」


……脇腹が痛い。

足首が痛い。

手首も痛い。

鼻も痛いし、目も痛い。


7人いうて、結構イケるもんやな。

……せやけど、あんな人気のない所で、あんまり意味ないな。

アイツらがその辺で触れ回ってくれるの待つか。


足首を痛め、うまく歩けない直樹。

ソーッと、ソーッと歩きながら、神社を出る。

そして呼んでみる。

「おーい……おーい……」


……静寂。


帰っとるんやな。

……うん、

それがいいよ。


誰の姿ももう、そこにはない。


交差点で倒れている自分の自転車を起こし、それに跨る。

明日もっかい、こっちへ来なアカンな。

その辺までちゃんと話詰めといたら良かったな。


直樹は痛い足でペダルを漕ぎ始める。

何処に行こうかなぁと思う。

どうせ俺、暇やし。


垂れてくる鼻血で、……思い出す。

鼻の付け根を摘み、直樹は自転車で何処かへ帰る。



次の日の朝、直樹はいつもの時間に起きることができなかった。

昨日殴られすぎたようで発熱し、目が覚めなかったのだ。

慌てて学校へ来たが、授業はもう2時間目が終わっていた。


まぁ、まずそんなことよりも。

直樹は菅井の元へ近づいた。

「おい菅井、昨日何かメンドイことになって悪かったな」

「え、あ、イヤ…」

ドカッと前の席に腰を掛け、

「今日はよ、邪魔入らへんようにルート変えて行こうや。

うーん…そうやなぁ、お前授業サボらすワケにいかんから、どうしようか。

1人とっ捕まえて呼び出すか。

せやけどな菅井、これまで奪られた金全部取り返すっちゅーのは、ちょっと難しいかもしれんぞ?」

俯いて直樹の話を聞いている菅井。

「まぁせやけど、ナンボかは取り返したるわ。

お前は昨日の要領でヤバなったら…」

そこへ、かぶせるように菅井が話し始めた。

「あのね、秋月くん。大学ドコ行くん?」

「え?…イヤ、まだ決めてへんけど」

「何か目的があるん?」

「目的?」

「こないだ僕ね、模試で秋月くん抜いたの、知っとる?」

「え?あー、イヤ、ごめん、知らん」

直樹は会話が成立していないことに、少し慌てる。

「僕ね、将来、絶対弁護士になるんや。ほんでね、ああいう連中がのさばれんような、そんな世の中にしたる。

僕は絶対、弁護士になんねん」



―――― 私、医者になりたいんや。



頭を過ぎった、あの言葉。

素直に、何の疑りもなく菅井の言葉が耳に入ってきた。


……俺は何もない。

目的も、

目の前にエサも、ぶら下がっていない。


「あ、そ、そうか。スゴイな。今からそんな目標あって」

「………」

沈黙が落ちた。


直樹は何となく、自分が居た堪れなくなった。

何かを思い出したように席を立ち、

「ま、放課後ちょっとだけ付き合うてくれや。とっ捕まえて聞き出すにしてもよ、別人呼び出してしもうたらアカンからな。頼むで。

校門で待っとるからな」

そして直樹は自分の席に戻る。


考えてみる。

医者

弁護士

目標について


……菅井の中で、ああいう連中の中に俺も入ってんのかな……。



授業が終わり、直樹はホームルームに出席せず早めに教室を出た。

直樹がホームルームに出ないのはよくあること。

菅井を待たせてはいけない。

そう思い、この日も早めに教室を出る。


校門の前に立ち、菅井が出てくるのを待っていると、車のクラクションの音がした。

顔を上げると、道路を挟んだ向こう側に白い車が止まっている。

その車に近づき、窓をコンコンと叩くと、中から顔を見せたのは女性。

「おい、学校へは来るなって言うてるやんけ」

運転している女性は、今の直樹の彼女だ。

「えー、何で。今日は休みやから迎えに来たったんやんか」

「だから学校へ向かえに来んでエエっちゅーとんねん。俺、今から用事あるし。意味ないって言うたやろ」

「そうなん?ほんならしゃあないね。今日もウチ、泊まるやろ?

夕飯、またシチューでエエかなぁ?昨夜の、まだいっぱい残ったあるねん」

「分かった分かった。分かったから早よ帰れや」

「給料出たら寿司でも連れてったるから」

「うん」

「じゃあ先帰ってるわ」

そう言って、彼女は去って行く。


直樹の彼女は社会人。

直樹自身も失礼だとは思っている。

だが、ただ何となく。

週の何日か、ただ何となく彼女の家に居る。


……毎分ごとに、今のこの感情を謝りたいと。

彼女に、そう思っていた。


そのうち、生徒たちが下校し始めた。

直樹は菅井を待っている。

10分……20分……30分……


えらい遅いな。


直樹は、校門を出ようとするクラスメイトの1人を捕まえて尋ねた。

「なぁ、菅井知らん?見なんだ?」

「えー?知らんで。もう帰ったんちゃうん?」

おかしいな…。


直樹は教室に戻ってみる。

そこにはもう、誰もいない。

そしてまた、校門へ。

菅井の姿はやっぱりない。


……あ。 

アイツ、逃げやがったな。

くっそー…


直樹は歩き始める。


しゃあないな。

一人で行くか。

せやけど、名前聞いてへんからどうしようもないな。

……全く、自分のことやろ。

逃げんなよ、ほんま。


ブツブツと独り言。


……弁護士になる、か。

偉いよな。

邪魔したらアカンような気がしてきた。

明日、相手の名前だけ聞いとくか。

こんなんやったら、車で帰っときゃ良かったな。


直樹は今日も、家に帰るつもりはない。

しかし彼女にああ言った手前、すぐに彼女の部屋へ帰るのも気まずい。


よっしゃ、遊んでから帰るか。

そして仲間とタムロっている店へと足を向けた。


目標について。

……考えだしたらイライラするから考えるな。

目標を持つのが夢やろ?

……そんな上等なモノ、今の俺にはない。

だから、考えるなって。

バカ話でもしに行こう。

アソコには、アイツらが居る。


店に入ると、いつものメンバーが直樹に声を掛ける。

直樹はいつものようにレモンスカッシュを注文し、いつものように自分の席にドカッと座った。


「おいおい直樹、お前どうしたんや、その顔」

そう声を掛けたのは正彦。

「イヤ、何でもないよ」

「ソレ、何でもないことないやろ。聞かせてくれや、武勇伝」

正彦はいつも俺と話をするとき、何とも言えない顔でいる。

笑顔の口と目が、正比例していない感じ。

「イヤ、昨日な、△△高のヤツら張っ倒したってん」

「えぇ?お前にそんなに食らわすなんて、どんなヤツやねん」

「どんなヤツって…7人おったからなぁ」

それを聞いて声を上げたのは、このグループの一人、木村。

「おいちょっと待てェ。秋月お前、ウチの高校のモンに手ェ出したんかよ」

直樹は、木村が△△高校の生徒だということをすっかり忘れていた。

「せやけど、ウチの学校のモンにやなぁ、先に手ェ出して…。イヤ、ケンカ売ってきたんは向こうやで。

…ん?ちょい待てェよ……ちゃうわ、先にボッコにしたったの、俺や。うーん……」

「そんなんどうでもエエねん。どんなヤツやってん」

「どんなヤツって……そんなん覚えてへん」

「2年、1年にケガしたヤツおらんかったぞ……ってことは3年か。

おい秋月、お前無茶すんなよ」


無茶……

無茶?

……確かにしてるな。


「何やねん、アレお前んトコの学校の3年か。

この時期に3年が暴れ回っとるって、お前の学校どうなっとんねん。高3にもなって」

進学・就職があるやろ……。


直樹はここで、皆が黙っていることに気づいた。

空気が悪い。

その中で、木村が直樹に返す。

「そんなんお前の学校の都合やんけ。3年になってもタチ悪いヤツは悪いねん。

わー、どうしよう。俺、お前らとツレとるって知られたら狙われるやんけ!」

それを聞いた直樹は、思わず席を立った。

「おい待てェ、木村。何やねんソレ。お前は狙われたら…助けたるよ、俺が」

「エエ加減なこと言わんといてくれ。お前、ちゃう学校やないか。

とにかく俺は帰る。しばらく来ぉへんから」

そう言うと、木村は店から出て行ってしまった。


「……何やねん」

直樹はまた、ドカッと席に座り込む。

そして何となく周りを見回す。

と、いつもより人数が少ないような気がして、そして気づいた。

「なぁおい、テツは?」

「今日はテツ、来てない」

皆は先ほどの空気を引き摺り、黙ったまま。

その中で一人、正彦が、

「テツはなぁ、入院しとんねん」

「入院?何で?」

「ヤ、一昨日な、☆☆工業のヤツらにヤラれてな。全身バキバキでよぅ、入院中や」

「どこの病院やねん」

「○○病院」

「ほんで、☆☆工業にやり返したんか?」

正彦はハハッと笑って答える。

「おいおい直樹、勘弁してくれよ。アソコに手ェ出すヤツはおらんやろ。

あんなモンお前、ヤ○ザ予備軍が揃うとるんやぞ。

アイツらに手ェ出したらアカンぞ、絶対。お前だって分かっとるやろ?」

「何やそら。ほんなら何かい、テツやられたままで黙っとけっちゅーんかい」

再び、おいおいとでも言いたげな正彦の顔。

「まーまー直樹、落ち着け。7人相手にどうやってケンカしたんや。スゴイやんけ。聞かせてくれや」

「ええ?どうやってって……こうやって、こうやって…」

「イヤイヤ、動きはエエねん。どういう戦略で行ったんや。スゴイな」

「戦略って……」

今日はコイツのこのニヤケ顔が妙にイラつくな。

……何なんやコイツ。

俺の太鼓持ちか?

「なぁ直樹、お前が強いのは分かったからよぅ。でもな、☆☆工業だけは…」

そこまで聞いたところで直樹は立ち上がり、正彦をドンッと突き飛ばした。

「何や、胸糞悪い。帰るわ」

直樹はそのまま、店を出る。


☆☆工業……アソコにはアイツはいねぇ。

あんな偏差値の低い学校に、アイツがいるワケないからな。

揉めても意味ないな……。

もう時間がないっちゅーのに。


……エミコのところへ帰ろう。

腹減ったし。


直樹は彼女の部屋へと足を向けた。


「おかえり」

彼女はそう言って迎えてくれる。

本当に本当に、嬉しいことなのだ。

だけど、居た堪れなく思う。

彼女が笑顔であればあるほど、辛くなる。


……俺は、この人を騙している。

この人は立派に自立しているのに、こんなクソガキに騙されている。


食事をしながら、直樹は彼女に合わせてニコニコしながら話を聞いている。

「ねぇ直樹、アンタほんまに来月東京に帰るん?」

「うん、そういうことにはなってるね」

「直樹やったら、コッチで○大とか余裕なんちゃうん?コッチへ残りなよ」

俺なんかが一人で生きて行けるわけがねぇ。

黙る直樹。

「ねぇ、どうしてもアカンのん?エエやんか、この部屋で一緒に暮らしたら」

こういう話は初めてではないが、彼女はいつになく粘った。

直樹が黙ると、部屋にはスプーンが皿を叩く音しかしなくなる。

これ以上この話を続けたら、キレてしまいそうや。

そう考えている直樹に、エミコが口を開いた。

「直樹ねぇ……私もう、2ヶ月生理来てへんのよ。これ妊娠やで」

瞬間、直樹はピタリと手を止める。

瞬きも忘れ、呼吸もしない。


そっと、彼女の顔を見た。

この間、間を作ってはいけない。


……子ども?

俺にか?


間を作っちゃいけない。

彼女に失礼や。


俺に、子ども……?

……育てられるワケがない。


俺は手本を知らない。

きっと、お父さんのように……


アレはきっと間違いだ。

俺はきっと、間違う。


「………」

「………」


黙ったまま時間が経ってしまう。

少し笑顔のままの彼女を見つめながら、考える。


「……あ、あのね、あのな……えっと……」

さっきした、イライラが忘れ去られた。


これって、俺にほんまの家族ができるってことか?

それは……それは全然悪くない。

俺だって頑張れば……


「あのね、」

言い掛けたその時、エミコが直樹の思考に割って入った。

「とか言うて、冗談やんか、冗談!真顔にならんといてよ。間ぁ空いたら傷つくやん」

「………」

直樹は彼女の顔を見るのを止めた。

そして俯く。

「……ほんまに、ほんまにただの冗談なん。子ども、おらへんのん」

「おらへんよー」

笑いながら続けるエミコ。

「高校生のお父さんじゃあマズイやん、今日び。こんなん言うたら、コッチへ残るかなぁ思うてん」

そこまで聞いて、直樹は立ち上がった。

持っていたスプーンを思いっきり畳に投げつける。

それは勢い良く跳ね返り、テレビのブラウン管に当たって大きな音を立てた。

直樹は大きく息を吸い込み、

「ワレェ、ナメとんか!!おいッ!!」


……疑ってしまった。


「冗談でもな!言うてエエのんと悪いのんがあるんちゃうんかいッ!!」

女性を殴りそうになった。

直樹は膝を付き、エミコの胸倉を掴んで前後に揺さぶりながら、

「オイ!何とか言えや!!冗談やないぞ、ほんまに!そがいな冗談な!」

エミコは体を激しく揺さぶられながら、叫ぶ。

「ごめん!ごめん!ごめん!!」

しかし直樹には聞こえない。

「無責任にな、悪うない思うてもうたやないか!お前一体どういうつもり…ッ!!」

「……ッ!!」


そこで気づいた。

エミコが直樹に向けている、恐怖の目。

恐れ、慄き、怯えている目。


……冷静にはなれない。

だけどもう、ここには居られない。


俺は女性を殴りそうになった。

男だろうが、女だろうが……

……関係ある。


そのまま玄関に向かう直樹の後を、慌ててエミコが追ってくる。

「ごめん直樹!ほんまにごめん!悪い冗談やったね、ごめんね」

直樹は靴を履き、彼女を振り返った。

「……冗談やなかった方が、良かったかもしれん」

…高校なんか、辞めてしまってもいいと思った。

「エミコ、……イヤ、エミコさん。クソガキの俺を世話してくれてありがとう。

俺、あともうちょっとでアンタのことを殴るとこやった。もうアンタの前にはおられへん。

ごめん。ありがとう。

……ごめん」

「……ッ」


直樹は静かに部屋を出て行く。

エミコももう、直樹を追いかけては来ない。


家に帰ればエエもんを。

俺は一体何やっとんねん。

次は、何探したらエエんや。


……どっかにあるやろう。

俺が行くトコくらい。


まだ7時にもなっていない。

アイツらのところには戻りにくい。


誤魔化したい。

誤魔化してしまいたい。

彼女の部屋、出て来なんだら良かった。


誤魔化したい……。


……そやな。

テツの見舞いに行こう。


直樹はタクシーを拾い、今の自分を誤魔化すため、テツが入院したという病院へ向かった。

途中、目に入ったケーキ屋で手土産を買って。


面会時間、間に合うよな。

受付で尋ねたテツの病室は、個室だった。

ノックをして部屋に入る。

と同時に、直樹は目に入ってきたベッドの上のテツの姿に驚いた。

全身包帯だらけ。

眠っているのかどうかもよく分からない。

直樹はベッドにそっと近づく。

すると、彼の方から声を掛けてきた。

「…アレ、秋月?」

「お、おう」

何とも小さい声。

口を開くのも辛そうだ。

「おいお前、コレどういうこっちゃ。えらい大袈裟なんちゃうん?」

「………」

「あんな、来るときにケーキ屋があったから買うて来たんよ。イケるかコレ」

「………」

「正彦から聞いたんやけどな、そんなに大袈裟に言うてへんかったんやけど…」

そこで言葉を切り、直樹はじっとテツの姿を見つめた。

沈黙が流れる。

彼はなかなか口を開かない。


やがて、

「……あんなぁ、死ぬ思うたわ。

頭蓋骨、アバラ、腕、足、……9ヶ所骨折しとる。

車に轢かれたんか言われたわ」

「何でそこまでされなアカンねん」

「知るか、ンなこと!アイテテテテッ!!」

「おい、無理すんなよ。喋らんでエエわ。俺、すぐ帰るし」

「イヤ、ちょっと待てェ秋月。お前に言いたいことがある。

☆☆工業のヤツらがな、お前の名前言うとってん。お前、アイツらに狙われてるんか」

☆☆工業に関しては身に覚えがない。

……ただ、俺が知らないだけかも。

返事ができない。


「秋月、そこの引き出し開けてくれるか」

そう言って、テツは枕元にあるサイドテーブルに顔を向ける。

「おう」

直樹は立ち上がり、引き出しを開けてみた。

中にはゲームのソフトが入っている。

「お前、ソレやりたい言うとったやろ?俺、お前にソレ貸したろう思うて……。

ソレ、持って行きよって、こんなことになった。

お前、俺らの知らんトコでムチャクチャしよんちゃうか?

何で俺がこんな、死ぬような目に遭わなアカンねん」

「いやテツ、ちょっと待ってくれ。俺は」

「せやから、もうエエって!俺はあのグループ抜ける。もうこがいな目に遭うのはたくさんや」

テツは小さな、しかしはっきりとした声で続ける。

「そのカセットもな、早うお前に貸さなって……弟がまだ遊びたいっちゅーのに無理やり持って来たんや。

お前怒らせたらアカン思うてな」

「おい!ちょっと待ってくれや。俺は別に」

しかし、テツは直樹の言い訳を最後まで聞こうとはしない。

「お前、変に怖いねん。我がのこと全然喋らへんし、暴れだしたら無茶するし。

そのクセに、どエライ進学校行っとるし。得体が知れんのや。

みんな、そがいにして言うとるぞ」

「………」


何が何だか分からないうちに、そんなことになっていたのか。

……知らなかった。


ビビられていた。

いや、ビビらせていた。

何も喋っていないのに、ビビらせていた。

……何も喋らないのがいけないのか。


サイドテーブルに置かれた時計の秒針の音だけが、病室に響く。

沈黙の時間。

考えるには打って付けの、静かな時間。


……俺は、この場から消えるべきだろう。

直樹は片手にゲームソフトを握っていたが、それをまた引き出しに納めた。


……謝らへんぞ。

事実と違う。


「……テツ、済まなんだな。俺のせいで。

顎イカレとってもケーキくらい食えるやろ。コレ、置いてくから」


謝らへん。


「イヤ、いらん。持って帰ってくれ」

直樹はその言葉に八つ当たりをする。

「エエから食えェや、これくらい!お前が食わんのやったら弟にやれ!!」

そう吐き捨て、病室を出た。


落ち着かなければ。

そう思い、トイレに入って手を洗う。

何故手を洗っているのかは分からないけど…。


目の前の鏡で自分を覗き込む。

……俺はこんな顔しとったっけ?

メガネからコンタクトに変えとるからなぁ。

確かに髪型は変わったな。


以前っていつや?

いつから変わった?


「……くそッ!!」

直樹はその鏡を思いっきり殴りつける。

何ヶ所か、這うようなヒビが入った。

「ハハッ……」

鏡……ガラス……たかが液体もどき風情を、ヒビ入れるのが精一杯か。


弱い。

自覚せんと。


直樹は病院を出たが、どこに行ったらいいのか……


行くところ

行く場所が、ない。

しかし、家しかないな、とも思っている。

父のいないあの家は、何時だろうと、どのタイミングだろうと、行き来しやすいハズなのに。

一人じゃ帰りにくい。


望めば望むほどに、同じ大きさかそれ以上のものが返って来ているような気がする。

ここまで俺は、俺のことが可愛いとは、知らなかったよ。


……退屈やなぁ。

退屈?

皆に、それすら求めるなって言われそうやな。


最近とにかくイライラと、ムシャクシャとしやすくなった。

これがまた、どこに向いているのやら。


直樹は顔を上げ、今から帰る場所を模索する。


……帰る場所はもう、一個しかねぇだろ。

そんなことは分かっている。


今日見たニヤケた顔。

引き攣った顔。

包帯だらけの顔。

あれらは全部、俺に向けられた顔……。


慶也を迎えに行ってみようか。

今のあの家の格差なら、俺は慶也にだって泣きついたって構わないだろう……。


考え事をしていると、もう時刻は8時前。

今日も慶也は塾のはず。

直樹は近くのバス停からバスに乗り込む。

今は自分のことで頭がいっぱいで、先日あの塾の前で繰り広げられていた光景を、思い出せずにいた。


やがて塾に程近いバス停で降りると、直樹は慶也の元へと歩いて向かう。

途中、見つけてしまった。

道端に座り込む、☆☆工業の生徒2人。

彼らは道路の端にしゃがみ込み、何やら楽しそうに談笑している。

その道はすれ違うには十分な幅がある。

しかし直樹はその2人の正面に立つと、

「スイマセン、お2人さん。通れんのですわ。退けたってくれませんかね」

直樹を見上げる☆☆工業の2人。

「ハァ?何やワレ」

「何やワレとちゃうねん。文句あるんやったらな、秋月直樹個人に言うて来てくれるか。

今度は俺が、個人的にお前らを狙うとるんじゃ。その制服着とったら無条件で襲うぞ」


まだまだ人通りの多い時間帯。

往来する人は皆、3人の半径2メートルを避けながら通って行く。

ちらちらと視線を送りながら。


「何じゃお前。先輩に言われとってな。無碍にケンカは売らんのじゃ。アッチへ行け!」

それを聞いた直樹は2人を、肩を組むように抱きかかえた。

「お前らの意見なんか聞いてへん。ここには俺の自立がかかっとる。付き合えや」

直樹はその体勢のまま、2人を路地裏へと連れ込んだ。


全然本調子ではない。

そこら中が痛いまま。


昨日も流したからだろう。

鼻を掠めただけなのに、とめどなく鼻血が流れ出す。


直樹は2人を相手にしながら、

大したことないやんけ

そう思う。


自分の拳が相手の顔面にめり込む。

この感覚。

もう慣れてしまった。


相手が知らないヤツなら……。


相手の腹にめり込む爪先。


……これは痛いんやねぇ。

するのはエエが、されたくはない。

ごっつー痛いからな。

でも、慣れてしもうた。


正彦。

☆☆工業、全然大したことないぞ。


「アァ――――ッ!!!」

直樹は2人を相手にしながら叫んでみる。


こんなことに意味があるのか。

それは分からないが、ストレスみたいなものが散漫してくれれば。

そう考え、暴れるついでに叫んでみる。


やがて、その路地裏から先ほどの通りに出てきたのは直樹1人。


もう一回、念押しで言うといたぞ。

俺は秋月直樹や。

忘れやせんやろ。


これで今日は、遣り残したことはないような気がする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ