1-⑥
ドルシラ先生による『アンデル』説明会は一時中止となり、ドルシラとアオイは洗面台向かって走っていた。
「どこなんだよ洗面所‼ なんで家主が知らねぇんだ!」
「うるさい!使わないんだから知るわけがないだろ!黙って探せ!」
迷路のように長い廊下に響くは、先ほどまでズビズビ泣き喚いていたとは思えない二人の実にばからしい口論。
そのまま話を続けるには実に汚するというアイオの意見により、とりあえず二人で顔を洗いに行くことになった。
なぜか走るドルシラについて洗面台に向かったはいいものの、肝心のドルシラが洗面所の場所を知らないときた。さすがに他人の家だからと言っても文句を言わざるを得ない。
「お前が訳も分からず走ってっからだろ!って、うおっ! 急に止まんな!」
「ここか?」
急停止したドルシラに対し、完成に勝てなかったアオイはつまずいてしまった。
そんなアオイは無視してドアノブに手をかける。
無数にあるほかのドアとは明確に違う木製でできたドアだ。
押戸のドアを開けた瞬間、徐々に開いていく隙間を埋めるように大量の湯気が溢れてきた。
「風呂だここ」
「風呂でもいい。早く流させてくれ」
手も顔もべたべただ。おまけに、無駄に走ったせいで汗もかいた。風呂にはいれるのなら、なおさらありがたい。
しかし、ドルシラの表情が妙だ。風呂に入りたくない理由でもあるのだろうか。
「どうしたんだ? 入らないのなら俺だけ入るぞ」
「待て……」
ドアの前に止まっているドルシラの横を通り過ぎ、風呂場に向かおうとすると、肩を掴まれた。つかんだその手にはかなりの力が込められている。
「どうしたんだよ、さっきから。何かあったのか?俺は早く風呂に……」
「……くじょうが」
「なんて?」
急に小声になり何を言ってるのか聞き取れなかった。特にほかに音の聞こえない無音の空間でも聞き取れないほどの小声に加え、なぜか本人も俯いて話している。
聞き返してみたら、より首の角度が下がってしまい、まるで親に叱られている子供のようになっている。
「もういい。俺が先に……」
「浴場が、1つしかねぇんだよ!!」
溜まりに溜まった感情が爆発する。腹の底から喉を通って発された空気の振動が、アオイの鼓膜を湾曲させた。とっさに両手で耳を塞いだが、時すでに遅し。
「…………」
「…………」
——微妙な空気になってしまった。
どうしたものか。今すぐ服を脱いで風呂に飛び込みたいところだが、そうにもいかない。
「じゃんけんだ!勝った奴が先に入って、負けたやつは出てくるまで待っとく。1回勝負、文句はなしだ」
「はぁ⁉じゃんけんだぁ?家主のあたしが先に入るのが当然だろ!てめぇはそこで待ってろ!」
「負けるのが怖いのか?『レヴェルト』の武官様であろうお方が、じゃんけんすら怖くてできないか。いいぞ。先に入れよ。待っておいてやる」
アオイはその場に座り込んだ。
「やってやるよ……。やってやるよ!立て!ぶっ殺してやる!」
「おい待て。今からするのはじゃんけんだぞ。物騒な言葉が聞こえた気がするんだが。」
「早く立て!」
なぜかとてつもない殺気を放ったドルシラの指示に従い、素早く立ち上がって背筋を伸ばす。
「負けても文句言うんじゃねぇぞ。」
「てめぇこそ、あたしに負けても泣きわめくなよ。」
二人は向かい合い、各々の手を出す。




