1-⑤
——テーブルクロスのかかっていない巨大な円卓の席を占めるは二人の男女と一人の機械。
三点をつなげれば正三角形になる位置にそれぞれが座る。
上座には真っ先にドルシラが席に着いた。他二人は席なんてどこでも構わない。アオイは椅子に座れる喜びにより、それどころではなかった。
「なんだこのフカフカな椅子は。ここにあったのかユートピア……」
「なんだ?ゆーとぴあって。意味わかんねぇこと言ってねぇでしゃんとしろ」
あまりの心地のよさに椅子からずれ落ち、首が背もたれで折り曲げられているアオイにドルシラが一喝する。そして背筋を正したのを皮切りに、話が始まった。
「いまから、あたしが地底に降りたことがねぇお前たちに地底のことを説明してやる。しかと聞け」
「はい、先生!」
「アオイ、我々にとって非常に重要な情報になると思います。しっかりと聞きましょう」
「あ、はい」
少しふざけてみたら、アイオに咎められてしまった。そのアイオの言葉にしょんぼりして、うつむいたアオイを横目にドルシラは、『先生』と呼ばれたことにまんざらでもない様子だ。
「初めに地底のことを話す前に、まずはあたしについて話しておく必要がある。」
「ドルシラについてか?」
「あぁ、そうだ。正確にはあたしたちといった方が正しい。」
「私たち?ほかに仲間がいるのですか?」
「まぁ落ち着け。それも全部話す」
ついつい話の合間に、質問を挟んでしまう二人を両手で鎮める。まだ知らないことが多すぎる。とりあえずは黙って聞いておいた方が、話が円滑に進むだろう。
「あたしは、『レヴェルト』という組織の武官を務めている。『レヴェルト』は地上の『残滓者』で構成されており、地上の文明の再興を実現するための組織だ。今、メンバーの大半は、各々の目的を果たしに、地底の世界『アンデル』にいる。癪だが、今はあたしが地上での待機組だ」
ドルシラの話は驚きの連続だった。
まず、地上に組織を組めるほどの人数が残っていたことだ。今はそのほとんどが地底にいるらしいが、地上にいた時もあっただろう。会っていてもおかしくない。アオイは自分でかなりの場所を捜索した自負があったが、世界の広さを実感することになった。
そして次に気になったのが、
「地上の文明の再興……。まだ地底文明が出来る前の状態に戻すということですか。現状を考えれば実現は不可能に思われます」
アオイが言おうとしたことを、机の前で手を組み、顎に手を当てたアイオが代弁してくれた。どうやら考えていることは同じだったらしい。しかし、アオイはその実現方法を聞こうとしていたのに対し、アイオは不可能だと一蹴した。
ほかにも言い方があったのではと思うが、大方アオイも同じ考えだ。なくなったものを元に戻すのは難しい。それが物体的な消失ならまだしも、信頼や信仰さえもすでに地上にはない。それを取り戻すのは不可能に近い所業だ。
「あぁそうだな。一朝一夕で解決できる問題ではないのは確かだ。現時点、目覚ましい進展がないのも事実。メンバーの中にさえ無謀だって言ってくるやつもいる」
ドルシラも、ただ盲目的に夢物語を語っていたわけではないらしい。それはこの苦々しい表情を見ていれば分かる。その実現の困難さを分かったうえで夢を語る。それは尋常な精神では潰れて絶えてしまうだろう。塗炭の苦しみを味わう思いをし続けなければいけないのだ。
「だがやらなきゃいけねぇんだ……あたしたちが。たとえ、何百年かかったとしてもだ。それが叶うのなら、命だって笑ってくれてやる。それがあたしたちにできる最後の償いだから」
——強い言葉だった。
聞いている身が思わず息を止めてしまうほどのその言葉に、胸が痛いほど熱くなる。席を立ち、机に手を当て話す少女を不覚にもかっこいいと思ってしまった。
彼女、そして『レヴェルト』に何があったのかは知らないし聞かない。しかし、この強い少女が声を震わせるほどの壮絶な道を辿ってきたということは分かる。
だからこそ、
「俺たちにも、手伝わせてくれないか?」
都合がいいと思われるのは分かっている。アオイたちに、彼女らほどの地上への思いがないのは確かだ。彼女についてきた理由も『レヴェルト』の目的とは少しずれている。アオイたちが協力をする合理的な理由はないに等しい。「ふざけるな」と糾弾されても、何も文句は言えない。ドルシラを傷つけてしまう言葉だったかもしれない。
——ならばなぜ、協力を申し出たのか、それは、
「かっこいいって……そう思っちまった。俺は地上からすべてが消えてからもずっと一人で地上に住んでいた。飯は一人で食べなきゃいけないし、話し相手は話さない小動物だけ。風邪をひいてつらいときも、誰も来てくれやしない。それでも平気だと、誰もいないんだから仕方がないんだと自分をだましてこれまで過ごしてきた」
他人に自分のことを話したことのないアオイは、言葉がうまく出てこない。変なところで区切ってしまったり、息継ぎの場所もわからず息が切れてしまう。震える声は目の前の見えない明かりを手探りで探すかのように不安定で今にも途絶えてしまいそうだ。
いつの間にか立ち上がっている少年の言葉は続く。
「仕方がない、どうしようもない、なすすべがないって諦らめてたんだ。その諦めさえも確固なものじゃなくて、ひたすら誰かを見つけるために歩き回っていた。何度違う場所で日の入りを見送ったかわからないほど、その自分以外の誰かを見つけるために、何年も何十年も何百年も探し続けたんだ」
話がまとまっていない。他人に自分の本音を言うことに慣れていないアオイは、自分でも今何を話しているかも分かっていない。
頬を伝う水筋にさえ気づかない少年の言葉は続く。
「結局、現実から目を背け、戦いもせず、逃げていただけだった。」
声は霞み、ほとんど音になっていない。
しかし、目線はドルシラを捕らえたまま。ぼやけていて輪郭すらもまともに見えていない。それでも、この熱情が伝わるのを信じて目を閉じない。目が乾き、涙が出るが、今は気にならない。
少年は言葉を続ける。
「だから、俺はお前をかっこいいと思った。不条理と戦うお前のことをかっこいいと思ったんだ。そうだよな。諦めても、待っていても何も解決しない。どこかの誰かさんが勝手にやってくれやしないし、それじゃだめだよな。」
円卓を回って、少女の横に行く。まだ目がぼやけていて、近くに来ても彼女の表情は分からないが、目はまだ拭わない。
——だって今手を汚すわけにはいかないから。
「ドルシラ、俺たちに協力させてくれないか」
まだきれいな右手を差し出す。自分でも手が震えているのが分かる。
力にならないかもしれない。「お前なんていらない」とそう言われるかもしれない。そうならば、捨て駒としてでも仕えたいと、そう思う。
「…………」
何秒たっただろう。いつの間にか目はぎゅっと閉めており、心臓は熱さを感じるほど速く動いている。足は震え、今にでも腰をつきそうだ。
やっぱり無理だったか。アイオはまだしも、アオイは弱すぎる。地底の者と戦うのだ。弱い奴はいらない。
諦め時か。そう思って目を開ける。
少女の手が顔を目掛けて伸びてきた。虚ろな視界でもそのくらいのことは分かる。
おそらく殴られるのだろう。その小さな拳が大きさに見合わないほど力を持っていることは知っている。
痛いのは嫌だが受け入れよう。これで潔く諦めがつく気がする。
顔を強張らせ、その時を待つ。
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「え?」
痛みは来ない。
何が起きたのか分からない。ただ頬が温かくなるのを感じる。
少女の手は、優しく少年の涙を拭うために使われた。小さい手についた細い指は、灯火のように暖かく、流れてくるを掬う。少年の涙は拭っても拭っても、さらに勢いを増して流れてくる。
手が離れる。どこにも行ってほしくなかった手が離れた。
視界がだんだん鮮明になってくる。ぼやけていた霧が晴れて、目の前にいる少女を見る。
——そこには必死に自分の涙が零れないよう拭い続けている少女の姿があった。聴覚もおぼろげになっていたのか、今になって、必死に鼻をすする音と喉がつまる音に気が付いた。
なぜこの少女が泣いているのか分からない。しかし、その涙は彼女の優しさの結晶であることは分かった。
少女が顔を上げ、2人の目が合う。
二人ともひどい顔だ。それでも笑顔を作る。
少女が手を上げ、2人の手が重なる。
言葉はない。そもそもまともに話せる状態ではない。
それに言葉はもはや不要だった。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの汚い手で交わした、美しい握手。
————————————————————『レヴェルト』と二人の同盟が成立した。




