1-④
「ところでお前たち、どこに住んでんだ?家はいいのか?」
ドルシラの案内に任せ、2人は後ろをついていく。しかし、どうやらまだ地底に行くわけではないらしい。
数歩先を歩いているドルシラが振り返って質問をしてきた。
「家?ないぞ、そんなもの」
「はぁ⁉家がない?どうやって暮らしてんだよ⁉」
アオイの返答に、心底怪訝そうな顔を浮かべる。アオイたちは何にそんなに驚かれているのか分からなかった。家を欲しいと思ったことはないし、必要だともあまり思わない。
様々な場所を転々としている二人にとっては定住するのは煩わしささえ感じるのだ。
「いや、普通に野宿だよ。行くとこ行くとこに家を建ててたらきりがないだろ?」
「普通じゃねぇよ!考えらんねぇ……」
ドルシラが半歩下がる。アオイはなぜ距離を取られたのか分からないが、軽蔑されたことだけは分かった。
「そんなこと言ってるお前は家に住んでるのか?」
「あたりめぇだろ。今向かってるのがあたしの家だ。地底に降りるには準備が必要だからな」
そこで分からなかった行先が明らかにされた。そのまま地底に行くと思っていたのだが、どうやら準備が必要らしい。基本的に身1つで行動しているアイオは準備という概念が理解しがたい。
しかし、家というものに行ったことがないアオイは胸が躍っている。
「見えてきたぞ。あれがあたしの家だ」
「おぉー‼本当に家だ!」
足に疲労が溜まってきたところで、ドルシラの声を聞き、指を指している場所に視線を向ける。
——そこには美しい地平線を絶つ1つの建物があった。
アオイは、その光景に胸が熱くなる。地上に自分以外の生き物が本当にいたことを、あの家を見たことで実感した。
今まで一人きりで何年も生きてきた。もう地上に生き物は自分だけなのだと諦めていた。一人で生きていくことは出来るので、孤独は感じていなかった。しかし、本当は寂しかったのかもしれない。
まだ、仲間はいたのだと遠くに見える家を見たことで感じたのだ。
「かなり大きな家ですね。ドルシラ様の小さな体躯ではもったいないのではないでしょうか。もう少し小さくした方が……」
「うるせぇよ!なんでお前に指図されなきゃなんねぇんだ!ぶっ飛ばすぞ!あとあたしは小さくねぇ!」
「よく見えるな。俺には遠すぎて何も見えない。機械だからやっぱり目もいいのか?」
さらっと流されそうだったので、アオイがツッコミを入れる。まだドルシラの家まではかなりの距離があり、アオイの目では大きさなんて測れない。ズーム機能でもあるのだろうか。
「そうですね。一般的な生物よりかは、かなり遠くまで観察することが可能です」
ここからドルシラの家まで約5キロほど離れている。この距離でその大きさが測れるということは、彼女の言葉に嘘はないのだろう。再度、アイオが生き物ではなく機械であることを実感させられる。
「機械ってどういうことだ?どうして今の時代に機械がいるんだ!そいつらはすでに……。おい!説明しろ!」
赤髪の少女の様子が豹変する。その目はまるで、存在してはならないものを目にしたようだ。アオイの前に躍り出、その胸倉を乱暴につかむ。荒くなった息がかかるくらいの距離で叫ばれる。
「落ち着けよ!どうしたんだ急に」
「早く答えろ!こいつは何者なんだ!」
何とか落ち着かせようとしたが、襟をつかむ力がより強くなってしまった。
「手を離してください。その男は何も分かっていませんし、知識もありません。説明は私が」
胸倉をつかんだ手をアイオがつかみ、離すよう伝える。その声色はいつもより低く、つかんだ手にも引くが白くなるほどの力が込められていた。
おそらくこの中で今の状況や話の流れを理解していないのはアオイだけ。そのことが分かっているからこそ、アイオは理解のある自分に回答権を移すよう主張したのだ。
「と言っても、私から説明できることはあまりありません。私は全自動学習型破壊兵器として作られた機械の身です。あなたが言いたいことは分かります。しかし、今それに関することを私の口から言うことは出来ません」
「確かに違和感はあった。やけに体は硬ぇし、疲れもしやがらねぇ。おまけに殴っても蹴っても血が出なかった。まさか本当に……」
「さっきから何を言い合ってるんだよ。俺にもわかるように説明しろ」
またもやアオイは蚊帳の外。何やら重要でありそうな話が終わりそうになったので、堪えきらず間に入り込んで疑問を呈した。
二人が一斉にこちらを向く。
「何って、この世界で自立した機械が存在して言いわけ……っむがっ」
「いえ、アオイには今は関係のない話です。お気になさらず」
質問に対する答えを話そうとしたドルシラの口を強引に両手でふさぎ、アイオが割って入った。違和感のありすぎるやり取りだったが、特に追及はしない。聞かれたくないことだって機械にもあるのだろうと諦念した。
立ち止まっていても意味はないので、三人は歩き出す。ドルシラとアイオの喧嘩を聞きながら無心に進んでいると、すっかり目的地の家の前に到着した。
「家というか城だな。本当にこれに一人で住んでんのか」
アオイの言う通り、外見は城といった方が適切だ。
高く山のようにどっしりと佇む石で作られた城壁。
それに囲まれた白い本棟には何とも言えない荘厳さが湧いている。
この大きさなら軽く百人は暮らせそうだ。この巨大すぎる城をどうやって一人で管理しているのだろう。そんな庶民的なことをアオイは考えてしまう。
城門の前に立ち止まると、地面と石が摩擦する重厚な音と、それに伴う振動が地面を揺らす。
まるで主人の帰還を歓待するかのように、巨大な門が開かれた。
「驚きました。かなり高度な魔法術式が編み込まれています。それをこの大きさの無機物に施すなんて」
「あたりめぇだろ。こんなクソでっけぇ門を毎回自分で開けてられっか」
「ならこんなでかい建物にすんなよ」
ドルシラがばつの悪そうな顔をする。門の開いた先には、本棟の扉への一本道が広がっていた。その両端には枯死した木々が乱雑に並べられている。これらが美しく管理されていると、この景色は絶景だっただろうが、これでは台無しだ。この状態で放置するくらいなら、いっそうなくした方がましだっただろう。
「お前、ほんとはこんなにでっかく作ったこと後悔してるだろ」
「げ」
眉をひそめて目をそらすドルシラ。沈黙の中聞こえてくる小鳥の囀り。それだけで答えが出たようなものだ。
「おそらく、家を建てようと意気込みすぎて、大きくしすぎたのでしょう。後から後悔したものの、どうすることも出来ず、そのまま放置、といった流れでしょうか。まるで、目先のことしか考えられない子供のようですね」
「うるせぇよ!勝手に推測すんな!」
アイオの冷静な分析に、頬を赤らめながら激昂する。しかし、否定をしないということは粗方合っているのだろう。
身を翻し、ドアに向かってドスドスと大股で歩いて行く。アオイとアイオは目を見交わせ、後ろからついていった。




