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1-②

 自分でも、その威力に驚愕した。


 放たれた弾丸は上顎に命中し、貫通はしなかったものの、腹が千切れるほど後ろに仰け反る。腕に来た反動と、与えた威力が見合っていない。作用と反作用が明らかに拮抗してなかった。


 「今だ!ってあれ?」


 喉がは千切れるほどの声量で叫んだが、すでに辺りに女はいない。


 直後、繊細で鋭い金属音が、この地上を支配した。


 山のように巨大な羽が地面に落ち、砂埃が津波のように男を襲った。目は開けられるはずもなく、周囲の状況を確認できない。息をすれば、肺に砂が大量に侵入するので、行きすらまともにできない状況だ。


 しばらく砂埃と戦っていると、音がしなくなった。


 何が起こったのか分からない。それを確認するために、恐る恐る目を開けてみると、目の前に女が立っている。その後ろには赤い目を薄い瞼で隠したトテラカルゲイオンが倒れており、自分たちが買ったのだと実感した。


「助かりました。これでとりあえず飢え死には回避できますね」


「俺はほとんど何もしてないけどな。ほい」


 男は、そう言って右手の手のひらを女に向ける。女は不思議そうな顔をして固まってしまった。


「ハイタッチだよ。ほら」


「ハイタッチという言葉は私のデータにありません。あなたの種族独自の言語ですか?」


「ちげぇよ多分!嬉しかったり頑張った後に掌を合わせて喜びを共有するんだよ!」


 男にとっては当たり前のことをなので、なんだかそれを説明するのは変な感じだ。この女は何でも知っている機械だと思っていたのだが、よくわからなくなってしまった。しまいに、まだよくわかってなさそうな顔をしている。


「その行動に何の意味があるのでしょうか?」


「意味のない事をしてないと、やってらんねぇんだよ俺たちみたいな生き物は。」


「そうですか」


 女はそう言った後、振り返って倒れた怪物のところへ行ってしまった。男は冷たい空気にしか触れなかった右手を静かに下ろし、女を見つめた。女は見事な手さばきで、トテラカルゲイオを肉塊にしていく。男には、その後ろ姿が少し寂しそうに見えた。


 最後に飯を食べた記憶はないが、腹の虫が唸っているのは分かる。


 最後に飯を食べた記憶はないが、腹の虫が唸っているのは分かる。今まで動物を見て、食欲が湧くなんてことはなかったが、今日だけは早くあの怪物の肉を喰らいたい。しかし、刃物を持っていない男は、女の仕事を黙って待っていることしかできないので、砂の地面に乱暴に腰を下ろし天を仰いだ。


 今日は変な空だ。男の知っている色相環では明確に決められない混ざったような色。赤と言えば赤だし、青と言えば青、緑と言えば緑だし、黄色と言えば黄色。そんな空の色だ。真っ白な雲さえも、混沌とした空の色に飲まれ、輪郭を食べられているのだ。この空より完璧な調和の取れた場所はこの世界にはもうないのだろう。

 

 そんなことを考えていると、女が帰ってきた。


「準備が出来ました。食事をとりましょう。」


「悪いな。まかせっきりで。」


 ひょいと跳ね起き、女についていく。すでに料理を完成させていたとは驚いた。剣の時もそうだったが、どこに道具を隠しているのだろう。


 少し歩き、食事が用意されている場所に到着した。地面に焚火が焚かれており、そこに鍋のようなものと、串に刺さった色の悪い肉が焼かれている。手の込んだ料理ではないのは、見れば分かるが、今はそれがとても魅力的に見えた。


「いただきます。」


 焚火の前に横並びで座り、食事を始める。食前の挨拶をするのは男だけで、女は黙って肉を口に運んだ。


「お前って、飯食う必要あんの?」


「いえ、私は摂食せずとも活動は続けられるように作られています。」


 せっかくの食事の時間なので、黙って食べるのはもったいない。そう思って男は気になることを聞くことにした。まだ聞けてないことも、聞きたいこともたくさんある。とりあえず聞いてみた食事の必要性については、冷たく返されてしまった。ならなぜ今肉を頬張っているのかを聞くのはなんだか野暮な気がした。


「うまいか?」


「……悪くないですね。」


「そうか。」


 味覚の有無は分からないが、悪くはないらしい。それを聞いて、男も豪快に串焼きの肉を口に運んだ。感想は、女の言った通り悪くないといった感じだった。特別おいしくもないし、食べられない程でもない。久しぶりの食事としてはまずまずといったところだ。しかし、胃に食べ物を入れられるだけで今はありがたい。食事をするだけで、どれだけ心がふさがっていても救われた気持ちになる。こんな気持ちはこの機械にもわかるのだろうか。


「今となっては、地上にいる存在は我々だけになりましたね。」


 珍しく女の口から話が始まった。もちろんおふざけの笑い話ではなく、かなり踏み込んだ話だ。女の言う通り、お互いにお互いしか地上で生活している者を知らない。数百年前に、とある出来事で地上は生き物の住む場所ではなくなった。生ける者は皆、地に穴を掘り進め、日光の届かない地底で生活することになったのだ。太陽から逃げ、暗黒で生活することを選んだ生物たちは地上に強い恐怖心と憎悪を持っているため、基本的に戻ってくることはない。


「そうだな……。どうして、このトテラカルゲイオは地上に上がってきたんだろうな。」


「生物は時に理解不能な行動をします。それは私には理解し難いものです。しかし、この個体には明確に目的があったように感じました。」


 女が意味深な発言をする。本人も確証はないようだがどこか違和感を感じたらしい。偶然、地上に上がってしまったり、頭のおかしな個体だったりといった可能性は十分にあり得ることだと男は思っている。


「そうか?一年に1回くらいあることだろ。」


「違和感を感じたのはあの翼です。」


 すぐ後ろにあるトテラカルゲイオの死体を指さして、疑念の原因を言語化する。


「トテラカルゲイオは本来、翼のある生物ではありません。進化をした可能性も否定はできませんが、歳月に対して変化の大きさが異常です。」


「それはそうだ。俺もあの羽は少し変だと感じた。元来から付いてるものにしては、明らかに動きが、ぎこちなかった気がする。」


 思い返してみると、羽があるのに1回も飛ばなかった。一応動いてはいたが、大きく翼を広げることはなかったし、うまく扱えてなかったように見える。まるで、急に足が生えた蛇のようなぎこちなさを少なくとも男は感じていた。


「先ほど、確認のため翼の付け根を見てみたところ、縫い目のようなものが確認できました。その縫い目を外してみると、翼は完全に外れたのです。」


「縫い目⁉外れた⁉どういうことだ⁉」


「知的生命体によって意図的に後付けされたものであるということです。」


 衝撃の事実が女の口から告げられる。男は信じられないといった表情をしている。


「何のためにそんなことを!」


 うまく言い表せられないが、男は煮え切るような怒りが湧いてきた。その生命に対する侮辱とも言える行動はまともな倫理観を持った者にはできない行動だ。目的も何もかも男には理解できない。


「ここからは私の予想ですのであまり信用しないでください。地上に生物が移住して数百年経過しました。私は地底のことについてあまり詳しくありませんが、文明が築かれるには十分すぎる時間です。そして、地底にいる者は地上に激しい憎悪を抱いている。つまり、地上にいる生物を根絶させようと考えているはずです。このことから、このトテラカルゲイオは地上の民、つまり我々を滅ぼすために地底から派遣された使者であると予想しています。」


「どうすんだよ!地底の総生命体数は億じゃ利かないぞ。それに対して俺たちは二人だ。今回は一匹だったからよかったが、もっと多くで攻めてきたら、勝ち目がない!」


 その通りだ。この二人はかなり戦闘能力が高い部類だが、多勢に無勢だ。それにこちらは地底の状況をほとんど理解していない。情報戦でも天と地の差がすでについてしまっている。勝ち目はほとんどないと言っていいだろう。


「そうですね。本当は今すぐ地底に乗り込んで殲滅するのが最適ですが、我々にそんな力はありません。」


「おそらく向こうもまだ準備は整ってないはずだ。今回のこいつは偵察係だろう。この感じだと、これからも定期的に『使者』が送られてくるかもしれないな。」


 今回『使者』を送ってきたということはある程度の準備ができ始めているということだろう。男も女も、特に地底に恨みがあるわけでもない。仲良くしたいとまではいかないが、出来ることなら争いたくないのが本音だ。


「ですので、こちらも準備が必要です。どれだけ私たちが強くなろうと、2人では限界があります。まずは人手を探すのが得策でしょう。」


「確かに俺たち以外の戦力が必要だ。でも俺は地上でお前以外見たことがないぞ。まず、いるのかも怪しいんじゃないのか?」


 男は地上で過ごしてからかなり長い時間が経つが、自分以外の生命体を見たことがない。全力で捜索をした時期があったが、あまりの見つからなさに断念した過去がある。そこから男は一人で生きていくことを選んだのだ。


「私もこの地上であなた以外の存在を見たことはありません。しかし、40年ほど前にここから北に約400キロメートル先の地点で、強力な生体反応を検知したことがあります。あの生命体を仲間にすることが出来れば、かなりの力になることは間違いないでしょう。」


「本当に生き残りがいたのか⁉その生体反応って俺じゃないだろうな?」


「あなたとは明らかに違った反応でした。」


 まだ地上にその生き物がいるかはわからないが、一抹の希望は見えた。だが、その者が友好的とは限らない。まだ楽観視はできないだろう。


「じゃあとりあえずその北の方に向かってみるか。いるかわからないけど。」


「そうですね。いきなり敵対してくるかもしれません。警戒して行きましょう。」


 腹も八分目くらいになってきたので良い頃合いだ。さすがに食べきるには大きすぎるので、置いて行くとしよう。


 女はすらっと立ち上がり、男は膝に手を付けて立ち上がった。


「少し長い旅になりますね。」


「400キロだろ?二人で歩いた距離のほうが長かったぞ。」


「それもそうですね。」


 2人の距離が、少し距離が縮まってきたように見える。初めて会ったときは一言も話をせず、ただ黙って隣を歩くという何とも奇妙な関係だった。そこと比べれば、かなり仲が深まったといえる。


 そこから、一切変わらない風景を女の言葉を頼りに歩き出した。この感覚は慣れるのにかなりの時間を要した。景色が変わらないというのは案外かなり精神を削られる。ずっと歩いていると平衡感覚が崩れ出し、幻覚まで見えてきたこともあった。今は隣がいるので不思議とその不快感は気にならない。


 目的地に向かって歩いている間、2人の話は溢れるほど止まらなかった。久しぶりに人と話す喜びが今になってこみ上げてきたのかもしれない。男が話しかけ、その話が終われば、女が男に話しかける。お互い話したいことが多すぎて、一秒も沈黙は生まれなかった。

 

 —————————————————————————————————————————————


 「もう着いたのか?」


「ここが反応のあった場所です。案外早く着きましたね。」


 何日経ったか正確に測っていないが、男の体感ではかなり早く着いた。景色は変わらないが、気温はかなりさっきまでと違う。今が夜だからというのもあるが、場所の問題もあるだろう。ここは地図で見るとかなり北に位置する。


「ちょっと疲れたな。」


「私は疲れません。」


 到着したはいいものの今は日付が変わる時間帯だ。十数日ほとんど休むことなく歩き続けていたので、さすがに疲れてしまっている。本当はこれからこの辺りを捜索したいところなのだが。


「今日は睡眠をとるべきだと思います。かなりの体力をこの数日で消耗しているはずです。今後のことも考えて今は無理をするべきではないでしょう。私は、基本的に睡眠をとる必要はないので、もしもの時のために見張っておきます。安心して眠っていただいて問題ありません。」


「お前これまで寝てなかったのかよ。」


 寝る時は隣で川の字で横になっていたので、この機械も眠るのかと思っていたが、寝ていなかったらしい。


「それじゃあ、悪いが寝させてもらうよ。俺はもう限界だ。何かあったらすぐ起こしてくれ。飛び起きる。」


「はい。今日はゆっくり休んでください。」


 男は地面に直で寝っ転がり、仰向けになって目を瞑った。地面は硬いがそれはとっくの昔に慣れている。この美しい空をもう見られないと思うと少し寂しいが、眠気と疲れには勝てない。素直に今日は体を休めることにした。


「あ、今更だが、名前はないのか?」


 なぜ今まで聞かなかったのだというくらい重要な情報を聞き忘れていた。そのことにふと気づき、落ちてくる瞼を無理やり持ち上げ問うた。


「『Aio0002』という識別番号がありますが、名前はありません。これまでそれを必要としたこともありませんでした。ただ、呼び名はあったほうがいいかもしれませんね。それに、私もあなたの名前をまだ知りません。」


「確かに俺もまだ名乗ってなかったな……。俺の名前は『アオイ』だ。苗字は知らねぇ。」


「アオイ、アオイ。情報をアップデートしました。では、これからは『アオイ』と呼ばせていただきます。」


 女はまるで知的生命体のように名前を連呼し、脳にそれを染み込ませていた。その行動が必要なのかはわからないが、覚えてくれるなら何でもいい。


「問題はお前の名前だ。識別番号か……。機械だからそうだよな。『Aio0002』はさすがに言いづらい。」


「では、アオイが私に名前を授けてくれませんか?どんな名前でも構いません。呼びやすい名前を付けていただければ幸いです。」


 女から予想外の提案が飛んできた。もちろんアオイは名付けをした経験はない。しかし、名前というものは、かけがえのない重要なものであることは分かっている。だからこそ、いきなり軽く言われたこの提案だが、真剣に考える必要がある。


 何秒考えたかは男には全く分からない。だが、かなりの時間がかかったのは分かる。


 まず初めに頭の中で、女の仕草や行動を反芻して、それに最適な名前は何かと考えに考えた。名は体を表すといった言葉のように、まず体からインスピレーションを得ようとした。しかし、まだ関係が浅いので全く思いつかなかった。そのうえこの女は機械なのだ。性格や個性といったものは感じ取りづらい。


 そこでふと思いついたのが、識別番号だった。この女がこの意味のない文字の羅列をどう思っているのかはわからないが、本人になじみの深いこの番号にちなんだ名前がよいと思いついた。



「アイオ……アイオだ!」


「アイオ……アイオ……アイオ……」


 女はその名を聞き先ほどと同じように何度も復唱する。


「気に入らなかったか?」


 表情はないので、どう思っているか男は分からない。自分のセンスが正しいのか心配になり、恐る恐る女に尋ねてみた。


「いいえ。いい名前です。『アイオ』。すこし、安直すぎる気もしますが、うれしいです。大切にします。」


 その言葉を聞いて、肩の緊張が一気にほぐれた。それと同時に、我慢していた眠気が一気に襲ってき、男は眠ってしまった。



 瞼が落ちてくるまでもわずか0.1秒。

 脳もすでに正常に働いておらず、正しい記憶かはわからないが……






 

 ————————————『Aio0002』改め『アイオ』の目が少しだけ細まったのが見えた。

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