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1-①

 「君は結局、何者なんだ?」


 沈黙を破ったのは男の声だった。不思議な質問だが、これ以上に言いようがない。


 「全自動学習型破壊兵器でございます。」


 その疑問に即答した女の機械音声。無機質で感情の感じないその声は、この世界では究極的に異分子と言えるものだった。


「そちらこそ何者なのでしょうか。私が持つ情報にあなたの生態データはありません。不可解です。」


 男の持つ疑問はお互い様だったようだ。互いの存在を分かっていない2人がこの大地を練り歩いているのだ。実に不可解な状況である。その不可解さは二人の関係性だけでない。その場所が大きく拍車をかけている。広大すぎるこの大地は、地平線を隠すものさえない。どこを見ても同じ景色なので、どこか孤独感を感じるほどである。


「俺は……なんなんだろうな。」


「二足歩行で言語を操る生物なんて見たことがありません。」


 男は自分で自分が何かさえ分かっていないようだ。面白い。


「お前こそ、破壊兵器ってどういうことだよ。生き物じゃないのか?」


 当然の疑問である。見てくれは男と似ているが、明らかに生気を感じない。それに、歩くたびに金属音が響く。話は出来ているが、これは生き物ではないと本能的に感じる。それに、その者から自分は破壊兵器であるというカミングアウトを受けたのだ。驚くのも無理はない。


「その名の通り、自らの意思で動き、成長することが出来る破壊兵器でございます。生命体とは異なる存在ですが、違いは……ほとんどありません。破壊対象は、今はございませんのでご安心を。」


 男の質問に簡潔に答えてみせる。最後の一言で、男は少し安心した。少し距離を開けて歩いていたが、その間隔が少しだけ縮まった。


「おら。」


「なんでしょう?」


 男が女の額にデコピンをした。その突拍子で意味の分からない行動に、女は眉をひそめて男の方を向く。


「やっぱり痛くねぇの?」


「私に痛覚は存在しません。しかし不快感は存在します。今後、このようなことはしないでください。」


「はーい。」


 痛覚がないことにも驚いたが、女の肌が柔らかいことにも驚いた。てっきりカチコチで自分の指に鈍い痛みが走ると思っていた。なら、歩いているときの金属音は何処から鳴っているのだろう。気にし出したらキリがないので、それはいずれ聞くことにしよう。


「質問ばっかだけど、何をしてるんだ?俺たち。」


 実際男は、今自分がどこにいるのかも、今自分が何をしているのかもわかっていない。それなのになぜか異常に落ち着いている。それは機械である女も同じだ。


「分かりません。」


 帰ってきたのは、答えではなかった。てっきりこの女は何でも知っていると思っていた。そのため、女から帰ってきたこの返答に衝撃を受けた。


「分からないってお前、じゃあこれからどうするんだよ。」


「分かりません。ですが、このままではあなたは飢え死にしてしまうでしょう。」


 2回連続の返答不能。男のこの女に対する信頼はかなり落ちた。だが、このままでは食べるものがなく飢え死にしてしまうのは事実に息をのむ。考えてみれば当然のことだったが、なぜ気づかなかったのだろう。男は顎に手をやり顎を上げ、これからのプランを考える。


「別に死んでもいいのか?」


「…………」


 男は思いついたように目を大きく開けて言う。とっさに口から出たが、これが自分の本心なのかはわからない。自分には生への執着がないのかもしれない。俺もこの機械と変わらないのではないかと感じ、胸の奥が詰まったような感覚になった。女からの返答はない。目的のない歩みも止まらない。


「——」


 女が急停止した。男は急に止まれず、少し先で振り返る。


「おい、どうしたんだ?故障でもしたか?」


「生体反応を確認しました。3……2……1……」


 女から謎のカウントダウンが始まった。男は困惑の表情を浮かべ、周囲を見渡す。首を180度、振り返って180度。全方位を見渡してみた。しかし、生き物がいればすぐに気が付くくらい何もない場所だ。何もいないのは一目瞭然だった。


「何もいないぞ。冗談にしては笑えねぇよ。」


「……ゼロ。」


 男の発言も無視して、カウントダウンを終える。何もいないことが分かっているが、謎の緊張感が走る。


 直後、世界を揺らす振動と共に、周囲の声が聞き取れないほどの轟音が鳴り響いた。どこかに隕石でも落ちたのか、それとも巨大地震が来たのか。そう思ってしまうほどの異常事態。


 「失礼します。」


 「うおっ⁉」


 動揺していると、女に腰を担がれ気づけば上空に飛び上がっていた。体感だが、上空100m程度だろう。もちろん男は空を飛んだ経験はないので、さらに動揺が加速する。それだけでは終わらない。遠ざかってしまった地面を見てみると、巨大な穴が開いており、そこから見たことのない生物が出てきていた。赤い目と黒い鱗を身をまとっており、大きな口の中には無数の鋭い牙が羅列している。トカゲという古代種に酷似しているがサイズが段違いだ。それに羽のようなものが背中に縫い付けららている。その羽は明らかに色が違い、まるでほかの生物の体の一部を取り付けられたみたいだ。口を大きく開き、唾液を垂らしながら、男らを食べようとしている。


 その生物の吐息がかかるくらいの距離に男らは飛んでいる。女がいなければ今頃、この怪物の胃の中にいただろう。怪物が口を勢いよく閉じ、その風圧で自由落下していた二人が逆方向に吹き飛ばされ、奇跡的に回避することが出来た。


「おい!なんなんだあいつ!」


「あれは、トテラカルゲイオンという地下生離脱生物の一種です。大きさからみるにあれはまだ子供の個体です。」


「あれで子供って嘘だろ?50メートルくらいあるぞ。」


 女から当然のように発された衝撃の事実に仰天する。だが、冗談を言ってるような感じはしなかったし、そんな状況でもない。女の表情は依然として変わらないが、どこか強張っているようにも見えなくもない。


「そうするんだ?逃げるのは多分無理だよな。」


「そうですね。戦って倒すのが最適解でしょう。倒せればしばらくの食糧が手に入ります。ですが、負ければあるのは死です。」


 女は懐から拳銃のようなものとその弾を取り出して、男に手渡す。男は反射的にそれを受け取り、戦うことが決定した。戦いたくはないが、戦わないと死ぬ。さっきまで死ぬことに対する抵抗感はなかったが、いざ命の危機に瀕してみると、無抵抗ではいられない。これは本能だろうか、それとも。


 渡された拳銃に弾を装填する。なぜかすんなり戦う気になれた。女の方を見てみると、その手には身長よりも長い刀身の、ガードのない剣のようなものを手にしていた。どこから出したのか分からないが、今はそんなこと気にしている暇はない。


「作戦は?」


「トテラカルゲイオンは背中に一部分だけある黄鱗という鱗以外、大抵の物理攻撃が通りません。そこを狙いたいのですが……。」


「どうした?」


 女から意味深な間が生まれた。男は不思議に思い、思わず聞き返してしまう。何か懸念点があるのだろうか。


「私の持つデータでは、あの生物に羽は生えていないのです。地を這い獲物を捕らえる生物のはずなのですが……。あの羽のせいで黄鱗が見えません。まずは羽を落としましょう。話はそれからです。」


 女はそういうと、怪物目掛けて飛んで行ってしまった。そのまま、トテラカルゲイオンに切りかかる。とてつもない速さで縦横無尽に飛び回る女に、トテラカルゲイオンは追いつくことが出来ずにされるがままだ。しかし、トテラカルゲイオンは未だ無傷のまま。黄鱗のある背後に回ろうとするが、羽が邪魔をし、振り払われる。


「おいっ!大丈夫か⁉」


 女が巨大なトテラカルゲイオンの尻尾に弾かれてしまい、男の足元に飛んできた。徐々にトテラカルゲイオンの動きが活性化していき、追いつかれてしまったのだ。女の体を見ると、首元に切れ目ができ、そこからバチバチと火花が走っていた。


「体の破損率は0.1%程度。問題ありません。それよりもあのトテラカルゲイオンが想定以上に厄介な存在でした。本来なら、黄鱗を貫けば簡単に撃破出来るはずなのですが。」


 女の様子を見るに、かなり苦戦を強いられている様子だ。本人は問題ないと言っているが、その傷は血は出ていないものの、かなり痛々しい。


「あなたは見ているだけなのですか?」


 温度を感じないその言葉に男は思わず後ずさってしまった。俺はこの間、何をしていたのか。生きておらず、痛みを感じない機械に戦わせて、命のある自分は高みの見物をしていたのだ。一見すると合理的な判断だと思えるが、それがどうも情けなく感じた。


 女の背後を見ると、トテラカルゲイオンがその巨大な口を開け、すぐそこまで迫っていた。あと一秒待てば、2人を地面ごと抉って喰らってしまうだろう。しかし、女はそれに見向きもしない。気づいていないわけではない。ただじっと、男の目を見ている。


 地を抉る轟音で声なんて届かないだろう。必要なのは言い訳でも、誤魔化しでもない。






 

 故に、男が返したのは言葉での返答ではなく、弾丸だった。

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