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今日は待ちに待った『任務』の日だ。
待ちに待ったとは言ったものの、もちろんいい意味ではない。今日という日に近づくにつれ、心臓の鼓動は日に日に早まっていき、動きも硬くなっていった。さすがに同じ手足を出して歩いたりはしなかったが、仲間から苦笑いされるくらいには滅入っていたといっていい。
昨日は、一生明日が来るなという考えと、今にでも『任務』に向かい早く終わらしてしまいたいという考えが頭の中をぐるぐるしていた。
しかし、時間というものは絶対平等であるので、変わらずやってきた今日。
リーダーから手渡された、一行しか書いていない職務内容書を何度も確認する。
A4サイズの古紙に書かれている内容はこうだ。
『グレーテン、天井、穴、地上、吹き抜け』
簡素すぎてもはや謎解きのようになっている言葉の羅列に、何度目かのため息をついた。
「いつもこれだ。どう思いますかドルシラさん。もっとわかりやすく書けませんかねえ」
「仕方ねぇだろ。お前が入ってくる前からそんな感じだ」
「リーダーはもっとしっかりとした方だと思っていましたよ」
出発の前に、どこにもぶつけることのできない愚痴をドルシラにぶつける。直接リーダーに言う度胸はないし、言ったらおそらく半殺しにされてしまう。しかし、さすがにこの件に関しては、あちらに非がある気がするが縦社会ではそんなことは通用しないのだ。
「それ書いてんのは、ローガンのやつじゃねぇぞ」
「え⁉ そうなんですか? いつもリーダーからもらうので、書いているのもリーダーかと思ってました」
衝撃のカミングアウトを受け、思わずギルバートは寝ころんでいた状態から起き上がって、前のめりになってしまった。ギルバートはまだ歴が浅いので、こういったことはよくあるのだが、何気にこの件が一番の衝撃だったかもしれない。
「たしか『右参謀』のやつが全員の『任務』を考えているんだと。もちろんローガンの許可が下りねぇと没だが、ゴーが出たらあいつからもらった紙をそのままあたしらにたらいまわしにすんだ』
古株のドルシラからありがたい解説を聞かせてもらう。
今更だが、ドルシラの言うローガンとは『レヴェルト』のリーダーのことだ。なぜ呼び捨てをしているのかといつも疑問に思うが、ドルシラはそういうやつだ、に着地する。
「『参謀』の方が書いているのか。リーダーもちょっと手直しをしたり、わかりやすく書き換えたりしてくれればいいのに」
「ローガン曰く、それが最も簡潔で最も分かりやすいんだと。あいつはかなり『右参謀』のことを買ってやがるからな、その信頼も入ってるんだろ。それか単純に忙しいからかだな」
「確かに、リーダーはいつも何かしら動いていますからね」
「そうだな。なんせ、ローガンのやつがいつ寝ているのかは『レヴェルト七不思議』になってるくらいだ」
また聞いたことのない単語が出てきたが、重要でないことであることは分かりきっている言葉の響きなのでギルバートは言及しない。
しかし、考えてみれば本当にリーダーが休んでいるところを見たことがない。ドルシラの反応を見た感じ、おそらくそれはギルバートだけではないのだろう。その極まった勤勉さに先ほどまでの態度がなんだか申し訳なくなり、心の中であまり生意気は言わないようにしようと誓った。
「もう出発だろ? どうだ、緊張は解けたか?」
「解けませんよ。ほら見てください、この手の震えを」
「はっ! 電気でもあてられてんのかよ」
「笑わないでくださいよ。これでも真剣に頑張ろうとしてるんですよ!」
自分の震える手を見せようと、ドルシラの顔の前に出したら、いつもの通り爆笑しながらからかってきた。恥ずかしくなって手をさっと隠したギルバートは、赤くなった顔を隠せない。
「ほら、手ぇ出せ」
「なんでですか。またからかうんじゃ、」
「いいから、早く」
目的の分からないその要求を断りたかったが、詰め寄ってきたドルシラに負けて、戸惑いながらも指示通り両手をパーにして彼女の前に突き出した。
「ほっ!」
「へ?」
ドルシラが変な掛け声とともに、ギルバートの両手をぎゅっと自分の手で挟んだ。
一瞬何が起きたのか分からなくなり、脳がショートする。情けない声を出してしまった恥ずかしさと、彼女に手を握られたもどかしさでギルバートの顔は一瞬にして茹で上がってしまった。
「な、何をしてるんですか、ドルシラさん」
「何をって、その震えを止めてやってんだよ。ほら、おさまった」
ドルシラがぱっと手を離すと、ギルバートの手の震えは完全に止まっていた。
ギルバートの手は名残惜しそうにドルシラの手を追いかけかけたが、彼の壊れかけていた理性がなんとかそれを止めた。
「あ、ありがとうございます」
「んで、そんなにかしこまってんだよ、きもちわりぃ」
背筋をただして礼を言ったギルバートは、ドルシラに一歩引かれてしまった。
「じゃあそろそろ、『アンデル』に降りようかと思います」
「おう。気を付けて行って来いよ。って言っても今回のギルバートの『任務』は怪我をするって感じじゃねぇからたぶん大丈夫だろ」
「そこだけが不幸中の幸いですね。なんとかいい結果を持ち帰ってこれるように頑張ります」
何度来ても慣れない、『転送部屋』の前にやってくる。ギルバートはドアノブに手をかけ、ドルシラは少し後ろからそれを見守る形になっている。深い深呼吸をして、その異常に重たいドアを開けた瞬間、
「あ、そういえば言い忘れてたことがあった」
「なんですか?今ちょうど覚悟が出来てきたのに」
「なに、ちょっとしたアドバイスだ」
「アドバイス?」
「どうしようもなく困ったら、酒を買って道の端で飲んだくれてる白髭のジジイのところに行くといい。ほんのちょっとだか役に立つはずだ」
「酒を買ってって、どういう」
「ほら行ってこい」
「うおっ!」
詳しく聞こうと思ったが、その前に背中を蹴飛ばされて強引に部屋の中に押し込まれてしまった。重厚な扉が閉まる音が五畳半程度の部屋に響き渡る。仕方がないので、ドルシラにもらったアドバイスを頭の片隅にしまい、『アンデル』への転送を開始した。
目を閉じて必ず現れる『あいつ』に備える。
みんなはもう慣れたと言っているが、ギルバートは一生かけても慣れやしないだろう。
カウントダウンが始まる。
そしてカウントダウンが終わると同時に、ギルバートの姿が地上から消えた。




