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「おっと、久しぶりだねぇギルバートちゃんや」
「あ!ギル兄だ!一緒に遊ぼうぜ!」
「ギル坊の顔を見るのは久しぶりじゃのう、ほら受け取れ」
「おう!ギルバート、久しぶりじゃないか!ちょうど今朝いい野菜が取れたんだ。持ってけ」
「お母さん!ギルバートお兄さんが帰ってきたよ!」
「あら、ギルちゃん。今日もお疲れ様。お茶でもしていくかい?」
一歩歩けば一人に声を掛けられ、二歩歩けば二人から声を掛けられる。
それに、会う人合う人みんなから何かしらを手渡されるので歩けば歩くほど方が重くなっていく。
採れたての土の着いた野菜、見たことのないきれいな虫、宝石のようにキラキラした石、昨日の夜食の余り、出来の良い刀、手作り感満載のミサンガ、ぼろぼろの人形など種類は様々だ。
そんな調子で、目的の王城に辿り着くのはかなりの時間を要すことになった。
「こんなもの俺に渡して何になるんだよ」
とは言ったものの、内心は少しうれしかった。
『アンデル』にくるときは基本的にいつも何かしらの緊張や葛藤を抱えてやってくる。今回は特にそうだったのだが、この暑苦しい歓待はその緊張を少しほぐしてくれた。
「気を引き締めるんだぞ俺。1つでも無礼があったら、この『任務』は遂行不可能になってしまうかもしれないんだ」
両手で頬を叩いて意識を変え、身を引き締める。
城の中に入るには、まず門番に話をつけないといけない。本当なら手紙を送るのが礼儀なのだが、今回に限っては猶予期間があまりない。『レヴェルト』の任務は入れ替わり制なので、必ず決められた期間内で遂行しなければならないのだ。
門の前にやってくると、その両端にそれぞれ門番であろう者が立っていた。
国王のいる城の門番を任せられている者だ。生半可な常人であるはずがない。それはその佇まいを見ただけでも一瞬で理解することが出来た。
「何用だ、貴様」
門のど真ん中に立っていたギルバートを挟むように、両端から門番がやってきた。
その気迫と眼光はとてつもなく、悪人が悪事を働く気すら失せさせるほどだ。悪事を働くつもりのないギルバートでさえも、思わず後ずさってしまった。
右手側にいるは、背の高い巨漢だ。ギルバートの二倍ほどの体格がありながらも、その顔つきは品があり、まさにこの城の門番にふさわしい人物と言っていいだろう。
左手側にいるは、女性だ。女にしては少し背が高く、ギルバートと目線の差はあまりない。声をかけてきたのはこちら側の門番だが、その口調は乱暴そのものだった。右側の男とは違い、こちらに向けてくる視線は完全に敵対心を持っている。雇用主はなぜこいつを門番に雇ったのか、疑問に思うほどだ。
「地上からやってまいりました。『レヴェルト』のギルバート・リー・テイラーと申します。とある交渉を『パーティー』の皆様とさせていただきたく、参りました」
ギルバートは丁寧に一礼をし、要件を簡潔に伝えた。
「『レヴェルト』?なんでそんな連中がこの城に、」
「口を慎めローズ。客人には恭しい態度をとれと何度言ったらわかるのだ。非礼を詫びますお客様。どうかお許しを」
前にグイっと詰めてきた女の方、ローズと呼ばれる門番を、巨漢が咎める。大木のような腕を間に差し込み、こちらを向いて深く頭を下げた。下げた頭が、立ったギルバートの頭の位置と変わらないことに体を震わせたが、その口調と所作の丁寧さがそれを抑えた。
「いえいえ、こちらが急に押しかけてしまったので、謝るのはこちらの方で。顔を上げてください」
あわあわと手を振りながらギルバートがそういうと、男はゆっくりと顔を上げた。
「では、私が『パーティー』にお客様の要件を伝えてまいります。ここで彼女と少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「俺は行かなくていいのですか?その方が分かりやすく伝えられる気がするのですが」
「貴様みたいなどこの誰だかわからないような輩を、上の許可なしで場内に入れるわけにはいかない。おとなしくここで待っていろ」
ローズの言ったとおりだ。さすがにおこがましすぎたかと反省し、何も言い返すこともなく、そのまま護衛の男を見送った。
残された二人の空間は、風通しの良いものなわけもなく、無言が響いている。
先ほどあったローズの言葉にもある通り、『アンデル』の地での『レヴェルト』という組織に対する印象は現時点ではかなり悪い。
貴族や政治家のようなこの世界を取り仕切っている存在に邪険に思われるだけならまだよかったのだが、その異常な嫌悪感は一般市民のほうが大きい。
嫌悪感というよりも、恐怖といった方が近いかもしれない。それも当然、地上に恐怖して『アンデル』に逃げてきた人々だ。もう一度その場所に戻そうとしてくるやつらなんて、恐怖の対象になるに決まっている。
ギルバートにはそれが悔しくてたまらない。仕方のない事だってわかってはいるが、その感情を捨てさせ、もと居た場所に戻してあげたいと心の底から思っている。
おそらく『レヴェルト』で最も『アンデル』の人たちとの交流が深いギルバートは、彼らと話すことが多い。その時の彼らのある不思議な表情がギルバートには引っ掛かる。
————その表情はいつも空を見た時に現れる、憂いを灯した顔だ。
ギルバートは上を向いた。
不自然なほど整った完璧な青空がそこにはある。
それはギルバートが『アンデル』に初めて来たときに、最初に感じた異変だった。
ここは地底だ。地上から地下2000キロにある地底都市だ。
空なんてものが見えるはずはないのだ。『アンデル』は地底にある強大な空間といった構造をしているので、上を見ても茶色い天井が見えるだけのはず。疑問を感じたギルバートはもちろんドルシラにタネを聞いた。
彼女から聞いた話では、あの空は大昔の偉大な魔法使いが、わが身を犠牲にして作りあげた大魔法だそうだ。
原理も理屈もいまだ解明されていないその大魔法を行使したその魔法使いは、かつてのすべての民の願いをある条件で叶えたのだ。
『地上と同じような空を作ってほしい』
その願いがどのような対価を支払って叶えられたものなのかはわからない。
しかし、それは確かに今日まで『アンデル』に人々が住み続けられた理由になっているだろう。
しかしそんな空を見て、ギルバートの知り合いたちは皆、悲しみの表情を浮かべるのだ。
あの表情はきっと、
「お待たせいたしました。『パーティー』の皆様から許可が下りましたので、ご案内いたします。どうぞこちらへ」
「早かったじゃないか。そんなに早く飲み込める話じゃないだろ」
「ローズ、お前ももう交代だ。戻って休んでいろ」
「分かった。後片付けは頼んだぞ」
ローズはそう言って自ら大門を開けると、そそくさと城の中に消えて行ってしまった。残された男二人はその後ろ姿を無言で見送る。その後は、男の指示に従いギルバートも歩き出した。
念のためだろうが、ギルバートが前を歩き、護衛の男が後ろから監視しながら歩く形だ。
居心地は悪いが仕方ない。『レヴェルト』はそういう組織なのだから。




