1-⑬b
——————今回はかなりの大仕事を頼まれた。
その事実に男、ギルバート・リー・テイラーは音が出るほどの固唾を飲んだ。
仕事内容は、地上と『アンデル』の開通、および、グレーテンとの本格的な協力関係の樹立だ。
こんな重要な仕事を、他でもない自分にまかせてくれたという嬉しさと何とも形容しがたい達成感。しかし、その非常に大きい感情に勝るほどの精神的な重圧が日に日に圧し掛かってくる感覚に耐えながら、毎日を過ごしているところだ。
『レヴェルト』に入団して、早くも数年が経過した。
それでもまだ、この組織で一番の新参であるギルバートは『レヴェルト』の中ではひよこだ。命じられた任務に歯向かうことなんて、天地がひっくり返っても出来ないし、やったとしても多分殺される。
勘違いしないでほしいが、ギルバートは『レヴェルト』が好きだ。
一人になったギルバートにできた唯一の居場所であるし、そのメンバー達も実によくしてくれている。
だからこそ、人生をかけて恩返しをしていきたいと思っているし、『レヴェルト』の目的を果たすためならなんだってする気でいる。
「でも、緊張はするんだよな~」
リーダーから次の任務を通達された直後だ。
会議室から帰ってきたギルバートは近くにあるソファーに倒れこんだ。クッションに顔を埋め、尻を突き出し、足をばたつかせている。はたから見れば、かなり滑稽な光景で、
「何してんだよ、ギルバート。かき氷でも食ったのか?」
周囲を全く気にする余裕がなかったので、背後からその声が聞こえて飛び跳ねてしまう。
その声の主は、ドルシラ・ドレイク。
ギルバートの所属する部隊の隊長だ。あまりこの組織は集団で動くことは少ないが、部隊の仲間はよく連絡を取ったり、行動を共にしたりする。ギルバートのにとっては最も近い上司的な存在であり、面倒を見てくれている姉御のような存在でもある。
「いや!これは……その、はい……。かき氷食べてました」
「マジで食ってたのかよ!」
ドルシラが大爆笑しながら、ギルバートのいるソファーの横にどっしりと腰を下ろした。笑いながら、背中をバシバシとたたかれているが、力が強すぎて痛い。
焦ってうそをついてしまったが、笑われるくらいならいいだろう。ドルシラの前で弱音を吐くのはなんだか違う。彼女も何があったのか気づいてなさそうなので、このままやり過ごして、
「っはぁ~、おもしれ。それで?何があったんだ?」
「へ?」
「何があったんだよ。聞いてやるから言ってみ」
ひとしきり爆笑し終わったかと思えば、まるで心を読んでいるかのようなことを言ってきて、ギルバートは思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
そのまなざしはひどく優しくて、いつもはそんな顔しないのに、こんな時にだけ。
「————————。」
全部話してしまった。言いたくなかったのに、その顔に、その優しさに言わされてしまった。
ギルバートが話している間も、ドルシラは何も言わずに、目を瞑っているだけ。
また救われてしまった。自分より2回りくらいこの小さい少女に何度掬われれば気が済むのか、と自分で自分を責めたくなる。
「ってすみません。そんなたいそうな悩みじゃなくて。ただ俺がビビってるだけというか、尻込みしてるだけというか……。だめっすよね俺ももう『レヴェルト』に入って結構経つのに。こんなこと言ってたらいつか首に、」
ダメだ。弱音を吐いたら止まらない癖は直せと言われたのに。
ドルシラにもあきれられてしまっただろうか。
「なんねぇよ首になんて。逆だ。あの髭野郎もお前に期待してるから、そんな任務任せんだ」
「そうですかね。捨て駒として起用されてるだけじゃ」
「あの野郎がそんなことするたまじゃないってことくらい、お前もわかってるだろ?」
「まあ、そうですね」
ドルシラの言う髭野郎とは、ついさっきギルバートに任務の内容を告げた『レヴェルト』の実質的なトップのことだ。本当の総帥は別にいるのだが、基本的に彼が組織を統括している。
彼のことを知らない人から見れば、彼は冷徹で血も涙もない鬼に見えるだろうが、付き合いの長い者から、そんな感想は出るはずもない。
「そういやギルバート、お前この後暇か?」
「?、はい。とくに用事はないはずです」
「よし、ちょっと付き合え」
ドルシラがそう言って、飛び跳ねるように立ち上がり、歩いて行ったので、ギルバートは困惑しつつも後ろからついていく。
「あの、どこに行くんですか?」
「期待してんのか?」
「ち、違いますよ⁉ 単純にどこに行くのか気になっただけで!」
「わーってるって。なに、食料調達に行くだけだ。さっきオリビアに頼まれちまったからな。急がねぇと、どやされちまう。ほら、あいつ怒ったら怖ぇだろ?」
……そうか。食料調達か。
地上にいる以上、当然、食料は自分たちで調達しなければならない。もちろん農作物の栽培もしているが、野菜だけでは物足りないし、栄養も足りなくなる。
そこで、ドルシラのような戦闘狂がよく狩りを任されているのだ。
「オリビアさんが厳しいのはドルシラさんにだけですよ、たぶん」
「え、そうなのか?確かに他のやつらに怒ってるところは見たことがねぇ……。あと、さん付けはやめろって何回言わせんだよ。あたし以外は知らねぇけど、あたしに敬語は不要だ」
初めて会ったとこからずっと、ドルシラは敬語を使われるのを以上に嫌っていた。今では、ギルバート以外のメンバーはほとんど、敬語は抜けてきたが、ギルバートに関しては全くだ。
何度も注意されているが、ドルシラにタメ口で話すのは気が引ける。何度も言わせてしまって申し訳ないが、ギルバートは敬語を外す気は全くない。
そんなことを話しながら城を出て、得物がいるところまで移動した。
「ほんと、肉少なくなったよな。昔はもっとそこら中にうようよいた気がするんだが、」
「そうですね。地上で生きていける生物なんてもともと限られていますし、狩りつくしてしまったのかもしれませんね」
ドルシラの言う通り地上には動物がほとんどいない。
最も大きな理由は、言うまでもなく600年前の戦争によるものだ。その争いによって、地上の生態系のほとんどが回復不能なまでに壊れ、地底の世界『アンデル』へ、本能的な逃走をせざるを得なくなった。
それでも地上に残った生命体はごくごくわずかで、一応その種同士で繁殖はしていたのだが、海さえ枯れたこの世界は、彼らにとってあまりに厳しいものだった。
「あーめんどくせぇ~。狩んのは楽なんだけど、探すのがだりぃんだよな」
「ドルシラさんは強いから楽でしょうけど、俺みたいな雑魚は怖いんですからね?」
首を回して周囲を確認するが、生き物の気配すら感じない。
ドルシラの足取りがだんだん重くなってきているのが分かる。相当な気分屋の彼女は、めんどくさくなったら平気で放棄してしまう。
俺にはわかる。この流れ的に、勝手に帰ってきたドルシラが、オリビアに怒られるところをギルバートに罪をかぶせるつもりなのだろう。オリビアは基本的には柔和で穏やかな性格だが、時々底知れぬ闇を感じる瞬間がある。ギルバートもそんな人に怒られるのは勘弁だ。
どうにかして機嫌を取らなければ、とそう思った直後、
「ギルバート、あたしはここで待ってるから、お前が探して連れてこい」
考えうる限り、最悪の提案が聞こえてきた。
「ちょっと待ってください!俺が一人で?」
「そう言ってんだろ?あたしはもう疲れたから、寝る」
言い返そうかと思ったが、ドルシラはすでに寝転がって目を瞑っている。
もちろんギルバートは狩りなんて一人でしたことはないし、そもそも戦闘向きの人間ではない。戦えないこともないが、ドルシラのように好き好んで戦ったりはしない。
『おいギルバート。敵と戦うときに一っ番大事なことはな、メンタルだ。別に腕っぷしが強くなくていい。強力な魔法もつかえなくていい。どんだけぼろぼろになっても、どんだけ負けそうになっても、ぶっ殺されちまっても、心が負けてなかったら、ぜってーに負けねぇ』
ドルシラの言うところには、戦いにおいて勝ち負けに最も大きく関与するのは、突出した能力でも腕っぷしの強さでもなく、メンタルだという。
これは、いつの日かドルシラから言われ、その後もギルバートが毎日のように彼女から叩き込まれた教訓のようなものだ。
『レヴェルト』に席を置いている以上、一定以上の戦闘能力は必要不可欠だと言っていい。
回数的には多くないが、『アンデル』の者と戦わなければならない時だってあるし、何の因果か『レヴェルト』は『囚徒』と出くわすことが多い。規格外の強さを誇る『囚徒』に対抗するには、こちらも相応の戦闘能力をもっていないといけない。
このように様々な問題を解決していく立場として、無力ではいられないのだ。
ギルバートも例に漏れず、強さを欲している。
ドルシラや、ほかのメンバーに特訓をしてもらったりしているが、今のところ体感できるような強さは手に入っていないのが現状だ。
——足が動かない。まるで靴と地面を接着剤で引っ付けられたかのように、足が上がらない。
ドルシラが自分のためにこんなことをしてくれていることなんてとっくに気づいている。度胸の足りないギルバートに成長する機会を作ろうとしてくれているドルシラの顔に泥を塗ってはいけない。心の優しい彼女は、ギルバートがどんな行動をとろうと、諦めずにこれからも付き合ってくれるだろう。
ここで動かないとだめだ。何も変わらない自分を殺したいほど嫌っているのは自分じゃないのか。
分かってる。そんなことは分かっている。とっくの昔に分かっている。分かってるのに、、、
「いつまでそこに居んだ?」
温度のない、冷たい声がギルバートの鼓膜を、いやもっと奥の、心の臓よりももっと奥の”何か”を締め上げた。




