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1-⑫

「おい、てめぇ。ちょっと面貸せや」


「す、すみません!」


 これで、聞き込み相手に逃げられてしまったのはちょうど10回目だ。


「お前なぁ、もっと優しくというか穏やかにできないのか?みんな怖がってどっか行ってしまうじゃねぇか」


 わかりきっていたことだが、ドルシラの交渉術は皆無。それどころか彼女の殺気に委縮して、話も出来ずに逃げられることがほとんどだ。

 ドルシラには黙っていてもらい、アオイとアイオが話しかけたこともあったが、ドルシラの顔を見た瞬間に逃げられてしまった。


「このままでは何の情報も得られずに、日が暮れてしまいますね」


「ちゃんと話してくれる人が見つかったとしても、その人が有益な情報を持っているとは限らない。いっそのこと仲間を呼んで、本当に全面戦争した方がいいんじゃないのかこれ」


「ダメに決まってんだろ。あたしらの目的はここの殲滅じゃねぇ。それが目的ならとっくの前におっぱじめてるっつーの」


 少し前の会話とは立場が逆転し、今度はドルシラがその強行を止める。

 しかし、ドルシラの言う通りだ。和解を目的とした『レヴェルト』に乱暴な手段はとれない。一種の信用問題のようなものなので、こちらの行動には細心の注意を払わないと、目的を達成できなくなってしまう。

 ちらっと聞こえたドルシラの言葉に少しヒヤッとしたが、実際戦ってみるとどうなるんだろうとそんなことも考えたりして、


「ていうか、お前のお仲間は何をしてんだよ。まだ俺は『レヴェルト』ではギルバートさんのことしか知らねぇが、まさか仲間の危機なんて知らねぇよ、みたいな感じの非情な奴らじゃないよな」


 仲間はどんな奴でも仲良くしていきたいと思っているが、さすがに非人道的な考えを持っている人は、なんというか、信じられない。

 ドルシラが話すに、ギルハートはかなりの人格者らしいが……他もそうならありがたいと切実に思う。


「ほかのやつらとも一応連絡は取ってある。全員から返信は返ってきたが、今は忙しいんだと。まぁ仕方ねぇな。あいつらも今頃、別の国で別の問題に対応中だ。てめぇの仕事はてめぇで片づけるのが『レヴェルト』のルールだ」


 ドルシラ含め『レヴェルト』のやつらはこれを非情だなんて思っていないのだろう。

 


「それでも、俺は……」


「お前が気にすることじゃねぇよ。あたしらの考えは変わらない。そういう組織ってだけだ」


 全員から返事が返ってきたということは、どうでもいいというわけでもないのだろうが、みんなで助けに来ればいいのでは、と思う自分は甘いのだろうか。


「であるならば、一層私たちが頑張らないといけませんね。聞き込みを再開しましょう」


「そうだな。俺たちだけでもギルバートさんを見つけないと。」


 肩に手をポンと置いてくるアイオ。

 彼女なりの気づかいと慰めなのだろう。こういった行動に救われるごとに本当に機械なのか、金属でできているのは体だけなのでは、と思ってしまう。


「手分けをして探しましょう。今日活動できる時間もそう長くはありません。ある程度の捜査が終わったら、あの家に集合でどうでしょうか」


「そうしよう。いい結果を持ち帰ってくるように」


 そう言って三人は三方にばらけた。

 アイオの言う通り、もう日は沈んできている。この聞き込みが出来るのも、せいぜいあとに2,3時間といったところだ。今のところ進捗はゼロで、ただただグレーテン観光をしていたのと変わりない。今から巻き返さないと。

 そう意気込んで、街角に座り込んだ、明らかに他のものと違う恰好をした老人に声をかけた。


「すみません。少しお話を聞かせていただいてもいいですか?」


「飯をよこせ」


 しゃがれた声だった。それは元来からのものではなく、何もかもに絶望した者のあきらめの声だ。投げやりになり、すべてがどうでもいい。世間体や他社の評価さえも捨てた、命令形の物乞い。それだけで、彼にどれほどの苦難があったかが容易に理解できる。

 こちらを睨む眼光は黒く濁っており、その目線だけで「失せろ」と言われているかのような錯覚を招いた。


「へ?飯?」


「ああそうだ。そこの店にある一番高い飯と一番うまい酒を飯を儂に持ってこい。そうすれば、話くらいは聞いてやる。会話はこれで終わりだ。もう話しかけてくるな」


 そう言いながら、傍に転がっている大量の酒瓶から一本手に取り、グイっと一飲み。手を頭の後ろで組み、目を瞑ってしまった。

 本当に、この老人の言う通りにしないと会話すらしてくれない気だ。


 こいつは諦めて、ほかの人をあたるのが最も効率的なのは分かっている。

 しかし、この者からは何とも言えないオーラが感じられ、何か知っている気がしてならない。


 そう思ったアオイは、老人の指さした酒舗に向かった。



 感じのいい店主だったが、財布の調子がよくない。地上からこっちに来るときにドルシラからある程度のお金をもらったのだが、このよくわからない生き物の内臓のソテーが、冗談にならない値段だった。お酒に関しては、まったく知識がないので、店主のおすすめを買った。


「ほら、持ってきたぞ。おかげで財布は空っぽだ」


「はっ!ほんとに買ってきやがったぞ。最近の若者は物好きが多いな」


 男は腹に手を当てて爆笑しながら、アオイの手から酒瓶を強引に奪い、手早くコルク栓を抜く。そのまま豪快に口に流し込むが、その勢いに顎から液体が漏れ出ている。


「約束通り、俺の質問に答えてもらう」


「勝手に言ってろ。気分がよかったら答えてやる」


 吐き捨てるような低い声の主の興味はすでに目の前の酒に映っている。その横柄な態度は限度を知らないが、この手の輩の話は付き合うだけ無駄だ。必要なことだけを手早く聞いて、手早く去らせてもらおう。


「俺の名前はアオイだ。おっさん、名前は?」


「誰もお前の名前なんて聞いてないわ。それに、儂の名前もお前には教えてやらない」


「なんだこのくそジジイ」とはぎりぎり口に出さなかった。鼻が曲がるほど酒臭い老人は、いまだに酒を飲む手を止めない。酔っているからこうなっているのだ、とアオイは自分を落ち着かせ、次の質問に向かう。


「次の質問だ。『レヴェルト』って知ってるか?」


 この『アンデル』において『レヴェルト』の知名度がどのくらいあるのかを確認するための質問だ。できれば、抱いている印象も聞きたい。それに、この質問の答えによって、この老人の事件に対する理解度が分かる。


「もちろん知っておるぞ。自分らの正義の行先が、全員の理想郷だと信じている勘違い野郎どもじゃろう?」


「なんだと?」


「どうした?もしかしてお前さんも『レヴェルト』なのか?」


 老人の苦言にかみついていしまったアオイは、まんまとその身分を見破られてしまい、心臓が早まった。

 それはそうとして、老人の『レヴェルト』への印象が思った以上に悪そうだ。皮肉の利いたその評価は、まったく的を得ていないとも言えないのがまた……。


「ちょっと待て。お前さん”も”ってどういうことだ?ほかに『レヴェルト』を見たことがあるかのような言い方じゃないか」


「いつだったか忘れたけど儂のもとに来たやつが一人いたな。ケツも髪も青いクソガキじゃったけどな」


「!?」


 間違いない。

 ケツが青いかは知らないが、髪は青かった。どうして、この飲んだくれ老人に会いに来たのかはわからないが、接点があるのは確かになった。


「何のために、あんたみたいなやつに会いに来たんだよ」


「儂に会いに来る理由なんて1つに決まっておる。依頼じゃ、依頼」


「依頼?」


「本当に何も知らずに来たのだな。儂は 『情報屋』じゃ。酒さえ奢ってくれれば、大抵の依頼は飲んでやる。あの青ガキも儂に聞きたいことがあったのじゃろう」


 ついに老人が何者なのかが明らかになった。只者ではないとは思っていたが、まさかこんな見てくれの老人が、『情報屋』だとは思っていなかった。

 しかし、酒を奢るだけで答えてくれる情報屋なんて本当に信用できるのだろうか。対価が安いのは依頼人にとってはいいことだが、信頼度は下がる。


「あんたに依頼をしたやつが行方不明なんだ。俺たちはそのギルバートさんを探してる。あんたにはそれに関することを聞きたかったんだ」


「ほう」


「ギルバートさんはあんたに何を依頼したんだ?」


 わざわざ情報屋に頼んで、聞くことなんて重要に決まっている。そこにギルバートが消えたヒントがあるはずだ。現状、信頼度は限りなく低いが、藁にでも縋ろう。


「お前さん、守秘義務って知っとるか?『情報屋』がの依頼人の情報をそうやすやすと言いふらすはずがないじゃろう。どうしても聞きたいのなら、それ相応の対価を、」


「ほらよ。これが対価だ」


 あとから自分で飲もうと思って余分で買っていた缶ビールを、老人に向かって投げた。


「ははっ!分かってるじゃないか小僧!ちょうどキンキンに冷えたビールが飲みたかったんじゃ」


「答えてもらうぞ。ギルバートはあんたに何を依頼した?」


「まぁ待て。そんなに焦らんでもちゃんと答えてやるから」


 カシュっと片手で缶を開けながら、もう片方の手でひらひらと興奮するアオイをなだめる『情報屋』。

 

 自分で言ったはいいものの、本当に答えてくれることに驚いた。さんざん守秘義務だのいってたはずなのだが、ワンコインの酒で簡単に答えてくれた。より一層、まともな情報を貰えるか不安になるが、聞かない選択肢はない。


「か~!うめぇ~!こんなにうまい酒を貰ったんじゃ。ほらこっちにこい。何でも教えちゃる」


「うおっ」


 酔いが回ってきたのか、テンションが変に上がっている。

 胸倉をグイっと引き寄せ、強引に隣に座らせる『情報屋』。それに顔を引きつるアオイは、させるがままだ。


「あの青ガキはな~~————死んだぞ」


 


 ——

 ——————

 ————————————————

 ————————————————————————は?


 



 ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て。

 そんなテンションでさらっと言っていい事じゃないだろ。

 ギルバートが死んだ?なぜ?どうして?


 頭が真っ白になる。それと同時に大量の疑問が頭に浮かんでくる。

 落ち着け。落ち着いて話を聞かないと、正確な情報を把握できない。そう思い、四秒かけて息を吸い込んで、七秒かけて吐いた。


「おいジジイ。ギルバートさんの身に何があったのか、一から説明しろ」


「ジジイとは失礼な。行っておくが、儂がやったわけじゃないぞ」


「んなこと分かってんだよ。いいから早く説明を」


 なかなか本題に行かず、関係のない事を話しだす泥酔老人に釘を刺した。

 空を見ずとも、夜が更けてきたのが分かる。早く帰らないと、2人に怒られてしまうので、正確かつ手短に話してほしいものだ。


「分かった。分かったから急かすな。」


 そしてついに、『情報屋』によって事件の全貌が語られる。

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