1-⑪
「いいか?絶対に目開けんじゃねぇぞ。開けたら多分死ぬ」
その逡巡とした曖昧な脅しは、一気にアオイの毛を逆立たせた。
あの後、ドルシラについていった2人は、ある部屋に到着した。厳重に施錠された扉をドルシラがさらっと解くと、部屋の中身が露になる。
四枚の壁、一面の床、一面の天井、そのすべてが淡く発光しており、家具どころか、埃の1つもない空間だ。唯一分かるのはその異様さだけで、何のために作られた部屋なのか、何をする部屋なのか、全く見当もつかない。
ドルシラの指示通り、その部屋の真ん中に立ち、三人で手をつなぐ。体を触れていればいいらしいが、こうするのが最も確実らしい。少しこっぱずかしいが、ギルバートを助けるためだと自分を無理やり納得させる。
これから転送のような形で『アンデル』に送ってくれるようだ。
ドルシラが言うことには、この方法は正規の行き方ではないらしい。
「多分ってなんだよ」
「あたしらだって分からねぇんだ。昔、転送中に目を開けたやつが、どこかに消えたんだ。いまだに、そいつは行方不明のままで、音沙汰もない。死んでんのか生きてんのかもわからねぇが、ろくなことにならないのは確かだ。」
「そんな危険な方法なのかよこれ!」
原因も結果も不明なことが起きかねない方法をとろうとしているドルシラに驚愕しつつ、何があっても目は開けまいと心に決めた。
そんなことを考えていると、いつの間にほかの二人はすでに目を瞑っているのを見て、慌ててアオイも目を瞑る。しわが残ってしまうほど強く目に力を入れた。
「3」
ドルシラの口から詠唱が始まる。
何もないはずだった部屋がざわめきだした。物が動いている音ではない。空気が揺れている。いや大気が、世界が揺れている。立っていられなくなるほどの揺れに、早く終わってくれとドルシラに願うが、一秒は一秒だ。
「2」
ドルシラがカウントを進める。
また世界に変化が生じた。次は衝撃だ。ドン、ドンと一定不変のリズムを刻みながら大地が波打つ。その衝撃は体が跳ねてしまうほど。そこで気が付いた。その音の震源地が近づいてきていることに。これは足音だと脳が叫ぶ。
——早く終わってくれ。早く……。
「1」
ドルシラの声色は変わらない。
もう目を開けてしまおうかと思うほど動揺しているアオイに比べて、ドルシラの声は奇妙なほど変わらない。今も振動と衝撃は続いている。本能的、いや、もっと底からくる恐怖、畏怖。
——あと一秒だ。耐えろ。耐えろ俺の心臓……。
「0」
————————
————————————
————————————————
「…………………………………………………………。」
音が刹那に消えた。
「おい、いつまで目瞑ってんだよ。もう着いたぞ」
「え?」
目を一気に開く。そこには微笑を浮かべるドルシラと、心配そうに見つめるアイオがいた。
周りを見渡す。さっきまでの白い部屋ではない。木でできた普通の家の中にいた。
「何泣いてんだよ。無事についたんだぞ?」
「泣いてる?誰が」
「おめぇだよ」
ドルシラに意味の分からないことを言われたアオイは自分の目元に手をやる。確かに涙でぬれていた。
「やっと着いたのか」
「やっとって、三秒だっただろ。」
「さっきのはなんだったんだ?あのでかい振動は」
やっと頭が追い付いてきた。たくさん聞きたいことがあるが、まずはそのことだ。
ドルシラがばつの悪そうな顔をしている。
「すまねぇ。説明すんの忘れてた」
舌を出して平謝りするドルシラに、今はツッコんでいる余裕はない。
「私も驚きました。ドルシラ様の忠告がなければ間違いなく、目を開けて転送を中止させていたでしょう」
「それで、何が近づいてきてたんだよ」
「——神だ」
「は?」
「神だよ。偉ぇ偉ぇこの世界の神様だ。あたしらはそう呼んでる」
——神?
何を言ってるのだこいつは。頭でも打ったのだろうか。それとも高低差で気でも狂ったか。
「神……」
「そんなもの存在するわけ」
ドルシラの信じがたい発言に、アイオは小さく呟き、アオイやまだ動揺が隠せない。
「神っつーのは比喩みたいなもんだ。あの方法でこっちに来るときに必ず現れるあの音と振動。実際に何か来ているわけではねぇし、帰ってから見てみても周りに傷1つついてねぇ。」
「その謎の現象をドルシラ様達は『神』と呼んでいるというわけですね」
「なんだそれ、きもちわりぃ」
「まぁあんま気にすんな。考えても仕方がない事だ。今は考えなきゃいけねぇことはほかにある」
ドルシラはあまり、『神』について深く考えていないらしい。明らかにおかしな現象なのは間違いないが、彼女の言う通り、考えても仕方がない事なのかもしれない。
「それもそうだな。そういえば、ここは何処なんだ?」
あまりの衝撃の体験に、本来初めにドルシラに聞くべきことを聞けていなかった。
「ここはグレーテン。『アンデル』有数の大国にして、ちょうど中心に位置する国です。平均的な気候に、発展した産業、膨大な人口に、可もなく不可もない政治体制。『アンデル』では最も暮らしやすい国と言えるでしょう」
ドルシラからではなく、アイオの口から答えが返ってきた。それもかなり詳しい情報付きでだ。
「詳しいな。どこでそんな情報を?」
「ドルシラ様に許しをいただき、城にあった資料館で学習していました。そこにあった資料の情報はすべて頭に入っております。」
「ほんとかよ。相当な数のあったはずだぞ。三日三晩で記憶できる量じゃ……ってそうか、機械なんだったな」
さすが、学習型の機械といったところだ。
何も知らない場所で、わからないことを聞ける、そしてそれに答えてくれる人がいるというのはめっぽう心強い。
「早速、捜索を始めよう。と言っても、ギルバートさんの顔すら俺たちは知らない。何か情報はないのか?」
「この写真のこいつがギルバートだ」
ドルシラは懐から一枚の写真を取り出す。たくさんの人が映っている集合写真のようなものだったがのでその中にいるギルバートであろう人物を指さした。
群青色の髪をした細身の青年だ。おちゃらけた、とまではいかないが、その破顔した笑顔は写真を見ただけでも、気さくな印象を受ける。
「なんだよこのイケメン。……放っておいてもいいんじゃないか?」
「私見が入りすぎです。何のためにここまで来たと思っているのですか」
アオイのあまりに偏った個人的意見は、アイオによってぶった切られる。半分冗談のつもりだったのだが、思ったより真剣に咎められてしまった。
「ギルバートはここグレーテンを担当していた。その内容は、『アンデル』と地上をつなげる昇降機の設置とかいう超重要な任務だ。実現できれば、あたしたちの目的に一歩も二歩も近づける」
「地上に行き来できるエレベーターってことか。できたら超便利だな」
「現状『アンデル』の人間が地上に行く手段がありませんからね。『レヴェルト』の目的には必須とも言えるでしょう」
考えもしなかったアイデアに驚くが、そんなこと本当に可能なのだろうか。地上から何キロ下に『アンセル』があるのか分からないが、エレベーターを作るということはその距離分地面を掘らなければいけない。それに、
「そういうのって勝手にやっていいのか?」
「もちろん黙ってやるわけじゃあない。ちゃんとグレーテンのお偉ぇさん方に許諾を貰ってからだ。実際、この許可をもらうのが第一にして最難関の関門で、まだ、ギルバートは昇降機の設置の段階に入れてすらいねぇ」
分かっていたことだが、具体的にその現実を見せられて、アオイの表情は暗くなる。
『レヴェルト』の目的は平たく言えば、地上に戻ってもらうことだ。それに対し『アンデル』にいる者は基本的に憎悪を抱いている。
もちろん『レヴェルト』は悪意を持っているわけではないが、相反している理想をすり合わせるのは、かなり難しい。
「お偉いさんって、要は政府だろ?お前たち『レヴェルト』ってそんな奴らに謁見できるほどの立場なのか?」
「あいつらは、あたしたちにビビってやがるからな。門前払いにはされねぇ。でも、だからと言ってなんでも聞き入れてくれるわけではないし、別にあたしらも無理強いすることはない。だからギルバートは必死で説得していたんだが……」
どうやら『レヴェルト』の戦力は相当なものらしい。グレーテンの政府もそれを分かっており、厄介な存在として見られているんだとか。まあ当然と言えば当然だ。自分たちの忌み嫌う場所から来たとんでもない奴らだ。扱いづらいにもほどがある。
できることなら排除したいに決まって……、
「あ」
「どうしました?」
「そいつらがギルバートさんを殺ったんじゃないのか?」
アオイが頭に浮かんだ可能性を口に出す。
「あいつらにそんな根性あるわけがねぇ!そんなことをしてもあたしらに勝てねぇことくらいわかっているはずだ!」
「我々に対抗する手段が整ったのかもしれません。先日の報告書によると、グルーテンの王城付近に一人の『囚徒』が現れ、何もせずに消えていったと記述されておりました。グレーテン政府と『囚徒』が繋がったと考えると、アオイの言った線が現実味を帯びてきます。」
冷静さを失っているドルシラに、アイオは容赦なくその可能性を助長する。
その言葉にドルシラはみるみる怒気を帯びてきて、
「はっ!やってやろうじゃねぇか。戦争だよ。覚悟してろ。こんな腐った国も『囚徒』もあたしが全部滅ぼしてやる」
「待て待て!まだ決まったわけじゃない。物騒なこと言うな」
いきなり、不敵に口角を上げ、部屋を出ようとするドルシラの腕を捕まえて制止する。
とはいったものの、アイオの言ったことが事実なら辻褄が合うし、さすがに怪しすぎる。
「まずは情報を集めましょう。ドルシラ様、グレーテンには他の仲間知り合いの方はいらっしゃいますか?」
「『レヴェルト』のやつはいねぇ。あたしの知り合いもあんまりいねぇが、ギルバートの知り合いはくそみたいにいるはずだ。あいつ、人だけはいいから」
「お前、人望なさすぎだろ」
人脈に極端に乏しいドルシラに一喝。その理由もドルシラを知った今からすると、納得できる。
その言葉にドルシラはばつの悪そうな顔をしているが、構わず話を続ける。
「地道に聞き込みをするしかなさそうですね。用がないなら今すぐに」
「そうだな。行こう」
そう言って外に向かう。
アオイにとっては初めての『アンデル』の景色を見ることになる。この状況にふさわしくないが、かなり心は高まっている。
——扉を開けた。
「…………」
ドアが開くのを待っていたかのように、人の声がわっと流れてきた。
あたり一面の建物と、道を埋め尽くしそうな多種多様な種族の人。
地平線の見えない景色は、本当に『アンデル』に来たことを最も分かりやすく示していた。
右を見れば商店で買い物をしている兎の獣人がおり、左を見れば、馬に乗っている人もいる馬の獣人がいる。もう少し首をひねると、道の端で喧嘩をしている人間がいた。
建築物や人の格好、売っている物を見るに、そこそこの文明が築かれていることが分かる。
——すべてが新鮮すぎる景色に、アオイは感動で立ち尽くしてしまっていた。
「何止まってるんだよ。早く行くぞ」
「ああ、すまん。見とれてた」
「アオイの場合、こんなにも多くの人とすれ違うことすら、経験したことがありませんからね。人ごみに疲れたらすぐに申し出てください」
そう言って、ずかずかと先を行くドルシラに比べて、横で止まって心配してくれるアイオに感謝しつつアオイも歩き出す。
——————————アオイの長い長い『アンデル』の旅が幕を開けた。




