1-⑩
あれから何日が経った経っただろう。
「あいつはもうすぐ帰ってくる」というドルシラの言葉は日をまたぐごとに、その勢いを失っていった。
「トイレ行ってくる」
アイオに呼びかけ、まるで自分の家かのごとく使うようになったこの部屋のドアを開けると、そこにはドルシラが立っていた。
なんとなくいつもの気迫がなく、頭も少しだが俯いている。
「どうしたんだ?暇だから遊びに来たのか?」
「おかしい」
「え?」
「絶対におかしい!」
急に声のボリュームを上げ、アオイに向かって叫ぶドルシラ。いつもの気勢が戻ってきたかと思われたが、自らの不安を大声で隠しているようにも見える。
「時間とか予定に、クソうるせぇギルバートが予定帰還日に帰ってこねぇことなんて今までに一度もなかったって言ってんだ!」
「いや、言ってなかっただろ!だれだよギルバートって!」
「ギルバート・リー・テイラー。ドルシラと交代で地上に戻ってくる方ですね。ドルシラ様と親しい男性と聞いています。」
理不尽な怒りを向けてくるドルシラに、ツッコみながら疑問を呈すと、アイオからその答えが返ってきた。
この数日間で、アオイとアイオともに、かなりドルシラと話す機会があった。アイオとドルシラがどんな話をしているのかは知らないが、この答えを見るに事務的な情報共有ばかりしていたのだろう。
対して、アオイとドルシラの会話は、極めてくだらない幼稚な会話だらけ。
中身のない自慢話、非現実的な仮定の話、好きなご飯の話など。
しかし、以外にもそんな話をするのが楽しく、夜中まで二人で話し尽くすこともあった。
いろんな彼女と話したが、こんなにも取り乱しているところは初めて見た。
「そのギルバートさんはいつ帰ってくる予定だったんだ?」
「……ちょうど一週間前だ」
アオイが思っていたより前だった。
一週間も遅れているのなら、ドルシラが不審に思うのも無理はない。それにさっきドルシラは、時間にうるさい人だと言っていた。何かトラブルがあったのは間違いないだろう。
「でもどうするんだ?その人は今『アンデル』にいるんだろ?それにドルシラは今待機してなきゃいけない。黙って待つ以外にないんじゃないのか?」
「探しに行く」
ドルシラから返ってきたのは一言だけ。
どこに探しに行くのはかは口にしていないが、その覚悟の決まった表情とその身から放つ溢れんばかりの闘気を見ればわかった。十中八九『アンデル』だ。それが示すことは、
「命令に背くということですか?」
「緊急事態だ。誰にも文句は言わせない」
アイオはドルシラの話を聞いて、彼女が『レヴェルト』でどのくらいの地位があるのかを知っている。ドルシラの地位を端的に言うと、中の上、いや上の下といったところだ。
おそらく、ドルシラは、自分よりも上の存在からの命令で、地上に待機している。アイオの言う通り、今独断で『アンデル』にギルバートを助けに行くということは、その命令に反する行動をするということである。
それでも構わないと言ったドルシラの覚悟はすでに決まっている。アイオはついていくと決めれば、どこにだってついていく気だろう。残りの一人は。
「大丈夫ですか?アオイ」
「『レヴェルト』の人なんだろ?じゃあそのギルバートさんも俺の仲間みたいなものだ。命令に従うために仲間を助けないなんて、俺はしたくない。助けに行くしかないだろ」
誰にもあったことはないが、すでに『レヴェルト』への仲間意識は湧いてきている。なにせアオイにとって、初めてできた仲間という存在だ。少なからず大事にしたいと思っている。
しかし、それ以上にドルシラが弱っているのが気に入らないのだ。だから、
「心配すんな、ドルシラ。きっと無事だ。おれとアイオがいればすぐに見つかる」
アオイの言葉にどんな感情が生まれたかはわからないが、ドルシラの目が大きく見開かれた。
「そうですね。戦力は置いておき、捜索において人数は多ければ多いほどいいです。私も微力ながら協力させていただきます」
「すぐに行こう。準備なんてしてる暇はない」
「そうだな。ギルバートのことだ。なんだかんだ、生きてるに違いない」
それが長年の付き合いの信頼からくるものか、希望的観測かはわからない。しかし、絶対に見つけて奴という気概ははっきりと伝わる言葉だった。
「ついてこい。地底世界『アンデル』に向かう」
そういって、身をひるがえし、先を行くドルシラ。
——ついに『アンデル』に行く三人。
予期せぬ出来事、予期せぬタイミングの来訪になってしまった。ひょっとすると人の命に関わる出来事が起こっているかもしれない。初めての『アンデル』にアオイは、高揚感を感じずにはいられないが、覚悟を新たにその小さな背中についていった。




