第五節 身体操作2
二人が村の外れまで歩いていくと、開けた場所から子どもたちの声が聞こえてきた。
以前はただの空き地だった場所だ。村の大人たちが薪を割ったり、収穫したものを一時的に置いたりすることもあるが、今はその一角が子どもたちの稽古場になっているらしい。
近づくにつれて、マレナの声が聞こえてきた。
「違う!」
よく通る声だった。
「腕だけで振るなって言ってるだろ!」
「でも、こうしたほうが速いよ」
「振り出しはね。でも、そのあと身体が止まる。もう一回」
ルリエナは足を止めた。
そこには、六人ほどの子どもたちがいた。
年齢はほとんど同じくらいだが、身体つきにはかなり違いがある。
大柄な少年もいれば、レオンより頭一つ小さい子もいる。
手にしているものも様々だった。
木剣を持っている子が三人。
木槍を持っている子が二人。
そして一人は、武器を持たずにマレナの前に立っている。
「もう一度、最初から」
マレナが右手を腰に当てる。
左の前腕はない。
それでも、その立ち姿には不思議な安定感があった。
少年が木剣を構える。
マレナは、その構えをしばらく見ていた。
「肩に力が入りすぎ」
「でも、こうしたほうが剣を早く振れる」
「振り始めるだけならね」
マレナは少年の足元を指した。
「右足に力が入りっぱなし。そこから前へ出たら、身体が一緒に流れる」
「じゃあ、どうするの?」
「まず立つ。剣を振るのはそのあと」
少年が困った顔をする。
マレナは笑った。
「剣は腕で持つ。でも、身体ごと振り回すものじゃない。足を使って自分の位置を変えて、その動きに剣を合わせるんだよ」
少年が構え直す。
今度はマレナが木剣を持った。
「見てな」
身体を少し沈める。
前へ出る足が動き、それに合わせて腰が前へ運ばれる。
腕が遅れて動き、木剣が走った。
大きな動きではない。
それでも、さっき少年が振ったときとは明らかに違った。
剣を振るために身体を動かしたのではない。
身体が前へ進み、その動きの中で剣が振られている。
「・・・あ」
少年が声を漏らした。
「分かった?」
「少し」
「なら、もう一回」
少年が踏み込む。
今度は腕だけを先に出さなかった。
足が動き、身体が進み、それに木剣がついてくる。
「そう。今のほうがいい」
マレナが頷いた。
「でも、まだ足が止まってから剣を振ってる。動きながら振ってみな」
その様子を見ながら、ルリエナは目を細めた。
同じ「剣を振る」という動作でも、身体の順番が違う。
腕だけを動かすのではなく、足で距離を変え、その移動に身体を合わせ、その中で剣を操作する。
仕立てとは違う。
けれど、どこか似ている。
身体に合わせて、動きそのものを調整している。
「次、槍!」
マレナの声で、今度は槍を持った少年が前へ出た。
「突いてみな」
少年が槍を構える。
足を踏み出し、槍を前へ伸ばした。
「止まった!」
「え?」
「突いた瞬間に身体まで止めるな」
マレナは少年の横へ回った。
「槍は剣より間合いが長い。だから、腕だけ伸ばして届かせようとすると、身体が置いていかれる」
少年が槍を引く。
「もう一度」
今度は足を前へ出す。
身体が移動する。
その移動に合わせて、槍が前へ伸びた。
「そう。槍を伸ばすんじゃない。自分も一緒に前へ入る」
ルリエナは、その動きをじっと見た。
槍を持った少年は、先ほどより身体が大きく動いている。
それなのに、槍を突き出す動作そのものはむしろ小さく見えた。
身体の移動で距離を詰めているからだ。
「・・・面白い」
思わず口からこぼれた。
「何が?」
隣にいたレオンが聞く。
「剣と槍で、身体の使い方が違う」
「かあちゃん、武器によって違うって言ってる」
「うん」
ルリエナは頷いた。
そして今度は、武器を持っていない子を見る。
その子はマレナと向かい合っていた。
「じゃあ、今度は転んでみな」
「え?」
「転ぶのも練習だよ」
少年が恐る恐る身体を傾ける。
マレナは手を出さない。
「身体を固めない。手を突っ張らないで、身体を丸める」
少年が地面へ倒れる。
どさり、と音がした。
「痛い!」
「だから最初はゆっくりって言っただろ」
マレナが苦笑する。
「もう一度。今度は身体を固めない」
少年が立ち上がる。
再び身体を倒す。
今度は先ほどよりも柔らかく地面へ触れた。
「そう。転ばないことだけが強さじゃない。転んだあとに動けることも大事なんだよ」
ルリエナは黙って見ていた。
剣。
槍。
そして、武器を使わない身体。
同じ「動く」ということでも、それぞれに違う。
それなのに、マレナは一人ひとりを見ながら、その子に合った動きを探している。
ふと、ルリエナは子どもたちの身体を見比べた。
大柄な少年は、踏み込んだときの安定感がある。
小柄な少年は、身体の向きを変えるのが速い。
槍を持った子は腕が長く、距離を取るのが上手い。
同じ練習をしているのに、得意な動きが違う。
「・・・みんな、違うんだ」
「そりゃそうだろ」
レオンが答えた。
「身体が違うんだから」
「・・・身体が違う」
その言葉を、ルリエナは小さく繰り返した。
身長が違う。
腕の長さが違う。
足の長さも違う。
身体の重さも違う。
だったら、動き方だって違って当然なのだ。
それは服も同じだった。
同じ型紙でも、身体が違えば着たときの形が変わる。
袖の長さを変え、肩を合わせ、腰の位置を調整する。
身体に服を合わせる。
ならば、身体を動かすときも――。
無理に誰かと同じ動きをする必要はないのではないか。
「・・・仕立てるのと、似てる」
「何が?」
「ううん。まだ分からない」
ルリエナは首を振った。
まだ、うまく言葉にはできない。
ただ、何かが繋がりそうだった。
そのときだった。
「――そこの二人」
マレナの声が飛んできた。
ルリエナとレオンが同時に振り向く。
マレナが腰に手を当てて、こちらを見ていた。
「見学するなら、そんなところに突っ立ってないで、こっちへ来な」
レオンが苦笑する。
「ほら、呼ばれたぞ」
「うん」
ルリエナは頷いた。
けれど、足を踏み出しながらも、まだマレナから目を離せなかった。
片腕で立つ身体。
子どもたちを見つめる目。
その一つ一つの動きを見逃さない姿。
ルリエナは、初めて少しだけ思った。
――この人は、自分の身体のことを、私よりずっとよく知っている。――
そのことが、なぜだか無性に気になった。




