第五節 身体操作1
昼下がりの村には、乾いた木の音が響いていた。
カンッ、と短い音がして、少し遅れて子どもたちの声が重なる。
ルリエナは作業机に向かっていた手を止めた。
窓から差し込む光の中で、細かな革屑がゆっくりと舞っている。
さっきまでタルガニスの端材を削っていた。
削った面を指先で撫で、厚みの違いを確かめる。その感触が面白くて、もう少しだけ試してみようと思ったところだった。
それでも、外から聞こえてきた音が気になった。
また、カンッ、と鳴る。
今度は二度。
続けて、誰かが地面を踏み込む音がした。
ルリエナは椅子から立ち上がった。
窓辺まで歩き、外を見る。
少し離れた場所に、何人かの子どもたちが集まっていた。
その中心にレオンがいる。
手には木剣。
向かいにいる少年も木剣を構えていた。
「・・・レオン?」
思わず声が漏れる。
以前から剣術ごっこをしていることは知っていた。
けれど、何かが違う。
レオンが木剣を構えている。
相手が踏み込む。
以前なら、そこでレオンは正面から受け止めていたはずだった。
けれど今日は違った。
ほんの少しだけ身体を引き、相手の木剣を受け流す。
そのまま足を踏み替え、身体を戻す。
動きそのものは大きくない。
けれど、無駄が少なかった。
ルリエナは窓から離れた。
気になった。
作業机の上に置いた革を一度見て、それから外を見る。
もう一度、レオンの動きを見たい。
そう思ってしまった。
外へ出る。
近づくにつれて、子どもたちの声がはっきり聞こえてきた。
「今の避けるのずるいだろ!」
「避けちゃ駄目なんて言ってないだろ!」
「次は当てるからな!」
レオンが笑う。
「やってみろよ」
その声に、以前の面影がある。
けれど身体は、少しずつ変わっていた。
背も伸びた。
肩も広くなった。
子どもの身体から、少しずつ少年の身体へ変わっている。
そして何より――。
ルリエナは、レオンの足元を見た。
踏み込んだあと、足が流れていない。
身体を戻すときも、以前ほど大きく身体が揺れない。
どうしてだろう。
ルリエナは無意識に首を傾げた。
「・・・レオン」
「ん?」
振り返ったレオンが、木剣を肩に乗せる。
「前より動きが変わった」
「そうか?」
「うん」
「分かるのか?」
「・・・分かる」
自分でも不思議だった。
何がどう違うのかを、言葉にしようとすると難しい。
けれど、見れば分かる。
身体が動く順番が違う。
以前のレオンは、腕を動かしてから身体がついてくることが多かった。
今は違う。
足が動いて、腰が動いて、そのあとに腕がついてくる。
ほんの少しの違い。
でも、ルリエナにはそれが大きな違いに見えた。
「最近、何かしてる?」
「ああ」
レオンは何でもないことのように答えた。
「かあちゃんに教えてもらってる」
「マレナさんに?」
「うん。剣の振り方じゃなくて、身体の動かし方」
その言葉に、ルリエナの目が少しだけ開いた。
「身体の・・・動かし方?」
「そう。かあちゃんが言ってた。剣を上手く振ろうとする前に、自分の身体をちゃんと使えって」
レオンは木剣を握り直した。
「俺だけじゃないぞ。剣をやりたい奴とか、槍をやりたい奴とか、何人か一緒に教えてもらってる」
「・・・そうなんだ」
知らなかった。
いや、正確には、知らないこと自体が少し意外だった。
村の子どもたちが、それぞれ何かを始めている。
自分が作業机に向かっている間にも、レオンはレオンで、自分の身体を使うことを覚えていた。
それを聞いて、ルリエナはなぜか少しだけ嬉しくなった。
「私も、見ていい?」
「マレナのところ?」
「うん」
レオンは一瞬だけ目を丸くした。
それから、いつものように笑う。
「いいんじゃないか? かあちゃんなら喜ぶと思う」
「じゃあ、行ってみる」
「今から?」
「今」
「・・・エナって、こういうとこ早いよな」
レオンが苦笑する。
ルリエナはその意味がよく分からず、首を傾げた。
「何が?」
「何でもない」
レオンはそう言って、木剣を仲間に渡した。
「俺も行く」
「練習は?」
「ちょうど休憩」
二人は並んで歩き出した。
少し先から、また木剣のぶつかる音が聞こえてくる。
けれど今度は、その音よりも――
ルリエナの中に生まれた小さな興味のほうが、ずっと大きかった。
――身体は、どうすればもっと自然に動くのだろう。――
その答えを知っている人がいる。
そう思うと、足取りまで少し軽くなった。




