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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第六章 やってみる

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第五節 身体操作3

マレナのところへ歩いていくと、ちょうど一人の少年が木槍を地面に置いたところだった。


「今日はここまで。明日も来るなら、今日やったことを忘れないようにね」


「明日もやるの?」


「やるよ。身体は一日で覚えてくれないからね」


子どもたちが笑いながら散っていく。

その中で、レオンだけが残った。


「かあちゃん、エナにもやらせるの?」


「そのつもりだけど?」


マレナがルリエナを見る。


「見てるだけじゃ、分からないこともあるからね」


「私は剣を使ったことないよ」


「使う必要はないさ」


マレナはそう言って、少し離れた場所を指した。


「まず、立ってみな」


ルリエナは言われた通り、その場所へ移動した。

何をすればいいのか分からない。

とりあえず両足を肩幅くらいに開いて立つ。


「・・・これでいい?」


「うん。ただ、今の立ち方は普段の立ち方だね」


「違うの?」


「違わないよ。悪くもない。ただ、動くための立ち方とは少し違う」


マレナが近づいてくる。


ルリエナは少し緊張した。


服の仕立てなら、自分の身体をどれだけ見られても気にならない。けれど今は、自分自身が観察されている。

それが妙に落ち着かなかった。


「力を抜いて」


「抜いてるよ」


「肩が上がってる」


言われて初めて気づく。

ルリエナは肩を下げた。


「今度は膝が固い」


「・・・難しい」


「難しく考えなくていいよ。立ってるときは立ってればいい。動こうとするから、身体に余計な力が入るんだ」


マレナは笑った。


「身体ってのはね、思ってるより正直なんだよ」


その言葉を聞いて、ルリエナは少しだけ意識を変えた。

上手く立とうとするのではなく、自分が今どう立っているのかを感じてみる。


足の裏。

膝。

腰。

背中。

肩。


さっきまで何も考えずに立っていたのに、意識すると、それぞれが別々に感じられた。


「・・・右に少し寄ってる」


マレナが言った。


「え?」


「自分では分からない?」


ルリエナは身体を見下ろした。

見たところで分からない。


「分からない」


「そうだろうね。鏡があるわけじゃないから」


マレナはルリエナの右肩を見た。


「右肩がほんの少し下がってる。その分、腰が反対へ逃げてる」


「・・・本当に?」


「うん」


ルリエナは自分の身体を動かしてみる。

右肩を意識して戻す。

すると今度は左足の裏に体重が強く乗った。


「・・・あ」


「分かった?」


「うん。今度は左に寄った」


マレナが笑う。


「それでいいんだよ」


「いいの?」


「自分で分かったんだから」


ルリエナは少し驚いた。

正しい姿勢を作ることが目的ではないらしい。

自分の身体がどうなっているのか、それを自分で感じることのほうが大事なのだ。


「じゃあ、次」


マレナが一歩下がった。


「前へ歩いて」


「普通に?」


「普通に」


ルリエナは歩き出した。

数歩進んだところで、マレナが手を上げる。


「止まって」


ルリエナが振り返る。


「どうだった?」


「普通だった」


「そうだね」


マレナは頷いた。


「じゃあ、今度は右へ向きを変えて」


ルリエナは右へ身体を向けた。


その瞬間、マレナが笑った。


「今の」


「何?」


「面白いね」


ルリエナは眉を寄せた。


「何が?」


「右へ向くとき、上半身から先に回ってる」


「・・・そうなの?」


「そう。足があとから追いついてる」


ルリエナは少し考えた。

確かに、自分では何も意識していなかった。


「レオンは?」


思わず聞いてしまう。


「俺?」


隣で見ていたレオンが自分を指差す。


「やってみて」


「分かった」


レオンが同じ場所に立つ。


右へ向く。


「・・・あ」


今度はルリエナが気づいた。


「レオンは足が先」


「そう」


マレナが頷く。


「レオンは身体が大きくなってきたぶん、足から動かしたほうが向きを変えやすい。上半身から先に動くと、身体が遅れてついてくる」


ルリエナがもう一度動く。

今度は少し意識して、足から向きを変えた。


「こっちのほうが動きやすい」


「だろ?」


マレナが笑う。


「でも、それがルリエナにも同じように合うとは限らない」


ルリエナはマレナを見る。


「私には?」


「まだ分からない」


意外な答えだった。


「分からないの?」


「一回見ただけで、人の身体が全部分かるほど簡単じゃないよ」


マレナはそう言って、ルリエナの肩を軽く叩いた。


「だから見る。動かす。また見る。それを繰り返すんだ」


その言葉が、ルリエナの中に残った。


見る。

動かす。

もう一度見る。


それは、仕立てにも似ている。


布を見て、触って、裁つ。

縫って、形にして、身体に合わせる。

合わなければ、また直す。

最初から答えがあるわけではない。


身体も同じなのかもしれない。


「・・・マレナさん」


「ん?」


「もう一回やっていい?」


マレナは一瞬だけ目を丸くした。


それから、嬉しそうに笑った。


「もちろん」


ルリエナはもう一度、最初の位置へ戻った。

今度は、上手く動こうとは思わなかった。

ただ、自分の身体がどう動くのかを知りたかった。


足が動く。

腰がついてくる。

肩が少し遅れる。


その一つ一つを感じながら、ルリエナはゆっくりと身体の向きを変えた。


すぐ隣では、レオンも同じ動きを繰り返している。

けれど、二人の動きはやはり同じではなかった。


それを見ているうちに、ルリエナはふと笑った。


人間の身体は、服よりずっと複雑だ。


けれど――。


だからこそ、面白い。


その日、ルリエナは初めて、自分の身体を「仕立てる側」ではなく、「ひとつの素材として見る感覚」を知った。


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