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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第一章 山本百合花

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第五節 百合根

修正を終え、再びモデルが剣を構えた。


「もう一度、最初から」


腕を引く。肩が回る。腰が捻れる。

踏み込んだ瞬間、剣が振り抜かれた。

今度は、装甲が身体の動きを邪魔しない。


「次、走ってください」


モデルが数歩走り、そこで止まる。


「しゃがんで」


腰を落とす。

膝が曲がると、太腿側の装甲がわずかに上へ逃げ、膝当てとの重なりが動きを受け止めた。

そのまま、何の引っかかりもなく立ち上がる。


「・・・いい」


百合花が頷いた。


しかし、佐々木はまだ腰まわりの青い装飾を見ていた。


「ユリ先輩」


「ん?」


「止まったとき、ここだけ少し揺れます」


青い布を指す。

百合花も目を向けた。


「ほんの少しね」


「気になりますか?」


「動画撮影なら気になる」


「ですよねー」


佐々木は腰まわりの取り付け部分を確認した。


「布自体は悪くないです。取り付けが少し遠いような・・・」


「身体から離れてる?」


「はい。走ったときの振れ幅が大きくなっているのかと。」


百合花が頷いた。


「じゃあ、二センチ詰めよう」


「分かりましたー」


佐々木がすぐに手を入れる。


再び走る。

止まる。


今度は青い布が身体の動きに合わせて一度だけ揺れ、すぐに収まった。


「・・・綺麗」


佐々木が満足そうに笑った。


「これなら大丈夫です」


百合花も頷いた。

そこから先は、細かな修正の繰り返しだった。

腕を上げる。剣を振る。腰を捻る。走る。しゃがむ。立ち上がる。

同じ動きを何度も繰り返し、そのたびに百合花はモデルの身体を見た。


装甲が当たっていないか。

動きが止まっていないか。

無意識に身体を逃がしていないか。

佐々木は装飾の揺れや位置を確認する。

見た目を損なわない。

着る人に無理をさせない。

そして、設定画の勇者を、そのまま現実へ持ってくる。


それが二人の仕事だった。


     *


数日後。


作業場の中央に、完成した勇者の鎧が立っていた。


白い装甲

銀色の装飾

深い青の差し色

大きく張り出した肩と、重厚な胸当て


どこから見ても、設定画に描かれていた勇者そのものだった。


「じゃあ、最後に通してやってみましょう」


百合花が言う。


モデルが歩き出した。

数歩進んで止まる。

腰を捻り、剣を抜く。

右腕を引く。

肩が回る。

踏み込む。

剣を振り抜く。

そのまま数歩走り、低く身を沈める。

しゃがむ。

立ち上がる。


百合花は黙って見ていた。


肩

肘

腰

膝

足首


視線だけが、身体の動きを追っていく。


肩当ては腕の動きを邪魔しない。

胸と腰の装甲は、それぞれの動きに合わせて滑る。

膝を曲げても装甲同士がぶつからず、足元も身体の動きを止めていない。

腰の青い装飾も、身体の動きに合わせて自然に流れていた。


モデルが最後のポーズを取る。


鎧は、その姿を静かに支えていた。


「・・・うん」


百合花が小さく頷いた。

隣に立っていた佐々木が尋ねる。


「どうですー?」


百合花は設定画を見る。


それから、目の前の鎧を見る。


「設定画と、ほとんど変わらないね」


「はい!」


「なのに、ちゃんと動く」


佐々木が嬉しそうに笑った。


「やっぱり、ユリ先輩ですね」


「何が?」


「絵を見て、着た人の動きまで想像しちゃうところ」


百合花は少し考えた。


「・・・普通じゃない?」


「普通じゃないですよー」


佐々木が笑う。


「私は、まず可愛いかどうか見ますもん」


「佐々木らしいね」


「可愛いは大事ですー」


「はいはい」


二人の笑い声が作業場に響いた。


百合花は、もう一度完成した鎧を見る。

設定画の中では止まっていた勇者が、今は目の前で動いている。

その姿を見つめながら、百合花は満足そうに笑った。


「百合根」


背後から声がした。

振り返ると、恩田が立っていた。


「はい?」


「完成した?」


「はい。今、最終確認が終わりました」


恩田は完成した鎧へ目を向ける。

肩当てから腰、脚まで、ゆっくりと視線を走らせた。


「へえ・・・」


「ちゃんと動きますよ」


「見てたわよ」


恩田は満足そうに頷いた。


「これは、上出来ね」


「ありがとうございます!」


百合花が頭を下げる。

恩田はそんな百合花を見て、ふっと笑った。


「しかし、あんた本当に変わらないわね。十三年前から」


「何がです?」


「納得するまで、絶対に止まらないところ」


「・・・仕事ですから」


「それ、昔から言ってるね」


恩田が笑った。


「だから『百合根』なのよ」


「そこに繋がるんですか?」


「繋がるの」


恩田は肩をすくめた。


「百合花の『百合』から、私が勝手につけたの。花より根っこの方が、あんたには似合ってると思って」


「どういう意味ですか、それ」


「花は目立つでしょう?」


「まあ・・・」


「でも、花を咲かせるのは根っこよ」


百合花は黙って恩田を見る。


「地味に見えても、しっかり土の中に根を張ってる。あんた、そういうところあるじゃない」


「・・・褒めてます?」


「一応ね」


恩田が笑った。


「それに、百合根って『和合(わごう)』っていう意味合いもあるの」


「和合?」


「人と人を繋ぐ、みたいな意味」


「私、そんなに人付き合いしてませんけど」


「知ってるよ」


恩田が即答する。


佐々木が吹き出した。


「ユリ先輩、恩田さんに遊ばれてますよー」


「・・・そうみたいね」


百合花は呆れたように息を吐いた。


「十三年も経ってますから、今さら変えられませんね」


「そういうこと」


恩田は笑いながら、完成した鎧をもう一度見た。


「じゃあ、私は明日、これ持って撮影に行くわ」


「私も行きます」


「駄目」


「え?」


「百合根、何日寝てないの?」


「うーん・・・分かりません」


「ほら」


恩田がため息をつく。


「明日は私が立ち会う。あんたは一回帰って寝なさい」


「でも、現場で何かあったら、、、」


「大丈夫!」


恩田は即答した。


「十三年もあんたの仕事を見てきたんだから、そのくらい任せなさいよ」


百合花は少し迷った。

けれど、身体の方はもう限界に近かった。


「・・・分かりました」


「よし!」


恩田が頷く。


「明日は午後から来ればいいから」


「はい」


「ちゃんと寝てからよ」


「はい」


「二度寝して遅刻するのはなしね」


「しません」


「その返事は信用しとく」


恩田が笑った。

佐々木も片付けの手を止める。


「ユリ先輩、お疲れさまでしたー」


「佐々木もね」


「腰の青い布、最後にもう一度確認しておきましたからー」


「ありがとう」


「本番、きっと大丈夫ですよ!」


「うん」


百合花は完成した鎧を、もう一度だけ振り返った。


白い装甲

銀色の装飾

深い青


設定画の中にいた勇者が、現実の工房に立っている。


「・・・じゃあ、帰ります」


「お疲れ」


「お疲れさまでしたー」


工房を出る。

もうすぐ日付が変わる。外へ出ると、夜の空気が少し冷たかった。


百合花は大きく息を吸った。


けれど、眠気は消えない。

むしろ、緊張が解けたことで一気に押し寄せてきた。


「・・・眠い」


終電間際の電車で、吊革につかまりながら何度も意識が落ちそうになる。

それでも、なんとか家までたどり着いた。


玄関で靴を脱ぎ、鞄を置く。

そのままベッドへ向かいかけて・・・ふと、壁に目が止まった。

そこには、昔から集めている目死録のポスターが何枚も貼られていた。


ライブ会場で買ったもの。

メンバーと一緒に撮った写真。

昔のツアーのポスター。

その中でも、ひときわ目を引く一枚を眺める。


百合花は小さく笑った。


「・・・朝日さん、格好いいなぁ」


十三年間。


衣装を作って。


何度もライブへ足を運んで。


何度もステージを見てきた。


そんな時間を思い出しながら、百合花はベッドへ倒れ込んだ。


「・・・ちょっとだけ」


目を閉じる。


眠気は、すぐに意識を奪っていった。


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