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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第一章 山本百合花

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第四節 動く鎧

「まず、ここです」


百合花が指したのは、大きく張り出した肩当てだった。


「この肩当て、設定画では胸当てとほとんど一体に見えています」


「はい」


「でも、人間の肩は、ここで止まっていません」


百合花は自分の右腕をゆっくり持ち上げた。


「腕を上げれば、肩も動く。肩甲骨も動く。腕の付け根も回る」


そのまま腕を前へ伸ばす。


「前に出せば、肩の位置も変わる」


設定画へ目を戻した。


「だから、この肩当てを身体に完全に固定すると、腕を動かしたときにどこかがぶつかります」


「具体的には、どこが?」


担当者が身を乗り出した。


「ここです」


百合花が肩当ての下端を指す。


「腕を上げたとき、この角が脇に入ります」


「ああ・・・」


「立っているだけなら問題ありません。でも、剣を頭上まで振り上げるなら、ここは確実に邪魔になる」


「では、肩当ての形を変える?」


「変えません」


百合花は首を横に振った。


「形は、このままです」


「でも、当たるんですよね?」


「だから、当たらないように中を変えます」


「・・・中?」


百合花は設定画を裏返し、余白に簡単な断面図を描き始めた。


「肩当てを直接身体に固定するんじゃなくて、胸側のベースに固定します」


線を一本引く。


「ここを固定点にして、肩当て自体は少し動けるようにする」


「動く?」


「腕を下ろしているときは、この位置」


紙の上に印をつける。


「腕を上げれば、肩当ても少し持ち上がる」


今度は別の位置に印をつけた。


「身体の動きを邪魔しない範囲だけ動かすんです」


担当者が設定画と図を見比べる。


「外からは?」


「ほとんど分かりません」


「ほとんど?」


「完全に動かないように見せる必要はありません。動いたときに自然に見えればいい」


百合花はそこで担当者を見る。


「映像なら、なおさらです」


「なるほど・・・」


「問題は次です」


百合花の指が胸から腰へ移った。


「ここ」


勇者の胸当てと腰当て。

設定画では、装甲が一続きになっている。


「身体を捻ったとき、このままだと胸と腰が一緒に動きます」


「それでは駄目ですか?」


「人間の身体は、そんな動き方をしません」


百合花は椅子から立ち上がった。


腰を右へ捻る。


「胸はこう」


続けて腰を動かす。


「腰はこう」


今度は反対へ捻ってみせる。


「胸と腰は、別々に動けるんです」


横で見ていた佐々木が頷き続けた。


「剣を振るときなんか、特にそうですよねー」


「そう」


百合花も頷く。


「腕だけで振るわけじゃない。腰が回って、肩が回って、その動きが腕に伝わる」


設定画の腰へ指を戻した。


「ここが一枚で繋がっていると、腰を回した瞬間に胸当てが腰を止める」


「動きが小さくなる?」


「それもある。でも、もっと困るのは、身体が鎧に合わせて動こうとすること」


担当者が眉を寄せた。


「・・・鎧に合わせて?」


「ええ」


百合花は剣を横に振る動きを真似る。


「本来なら腰から回るところを、鎧が動かないから肩だけ先に回す。そうすると、剣の軌道も変わります」


佐々木が小さく頷いた。


「勇者らしい動きじゃなくなりますねー」


「そういうことです」


百合花は腰の部分に線を引いた。


「だから、ここを分けます」


「設定画では繋がっていますが?」


「外からは繋がって見せます」


百合花は二枚の紙を重ねるように動かした。


「中では別々に動く」


「・・・なるほど」


担当者が感心したように呟いた。


「鎧を分割しているのに、分割して見えないようにする」


「はい」


「では、膝は?」


担当者が脚の設定を指した。


「ここも、このままでは動かないと思います」


百合花は即答した。


「しゃがむと、太腿側と脛側の装甲が干渉します」


「膝当ての形を変える必要がありますか?」


「いいえ」


「また構造ですか?」


「また構造です」


百合花が笑った。


「膝を深く曲げると、太腿側と脛側の装甲の重なり方が変わります。立っている状態だけを基準にして重ねると、曲げたときに装甲同士の逃げ場がなくなる」


自分の膝を曲げながら説明する。


「だから、ここは動いたときに重なり方が変わるようにします」


「それなら、しゃがめる?」


「しゃがめます」


「走るのは?」


「走ることもできます」


百合花は設定画の足元へ目を移した。


「ただし、走るなら足首も見ないといけません」


「足首まで?」


「足首は歩くだけでも動きます」


百合花は自分の足首を前後に動かした。


「右足を前へ出せば、左足首は曲がる。ここを硬い装甲で覆ってしまうと、足首が十分に動かせなくなる」


「転倒につながる?」


「はい」


百合花の声が少し低くなった。


「身体が動かないだけなら、まだ直せます。でも、足元の動きを邪魔すると怪我につながる」


担当者が頷く。


「分かりました。そこは特にお願いします」


「もちろん」


百合花は設定画に、必要な修正箇所を書き込んでいった。


肩

肘

腰

膝

足首


その横で、佐々木も別の資料を広げている。


「じゃあ、私は装飾を見ますねー」


「お願いします」


「装甲のほとんどはコスプレボードでいけるとして、この銀色の部分、どうしましょう?」


佐々木が胸元の大きな装飾を指した。


「本当に金属で作るなら、薄い金属板を加工する方法もあります。でも、そこまでしなくていいなら、軽い素材で作りたいです」


「理由は、さっき言った通り?」


「それもあります」


佐々木は装飾の先端を指で示した。


「ここ、結構飛び出してるでしょう?」


「うん」


「走って止まったとき、ここだけ遅れて振られます」


佐々木が手を振ってみせる。


「重いと、身体が止まっても装飾だけが動く。しかも先端が長いから、根元にも負担がかかる」


「固定を強くすれば?」


「今度は衣装の方が身体を引っ張ります」


佐々木は少し考えると、別の素材見本を取り出した。


「これなら軽くできます」


百合花が手に取る。


「表面処理は?」


「金属っぽくできます。塗装も合わせれば、カメラ越しならほとんど分かりません」


担当者が見本を持ち上げた。


「ずいぶん軽いですね」


「ですよね?」


佐々木が嬉しそうに笑う。


「着る人が楽な方がいいです」


「イベントで一時間以上着る可能性がありますからね」


「だったら、絶対こっちです」


佐々木は迷わなかった。


「見た目を守るために、着る人が我慢する必要はないですから」


百合花が横で小さく頷いた。


「その通り」


担当者も納得したようだった。


「素材はお任せします」


「ありがとうございますー」


佐々木が笑う。


「可愛い衣装でも、勇者の鎧でも、着て動けなきゃ意味がないですからー」


百合花は再び設定画へ目を戻した。


形は変えない。


けれど、中身は変える。


絵の中では一つに見えるものを、現実ではいくつもの部品に分ける。

その一つひとつが、人間の身体についてくるようにする。

それが、この鎧を作るための答えだった。


     *


製作が始まった。


まずは型紙。

設定画の輪郭を崩さないようにしながら、内部の構造だけを組み替えていく。


胸当てと肩当て

腰当て

膝

足首


見た目では一続きに見える部分にも、それぞれ動くための仕掛けを入れていった。


佐々木は銀色の装飾を軽量素材で成形し、青い部分には動いたときに自然に流れる布を選んだ。


「ユリ先輩、これ」


ある日、佐々木が二種類の布を持ってきた。


「こっちの方が発色はいいです。でも、少し硬い」


「もう一つは?」


「こっちは柔らかいです。動きは綺麗」


百合花は二枚を指でつまみ、軽く揺らしてみる。


「こっち、、、」


「ですよねー」


佐々木が笑った。


「私もそう思いましたー」


     *


やがて、最初の試着の日が来た。


モデルが勇者の鎧を身につける。

まだ装飾の一部は仮止めの状態だ。


「まず、腕を前に出してください」


モデルが両腕を前へ伸ばす。


「そのまま上へ」


肩の高さを越える。

さらに上へ。

百合花は横へ回った。


「止めて」


肩当ての位置を確認する。


「少し当たってる」


「どこです?」


佐々木も覗き込んだ。


「脇」


百合花が肩当ての端を指す。


「腕を上げたとき、ここが少し入ってくる」


モデルが腕を下ろした。


「痛いですか?」


「まだ大丈夫です」


「でも、このまま何度も動かしたら痛くなる」


百合花は内側へ手を入れた。


「ここを四ミリ逃がす」


「四ミリですね」


佐々木がメジャーを取り出す。


「測ります」


「お願い」


修正して、もう一度腕を上げてもらう。


今度は肩当てがわずかに持ち上がり、脇との間に空間ができた。


「そのまま前へ」


腕を前へ出す。

肩当てが自然についてくる。


「・・・いいね」


百合花が頷いた。


「次、腰」


モデルが身体を捻る。


胸当てが動き、それに続いて腰当てが滑る。

装甲同士がわずかに重なりながら動いた。


「もう少し」


さらに捻る。


「止めて」


百合花が腰へ回った。


「ここ、引っかかります?」


「少しだけ」


「どこ?」


「腰の横です」


百合花が触れる。


「重なりが深い」


 佐々木がすぐにメジャーを手に取った。


「何ミリ詰めます?」


「六ミリ」


「了解」


印をつける。

修正する。

もう一度、試着する。


「どうです?」


「大丈夫です」


「じゃあ、剣」

モデルが剣を構えた。


右腕を引く。

肩が回る。

腰が捻れる。

踏み込む。

剣を振り抜く。


百合花は一連の動きを黙って見つめていた。


「もう一度」


同じ動作。


「今度は少し速く」


モデルが速度を上げる。


剣が空を切った。

装甲も身体についてくる。


だが――


「・・・止まって」


百合花が言った。


佐々木も同時に、青い装飾へ目を向けていた。


「ユリ先輩。今、青、少し遅れました?」


「うん。分かってきたね」


佐々木が装飾を手に取る。


「ここが身体から離れすぎてるからですか?」


「そう。身体から離れるほど、動いたときの振れが大きくなる」


「じゃあ、取り付け位置を少し内側へ?」


「上出来。お願いね」


「はい!」


佐々木がすぐに作業へ入る。

百合花はその様子を見ながら、再びモデルの身体へ視線を戻した。


肩

肘

腰

膝

足首


ひとつひとつの動きを確認する。


痛みがないか。

引っかかっていないか。

無意識に身体が逃げていないか。

装備が動きを遅らせていないか。


鎧は、まだ完成していない。

けれど、少しずつ変わっていた。


設定画の中で静止していた勇者が、現実の身体に重なり始めている。


百合花は、その動きを見つめながら、また一つ小さな修正を加えた。


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