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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第一章 山本百合花

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第三節 設定画の向こう側

翌日。


百合花は朝から、作業場の大きな机に向かっていた。

机の上には、昨日受け取った『エターナル・ルーム』の設定資料が広げられている。

キャラクターの正面図。側面図。背面図。

武器や装飾品の設定に加え、それぞれの素材や形状についての細かな指定まで書き込まれていた。


百合花はページをめくりながら、一つひとつ目を通していく。


「へぇ・・・」


思わず声が漏れた。


ゲームの設定画を見るとき、百合花はいつも少しだけ時間を忘れる。

ただ衣装の形を見るわけではない。


この線は何を意味しているのか。

ここに描かれた装飾は、実際には何で作るのか。

この形のものを人間が身につけたら、身体はどう動くのか。


設定画に描かれた線を追いながら、その向こうにある実物を頭の中で組み立てていく。


布なら、どこに力がかかる。

革なら、どこまで曲がる。

硬い素材なら、どこで身体の動きを止める。


そうやって想像しているうちに、絵の中の衣装が少しずつ立体になっていく。


そして――


一枚の絵で、百合花の手が止まった。


「・・・勇者」


そこに描かれていたのは、ゲームの主人公である勇者のキービジュアルだった。


白を基調とした鎧

銀色の金属装飾

深い青の差し色

肩には大きな装甲が張り出し、胸から腰、脚にかけても重厚な装甲が連なっている。

正面から見れば、文句のつけようがない。


「・・・格好いい」


素直な感想だった。


百合花は正面図を眺め、それから側面図へ目を移した。

背面図を見る。

もう一度、正面へ戻る。

しばらくして、椅子から立ち上がった。


設定画を机の上に置いたまま、百合花は自分の身体を動かしてみる。


腕を前へ伸ばす。

次に横へ伸ばす。

肩を回し、腰を捻る。

膝を曲げ、しゃがんでみる。


頭の中では、今の動きに鎧を重ねていた。


「肩・・・」


大きな肩当て。

腕を上げれば、脇へ張り出した部分が当たる。

それなら、肩の動きに合わせて逃げる構造が必要になる。


百合花は設定画の余白に、小さく線を引いた。


「肘・・・」


前腕の装甲。

腕を曲げれば、上下の装甲同士が近づく。

ここも、どこかで逃がさなければならない。


「腰・・・」


胸当てから腰当てへ続く装甲。

身体を捻ったとき、これでは装甲が一緒についてきてしまう。

剣を振るなら、腰は動かなければならない。


「膝・・・」


しゃがんだ瞬間、太腿側と脛側の装甲がぶつかる。


また線を引く。


問題は一つや二つではなかった。

けれど、百合花は設定画そのものを悪いとは思わなかった。


むしろ逆だ。

格好いい。

だからこそ、この形を変えたくない。


しばらく考えてから、百合花は小さく息を吐いた。


「・・・どうしようかな」


視線を設定画へ戻す。

そして、ふっと口元を緩めた。


「変えなきゃいいんだ」


形を変える必要はない。

変えるのは、形ではなく作り方だ。


百合花はもう一度椅子に座ると、設定画の肩当てをじっと見つめた。


絵の中では、勇者が剣を構えている。

その腕が上がる。

身体が捻れる。

踏み込む。


百合花の目には、もう静止した一枚の絵には見えていなかった。


     *


その日の午後。

HELL工房の打ち合わせ室には、ゲーム会社の担当者が来ていた。

テーブルの上には、勇者の設定画と企画書が並んでいる。


向かい側にゲーム会社の担当者。

こちら側には恩田、百合花、そして佐々木が座っていた。


「今回お願いしたいのは、こちらの勇者の鎧です」


担当者が設定画を指した。


「デザインは、できる限りこのままでお願いします」


「『できる限り』というのは?」


百合花が尋ねる。


「キャラクターのイメージを崩したくないんです」


担当者は企画書を開いた。


「今回のゲームは新発売になります。発売前から大きく宣伝する予定でして」


ページには、発売スケジュールや宣伝計画が並んでいた。


「テレビCM、Web広告。それから発売記念イベント」


担当者は説明を続ける。


「ゲームショウなどのイベントにも出展します。そこで勇者役のモデルに、この鎧を着てもらう予定です」


「なるほど」


百合花は設定画を見る。


「撮影だけじゃないんですね」


「はい」


担当者が頷いた。


「CMでは実際に剣を構えたり、振ったりするカットを撮ります。イベントではステージに立ってポーズを取るだけでなく、簡単な演出も考えています」


「どんな動きです?」


「勇者が剣を抜いて、構える。それから数歩進んで、敵に斬りかかる」


「走ります?」


「CMでは短い距離を走る予定です」


「しゃがむ動作は?」


「あります」


百合花の視線が設定画へ戻った。


「・・・結構、動きますね」


担当者が苦笑する。


「だから、HELL工房さんに、お願いしたいんです」


設定画の勇者を指した。


「ゲームの中では、もちろん自由に動きます。でも、現実のイベントやCMではそうはいかない」


そこで一度、言葉を切る。


「このデザインを見た人に、『ゲームの勇者が現実に出てきた』と思ってもらいたいんです」


百合花は黙って鎧の絵を見つめた。

その意図はよく分かった。

ただ立っているだけなら、作れる。

設定画に合わせて装甲を作り、身体に固定すればいい。


だが、人間が着て動くとなれば話は違う。


「実際の撮影では、どのくらいの時間着用します?」


「撮影日は数時間になると思います」


「イベントは?」


「長い場合は、一時間程度を想定しています」


「それなら、重量も考えないといけませんね」


佐々木が口を開いた。


「装飾部分の素材を考えないと、かなり重くなってしまいます」


担当者が頷く。


「そこは相談させてください。見た目が再現できるなら、素材についてはお任せします」


「だったら、薄めのEVAスポンジボード、通称コスプレボードを使った方がいいです」


佐々木は設定画の胸元を指した。


「特にここ。面積が大きいので、素材を厚めにすると重さが胸に集中します」


「見た目は重そうにできますか?」


「できます」


佐々木は迷いなく答えた。


「表面だけ金属っぽく仕上げるので、カメラ越しなら十分です」


「なるほど」


「それに、走って止まったときも違います」


佐々木の指が、大きな装飾を追う。


「重いものは、身体が止まっても少し遅れて動きます。装飾が大きいほど、その揺れも大きくなる」


「つまり?」


「身体に合わせて、衣装も止まらないといけないんです」


百合花が話の続きを引き取った。


「装備が身体を引っ張ったら、動きそのものが変わります」


担当者はしばらく設定画を見つめ、それから頷いた。


「そこも含めて、お願いしたいです」


「分かりました」


百合花は設定画を手元へ引き寄せた。


「では、どこまで動かす必要があるか、もう少し具体的に決めましょう」


「はい」


「腕は肩より上まで上げますか?」


「剣を頭上に構えるポーズがあります」


「腰は?」


「斬りかかるときに身体を捻ります」


「走る方向は?」


「正面への短距離です」


「しゃがんでから立ち上がる動作は?」


「あります」


百合花は一つずつ確認していった。

ただ「動く鎧」を作ればいいわけではない。


どんな動きをするのか。

どこまで動ければいいのか。


それが決まらなければ、必要な構造も決まらない。

百合花は設定画を見ながら、頭の中で勇者を動かしていた。


剣を抜く。

腕を上げる。

腰を捻る。

踏み込む。

そして、止まる。


絵の中では簡単にできる動きだ。

けれど、それを現実の人間にさせるには、ひとつひとつの動きを邪魔しない仕組みがいる。


「分かりました」


百合花が設定画の肩へ指を置いた。


「では、普通に作ったら動きません」


担当者が目を瞬かせる。


「動かない?」


「はい」


百合花は肩当てを指でなぞった。


「まず、ここです」


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