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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第六章 やってみる

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第四節 素材研究2

翌日。

ルリエナが作業机に向かうと、昨日、ガルドが持ち帰ったタルガニスの甲皮が置いてあった。


ただし、昨日とは少し様子が違う。


表面に残っていた汚れや、皮の内側に付着していた肉のようなものは綺麗に取り除かれ、乾かされている。

硬い板のような姿は変わらないが、触れたときの感触は昨日よりも乾いていた。


「お父さん、これ・・・」


「ああ。昨日のものだ」


「もう使っていいの?」


「観察するくらいならな。加工するのは、もう少し待て」


ガルドはそう言いながら、甲皮の一枚を指先で持ち上げた。


「採ったばかりのものを、そのまま使うわけにはいかない。残っているものを取り除いて、

状態を整えてから保存する。素材にするというのは、採って終わりじゃない」


「・・・牛の革と同じ?」


「基本はな。ただ、こいつは普通の革とは違う」


ルリエナも甲皮を手に取った。

昨日より軽く感じる。

指で表面を撫でると、乾いた感触が返ってきた。


「昨日より硬い気がする」


「水分が抜けたからだろう」


「じゃあ、乾かすと硬くなる?」


「全部がそうなるわけじゃない。素材による」


ガルドの返事を聞いて、ルリエナは甲皮を持ったまま考え込んだ。


「・・・素材って、同じものでも状態が変わるんだね」


「そうだ」


「じゃあ、採ったばかりのときと、乾いたあとでは、使い方も変わる?」


「変わることはある」


ガルドは短く答えた。


「だから、素材を扱うなら、見た目だけで判断するな。いつ採ったものか、どう処理したものか。それだけでも違いが出る」


「分かった」


ルリエナは頷いた。


それから甲皮を机の上へ置き、横から眺めた。

昨日から気になっていた。


硬い。

けれど、完全に動かないわけではない。

端を指で押すと、ほんの少しだけしなる。


「ねえ、お父さん」


「何だ?」


「これって、どれくらい硬いの?」


「試してみればいい」


「どうやって?」


「まずは曲げてみろ」


言われるまま、両手で甲皮を持つ。

ゆっくりと力を加えた。

最初はほとんど動かない。

もう少し力を加えると、わずかに弧を描いた。


「・・・曲がった」


「無理にやるなよ」


「うん」


手を緩める。

甲皮は、ほとんど元の形に戻った。


ルリエナは目を細めた。


「戻るんだ」


「多少はな」


「牛の革とは違うね」


「ああ」


「でも、石とも違う」


その言葉に、ガルドが少しだけ笑った。


「だから素材なんだろう」


「・・・そういうもの?」


「そういうものだ」


ルリエナも小さく笑った。

甲皮を机へ戻し、今度は指先で端を弾いてみる。


軽い音がした。

薄いのに、思ったよりもしっかりしている。


「これなら、切れるかな」


「切ってみるのか?」


「まだ駄目?」


「端の小さいものならいい。ただし、必要以上に無駄にするな」


「分かった」


ルリエナは小さな甲皮を選び、刃物を手に取った。

牛の革を切るときとは感覚が違う。

刃が表面に食い込むまでに時間がかかり、押し込んでも簡単には進まない。


「・・・硬い」


「刃を立てすぎるな」


「こう?」


「少し寝かせろ。力を入れすぎると刃が滑る」


ルリエナは刃の角度を変えた。

少しずつ削るように進めていく。

やがて、端がわずかに切れた。


「切れた」


「そうだな」


「時間はかかるけど、加工はできる」


「そのことが分かっただけでも十分だ」


ルリエナは切り口を眺めた。

綺麗とは言えない。

けれど、割れてはいない。


「穴は?」


「試してみるなら、端材でやれ」


ガルドが小さな穴開け道具を渡した。

ルリエナは甲皮を押さえ、位置を決める。

力を加えると、硬い感触が手に返ってきた。

少しずつ押し込む。

やがて、ぱちりと小さな音がして、道具が抜けた。


「・・・開いた」


穴の周囲を指で確かめる。


「割れてない」


「場所がよかったんだろう。端ぎりぎりに開ければ、そこから裂けるかもしれない」


「じゃあ、穴を開ける場所も考えないといけないんだ」


「ああ。素材は、どこでも同じように強いとは限らない」


ルリエナは穴を眺めながら頷いた。

ただ切ればいい。

ただ穴を開ければいい。

そんな簡単な話ではないらしい。


素材には、それぞれ癖がある。

どこなら切りやすいのか。

どこなら力がかかっても壊れにくいのか。


それを見つけるのも、仕立てるために必要なことなのだろう。


「・・・面白い」


思わず口からこぼれた。


「何がだ?」


「昨日までは、硬いから使いにくいと思ってた。でも、硬いなら硬いなりに、どうすれば使えるのか考えればいいんだね」


ガルドはしばらく黙ってルリエナを見ていた。


やがて、小さく頷く。


「そういうことだ」


ルリエナはもう一度、甲皮を手に取った。


まだ分からないことが多い。

どんな形なら扱いやすいのか。

何に向いているのか。

革や布と一緒に使えるのか。


それは、これから試してみなければ分からない。

だからこそ、目の前の素材が少しだけ面白く見えた。


机の端に置いた革紐へ視線を向ける。

それから、甲皮へ戻す。


「・・・これ、もう少し小さくしたらどうなるんだろう」


「それは明日でもいいだろう」


「うん」


ガルドに言われて、ルリエナは刃物を置いた。


まだ、急ぐ必要はない。


素材が何なのかを知らないまま、形だけを作ってしまえば、きっと見落とすものがある。


まずは知る。

触れて、試して、失敗して、その性質を覚える。


ルリエナはそう思いながら、甲皮をそっと箱へ戻した。


明日は、この硬い素材をもう少し違う形にしてみよう。


そんな予感だけが、胸の奥に残っていた。


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