第四節 素材研究1
翌朝、ルリエナはいつもより早く工房へ入った。
昨日、箱の中に残されていた試作品を片づけながら、ずっと気になっていたことがあった。
革と布。
どちらも、これまで何度も扱ってきた素材だ。
けれど、同じ名前で呼んでいるだけで、本当に同じものなのだろうか。
ルリエナは作業机の前に座ると、昨日使った革を一枚取り出した。
指先で表面を撫でる。
少し硬い。
端を持って曲げると、ゆっくりと形が変わる。
手を離すと、完全ではないが元へ戻ろうとする。
「・・・やっぱり違う」
何が違うのか。
そう考えたところで、すぐには言葉が出てこなかった。
ルリエナは机の下から、小さな箱を引き出した。
中には、これまでガルドが持ち帰ってくれた革の切れ端が入っている。
大きさも形もばらばらで、端が少し欠けているものもある。
以前なら、使えそうなものだけを選んでいた。
今日は違った。
使うかどうかを決める前に、全部を並べてみる。
「これは・・・柔らかい」
指で押すと、すぐに沈む。
隣の革を押す。
「こっちは硬い」
さらに別のものを持ち上げる。
「薄いのに、意外としっかりしてる・・・」
同じように見えていた革が、机の上に並べてみると、それぞれ違って見えた。
ルリエナは一枚ずつ手に取って、曲げたり、丸めたり、端を軽く引っ張ったりした。
触れるたびに、少しずつ違う感触が返ってくる。
「・・・どうして?」
思わず声が出た。
革だから硬い。
革だから丈夫。
そんなふうに、ひとまとめに考えていた。
けれど、実際には違う。
柔らかな革もあれば、硬い革もある。
薄いものもあれば、厚いものもある。
それなら――。
ルリエナは一枚の革を持ったまま、しばらく考えた。
「これって・・・使い道も違うのかな」
思いついたら、試してみたくなる。
ルリエナは棚から布を何種類か取り出した。
こちらも、普段使っているものばかりだ。
柔らかな布。
少し張りのある布。
目の細かいもの。
織り目が粗いもの。
机の上へ並べると、今度は布の違いまで気になってきた。
「布も同じだ・・・」
指でつまんでみる。
引っ張る。
戻してみる。
布によって、動き方が違う。
ルリエナは柔らかな革と柔らかな布を重ねた。
軽く曲げてみる。
二つの素材が、ほとんど同じように動いた。
「・・・合う」
次に、硬い革を同じ布へ重ねてみた。
曲げる。
途中で、革が動きを止めた。
「・・・あれ?」
もう一度曲げる。
布は動こうとする。
けれど革は動かない。
そのため、布に余計な力がかかる。
ルリエナは二つの素材を離した。
「同じ布なのに・・・」
革を変えただけで、こんなに違う。
なら、革だけではない。
布にも、それぞれ合う素材と合わない素材があるのかもしれない。
そう思うと、今まで作ったものが頭の中に浮かんできた。
縫いやすかったもの。
妙に扱いにくかったもの。
何度やっても形が崩れたもの。
以前は、自分の技術が足りないせいだと思っていた。
もちろん、それもある。
けれど、それだけではないのかもしれない。
「素材が違えば・・・作り方も変えないといけない?」
ルリエナは呟いた。
答えは出ない。
けれど、その疑問は妙に気になった。
そこで、机の端に置いてあった針と糸へ手を伸ばす。
柔らかな革と布を重ねる。
革には先に縫い穴を開け、布と位置を合わせた。
糸を通し、一針ずつ縫っていく。
昨日よりも、手の動きは迷わない。
縫い終わったところで、ルリエナは端を持って曲げた。
革と布が一緒に動く。
「・・・やっぱり」
今度は硬い革を使って、同じように作ってみる。
縫い終えて、曲げる。
途中で動きが止まった。
ルリエナは眉を寄せた。
「こっちは駄目・・・なのかな」
けれど、すぐに首を横に振った。
「・・・違う」
硬い革が駄目なのではない。
この組み合わせ、この使い方では合わないだけだ。
そう思った瞬間、胸の奥で何かが小さくつながった。
素材には、それぞれ性質がある。
その性質を知らずに、ただ「革」「布」と考えていた。
それでは、素材を使っているとは言えないのかもしれない。
ルリエナは机の上に並べた革を見た。
「じゃあ・・・これは、何に向いてるんだろう」
答えはまだ分からない。
分からないからこそ、気になった。
ルリエナは紙を一枚取り出した。
そこへ、今日触った素材について書き始める。
硬い。
柔らかい。
薄い。
厚い。
伸びる。
伸びない。
けれど、書き終えたところで手が止まった。
「・・・これだけじゃ足りない」
硬いから何に向くのか。
柔らかいから何に向くのか。
まだ分からない。
なら、分かるまで試せばいい。
ルリエナは紙を机の端へ置いた。
そのとき、工房の外から足音が聞こえた。
ゆっくりと近づいてくる。
聞き慣れた足音だった。
「ルリエナ」
「お父さん?」
扉が開く。
ガルドが入ってきた。
肩には採取道具が掛かっている。
その手には、見慣れない素材がいくつかあった。
ルリエナの視線が、自然とそこへ向く。
「それ・・・何?」
ガルドは手にしていたものを机の上へ置いた。
「昨日、森で見つけた」
ルリエナは立ち上がった。
まだ触れたことのない素材だった。
さっきまで机に並べていた革とは、明らかに違う。
ルリエナは手を伸ばしかけて、ふと止めた。
まず、見る。
それから触る。
そう決めたように、素材をじっと見つめた。
「・・・これも、使えるのかな」
その問いに、ガルドはすぐには答えなかった。
「自分で考えてみろ」
いつもの言葉だった。
けれど今日は、その言葉がいつもより少し楽しそうに聞こえた。




