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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第六章 やってみる

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第三節 残されたもの2

ルリエナは、机の上に並べた試作品の中から、一枚の革を取り上げた。

薄く、柔らかな革だった。

以前なら、これを布と合わせることに何の疑問も持たなかっただろう。柔らかい革なら動きの邪魔をしにくいし、布と組み合わせれば丈夫さも加えられる。そう考えて、何度も縫い合わせてきた。


けれど今は、少し違う。

革を指先で押さえ、ゆっくりと曲げてみる。

次に布を持ち上げ、同じように曲げる。


「・・・やっぱり違う」


革は形を保とうとする。

一方で布は、指の動きに合わせて柔らかく形を変えた。


どちらも柔らかい。

けれど、柔らかさの種類が違う。


ルリエナはそのことに気づくと、しばらく二つを並べて眺めていた。


同じように扱ってはいけない。

それが、今なら分かる。


「じゃあ・・・合わせるところから考えないと」


まず布を広げた。

以前作った試作品と同じ大きさに切るのではなく、今回は少しだけ余裕を持たせることにした。

革と同じ寸法で切れば、見た目にはきれいに揃う。

けれど、動かしたときには布のほうが伸びる。

ならば、その動きを邪魔しない余裕が必要になる。


ルリエナは布を指でつまみ、ほんの少しだけたるませた。


「このくらい・・・かな」


次に革を机へ置く。

縫い合わせる位置を決め、端から一定の幅を取って印をつけていく。


昔の試作品には、この印がなかった。

その場で感覚だけを頼りに穴を開けていたから、縫い目の間隔もばらばらだった。


今は違う。


必要な強さを考え、どこにどれだけ縫い目を置くかを決めてから作業に入る。


ルリエナは印を確認すると、革を固定した。

そして、菱目打ちを手に取る。

革の上へ慎重に刃先を当て、木槌で軽く叩いた。


コツ、と乾いた音が工房に響く。


一つ。

少しずらして、もう一つ。

同じ間隔で穴を開けていく。


以前よりも手の動きは安定していた。

革を押さえる左手にも、余計な力が入っていない。

必要な場所に、必要なだけ力をかける。


それだけのことなのに、昔の自分がどれほど無駄な力を使っていたのかが分かった。


すべての穴を開け終えると、ルリエナは革を裏返して確認した。

穴の並びはきれいに揃っている。


「・・・うん」


小さく頷いた。


次は布だ。

革の穴を基準にして、布を重ねる。


布そのものに革と同じ穴を開ける必要はない。針を通す場所を確認しながら、布がずれないように仮留めしていく。


そして、革の穴へ針を通した。

革を貫いた針先が布を抜け、そのまま裏へ出る。


糸を引く。

革と布が寄り添う。

もう一度、次の穴へ針を通す。

今度は反対側から。

一本の糸が革と布を結び、そのたびに二つの素材の境目が少しずつ形になっていく。


ルリエナは急がなかった。

以前なら、早く完成させたいという気持ちが先に立って、糸を強く引きすぎていた。


けれど、今は違う。


糸を締める力が強すぎれば、布が引きつる。

弱すぎれば、革との間に隙間ができる。

だから、糸が素材を押さえ込むのではなく、素材同士が自然に重なるところで止める。


「・・・このくらい」


指先で縫い目をなぞる。

布は引きつっていない。

革も歪んでいない。


ルリエナはそこで一度、針を置いた。

まだ半分ほどしか縫えていない。

それでも、以前作ったものとは明らかに違っていた。

ルリエナは立ち上がり、縫い合わせた部分を両手で持つ。


左右へ軽く引っ張った。

布が伸びる。

革はそれほど動かない。

けれど、縫い目がその動きを受け止めている。


今度は曲げてみる。

革が内側へ折れ、布がそれに沿って動く。


「・・・動く」


思わず声が漏れた。


昔は、革と布を一緒にすれば丈夫になると思っていた。

だから、二つを強く縫い付けようとした。

けれど、それでは素材のどちらかが無理をする。


革には革の動きがあり、布には布の動きがある。

ならば、どちらかを従わせるのではなく、それぞれの性質を残したまま繋げればいい。


その考えに気づいたとき、ルリエナは以前、母から聞いた言葉を思い出した。


――動かなくするのではない。


動いても、邪魔にならないようにする。

服を仕立てるときに、フィーネが何度も口にしていた言葉だった。


「・・・同じなんだ」


仕立てるものが布だけでなくなっても、その考え方は変わらない。

素材を押さえつけるのではなく、その素材がどう動くのかを見る。


ルリエナは、もう一度机へ向かった。


残りの部分にも穴を開け、同じように縫い進めていく。


最後の一針を終えるころには、窓から差し込む光が少し傾いていた。


糸を切り、縫い目を確認する。

まだ完璧ではない。

端の一部分には、わずかな歪みが残っている。

けれど、失敗ではなかった。


ルリエナは完成した革と布を両手に持ち、何度か曲げたり伸ばしたりした。

そのたびに、二つの素材が別々の性質を持ったまま、一つの形として動いている。


「・・・面白い」


以前なら、上手くできたか、できなかったか、それだけで判断していたかもしれない。


けれど今は、もっと知りたかった。

革の厚さを変えたらどうなるのか。

布の種類を変えたらどうなるのか。

縫い目の間隔を変えたら、動きはどう変わるのか。

同じ革でも、採れた場所や魔獣によって性質が違うのなら、それを組み合わせたときにも違いが出るはずだ。


机の下の箱を見る。


そこには、まだたくさんの試作品が残っている。

これまでの自分が試して、上手くいかなかったもの。

理由が分からないまま、箱へしまい込んだもの。

今なら、その一つ一つをもう一度見ることができる。


ルリエナは完成した革と布を机の端へ置いた。


その隣へ、小さな紙を置く。

そして、今日分かったことを書き始めた。


素材の硬さ。

伸び方。

縫い合わせる位置。

糸を締める強さ。


書きながら、ルリエナはふと笑った。

箱の中に残っていたのは、失敗だけではなかった。


まだ知らなかったことを、これから知るための手掛かりも、そこには残されていたのだ。


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