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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第六章 やってみる

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第二節 革を読む

町から戻った翌日、ルリエナは工房の奥に置かれていた革を一枚、作業台の上へ広げた。

魔獣から採れた革だった。

大きさはそれほどでもないが、厚みがあり、表面には細かな傷がいくつも残っている。鞣しを終えた革は一見すると扱いやすそうに見えるものの、布とは違って、手に取っただけでは素直に形を変えてくれない。


ルリエナは革の端を両手で持ち、ゆっくりと曲げた。

ぐっと抵抗が返ってくる。

さらに力を加えると、革はようやく折れ始めた。


「・・・硬い」


「その革は、まだ柔らかくできるわよ」


向かいで別の革を扱っていたフィーネが言った。


「でも、柔らかくしすぎても駄目でしょう?」


「そうね」


フィーネは手を止めずに答える。


「何に使うかによって、残す硬さも違うから」


ルリエナはもう一度革を見る。

七歳の頃なら、ただ「硬い革」と考えていたかもしれない。

けれど今は、その硬さにも場所による違いがあることが分かる。


端の部分と中央では感触が違う。

傷のある場所は少し硬く、別の場所には柔らかくしなやかな部分がある。

同じ一枚の革でも、どこを取るかによって仕上がりは変わる。


ルリエナは指先で表面を撫でた。

ざらつき。

細かな凹凸。

そして、指を滑らせた方向によって変わる抵抗。


「・・・こっちのほうが、伸びる」


「分かる?」


「少しだけ」


ルリエナは革を裏返した。

裏側には、表面とは違う柔らかな感触がある。そこへ指を押し当てると、革がわずかに沈んだ。

ルリエナはそのまま革を引っ張る。

横方向にはほとんど伸びない。

ところが、少し向きを変えると、ほんのわずかに形が変わった。


「革って、布みたいにどこでも同じじゃないんだね」


「当たり前でしょう」


フィーネは笑った。


「動物の身体についていたものなんだから」


その言葉に、ルリエナは革を見つめ直した。

布は糸を織ったものだ。

だから織り方によって、ある程度の方向性が生まれる。


けれど革は違う。

生きていた身体の一部を、その形のまま素材として使っている。


どこにあった皮なのか。

どの方向へ身体が動いていたのか。

どれほど力がかかっていた場所なのか。

そうしたものが、一枚の革の中に残っている。


ルリエナは、以前よりも革を見る時間が長くなっていた。

そして最近は、革を見ていると自然に鑑定を使いたくなる。


「・・・《鑑定》」


意識を集中させる。

視界に浮かんだ情報は、以前より少しだけ増えていた。


革。

状態――良好。

硬度――中。

耐久性――高。

魔力親和性――低。


ルリエナはしばらく黙って、それを見つめた。

以前なら、それだけでも十分に驚いていた。

けれど今は、そこから先が気になる。


「硬度は分かるけど・・・」


「何か出たの?」


「うん。でも、どこが一番伸びるかまでは分からない」


フィーネは頷いた。


「だったら、自分で確かめればいいのよ」


その言葉に、ルリエナは少し笑った。


「うん」


鑑定は便利だ。

知らない素材を前にしたとき、最初の手掛かりを与えてくれる。

けれど、それだけで仕立てができるわけではない。


どこを切るか。

どの方向に縫うか。

どこを補強するか。

着た人間がどう動くのか。

それらを決めるのは、自分自身だ。


ルリエナは革を作業台に置き、革用の糸を一本取り出した。


「これ、何を作るの?」


「まだ決めてない」


「決めてないのに切るの?」


「だから、先に試すの」


ルリエナは革の端を小さく切り取った。

切った革を指で折り、丸め、引っ張る。

それから二枚を重ね、縫い合わせる位置を決めた。

革の上に細く線を引き、その線に沿って、等間隔に印をつけていく。

布なら針を入れながら調整することもできるが、革ではそうはいかない。

硬い革ほど、無理に針を押し込めば革を傷める。


ルリエナは印を確認すると、錐を手に取った。

先端を最初の印へ当て、革の厚みを確かめるようにゆっくり押し込む。


ぷつり、と革を貫く感触が指先へ伝わった。


次の穴へ移る。

間隔が揃っていなければ、縫い目も乱れる。

狭すぎれば革そのものが弱くなり、広すぎれば縫い合わせた部分に力が集中する。


ルリエナは一つずつ穴を開けながら、革の硬さと厚みを確かめていた。


「・・・なるほど」


穴を開け終えると、今度は革針に糸を通した。

先ほど作った穴へ針を通し、表と裏から交互に糸を引く。

革同士が少しずつ近づき、縫い目が形になっていく。


「針を通すだけでも、布とは違うね」


「そうでしょう」


フィーネは自分の作業を続けながら答えた。


「革は先に道を作ってあげないと、無理をさせることになるのよ」


「道を作る・・・」


「そう。革を縫うときは、針を動かすだけじゃなくて、革そのものを見なさい」


ルリエナはその言葉を頭の中で繰り返した。


革を布と同じように扱わない。


当たり前のことのようで、実際にやってみると難しい。

柔らかくしたいからといって、柔らかくしすぎれば耐久性を失うかもしれない。

厚いからといって、そのまま丈夫とは限らない。

傷の位置によっては、そこへ力が集中すれば裂けることもある。


素材の性質を知るだけでは足りない。

その性質を、仕立ての中でどう使うかを考えなければならない。


ルリエナは革の上に指を置いた。


「・・・面白い」


思わず声が漏れた。


「何が?」


「同じ革なのに、場所によって全然違う」


フィーネは娘の顔を見て、少しだけ笑った。


「だから職人は、素材を見るのよ」


ルリエナは頷いた。

そして、もう一度革へ目を落とす。

以前の自分なら、革を「魔獣から採れる素材」として見ていた。


今は違う。


この革には、この革にしかない性質がある。

それを見つけて、使えるところを探す。

弱いところには別の素材を合わせ、強いところには力のかかる場所を任せる。


革そのものを変えるのではなく、その性質を生かす。


それは仕立てというより、素材との相談に近いのかもしれない。


ルリエナは小さく切った革を何度も曲げ、最後に縫い目を指で確かめた。

先ほどよりも、ずっと素直に革同士が馴染んでいる。


「・・・分かってきた」


まだほんの少しだけ。

それでも、昨日までより一つだけ先へ進めた気がした。


ルリエナは縫い目を指先でなぞりながら、ふと祖母のことを思い出した。


「お母さん」


「なに?」


「今度、町に行ったとき、おばあちゃんのところにも寄っていい?」


「ミレイアのところ?」


「うん。もう少し革の扱い方を教えてもらいたいの」


フィーネは少し意外そうな顔をしたあと、すぐに微笑んだ。


「いいわよ。あの人も喜ぶと思うわ」


ミレイアは町で一人暮らしをしている。

仕立ての仕事を続けながら、必要なときには娘や孫の顔を見に村へ来ることもあるが、普段は町の小さな家で暮らしていた。


「じゃあ、次に町へ行くときに声をかけるわ」


「うん」


ルリエナは嬉しそうに頷いた。


祖母なら、母とはまた違うことを教えてくれるかもしれない。

そう思いながら、もう一度、作業台の上の革へ目を落とした。


まだ知らないことがある。


だからこそ、もっと知りたかった。


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