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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第六章 やってみる

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第一節 十二歳

十二歳になった春、ルリエナは朝の光が工房の窓から差し込む頃には、もう針を手にしていた。


窓の外では、冬の冷たさが少しずつ薄れ、柔らかな風が村を抜けている。畑では土を起こす音が聞こえ、道を行き交う人々の姿も、冬の間より多くなっていた。


ルリエナは膝の上に広げた布を見つめながら、針を進めていく。


以前なら、母に教えられた通りに縫うことで精一杯だった。けれど今では、ただ縫うだけではなく、その先にある布の動きまで考えるようになっていた。


肩を回したとき、どこに布が引かれるのか。

腕を上げたとき、どこに余裕が必要なのか。

身体を前へ倒したとき、布がどの方向へ流れるのか。

一針ごとに考えながら縫い進めていくと、同じ布でも仕立て方によって動きが変わることが、少しずつ分かるようになってきた。


最後の一針を終え、ルリエナは糸を切った。

服を持ち上げ、縫い目を確かめる。


「・・・もう少し、ここを広くしてもいいかな」


「何か気になるところがあるの?」


隣で別の仕事をしていたフィーネが顔を上げた。


「腕を動かしたときに、ここが少し引っ張られると思う」


ルリエナは肩の部分を指でつまむ。


「着ている人が普通に立っているときは分からないけど、腕を上げたり、前に出したりすると、布がここに集まるから」


フィーネは娘の指先を見つめ、それから服を受け取った。


「ずいぶん細かいところを見るようになったわね」


「まだ分からないことも多いけど・・・前よりは分かるようになったと思う」


そう答えながら、ルリエナは少しだけ笑った。


七歳の頃には、母に教えられたことを一つ覚えるだけでも嬉しかった。

今は、教えられたことからさらに疑問が生まれる。


どうしてこうなるのか。

別のやり方ならどうなるのか。

この布と別の素材を組み合わせたら、どんな仕立てになるのか。


知れば知るほど、分からないことが増えていく。

それが以前は少し不思議だったが、今ではむしろ楽しいと思えるようになっていた。


そのとき、外から子どもたちの大きな声が聞こえてきた。


「いくぞ、レオン!」


「来い!」


ルリエナは手を止め、窓の外へ目を向ける。


庭先では、レオンが数人の子どもたちと木剣を構えていた。

昔なら、ルリエナもそこへ混ざっていた。

木の枝を剣に見立てて振り回し、誰が一番強いかなどと言い合いながら、日が暮れるまで遊んでいたこともある。


けれど十二歳になった今では、二人が一緒に過ごす時間は少しずつ減っていた。


レオンは剣を振る時間が増え、ルリエナは仕立てに費やす時間が増えた。


それでも、幼馴染であることに変わりはない。


「そこだ!」


レオンが踏み込んだ。

木剣と木剣がぶつかり、乾いた音が響く。


相手の少年が横へ回り込もうとすると、レオンも身体をずらして追う。以前よりも足取りがしっかりしていた。


それでも、まだ子どもの剣術ごっこだ。


互いに本気で打ち込むことはなく、当たれば負け、転べば笑われる。それでもレオンは楽しそうだった。


「レオン、右!」


誰かが叫ぶ。


「分かってる!」


振り向いた瞬間、別の少年の木剣がレオンの肩に当たった。


「やった!」


「くそっ!」


悔しそうな声を上げながら、レオンも笑っている。


ルリエナは窓越しにその様子を眺めていた。

少し寂しいような気もする。

以前は、もっと近くにいた。

けれど、それが嫌だとは思わなかった。

レオンにはレオンの好きなことがあり、自分には自分の好きなことがある。

それぞれが自分の得意なものを見つけ始めているのだ。


村の子どもたちを見ていても、それは同じだった。

畑仕事を手伝うようになった子。

家の商売を覚え始めた子。

料理や家畜の世話を好む子。


まだ将来を決めたわけではない。それでも、七歳の頃とは違って、誰もが少しずつ「自分は何が得意なのか」を意識し始めていた。


レオンも、その一人なのだろう。


ルリエナがそんなことを考えていると、庭からレオンがこちらを見上げた。


「エナ!」


「なに?」


「あとでこれ、直してくれ!」


レオンが自分の服をつまんで見せる。

どうやら木剣で遊んでいるうちに、脇の辺りを破いたらしい。


ルリエナは思わず笑った。


「また?」


「ちょっとだけだ!」


「ついこの前も直したばかりじゃない」


「前とは違う!」


「同じところで破ってるように見えるけど」


「・・・そうか?」


レオンが服を覗き込む。

その様子を見て、ルリエナは笑いながら首を振った。


「持ってきて。あとで直してあげる」


「頼んだ!」


レオンはそう言うと、また仲間たちのところへ走っていった。

ルリエナはその背中を見送りながら、少しだけ胸が温かくなるのを感じた。


一緒に遊ぶ時間は減った。


けれど、こういうところは昔と変わらない。


レオンが破いた服を持ってきて、ルリエナがそれを直す。

それだけのことが、今の二人には残っている。


それでいいのだと思った。


昼を過ぎる頃には、ルリエナは工房の仕事を一度切り上げ、父のガルドと町へ向かう準備をしていた。

十二歳になってから、こうして父と一緒に町へ出る機会が増えている。

ガルドが採取した素材を売るためでもあり、必要な道具や材料を買うためでもある。


最初の頃は、ただ父について歩いているだけだった。

けれど今では、町へ行くことそのものが楽しみになっている。


特に、帰り道に買う蜂蜜が好きだった。


「お父さん、今日は蜂蜜ある?」


荷物をまとめていたガルドに尋ねると、ガルドは手を止めてルリエナを見る。


「買うか」


「うん」


「どれくらいだ」


「瓶、一つ」


ガルドは小さく頷いた。


「分かった」


それだけの会話だった。

けれどルリエナには、それで十分だった。

町では、村では見たことのない素材を見ることができる。

魔獣から採れた革や爪、植物から作られた繊維、職人たちが加工した道具。

それらを見ていると、仕立てに使えそうなものが次々と目に入ってくる。

そして帰りには蜂蜜を買う。

家に帰ってから、母と一緒に少しずつ味わうのが、最近のルリエナの小さな楽しみだった。


父と並んで村を出ながら、ルリエナは道の先を眺めた。

七歳の頃よりも、世界が広くなったような気がする。


自分の手でできることも増えた。

知らないものも増えた。

そして、知りたいことも増えている。


十二歳という年齢が、子どもと大人の間にあることを、ルリエナはまだはっきりとは理解していなかった。


ただ、少しずつ自分の世界が広がっていることだけは感じていた。


仕立てのこと。

素材のこと。

父と行く採取のこと。

町で見るもの。

レオンの剣。

そして、村にいる同年代の子どもたちが、それぞれの道へ歩き始めていること。


まだ何も決まってはいない。


けれど、いつか自分も、この村の外へ出ていく日が来るのだろうか。


そんなことを考えながら、ルリエナは隣を歩く父を見上げた。

ガルドはいつものように黙って歩いている。

けれど、今日は町で何を見られるのかと思うと、ルリエナの足取りは自然と軽くなっていた。


十二歳の春は、そうして静かに始まった。


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