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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
閑話2 万識(ばんしき)

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第三節 考える癖

それからしばらくの間、アルヴェリスとガルドは、何度もこの暗い森へ入った。


特別なことが毎日起こるわけではない。


朝、村を出て、森へ向かう。アルヴェリスが採取するものを探し、その傍らでガルドも小さな袋を抱えて歩く。見つけた植物を拾い、傷んでいれば捨て、使えそうなものは持ち帰る。昼を過ぎれば村へ戻り、採ってきたものを整理する。


そんな日々の繰り返しだった。


けれど、その中でガルドには少しずつ変化が現れていた。

以前なら、森で見慣れない植物を見つければ、すぐに父へ尋ねていた。


「父さん、これ何?」


今では、その言葉が出る前に、一度その植物を眺めるようになっていた。

葉の形を見る。

茎の太さを見る。

どんな場所に生えているのかを確かめ、周囲に同じ植物がないか探す。葉を傷つけたときに出る汁の色や匂いまで気にするようになった。

そして、それだけ調べてから、ようやく口を開く。


「父さん。これ、前に見たやつと同じだと思う」


「なぜそう思った?」


「葉の形が似てる。それと、昨日雨が降ったところには生えてなくて、少し高い場所にだけあるから」


アルヴェリスは植物を手に取り、葉の裏側を確かめた。


「よく見ているな」


「同じかな?」


「どうだろうな」


そう言って、アルヴェリスはすぐには答えなかった。

ガルドは少し考え、それから自分で葉を裏返した。

そこには、昨日見た植物にはなかった細かな斑点がある。


「・・・違うかもしれない」


「そう思った理由は?」


「葉っぱの裏が違う」


「なら、もう少し見てみろ」


ガルドは黙って植物を観察した。


やがて、二人の間に沈黙が落ちる。


以前のガルドなら、その沈黙に耐えられず、すぐに父へ答えを求めただろう。

けれど今は違った。

分からない。

だから、もう少し見る。

それでも分からなければ、別のものと比べてみる。


その考え方が、少しずつ身体に馴染んできていた。


「父さん」


「なんだ?」


「これ、葉っぱだけじゃなくて、茎も違う」


「そうだな」


「だから、たぶん別の植物だと思う」


アルヴェリスは頷いた。


「俺もそう思う」


その一言を聞いたガルドは、嬉しそうに植物を袋へ入れた。


答えを教えてもらったわけではない。

それでも、自分で考えて辿り着いたことが、少し嬉しかった。


森から戻ったあとも、それは続いた。


採取した植物を並べていると、ガルドは一つずつ手に取り、似たものを近くに置いていく。


「これは同じところに生えてた」


「こっちは水の近く」


「これは匂いが違う」


最初はただ思いついたことを口にしていただけだったが、アルヴェリスは何も急かさなかった。

間違っていれば、なぜそう思ったのかを尋ねる。

分からなければ、一緒に確かめる。

そして、分からないものは無理に答えを出さず、そのまま残しておく。


そんなことを繰り返すうちに、ガルドはいつしか、考えてから話すようになっていった。


ある日の夕方、アルヴェリスが採取した植物を整理していると、ガルドが黙ってその横に座った。


「どうした?」


「・・・別に」


「何か考えている顔だな」


ガルドは少し迷ったあと、口を開いた。


「父さんって、どうして何でも知ってるの?」


アルヴェリスの手が止まった。


「何でもは知らない」


「でも、僕が知らないことをいっぱい知ってる」


「長く生きているからな」


「それだけ?」


アルヴェリスは息子を見た。

七歳の子供が、そんなことを考えるようになったのかと思うと、少し可笑しかった。


「俺だって、知らないことはたくさんある」


「この森のことも?」


「ああ」


「魔獣のことも?」


「ああ」


「じゃあ、どうして調べるの?」


アルヴェリスはしばらく黙っていた。


窓の外では、夕暮れの光が森の向こうへ沈み始めている。


「気になるからだ」


「それだけ?」


「それだけで十分だろう」


ガルドは父の言葉を聞いて、少し考えた。


「・・・僕も、気になる」


「何が?」


「この森のこと」


アルヴェリスは笑った。


「なら、調べればいい」


簡単な言葉だった。

けれど、ガルドにとっては、それが大きな意味を持つ言葉になった。


知らないことは、恥ずかしいことではない。

分からないことは、そこで終わることでもない。

気になったなら、見ればいい。

考えればいい。

誰かが残した記録があるなら読めばいい。

それでも分からなければ、自分で確かめればいい。


その積み重ねが、いつか自分の知っていることになる。


ガルドはその夜、父から借りた古い記録を眺めながら、知らない文字を指でなぞっていた。


「父さん」


「なんだ?」


「これ、なんて読むの?」


「古い言葉だ。今の言葉とは少し違う」


「じゃあ、教えて」


「いいぞ。ただし――」


アルヴェリスは息子の隣に座り、紙に書かれた文字を指差した。


「意味を覚えるだけじゃなく、どうしてそう書かれたのかも考えてみろ」


ガルドは文字を見つめた。

すぐには答えが出てこない。

だから、考える。

父に教えられた言葉を、頭の中で何度も転がしながら。


その癖は、やがてガルドの中に根を張っていった。


何かを見れば考える。

何かを聞けば、すぐには答えず、一度頭の中で整理する。

自分が見たものと、誰かから聞いたものを分けて考える。

そして、分からないことは分からないまま覚えておく。


それが、ガルドにとって当たり前になっていった。


後に彼が、必要なことだけを静かに話す男になったのは、この頃からだった。


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