第十四節 村の仕事
セアドール村では、七歳になった子どもたちも、少しずつ家の仕事を手伝うようになる。
もちろん、大人と同じことができるわけではない。重い荷物を運ぶことも、森の奥へ入ることもまだ許されていない。それでも、家の中でできる仕事や、親の手伝いなら任されるものが少しずつ増えていく。
ルリエナも、朝になれば母の仕事を手伝い、時間があれば父の仕事についていった。
けれど、七歳になってから、村を歩くときの目が少し変わっていた。
畑では、土を耕す人がいる。
収穫した作物を選別する人がいる。
家の前では薪を割る人がいて、別の家では干した肉を切っている。
鍛冶場からは、金属を叩く音が聞こえる。
同じ村で暮らしていても、使う道具も、扱う素材も、身体の動かし方も違っていた。
ある朝、ルリエナは畑の脇で足を止めた。
農家のおばさんが、畝の間にしゃがみ込み、土を掘っている。腰を落として苗を植え、身体を起こしては次の場所へ移り、また同じ動作を繰り返していた。
以前なら、ただ「畑仕事をしている」と思っただろう。
けれど今は、自然と服の動きまで目に入る。
腰を曲げるたびに背中の布が引かれ、立ち上がると腰のあたりに余った布が寄る。腕を前へ伸ばすと袖が引っ張られ、身体を起こすと今度は肩のあたりが戻ってくる。
「・・・服も大変だな」
思わず呟くと、隣にいたガルドが笑った。
「何がだ?」
「畑の人の服」
「服が?」
「うん。ずっと動いてるから」
ガルドも畑へ目を向ける。
「そうだな。農作業は身体をよく使う」
「じゃあ、服も動きやすいほうがいいよね」
「そりゃあ、そうだろう」
ガルドはそう答えてから、少し考えるように続けた。
「ただ、動きやすければ何でもいいってわけじゃない」
「・・・どういうこと?」
「畑仕事をする服なら、丈夫じゃなきゃ困る。土もつくし、水にも濡れる。枝に引っかかることもある。毎日使うものなら、簡単に破れても困るだろ」
ルリエナは、もう一度農家のおばさんの服を見る。
膝や袖口には土がつき、裾には何度も擦れた跡が残っている。
「・・・動きやすいだけじゃ足りないんだ」
「ああ」
その答えを聞いて、ルリエナは頷いた。
以前、母から聞いたことと同じだった。
服を作るなら、その人を見る。
その人が何をするのかを知る。
そして、その仕事に必要なものを考える。
そう思いながら歩いていると、村の中央にある鍛冶場から、ひときわ大きな音が響いた。
ガンッ!
ルリエナは思わず振り返った。
鍛冶場の中では、職人が赤く熱した鉄を火床から取り出していた。
長い火箸で鉄を挟み、炉から引き出す。赤く光る金属を作業台へ運び、金床の上へ置くと、すぐに大きな槌を構えた。
ルリエナは、その動きをじっと見つめた。
槌を持つ腕だけに力が入っているわけではない。
両足をしっかりと地面につけ、身体を安定させている。
そして槌を振り上げると、肩だけを動かすのではなく、身体全体を使って振り下ろした。
ガンッ!
金床が震え、赤い鉄がわずかに潰れる。
職人は槌を止めない。
振り上げる。
狙いを定める。
振り下ろす。
その動作が、一定のリズムで繰り返される。
けれど、同じ場所をただ叩いているわけではなかった。
鉄の形を見ながら、少しだけ打つ場所を変えている。
中央を叩いたかと思えば、次は端へ槌を落とす。
鉄を火床へ戻し、赤く熱し直してから、再び金床へ置く。
また槌が振り下ろされる。
ガンッ、ガンッ、と音が続く。
「・・・あ」
ルリエナの口から、小さな声が漏れた。
「どうした?」
ガルドが尋ねる。
「レオンと同じ」
「何がだ?」
「身体」
ルリエナは鍛冶職人から目を離さなかった。
「腕だけで振ってない」
槌が振り下ろされる。
足が踏ん張り、股関節が動き、肩が続いて、最後に腕が伸びる。
以前、レオニスがレオンに教えていた動きとよく似ていた。
けれど、鍛冶職人は剣を振っているわけではない。
重い槌で鉄を叩いている。
それなのに、身体の使い方には共通するところがある。
「道具が違っても、身体の動きは似てるんだ・・・」
ルリエナが呟くと、ガルドは鍛冶場を見ながら頷いた。
「身体を使って何かをする仕事なら、そういうこともあるだろうな」
職人は一度鉄を火床へ戻した。
赤みが薄くなった部分を再び熱し、頃合いを見て取り出す。
今度は金床の上で鉄を回しながら、槌の角度を少しずつ変えていく。
打つたびに形が変わっていく。
力を加える場所を間違えれば、思った形にはならない。
だから職人は、鉄だけではなく、槌の落ちる位置も見ていた。
ルリエナはそのことに気づくと、ますます目が離せなくなった。
服を作るときも同じだ。
布を切る場所を間違えれば形が変わる。
針を入れる場所を少し変えれば、布の動きも変わる。
身体の動きを知らなければ、どこをどう仕立てればいいのか分からない。
鍛冶師も、鉄の性質と槌の動きを知らなければ、思うような形にはできないのだろう。
「ルリエナ、何を見てるんだ?」
鍛冶職人が、こちらに気づいて声をかけてきた。
「槌の振り方」
「そんなもん見て面白いか?」
「うん」
即答すると、職人は豪快に笑った。
「変わった子だな」
ルリエナは少し照れながら、それでも視線を外さなかった。
槌が振り下ろされるたびに、鉄の形が少しずつ変わっていく。
その変化を見ながら、職人は次の一打を決めている。
ただ力を込めて叩いているわけではない。
見て、考えて、打つ。
そして、変わった形をまた見て、次の一打を決める。
それは、ルリエナが仕立てを覚えていく過程にもよく似ていた。
その日の帰り道、ルリエナはガルドに尋ねた。
「お父さん」
「なんだ?」
「仕事って、みんな違うんだね」
「ああ」
「使う道具も違うし、身体の動かし方も違う。でも、見て、考えて、使うところは同じなのかな」
ガルドは少し考えてから答えた。
「そうかもしれんな」
「素材も?」
「ああ。素材だって同じだ」
ガルドは道端の草を一枚摘んだ。
「同じ名前の素材でも、育った場所や季節で状態が変わる。だから、名前だけ知ってても、それだけじゃ足りない」
ルリエナは頷いた。
最近、何度も聞いている言葉だった。
鑑定で名前が分かる。
けれど、それだけでは足りない。
素材を見る。
人を見る。
使う場所を見る。
そして、自分で考える。
「・・・知ることって、大変だね」
ルリエナが呟く。
ガルドは笑った。
「だから面白いんだろ」
村の道を歩きながら、ルリエナは周囲を見回した。
いつも見ていた村なのに、少し違って見える。
畑では土と作物を相手にする人がいる。
鍛冶場では火と鉄を相手にする人がいる。
母は布と針を使い、父は森の中で素材を探す。
レオンは剣を使い、人によっては槌を使う。
仕事はそれぞれ違う。
けれど、そこには必ず、その仕事に合った素材があり、道具があり、身体の動きがある。
そして、それを知ることが、仕事をするということなのかもしれない。
ルリエナは歩きながら、自分の手を見た。
この手で布を触り、革を縫う。
いつか、この手で作るものが誰かの仕事を助けることもあるのだろうか。
まだ七歳のルリエナには、何を作れるのかさえ分からない。
それでも、村を歩けば歩くほど、知りたいことは増えていった。
人がどう動くのか。
素材がどう使われるのか。
道具がどんな役割を持つのか。
そして、それぞれがどうつながっているのか。
ルリエナは、遠くから聞こえてくる鍛冶場の音に耳を澄ませた。
ガンッ、と、また金属を叩く音が響く。
その音を聞きながら、ルリエナは思った。
もっと、村の仕事を見てみたい。
もっと、人の動きを知りたい。
もっと、素材のことを知りたい。
そうすれば、いつか、その人が必要としているものを、今より少しだけ分かるようになるかもしれない。
そんな気がしていた。




