↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第五章 知るということ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/61

第十四節 村の仕事

セアドール村では、七歳になった子どもたちも、少しずつ家の仕事を手伝うようになる。


もちろん、大人と同じことができるわけではない。重い荷物を運ぶことも、森の奥へ入ることもまだ許されていない。それでも、家の中でできる仕事や、親の手伝いなら任されるものが少しずつ増えていく。


ルリエナも、朝になれば母の仕事を手伝い、時間があれば父の仕事についていった。


けれど、七歳になってから、村を歩くときの目が少し変わっていた。


畑では、土を耕す人がいる。

収穫した作物を選別する人がいる。

家の前では薪を割る人がいて、別の家では干した肉を切っている。

鍛冶場からは、金属を叩く音が聞こえる。


同じ村で暮らしていても、使う道具も、扱う素材も、身体の動かし方も違っていた。


ある朝、ルリエナは畑の脇で足を止めた。


農家のおばさんが、畝の間にしゃがみ込み、土を掘っている。腰を落として苗を植え、身体を起こしては次の場所へ移り、また同じ動作を繰り返していた。


以前なら、ただ「畑仕事をしている」と思っただろう。

けれど今は、自然と服の動きまで目に入る。

腰を曲げるたびに背中の布が引かれ、立ち上がると腰のあたりに余った布が寄る。腕を前へ伸ばすと袖が引っ張られ、身体を起こすと今度は肩のあたりが戻ってくる。


「・・・服も大変だな」


思わず呟くと、隣にいたガルドが笑った。


「何がだ?」


「畑の人の服」


「服が?」


「うん。ずっと動いてるから」


ガルドも畑へ目を向ける。


「そうだな。農作業は身体をよく使う」


「じゃあ、服も動きやすいほうがいいよね」


「そりゃあ、そうだろう」


ガルドはそう答えてから、少し考えるように続けた。


「ただ、動きやすければ何でもいいってわけじゃない」


「・・・どういうこと?」


「畑仕事をする服なら、丈夫じゃなきゃ困る。土もつくし、水にも濡れる。枝に引っかかることもある。毎日使うものなら、簡単に破れても困るだろ」


ルリエナは、もう一度農家のおばさんの服を見る。

膝や袖口には土がつき、裾には何度も擦れた跡が残っている。


「・・・動きやすいだけじゃ足りないんだ」


「ああ」


その答えを聞いて、ルリエナは頷いた。


以前、母から聞いたことと同じだった。

服を作るなら、その人を見る。

その人が何をするのかを知る。

そして、その仕事に必要なものを考える。


そう思いながら歩いていると、村の中央にある鍛冶場から、ひときわ大きな音が響いた。


ガンッ!


ルリエナは思わず振り返った。


鍛冶場の中では、職人が赤く熱した鉄を火床から取り出していた。

長い火箸で鉄を挟み、炉から引き出す。赤く光る金属を作業台へ運び、金床の上へ置くと、すぐに大きな槌を構えた。


ルリエナは、その動きをじっと見つめた。

槌を持つ腕だけに力が入っているわけではない。

両足をしっかりと地面につけ、身体を安定させている。

そして槌を振り上げると、肩だけを動かすのではなく、身体全体を使って振り下ろした。


ガンッ!


金床が震え、赤い鉄がわずかに潰れる。

職人は槌を止めない。

振り上げる。

狙いを定める。

振り下ろす。

その動作が、一定のリズムで繰り返される。

けれど、同じ場所をただ叩いているわけではなかった。

鉄の形を見ながら、少しだけ打つ場所を変えている。

中央を叩いたかと思えば、次は端へ槌を落とす。

鉄を火床へ戻し、赤く熱し直してから、再び金床へ置く。

また槌が振り下ろされる。

ガンッ、ガンッ、と音が続く。


「・・・あ」


ルリエナの口から、小さな声が漏れた。


「どうした?」


ガルドが尋ねる。


「レオンと同じ」


「何がだ?」


「身体」


ルリエナは鍛冶職人から目を離さなかった。


「腕だけで振ってない」


槌が振り下ろされる。


 足が踏ん張り、股関節が動き、肩が続いて、最後に腕が伸びる。

以前、レオニスがレオンに教えていた動きとよく似ていた。

けれど、鍛冶職人は剣を振っているわけではない。


重い槌で鉄を叩いている。


それなのに、身体の使い方には共通するところがある。


「道具が違っても、身体の動きは似てるんだ・・・」


ルリエナが呟くと、ガルドは鍛冶場を見ながら頷いた。


「身体を使って何かをする仕事なら、そういうこともあるだろうな」


職人は一度鉄を火床へ戻した。

赤みが薄くなった部分を再び熱し、頃合いを見て取り出す。

今度は金床の上で鉄を回しながら、槌の角度を少しずつ変えていく。


打つたびに形が変わっていく。


力を加える場所を間違えれば、思った形にはならない。

だから職人は、鉄だけではなく、槌の落ちる位置も見ていた。


ルリエナはそのことに気づくと、ますます目が離せなくなった。


服を作るときも同じだ。

布を切る場所を間違えれば形が変わる。

針を入れる場所を少し変えれば、布の動きも変わる。

身体の動きを知らなければ、どこをどう仕立てればいいのか分からない。


鍛冶師も、鉄の性質と槌の動きを知らなければ、思うような形にはできないのだろう。


「ルリエナ、何を見てるんだ?」


鍛冶職人が、こちらに気づいて声をかけてきた。


「槌の振り方」


「そんなもん見て面白いか?」


「うん」


即答すると、職人は豪快に笑った。


「変わった子だな」


ルリエナは少し照れながら、それでも視線を外さなかった。

槌が振り下ろされるたびに、鉄の形が少しずつ変わっていく。

その変化を見ながら、職人は次の一打を決めている。

ただ力を込めて叩いているわけではない。


見て、考えて、打つ。


そして、変わった形をまた見て、次の一打を決める。

それは、ルリエナが仕立てを覚えていく過程にもよく似ていた。


その日の帰り道、ルリエナはガルドに尋ねた。


「お父さん」


「なんだ?」


「仕事って、みんな違うんだね」


「ああ」


「使う道具も違うし、身体の動かし方も違う。でも、見て、考えて、使うところは同じなのかな」


ガルドは少し考えてから答えた。


「そうかもしれんな」


「素材も?」


「ああ。素材だって同じだ」


ガルドは道端の草を一枚摘んだ。


「同じ名前の素材でも、育った場所や季節で状態が変わる。だから、名前だけ知ってても、それだけじゃ足りない」


ルリエナは頷いた。

最近、何度も聞いている言葉だった。


鑑定で名前が分かる。

けれど、それだけでは足りない。


素材を見る。

人を見る。

使う場所を見る。

そして、自分で考える。


「・・・知ることって、大変だね」


ルリエナが呟く。


ガルドは笑った。


「だから面白いんだろ」


村の道を歩きながら、ルリエナは周囲を見回した。

いつも見ていた村なのに、少し違って見える。

畑では土と作物を相手にする人がいる。

鍛冶場では火と鉄を相手にする人がいる。

母は布と針を使い、父は森の中で素材を探す。

レオンは剣を使い、人によっては槌を使う。


仕事はそれぞれ違う。


けれど、そこには必ず、その仕事に合った素材があり、道具があり、身体の動きがある。

そして、それを知ることが、仕事をするということなのかもしれない。


ルリエナは歩きながら、自分の手を見た。


この手で布を触り、革を縫う。


いつか、この手で作るものが誰かの仕事を助けることもあるのだろうか。

まだ七歳のルリエナには、何を作れるのかさえ分からない。


それでも、村を歩けば歩くほど、知りたいことは増えていった。


人がどう動くのか。

素材がどう使われるのか。

道具がどんな役割を持つのか。

そして、それぞれがどうつながっているのか。


ルリエナは、遠くから聞こえてくる鍛冶場の音に耳を澄ませた。


ガンッ、と、また金属を叩く音が響く。

その音を聞きながら、ルリエナは思った。


もっと、村の仕事を見てみたい。

もっと、人の動きを知りたい。

もっと、素材のことを知りたい。


そうすれば、いつか、その人が必要としているものを、今より少しだけ分かるようになるかもしれない。


そんな気がしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。