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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第五章 知るということ

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第十三節 魔法と仕立て

魔法を使えるようになってから、ルリエナは以前よりも自分の手を見ることが増えた。


何か特別なことをしているわけではない。

糸を通し、布を縫い、革を触る。

今までと同じことをしている。


ただ、ときどき思う。


この布にも、魔力はあるのだろうか。


ある日の午後、ルリエナは母の仕事を手伝いながら、そんなことを考えていた。

フィーネは机の上に広げた布へ、裁ちばさみを入れている。

布は植物の繊維から作られたものだった。

初級鑑定を使えば、そこまでは分かる。

けれど、それ以上のことは分からない。

ルリエナは布の端を指でつまんだ。


柔らかい。

少しだけ伸びる。

手を離すと、ゆっくり元へ戻る。


「・・・お母さん」


「なに?」


「布って、魔法と関係あるのかな」


フィーネの手が止まった。


「どうして、そう思ったの?」


「この前、お父さんが言ってたの。魔力には向きがあるって」


「ええ」


「じゃあ、布にも魔力があるなら・・・何かできるのかなって」


フィーネは少し考えてから、布を撫でた。


「どうでしょうね」


「お母さんも分からない?」


「私が知っていることなら教えられるけど、魔法については専門じゃないもの」


その答えに、ルリエナは少し驚いた。

母が分からないと言うのは、珍しいことだった。

けれど、同時に少し嬉しくもあった。


分からないものがある。


それなら、自分で知っていけばいい。


「じゃあ、試してみてもいい?」


「何を?」


「この布に、魔力を流してみるの」


「・・・服にする前の布なら、少しくらいならいいんじゃない?」


フィーネは笑った。


ルリエナは布を机の上に置き、両手をそっと添えた。


目を閉じる。

身体の奥にある感覚を探す。

先日、水を動かしたときと同じように、魔力を手のほうへ動かしていく。


ゆっくり。


ほんの少しだけ。


布へ触れたところで、ルリエナは意識を止めた。


「・・・」


何も起こらない。


布は布のままだった。

柔らかさも変わらない。

色も変わらない。

試しに指でつまんでみても、さっきと同じだった。


「どう?」


フィーネが尋ねる。


「・・・分からない」


「そう」


「水は動いたのに」


「水と布は違うからじゃない?」


ルリエナは布を見つめた。

確かにそうかもしれない。

魔法なら何でも同じように使えるわけではない。


では、何が違うのだろう。


水は動いた。

布は動かなかった。

けれど、それだけで「布には魔法が使えない」と決めることもできない。


まだ、自分が知らないだけかもしれない。


「・・・難しい」


「だから、知るのが面白いんじゃない?」


フィーネがそう言って、再び針を動かし始めた。

ルリエナも布へ視線を戻した。

魔力を流しても、布は何も変わらなかった。

それでも、さっきまでとは少し違って見える。


ただの布ではない。


植物の繊維から作られ、糸になり、布になったもの。

そこには、その素材が持っている性質がある。


柔らかさ。

丈夫さ。

伸び方。

熱への強さ。

水への強さ。

そして、もしかすると、魔力との相性もあるのかもしれない。


その日の夕方、ルリエナは庭で革となめしている父のところへ行った。


「お父さん」


「ん?」


「素材って、魔法と関係ある?」


ガルドは少し考えてから、手にしていた革を見た。


「あるものもあるだろうな」


「やっぱり?」


「ああ。ただ、素材そのものが魔法を使うわけじゃない」


「・・・どういうこと?」


ガルドは革をルリエナへ渡した。


「これは?」


「革」


「他には?」


「動物の皮から作ったもの」


「そうだな」


ガルドは革を軽く曲げる。


「こいつは火に強いわけじゃない。水に強いわけでもない。ただ、革には革の性質がある」


「うん」


「その性質を知って、どう使うかを考える。それが素材を扱うってことだ」


ルリエナは革を両手で広げた。

魔力を流してみる。

やはり、何も起こらない。


「じゃあ、魔法は関係ないの?」


「そうとは限らん」


ガルドは笑った。


「魔法で何かをする方法もあるだろうし、魔法を使わずに、素材の性質を利用する方法もある」


「・・・・同じことができるの?」


「似た結果になることはあるだろうな」


その言葉に、ルリエナは顔を上げた。


「似た結果?」


「ああ。たとえば、魔法で熱に強くする方法があるとしても、もともと熱に強い素材を使えば、同じように熱から身を守れるかもしれん」


ルリエナは、手の中の革を見つめた。


魔法を使わなくても。

素材の性質を知れば。

仕立て方を変えれば。

できることがある。


「・・・面白い」


また、その言葉が口から出た。


ガルドは笑った。


「そう思うなら、覚えておけ」


「うん」


家へ戻る道すがら、ルリエナは今日のことを考えていた。


魔法は、何でもできるわけではない。

自分も、まだ何ができるのか分からない。

けれど、魔法を使わなくてもできることはある。

素材には、それぞれ違う性質がある。

その性質を知り、人の身体を知り、どう使うかを考える。

それなら、自分が今までやってきたことも、魔法とは無関係ではないのかもしれない。


ただ、まだ答えは出ない。


魔法と素材。


素材と仕立て。


仕立てと身体。


それぞれ別々に見えていたものが、ほんの少しだけ近づいたような気がする。


ルリエナは自分の手を見つめた。

魔法を使えるようになったからといって、何でもできるわけではない。

むしろ、知らないことが増えた気がする。


でも、それでいい。


知らないものがあるなら、また見ればいい。

触れて、試して、失敗して。

そうして少しずつ、分かるようになっていけばいい。


それが、ルリエナの知り方だった。


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