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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第五章 知るということ

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第十一節 剣を持つということ

顕しの儀を終えてから、レオンは以前よりも木の棒を振る時間が増えた。


朝、村の仕事を手伝ったあとも、暇を見つけては外へ出て、何度も同じ動きを繰り返している。


ルリエナがいつもの場所へ行くと、今日もレオンは木の棒を握っていた。


「エナ、来たか!」


「うん。何してるの?」


「練習!」


レオンはそう答えると、木の棒を構えた。

以前なら勢いだけで振っていたが、今は足の位置を確かめてから動く。踏み出した足に身体を乗せ、腰を回し、それに合わせて腕を動かしていた。

それでも、振り終わったところで身体が少し流れる。


「・・・まだだな」


レオンは自分でそう言って、構え直した。


「今の、前より変わったね」


「かあちゃんが教えてくれた」


「身体の使い方?」


「うん。剣を振る前に、身体がどう動くかを覚えろって」


レオンはもう一度、ゆっくりと棒を振った。


「母さんは、剣を持たないんだよね?」


「ああ。でも、身体の動かし方は俺よりずっと詳しい」


レオンは少し照れたように笑った。


「転び方も、立ち方も、足の使い方も教えてくれる」


ルリエナはレオンの足元を見る。

五歳の頃なら、棒を振った勢いで身体が前へ流れ、そのまま転んでいた。

今は違う。

足が少し開き、重心が下がっている。

身体が流れそうになると、次の足が自然に出る。


「転ばなくなったね」


「転ぶぞ」


レオンは笑った。


「でも、転びそうになったら、前より分かるようになった」


そのとき、村の道から大きな男が歩いてきた。


「レオン」


「とうちゃん!」


レオニスだった。

肩に大きな荷物を担ぎ、腰には長大な大剣を下げている。

ルリエナは、何度見てもその剣の大きさに驚く。


レオニスが腰の剣を抜けば、子どものレオンが持っている木の棒とは比べものにならない。


「また練習していたのか」


「うん!」


「見せてみろ」


レオンは少し緊張したように背筋を伸ばした。


木の棒を構え、何度か斬り下ろす。


レオニスは黙って見ていた。

最後まで見終えると、ゆっくり頷いた。


「前より足が動くようになったな」


「ほんと?」


「ああ。ただ、腕で振ろうとするな」


レオニスは自分の身体を使って、ゆっくりと動きを見せた。


「剣を振るのは腕だけじゃない。足で身体を運び、肩甲骨を回して、その動きが最後に腕へ伝わる」


レオンは真剣な顔で見ている。


「もう一度やってみろ」


レオンが構える。

足を踏み出し、肩甲骨を回し、棒を振る。

さっきよりも身体全体が連動していた。


それでも、まだ動きはぎこちない。


「・・・難しい」


「当然だ。今すぐできる必要はない」


レオニスはそう言って、レオンの肩を軽く叩いた。


「何度もやればいい」


ルリエナは二人のやり取りを見ていた。

剣を振るという一つの動きにも、足があり、体幹があり、肩があり、腕がある。


どこか一つだけを強く動かせばいいわけではない。

全部がつながって、初めて一つの動きになる。


「ねえ、レオン」


「ん?」


「もう一回やってみて」


「いいけど?」


「今度は、ゆっくり」


レオンは不思議そうにしながらも、言われた通りにゆっくりと棒を振った。


ルリエナは、その動きをじっと見る。

足が動く。

股が動く。

体幹で支える。

肩を回す。

腕が伸びる。

棒が振り下ろされる。


「・・・分かった」


「何が?」


「レオン、ここで少し止まってる」


「どこ?」


「股が動いたあと」


レオンが動きを止める。


ルリエナは自分の身体を使って説明した。


「ここで止まるから、そのあと腕だけで振ってる」


「そうなのか?」


レオニスがルリエナを見る。


それからレオンを見て、口元を少し緩めた。


「レオンより、よく分かってるな」


「父さん!」


レオンが不満そうな声を上げる。


「ははっ。悪い悪い」


笑いながらも、レオニスの目はルリエナから離れなかった。


「よく見てるんだな」


「・・・見てるだけです」


「それができるのも才能だ」


ルリエナは少しだけ首を傾げた。


「才能?」


「ああ。身体の動きなんて、見ようと思わなきゃ見えないからな」


そう言われて、ルリエナはレオンを見る。


確かに、ただ剣を振っているように見ていたら、足がどう動いたかなんて気にしない。


でも、服を作るときには違う。

どこが引っ張られているのか。

どこに余裕があるのか。

どこで布が身体の動きを邪魔しているのか。


それを知るには、身体そのものを見なければならない。


「・・・もっと、見ないと」


「ん?」


「レオンがどう動いてるのか。もっとちゃんと見ないと、分からないから」


レオニスは一度だけ頷いた。


「そうだな。知りたいなら、よく見ることだ」


その言葉を聞いて、ルリエナも頷いた。


レオンは再び木剣を構える。


「じゃあ、止まらないようにやってみる」


今度は足から身体が動き、そのまま股関節、肩、腕へと流れていく。


まだ上手くはいかない。

けれど、さっきよりも自然だった。


「どう?」


「うん。さっきよりいい」


「よし!」


レオンが嬉しそうに笑う。


レオニスも満足そうに頷いた。


「自分の身体がどう動いているのかを知るのは大事だ。剣術があるからといって、それだけで剣が上手く扱えるわけじゃない。自分で考えて、身体に覚えさせるんだ」


ルリエナは、その言葉を聞いていた。


それは仕立ても同じだった。

布の名前を知っているだけでは服は作れない。

身体の形を知っているだけでも足りない。

実際に動いてみて、どこが引っ張られるのかを確かめる。

素材を触り、形を変え、もう一度試す。

知ったことを使って、身体で確かめる。


「剣術も、仕立ても似てるね」


ルリエナが呟く。


「どこが?」


レオンが聞く。


「知ってるだけじゃ、できないところ」


レオンは少し考えてから、笑った。


「じゃあ、俺ももっとやらないとな」


「私も」


二人は顔を見合わせた。


レオンは木の棒を握り直す。


ルリエナは、その動きをもう一度見つめる。


剣を持つ人間が、どう身体を動かすのか。


それを知ることは、ルリエナにとって新しい発見だった。


そしていつか、自分が作る服や装備が、その動きを邪魔しないようにするためには、もっとたくさんのことを知らなければならない。


ルリエナはそう思いながら、もう一度レオンの足元へ目を向けた。


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