↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第五章 知るということ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/61

第十節 素材の名前

翌朝、ガルドは昨日採ってきた素材を、家の外に並べていた。

薬草や木の皮、いくつかの木の実。それから、袋の奥には小さく折り畳まれた革も入っている。


ルリエナは作業台の前にしゃがみ込み、一つずつ眺めていた。


「これ、昨日の?」


「ああ。使うものと、しばらく置いておくものに分けてる」


ガルドは革を一枚取り出し、日の光にかざした。


「これはまだ乾燥が足りない。急いで使うと、あとで縮むぞ」


ルリエナも革を手に取った。

表面には細かな皺があり、触ると少しひんやりしている。


「鑑定してみてもいい?」


「もちろん」


ルリエナは革を見つめた。


「・・・鑑定」


頭の中に言葉が浮かぶ。


革。

動物素材。


それだけだった。


「やっぱり、それだけか」


「うん」


ルリエナは革を裏返した。


「でも、お父さんはこれがまだ使えないって分かるんだよね?」


「ああ」


「どうして?」


ガルドは革を受け取り、指先で端を軽く折った。


「触れば分かる」


革を曲げ、戻す。


「まだ水分が残ってる。表面も少し重い。乾けばもっと軽くなるし、硬さも変わる」


ルリエナも真似をして革を曲げてみた。

確かに、昨日まで扱ってきた革とは感触が違う。


「鑑定には出ないね」


「出る必要がないからな」


「必要がない?」


「革だってことが分かれば、それで終わりじゃないだろ?」


ガルドは革を広げた。


「何の革か。どこから取ったものか。どう処理したか。どれくらい乾いているか。傷はあるか。どんな使い方ができるか。そういうのは、実際に見たり触ったりしないと分からない」


ルリエナは革を見つめた。

確かに、その通りだった。

鑑定が教えてくれたのは「革」という名前だけ。

けれど、自分が知りたいのは、その先にあるものだった。


「じゃあ、鑑定って名前を教えてくれるだけなの?」


「今のお前なら、だいたいそう思っていい」


ガルドは笑った。


「ただ、名前が分かるってのも大事なことだぞ」


「どうして?」


「知らないものを知らないまま扱うのは危ないからだ」


ガルドは別の革を取り出した。


「これとさっきの革、同じに見えるか?」


ルリエナは二枚を並べて見た。

色も大きくは変わらない。

厚みも似ている。

けれど、触ってみると違いがあった。


「こっちは柔らかい」


「そうだな」


「それに、こっちの方が戻るのが早い」


「よく分かったな」


ルリエナは少し嬉しくなった。


「これなら、膝当てに使えるかも」


「どうしてそう思った?」


「曲げても戻るから。膝を曲げたり伸ばしたりしても、形が崩れにくそう」


ガルドは満足そうに頷いた。


「そういうことだ」


ルリエナは二枚の革を見比べた。

鑑定では、どちらも「革」としか分からない。

でも、自分で触れば違いが分かる。

名前は同じでも、中身は同じではない。


「・・・素材って面白いね」


「そうか?」


「うん。名前が同じでも、使い方が違うんだ」


ガルドは少し考えるように革を見た。


「だから、素材を扱う仕事は面白いんだ」


その言葉を聞いて、ルリエナは父の顔を見上げた。


「お父さんは、素材の名前をいっぱい知ってるの?」


「ああ。けど、それだけじゃない」


ガルドは少し笑った。


「名前を知ったら、次はその素材が何をしてくれるのかを知るんだ」


「何をしてくれるの?」


「硬いものなら、硬さが必要なところで役に立つ。柔らかいものなら、身体に合わせることができる。軽いものなら持ち運びやすい。熱に強いものもあれば、水に強いものもある」


ガルドは革を指先で叩いた。


「素材には、それぞれ得意なことがある」


ルリエナは、その言葉を聞いて目を輝かせた。


それは人にも少し似ている気がした。


レオンには《剣術》があり、身体を動かすことに向いている。

自分には《裁縫》があり、布や糸を扱うことが好きだ。

素材にも、それぞれ向いていることがある。


「じゃあ、素材にも得意なことがあるんだ」


「ああ」


ガルドは頷いた。


「だから、素材を選ぶときは名前だけじゃなくて、その素材が何に向いてるかを見る」


ルリエナは二枚の革をもう一度触った。

柔らかさ。

厚み。

戻り方。

表面の傷。


今までなら「革」と呼んで終わっていたものが、少しずつ細かく分かれて見えてくる。


「鑑定って、最初の一歩なんだね」


「そういうことだ」


ガルドは革を片付けながら笑った。


「名前を知って、そこから自分で知っていく」


ルリエナは頷いた。

鑑定で分かったことを覚えるだけでは、素材を知ったことにはならない。

触って、比べて、使ってみる。

失敗すれば、また見る。

そうして初めて、「革」という一つの名前の中に、たくさんの違いがあることが分かってくる。


ルリエナは作業台に残った二枚の革を眺めた。

どちらも革。


けれど、同じではない。


その違いが分かることが、少し嬉しかった。


そしていつか、自分だけの目で素材を選べるようになりたいと思った。


その日の午後、ルリエナは母の仕立て場で、二枚の革を並べながら、どちらを膝当てに使えばいいかを考えていた。


鑑定では、どちらもただの「革」だった。


けれどルリエナには、もう少し違って見えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。