↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第五章 知るということ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/61

第八節 父の仕事

翌朝、ガルドはいつもより早く支度をしていた。

腰には採取用の小さなナイフと袋を下げ、背負い袋には縄や布、いくつかの道具が収められている。


「今日は森へ行くぞ」


朝食を終えたルリエナに、ガルドが声をかけた。


「いつもの森?」


「ああ。少し奥まで行くが、危ないところには入らない」


「私も行っていい?」


ガルドは一瞬だけルリエナを見た。


「鑑定を覚えたばかりだったな」


「うん」


「なら、今日はそれも使ってみるか」


「うん!」


家を出ると、朝の空気はまだ少し冷たかった。

二人は村を抜け、いつもの道を森へ向かって歩いていく。


ルリエナにとって、この道はもう珍しいものではない。五歳の頃から何度も父についてきた場所であり、木々の間にどんな植物が生えているのかも、少しずつ覚えてきた。


けれど今日は、いつもと少しだけ見え方が違った。

目の前にある植物を見れば、鑑定を使ってみたくなる。


「お父さん、あれは?」


「あれは薬草だ」


「鑑定していい?」


「やってみろ」


 ルリエナは植物に目を向けた。


「・・・鑑定」


頭の中に言葉が浮かぶ。


薬草。

植物。


「薬草だって」


「そうだな。これはバムの草。身体を温める作用がある」


ガルドはそのまま通り過ぎた。


「・・・採らないの?」


「これは採らない」


「鑑定で薬草だって分かったのに?」


「分かったことと、採ることは別だ」


ルリエナは足を止めた。


「別?」


ガルドは振り返り、少し離れたところに生えている別の植物を指差した。


「採取ってのは、見つけたものを何でも持って帰ればいいって仕事じゃない。必要なものを必要なだけ採る。まだ小さいものなら残すし、今は使わないものなら、そのままにしておく」


「・・・分かった」


ルリエナはもう一度、さっきの薬草を見る。

鑑定では「薬草」と分かった。

けれど、それだけでは「採る理由」までは分からない。


それが少し面白かった。


「じゃあ、今日は何を採るの?」


「それを探しに来たんだ」


ガルドは笑いながら先へ進んだ。


しばらく歩くと、ガルドが足を止めた。

倒木の根元に、小さな植物がまとまって生えている。


「これだ」


ルリエナもしゃがみ込んだ。

葉の形を見る。

茎の色を見る。

葉の裏側も確かめる。


以前なら父に名前を教えてもらうところだが、今日はまず自分で考えてみた。


「・・・鑑定」


結果が浮かぶ。


薬草。


ルリエナは首を傾げた。


「さっきのと同じ、バムの草?」


「同じ薬草だな」


「でも、こっちは採るの?」


「ああ」


「どうして?」


ガルドはしゃがみ込み、植物の根元を指で示した。


「こっちは十分に育ってる。それに、今必要な量もここで取れる」


ルリエナは植物を見る。


同じ「薬草」でも、育ち方が違う。


さっきのものはまだ小さかった。


こちらは葉も大きく、茎もしっかりしている。


「鑑定だけじゃ、そこまでは分からないんだね」


「そういうことだ」


ガルドはナイフを取り出した。


「鑑定は便利だ。でも、素材を扱う人間なら、それだけじゃ足りない」


根元を傷つけないように刃を入れ、必要な部分だけを切り取る。


「見ることも、触ることも、匂いを嗅ぐこともある。季節や場所も覚えておく。そういうのを全部合わせて、素材を見るんだ」


ルリエナは父の手元をじっと見つめた。


採る場所。

採る量。

育ち具合。

傷の有無。

同じ植物でも、一つ一つ違っている。


「私もやってみたい」


「じゃあ、やってみろ」


ガルドは別の株を指した。


「ただし、採る前にちゃんと見ろ」


ルリエナはその植物の前にしゃがみ込んだ。

葉を見て、茎を触る。

土の湿り気を確かめ、周囲に同じ植物がどれくらいあるのかも見る。


それから、鑑定を使った。


やはり薬草だった。


「これなら採っていい?」


「どうしてそう思った?」


「葉が大きくて、茎もしっかりしてる。それに、ここには同じのがたくさんあるから・・・一つ採っても大丈夫かなって」


ガルドは満足そうに頷いた。


「よく見たな」


ルリエナはナイフを受け取った。

教えられた通り、根を残して必要な部分だけを切り取る。


「できた」


「うん。上出来だ」


ルリエナは手の中の薬草を眺めた。


鑑定で名前を知る。


自分の目で状態を見る。


父に教えてもらったことと照らし合わせる。


そうすると、同じ「薬草」という言葉でも、少しずつ違うものが見えてくる。


さらに森の奥へ進むと、ガルドはいくつかの素材を見つけては、必要なものだけを採っていった。

ルリエナもそのたびに鑑定を使ったが、結果は思ったほど多くなかった。


薬草。

食用の実。

木の皮。


それぞれの名前が分かるだけで、どんな場所で育ち、いつ採るのがいいのかまでは教えてくれない。


それでも、鑑定が役に立たないとは思わなかった。

知らないものの正体を知るきっかけになる。

そこから先を知るには、自分で見る必要がある。


森を歩きながら、ルリエナはそのことを少しずつ理解していった。


昼近くになり、二人は開けた場所で休憩を取った。

ガルドが背負い袋から水筒を取り出す。


「どうだ?」


「何が?」


「鑑定を使ってみて」


ルリエナは少し考えた。


「便利だけど、思ってたより分からないことが多い」


「ははっ」


ガルドが笑う。


「そうだろうな」


「でも、分からないから面白いんだよね」


ルリエナがそう言うと、ガルドは少しだけ目を細めた。


「そうか」


「うん。分からないものがあったら、見て、触って、どうしてなのか考えればいいんだよね?」


「ああ」


ガルドは水筒をしまいながら答えた。


「知りたいと思うなら、いくらでも見るといい。ただし、森では分からないものに勝手に触るなよ」


「うん」


ルリエナは素直に頷いた。


帰り道、ルリエナは何度も立ち止まった。


道端の草を見て、木の皮を見て、落ちている枝を拾い上げる。

そのたびに鑑定を使うわけではない。


まず自分の目で見る。


それから、知りたければ鑑定する。


鑑定で分かったことと、自分で感じたことを比べてみる。


そんなことを繰り返しているうちに、村へ戻る頃には、朝よりもずっと多くのものを見たような気がしていた。

隣を歩く父の背負い袋には、今日採った素材が入っている。

ルリエナはそれを見ながら、ふと思った。


父は毎日、こうやって森を見ている。


名前を知っているだけではなく、季節を知り、場所を知り、素材の状態を知って、その中から必要なものを選んでいる。


それは、ただ物を採る仕事ではない。


森を知る仕事なのだ。


そう思うと、今まで何度も見てきた父の背中が、少し違って見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。