第七節 初級鑑定
顕しの儀を終えた翌日から、ルリエナは何かを見るたびに、昨日教わったことを思い出すようになった。
魔法を使えるようになったことも、自分の中に《裁縫》の適性があると分かったことも嬉しかったが、それ以上に気になっていたのが、初めて使った《鑑定》だった。
目で見ているものが、頭の中に言葉として浮かぶ。
あれは、いったいどこまで分かるのだろう。
朝の仕立て仕事を終えたフィーネが片付けを始める横で、ルリエナは作業台の上に置かれていた布を一枚手に取った。
「・・・鑑定」
意識を向ける。
すると、頭の中に言葉が浮かんだ。
布。
植物繊維。
「・・・植物繊維?」
ルリエナは布を指先で撫でた。
確かに、母からこれは植物の繊維を糸にしたものだと聞いている。けれど、それだけだった。
「どうしたの?」
フィーネが振り返る。
「鑑定してみたの」
「あら。何て出たの?」
「布と、植物繊維って」
「そう」
フィーネは布を覗き込む。
「それなら、ちゃんと見えてるわね」
「でも・・・これだけ?」
「初級鑑定なんだから、そんなものよ」
フィーネは笑いながら、布を受け取った。
「触ってみれば、もっと分かるでしょう?」
「うん」
ルリエナはもう一度布を手にした。
厚みを確かめ、指先で表面を撫でる。少し引っ張ってみれば伸び方が分かり、布を折れば張りの強さも感じられる。
鑑定で分かったのは「布」と「植物繊維」。
けれど、自分の手で確かめれば、もっとたくさんのことが分かる。
ルリエナは少し考えた。
「鑑定って、見れば全部分かるものじゃないんだね」
「そうみたいね」
フィーネは針に糸を通しながら答えた。
「私も子どもの頃に洗礼を受けたとき、鑑定は使えるようになったけれど、今でも分からないことはたくさんあるわ」
「お母さんも?」
「もちろん」
意外だった。
ルリエナの知る母は、布を見ただけで使い道を考え、糸の太さや針の種類まで迷わず選ぶ。そんな母でも、鑑定だけですべてを知っているわけではない。
「じゃあ、お母さんはどうやって分かるの?」
「触って、見て、使ってきたからよ」
フィーネはそう言って、手元の布を軽く引いた。
「何年も触っていれば、厚みや張りだけでも、だいたいのことは分かるようになるものよ」
ルリエナはその言葉を聞いて、自分の指先を見た。
鑑定で得られるものと、自分自身が積み重ねてきたもの。
同じ「知る」でも、方法が違う。
それが少し面白かった。
「じゃあ、ほかのものもやってみる」
「ほどほどにね。仕事の邪魔にならないように」
「うん」
ルリエナは作業台の端に置かれていた革の切れ端を手に取った。
「鑑定」
今度はすぐに結果が浮かぶ。
革。
動物素材。
それだけだった。
ルリエナは革を曲げ、表面を指で押した。
少し硬い。
けれど、力を抜けば元に戻る。
厚みもある。
膝当てに使うなら悪くない。
しかし鑑定には、そこまでは出てこない。
「・・・やっぱり」
ルリエナは革を置いた。
「自分で見た方が分かることもある」
その言葉に、フィーネが微笑む。
「そういうこと」
それからルリエナは、家の中にあるいろいろなものを鑑定してみた。
木の椅子。
鉄の鍋。
糸。
針。
どれも基本的なことしか分からない。
木。
鉄。
植物繊維。
金属。
道具。
目で見れば分かるようなものばかりだった。
それでも、ルリエナは不思議と飽きなかった。
鑑定を使うたびに、頭の中に知らなかった言葉が浮かぶ。
そして、その結果を自分の知識と照らし合わせる。
これは合っている。
これは知っている。
これは、鑑定では分からない。
そうやって繰り返しているうちに、少しずつ鑑定というものの形が見えてきた。
便利ではある。
けれど、それだけに頼ることはできない。
自分で見て、触って、考えることも必要になる。
それは、仕立てをするときと同じだった。
布の名前を知っているだけでは、服は作れない。
革の種類を知っているだけでも、身体に合うものは作れない。
知ったことを使って、実際に手を動かす。
失敗すれば、もう一度考える。
そうして初めて、知っていることが自分のものになる。
ルリエナは、机の上に置かれた布をもう一度手に取った。
今度は鑑定を使わず、指先だけで確かめる。
厚み。
張り。
柔らかさ。
そして、引っ張ったときの戻り方。
昨日までと同じ布なのに、少しだけ違って見える気がした。
鑑定で知ったことが、目の前のものを見るきっかけになっている。
「・・・面白い」
ルリエナが呟くと、フィーネが顔を上げた。
「何が?」
「知ると、もっと知りたくなる」
フィーネは一瞬だけ目を細め、それから優しく笑った。
「そうね」
その日の午後、ルリエナは鑑定を使うことで何が分かるかを覚えた。
けれど同時に、鑑定だけでは分からないことがあることも知った。
それは、七歳になったばかりのルリエナにとって、最初の小さな発見だった。




