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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第五章 知るということ

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第七節 初級鑑定

顕しの儀を終えた翌日から、ルリエナは何かを見るたびに、昨日教わったことを思い出すようになった。


魔法を使えるようになったことも、自分の中に《裁縫》の適性があると分かったことも嬉しかったが、それ以上に気になっていたのが、初めて使った《鑑定》だった。


目で見ているものが、頭の中に言葉として浮かぶ。


あれは、いったいどこまで分かるのだろう。


朝の仕立て仕事を終えたフィーネが片付けを始める横で、ルリエナは作業台の上に置かれていた布を一枚手に取った。


「・・・鑑定」


意識を向ける。

すると、頭の中に言葉が浮かんだ。


布。

植物繊維。


「・・・植物繊維?」


ルリエナは布を指先で撫でた。


確かに、母からこれは植物の繊維を糸にしたものだと聞いている。けれど、それだけだった。


「どうしたの?」


フィーネが振り返る。


「鑑定してみたの」


「あら。何て出たの?」


「布と、植物繊維って」


「そう」


フィーネは布を覗き込む。


「それなら、ちゃんと見えてるわね」


「でも・・・これだけ?」


「初級鑑定なんだから、そんなものよ」


フィーネは笑いながら、布を受け取った。


「触ってみれば、もっと分かるでしょう?」


「うん」


ルリエナはもう一度布を手にした。

厚みを確かめ、指先で表面を撫でる。少し引っ張ってみれば伸び方が分かり、布を折れば張りの強さも感じられる。


鑑定で分かったのは「布」と「植物繊維」。

けれど、自分の手で確かめれば、もっとたくさんのことが分かる。


ルリエナは少し考えた。


「鑑定って、見れば全部分かるものじゃないんだね」


「そうみたいね」


フィーネは針に糸を通しながら答えた。


「私も子どもの頃に洗礼を受けたとき、鑑定は使えるようになったけれど、今でも分からないことはたくさんあるわ」


「お母さんも?」


「もちろん」


意外だった。

ルリエナの知る母は、布を見ただけで使い道を考え、糸の太さや針の種類まで迷わず選ぶ。そんな母でも、鑑定だけですべてを知っているわけではない。


「じゃあ、お母さんはどうやって分かるの?」


「触って、見て、使ってきたからよ」


フィーネはそう言って、手元の布を軽く引いた。


「何年も触っていれば、厚みや張りだけでも、だいたいのことは分かるようになるものよ」


ルリエナはその言葉を聞いて、自分の指先を見た。

鑑定で得られるものと、自分自身が積み重ねてきたもの。


同じ「知る」でも、方法が違う。


それが少し面白かった。


「じゃあ、ほかのものもやってみる」


「ほどほどにね。仕事の邪魔にならないように」


「うん」


ルリエナは作業台の端に置かれていた革の切れ端を手に取った。


「鑑定」


今度はすぐに結果が浮かぶ。


革。

動物素材。


それだけだった。


ルリエナは革を曲げ、表面を指で押した。

少し硬い。

けれど、力を抜けば元に戻る。

厚みもある。

膝当てに使うなら悪くない。

しかし鑑定には、そこまでは出てこない。


「・・・やっぱり」


ルリエナは革を置いた。


「自分で見た方が分かることもある」


その言葉に、フィーネが微笑む。


「そういうこと」


それからルリエナは、家の中にあるいろいろなものを鑑定してみた。


木の椅子。

鉄の鍋。

糸。

針。


どれも基本的なことしか分からない。


木。

鉄。

植物繊維。

金属。

道具。


目で見れば分かるようなものばかりだった。

それでも、ルリエナは不思議と飽きなかった。

鑑定を使うたびに、頭の中に知らなかった言葉が浮かぶ。

そして、その結果を自分の知識と照らし合わせる。


これは合っている。

これは知っている。

これは、鑑定では分からない。


そうやって繰り返しているうちに、少しずつ鑑定というものの形が見えてきた。


便利ではある。


けれど、それだけに頼ることはできない。

自分で見て、触って、考えることも必要になる。


それは、仕立てをするときと同じだった。

布の名前を知っているだけでは、服は作れない。

革の種類を知っているだけでも、身体に合うものは作れない。

知ったことを使って、実際に手を動かす。

失敗すれば、もう一度考える。


そうして初めて、知っていることが自分のものになる。


ルリエナは、机の上に置かれた布をもう一度手に取った。

今度は鑑定を使わず、指先だけで確かめる。


厚み。

張り。

柔らかさ。

そして、引っ張ったときの戻り方。


昨日までと同じ布なのに、少しだけ違って見える気がした。

鑑定で知ったことが、目の前のものを見るきっかけになっている。


「・・・面白い」


ルリエナが呟くと、フィーネが顔を上げた。


「何が?」


「知ると、もっと知りたくなる」


フィーネは一瞬だけ目を細め、それから優しく笑った。


「そうね」


その日の午後、ルリエナは鑑定を使うことで何が分かるかを覚えた。

けれど同時に、鑑定だけでは分からないことがあることも知った。


それは、七歳になったばかりのルリエナにとって、最初の小さな発見だった。


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