第六節 レオン
町から戻った翌日、ルリエナがいつもの場所へ向かうと、すでにレオンが来ていた。
村の外れにある開けた場所で、レオンは一本の木の棒を手にしている。五歳の頃から何度も見てきた光景だったが、以前とは少し違っていた。
棒を振り下ろしたあと、レオンはその勢いを殺さずに身体を回し、足を踏み替える。そのまま一歩下がって距離を取り、今度は低い姿勢から棒を突き出した。
「エナ!」
ルリエナに気づくと、レオンが振り返った。
「おはよう、レオン」
「昨日、町から帰ってきたんだろ?」
「うん」
レオンは棒を肩に担いだまま、興味深そうにルリエナを見る。
「どうだった?」
「すごかったよ。人がいっぱいいて、知らない店もいっぱいあった」
ルリエナが話し始めると、レオンも楽しそうに聞いていたが、しばらくすると何かを思い出したように口を開いた。
「俺もこの前、顕しの儀をやったんだ」
「そうなの?」
「うん」
レオンは少し誇らしそうに胸を張った。
「《剣術》があるんだって」
「剣術・・・」
「父さんと同じだ」
その言葉には、嬉しさがそのまま滲んでいた。
レオンが木の棒を握り直す。
「だから、俺も父さんみたいになれるかな」
「レオンのお父さんみたいに?」
「うん。冒険者になって、剣を持って、いろんなところへ行くんだ」
五歳の頃にも聞いた夢だった。
けれど、あの頃はただ「父親のようになりたい」という憧れが先にあった。今はそこに、自分自身の名前が付いたように感じる。
「《剣術》があるなら、きっとできるよ」
ルリエナがそう言うと、レオンは少し考えるように黙った。
「・・・でも、それだけじゃないんだって」
「え?」
「父さんが言ってた。剣術があるからって、剣が勝手に強くなるわけじゃないって」
レオンは木の棒を見下ろした。
「いっぱい振って、身体を動かして、失敗して、それで上手くなるんだって」
ルリエナは、その言葉を聞いて少し嬉しくなった。
それは自分が母や父から教わってきたことと、よく似ている。
「じゃあ、これからもっと練習するの?」
「する」
返事だけは迷いがなかった。
「でも、剣だけじゃなくて、身体の使い方ももっと覚えたい」
「身体の使い方?」
「かあちゃんが教えてくれてるんだ。転びそうになったときにどうするかとか、身体をどう動かしたら転ばないかとか」
レオンはそう言いながら、先ほどまでの動きをもう一度見せた。
踏み出した足に身体を乗せ、次の一歩へ重心を移す。以前なら勢いのまま前へ倒れていたような動きでも、今は身体を支える場所を自分で探している。
ルリエナは、その動きをじっと見ていた。
「前より上手になったね」
「だろ?」
レオンが嬉しそうに笑う。
「かあちゃんに何度も転ばされたからな」
「転ばされたの?」
「うん。転び方を覚えるには、転ばないと分からないって」
その言葉に、ルリエナは思わず笑った。
「それ、レオンのお母さんらしいね」
「だろ?」
二人で笑う。
しばらくして、レオンが木の棒を地面に立てかけた。
「なあ、エナはどうだった?」
「私?」
「顕しの儀。何があった?」
ルリエナは少し考えてから答えた。
「私は、《裁縫》があるんだって」
「やっぱりな」
レオンは即座に言った。
「なんで?」
「だってエナ、ずっと服作ってるじゃん」
「そうだけど・・・」
「それに、俺の膝当ても作ったし」
レオンは自分の膝を叩いた。
そこには、今もルリエナが作った膝当てが付いている。何度も使ったせいで傷や汚れが増えているが、まだしっかりと形を保っていた。
「これ、まだ使えるんだ」
「うん。何回か直してるけどね」
「じゃあ、やっぱりエナは服を作る人になるんだな」
何気なく言われた言葉だった。
けれど、ルリエナは少しだけ考えた。
服を作る。
それは五歳のとき、自分が初めて口にした夢だった。
あの頃は、ただ服を作りたいと思った。
けれど今は、少し違う。
「・・・うん」
ルリエナは頷いた。
「私は、服を作りたい」
「どんな服?」
ルリエナは、すぐには答えなかった。
レオンが走る姿を思い出す。
膝を曲げたときに布が引っ張らないように。
身体を捻ったときに邪魔にならないように。
転んでも、できるだけ身体を守れるように。
「動きやすい服」
「動きやすい?」
「うん。走ったり、しゃがんだり、腕を上げたりしても邪魔にならない服。レオンみたいに冒険者になる人にも、ちゃんと動ける服を作りたい」
レオンはしばらく黙ってルリエナを見ていた。
やがて、にっと笑う。
「じゃあ、俺が試すよ」
「え?」
「エナが作った服を着て、いっぱい動いてみる。走ったり、剣を振ったり、転んだりしてみれば、どこが動きにくいか分かるだろ?」
ルリエナは目を瞬いた。
「・・・それ、いいね」
「だろ?」
レオンは嬉しそうに笑った。
「俺は冒険者になる。エナは服を作る。だったら、俺がエナの服を着ればいい」
その言葉を聞いて、ルリエナも笑った。
「じゃあ、もっと良い服を作らないとね」
「おう!」
レオンが木の棒を拾い上げる。
「そのためにも、俺はもっと強くなる」
「私は、もっと上手に作れるようになる」
二人は顔を見合わせた。
五歳の頃に話した夢は、まだ変わっていない。
けれど今は、そこへ向かうために何をすればいいのかが、少しだけ見えるようになっていた。
レオンは剣を振る。
ルリエナは服を作る。
どちらも、まだ始まったばかりだ。
それでも、昨日まで知らなかった自分の中の可能性を知ったことで、二人の道は少しだけ形を持ちはじめていた。




