↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第五章 知るということ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/61

第六節 レオン

町から戻った翌日、ルリエナがいつもの場所へ向かうと、すでにレオンが来ていた。

村の外れにある開けた場所で、レオンは一本の木の棒を手にしている。五歳の頃から何度も見てきた光景だったが、以前とは少し違っていた。

棒を振り下ろしたあと、レオンはその勢いを殺さずに身体を回し、足を踏み替える。そのまま一歩下がって距離を取り、今度は低い姿勢から棒を突き出した。


「エナ!」


ルリエナに気づくと、レオンが振り返った。


「おはよう、レオン」


「昨日、町から帰ってきたんだろ?」


「うん」


レオンは棒を肩に担いだまま、興味深そうにルリエナを見る。


「どうだった?」


「すごかったよ。人がいっぱいいて、知らない店もいっぱいあった」


ルリエナが話し始めると、レオンも楽しそうに聞いていたが、しばらくすると何かを思い出したように口を開いた。


「俺もこの前、顕(あらわ)しの儀をやったんだ」


「そうなの?」


「うん」


レオンは少し誇らしそうに胸を張った。


「《剣術》があるんだって」


「剣術・・・」


「父さんと同じだ」


その言葉には、嬉しさがそのまま滲んでいた。


レオンが木の棒を握り直す。


「だから、俺も父さんみたいになれるかな」


「レオンのお父さんみたいに?」


「うん。冒険者になって、剣を持って、いろんなところへ行くんだ」


五歳の頃にも聞いた夢だった。


けれど、あの頃はただ「父親のようになりたい」という憧れが先にあった。今はそこに、自分自身の名前が付いたように感じる。


「《剣術》があるなら、きっとできるよ」


ルリエナがそう言うと、レオンは少し考えるように黙った。


「・・・でも、それだけじゃないんだって」


「え?」


「父さんが言ってた。剣術があるからって、剣が勝手に強くなるわけじゃないって」


レオンは木の棒を見下ろした。


「いっぱい振って、身体を動かして、失敗して、それで上手くなるんだって」


ルリエナは、その言葉を聞いて少し嬉しくなった。

それは自分が母や父から教わってきたことと、よく似ている。


「じゃあ、これからもっと練習するの?」


「する」


返事だけは迷いがなかった。


「でも、剣だけじゃなくて、身体の使い方ももっと覚えたい」


「身体の使い方?」


「かあちゃんが教えてくれてるんだ。転びそうになったときにどうするかとか、身体をどう動かしたら転ばないかとか」


レオンはそう言いながら、先ほどまでの動きをもう一度見せた。

踏み出した足に身体を乗せ、次の一歩へ重心を移す。以前なら勢いのまま前へ倒れていたような動きでも、今は身体を支える場所を自分で探している。


ルリエナは、その動きをじっと見ていた。


「前より上手になったね」


「だろ?」


レオンが嬉しそうに笑う。


「かあちゃんに何度も転ばされたからな」


「転ばされたの?」


「うん。転び方を覚えるには、転ばないと分からないって」


その言葉に、ルリエナは思わず笑った。


「それ、レオンのお母さんらしいね」


「だろ?」


二人で笑う。


しばらくして、レオンが木の棒を地面に立てかけた。


「なあ、エナはどうだった?」


「私?」


「顕しの儀。何があった?」


ルリエナは少し考えてから答えた。


「私は、《裁縫》があるんだって」


「やっぱりな」


レオンは即座に言った。


「なんで?」


「だってエナ、ずっと服作ってるじゃん」


「そうだけど・・・」


「それに、俺の膝当ても作ったし」


レオンは自分の膝を叩いた。

そこには、今もルリエナが作った膝当てが付いている。何度も使ったせいで傷や汚れが増えているが、まだしっかりと形を保っていた。


「これ、まだ使えるんだ」


「うん。何回か直してるけどね」


「じゃあ、やっぱりエナは服を作る人になるんだな」


何気なく言われた言葉だった。

けれど、ルリエナは少しだけ考えた。


服を作る。


それは五歳のとき、自分が初めて口にした夢だった。

あの頃は、ただ服を作りたいと思った。

けれど今は、少し違う。


「・・・うん」


ルリエナは頷いた。


「私は、服を作りたい」


「どんな服?」


ルリエナは、すぐには答えなかった。


レオンが走る姿を思い出す。

膝を曲げたときに布が引っ張らないように。

身体を捻ったときに邪魔にならないように。

転んでも、できるだけ身体を守れるように。


「動きやすい服」


「動きやすい?」


「うん。走ったり、しゃがんだり、腕を上げたりしても邪魔にならない服。レオンみたいに冒険者になる人にも、ちゃんと動ける服を作りたい」


レオンはしばらく黙ってルリエナを見ていた。


やがて、にっと笑う。


「じゃあ、俺が試すよ」


「え?」


「エナが作った服を着て、いっぱい動いてみる。走ったり、剣を振ったり、転んだりしてみれば、どこが動きにくいか分かるだろ?」


ルリエナは目を瞬いた。


「・・・それ、いいね」


「だろ?」


 レオンは嬉しそうに笑った。


「俺は冒険者になる。エナは服を作る。だったら、俺がエナの服を着ればいい」


その言葉を聞いて、ルリエナも笑った。


「じゃあ、もっと良い服を作らないとね」


「おう!」


レオンが木の棒を拾い上げる。


「そのためにも、俺はもっと強くなる」


「私は、もっと上手に作れるようになる」


二人は顔を見合わせた。


五歳の頃に話した夢は、まだ変わっていない。


けれど今は、そこへ向かうために何をすればいいのかが、少しだけ見えるようになっていた。


レオンは剣を振る。


ルリエナは服を作る。


どちらも、まだ始まったばかりだ。


それでも、昨日まで知らなかった自分の中の可能性を知ったことで、二人の道は少しだけ形を持ちはじめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。