第三節 農家のおばさんの仕立て
昼下がり。
フィーネが仕立て台に向かっていると、家の扉が開いた。
「フィーネ、いるかい?」
「あら、こんにちは」
入ってきたのは、村の農家のおばさんだった。
両手には、畑仕事で使う籠と、畳んだ布を抱えている。
「悪いね。ちょっと頼みたいことがあってさ」
「仕立て?」
「そうなんだよ」
おばさんは布を仕立て台の上に置いた。
「今の服もまだ着られるんだけどね。畑で動いてると、どうにもここが気になってさ」
そう言って、腰のあたりを軽くつまむ。
「しゃがむと突っ張るし、腕を上げると肩も引っ張られるんだよ」
「なるほどね」
フィーネは布を広げながら頷いた。
「いつも畑仕事で使っている服だから、動きやすい方がいいわね」
「そうそう。見た目は普通でいいんだ。とにかく動きやすければ助かるよ」
「分かったわ。身体に合わせて調整してみましょう」
フィーネはおばさんの身体に布を当てながら、肩幅や袖の長さを確かめていく。
ルリエナは少し離れたところから、その様子を眺めていた。
おばさんは、以前から何度もこの家に来ている。
畑へ向かう姿も見たことがある。
鍬を持つとき。
苗を植えるとき。
籠を持ち上げるとき。
土の上にしゃがみ込むとき。
ルリエナは、いつも何となく目で追っていた。
フィーネが布を身体に当てたまま、袖を持ち上げる。
「腕を上げてみてください」
「こうかい?」
おばさんが両腕を上げる。
フィーネが肩のあたりを見た。
「・・・ここね」
布が肩の上で少し引っ張られている。
フィーネが印をつけようとしたとき、ルリエナが口を開いた。
「お母さん」
「なあに?」
「そこだけじゃないと思う」
フィーネが振り返る。
「どうして?」
「畑で腕を上げるとき、おばさんは肩だけじゃなくて、身体も少し前に出すから」
「・・・そうね」
フィーネはおばさんを見る。
「普段は、どんな作業をしているの?」
「苗を植えたり、籠を運んだり。あとは鍬を使ったりだね」
「鍬を使うときは?」
「こうやって・・・」
おばさんがその場で身体を動かしてみせる。
両手を前へ伸ばし、鍬を振り下ろすように腕を動かした。
その瞬間、ルリエナの目が動いた。
「やっぱり」
「何が?」
「腕だけじゃなくて、背中も動いてる」
ルリエナは自分の身体で真似をする。
腕を前へ伸ばし、少し身体を前へ倒す。
「ここが動くから・・・服も一緒に動いた方がいいと思う」
フィーネは娘の動きをじっと見た。
それから、おばさんの背中へ目を向ける。
「なるほどね」
フィーネは布を持ち直した。
「肩を広げるだけじゃなくて、背中側にも少し余裕を作ってみましょうか」
「そんなところまで見るのかい?」
おばさんが驚いたように言う。
「この子、最近こういうところをよく見ているのよ」
フィーネは笑った。
「私より先に気づくこともあるくらい」
「へえ・・・」
おばさんはルリエナを見る。
ルリエナは少し照れながら、視線を布へ戻した。
「それと、腰も」
「腰?」
「しゃがむとき、ここが引っ張られる」
ルリエナは、おばさんの腰のあたりを指差した。
「立ってるときはいいけど、しゃがむと背中が丸くなるから、後ろが足りなくなると思う」
フィーネは一度おばさんにしゃがんでもらった。
そして布の動きを確かめる。
「・・・本当ね」
フィーネの指先が、布の引っ張られている場所をなぞった。
「じゃあ、ここも少し変えましょう」
「そんなに変わるもんかねえ」
「試してみましょう」
そこからは、二人の作業になった。
フィーネが型を整え、ルリエナが布の動きを見る。
肩を回してもらう。
腕を上げてもらう。
しゃがんでもらう。
立ってもらう。
そのたびに、どこかの布が引っ張られたり、余ったりする。
「ここ、少しだけ広く」
「分かったわ」
「袖は、もう少し丸くした方がいいかも」
「こう?」
「うん。でも、こっちは少し細く」
「なるほど」
フィーネは娘の言葉を聞きながら、少しずつ型を直していった。
やがて服が仕上がる。
「着てみてください」
おばさんが新しい服に袖を通す。
肩を回す。
腕を上げる。
身体をひねる。
しゃがむ。
立ち上がる。
何度か動いたあと、おばさんは自分の服を見下ろした。
「・・・あれ?」
「どう?」
「動きやすい」
もう一度、深くしゃがむ。
それから腕を大きく上へ伸ばした。
「肩が引っ張られないね」
今度は身体をひねる。
「腰も楽だ」
おばさんは驚いたようにフィーネを見る。
「同じ布なのに、こんなに違うもんなのかい?」
「布は同じでも、身体に合わせて作り方を変えれば変わるわ」
フィーネが答える。
おばさんは今度はルリエナを見た。
「・・・この子が見つけたのかい?」
「私は見ただけ」
ルリエナはそう答えた。
「おばさんが、どう動くか」
おばさんは少しの間、何も言わなかった。
やがて、嬉しそうに笑った。
「見てるだけで、そんなことまで分かるもんなんだねえ」
ルリエナは答えず、自分が作った服を着たおばさんを見つめた。
肩を回す。
腕を上げる。
しゃがむ。
立ち上がる。
さっきまで布が引っ張られていた場所が、今は身体の動きについてきている。
服が動きを邪魔していない。
そのことが、なぜだか嬉しかった。
「ありがとう、フィーネ」
おばさんは笑いながら言った。
「これなら明日から、ずいぶん楽になりそうだよ」
「こちらこそ。いい勉強になったわ」
フィーネはそう言って、隣の娘を見る。
ルリエナは、まだ服の動きを追っていた。
布を見る。
身体を見る。
動きを見る。
そして、考える。
五歳の頃から少しずつ続けてきたことが、今は誰かの役に立っている。
そのことを、ルリエナはまだ上手く言葉にはできなかった。
ただ――。
もっと、見てみたい。
もっと、知りたい。
そんな気持ちだけが、静かに胸の中へ積み重なっていた。




