第四節 古い石積み
ドルートボアとの戦いから、数日が過ぎた。
開拓団は、いつもの暮らしに戻っていた。
傷を負った者もいたが、幸い大きな怪我をした者はいなかった。
ただ、森の近くで作業をするときだけは、以前より周囲を気にするようになった。
誰かが森を見る。
誰かが耳を澄ます。
そして、作業を続ける。
森は、何も変わっていない。
木々は風に揺れ、鳥の声が聞こえる。
あの日の出来事など、最初からなかったかのようだった。
「そろそろ、あそこを調べるか」
レイアスが言った。
視線の先には、土の中から姿を現した古い石積みがある。
魔獣が現れたことで調査を中断していた場所だ。
「そうですね」
アルヴェリスが頷いた。
開拓団の仕事を止めすぎないよう、今日は数人の男たちを伴い、午前中だけ時間を取って調べることになったのだ。
「魔獣が出た場所だ。何かあったらすぐに知らせてくれ」
レイアスが周囲を見回す。
「分かった」
男たちが返事をする。
アルヴェリスは石積みの前にしゃがみ込んだ。
土を少しずつ取り除いていく。
石の表面に傷がある。
長い年月を経て風化しているが、積み方には規則性があった。
「・・・確実に、人が作ったものですね」
「建物か?」
「おそらく」
アルヴェリスは石の並びを目で追った。
「ただ、普通の家とは少し違います」
「何が違う?」
「壁が低すぎます」
さらに土を掘る。
露わになった石積みは、地面の下へ向かうように続いていた。
「それに、ここを見てください」
アルヴェリスが指差した。
石と石の間に、細い溝がある。
「水を流すためのものか?」
「可能性があります」
レイアスもしゃがみ込んだ。
「じゃあ、昔は水を使う場所だったのか?」
「分かりません。ただ、この場所は少し低くなっています」
アルヴェリスは立ち上がり、周囲を見る。
森から少し離れた場所。
雨が降れば、森から流れてきた水が集まりそうな地形だった。
「水に関係する施設だったのかもしれません」
「昔の人間が作った?」
「そうでしょうね」
「じゃあ、誰が?」
アルヴェリスは答えなかった。
分からない。
石積みは古い。
だが、開拓団が来る前に、この土地を人が使っていたという記録はない。
少なくとも、今のところは。
「もう少し掘ってみます」
「ああ」
男たちが作業を続ける。
土を掘り、石の周囲を露出させていく。
やがて、石積みの形が少しずつ見えてきた。
小さな部屋のようにも見える。
だが、屋根はない。
入口らしい場所も崩れている。
「何だったんだろうな」
レイアスが呟いた。
「それを知るために調べています」
「分かってるよ」
レイアスが笑った。
「でも、お前でも分からないことがあるんだな」
「ありますよ」
アルヴェリスは即答した。
「むしろ、分からないことの方が多いです」
「そうなのか?」
「知らないことを知るために、調べるんですから」
レイアスは少し考えた。
「なるほどな」
そのとき、作業をしていた男の一人が声を上げた。
「アルヴェリス!」
「どうしました?」
「こっちに何かある!」
アルヴェリスが急いで向かう。
男が指差していたのは、石積みの奥だった。
土の下に、細い空間がある。
「・・・これは」
アルヴェリスはしゃがみ込んだ。
手を入れてみる。
指先が何かに触れた。
木。
「木箱・・・?」
慎重に周囲の土を取り除いていく。
少しずつ、木の板が姿を現した。
かなり古い。
表面は黒ずみ、角は腐りかけている。
それでも、形は残っていた。
「持ち上げられるか?」
レイアスが手を伸ばす。
「待ってください」
アルヴェリスが止めた。
「壊れるかもしれません」
「じゃあ、どうする?」
「周りを全部出してからです」
土を取り除く。
石積みの奥に入り込むようにして、その木箱は残っていた。
石積みが雨風を遮っていたのだろう。それが、長い年月を経ても箱を残した理由なのかもしれない。
やがて、箱全体が姿を現した。
「・・・古いな」
レイアスが呟く。
「ええ」
アルヴェリスは箱をじっと見つめた。
鍵はない。
蓋は腐食していたが、まだ閉じている。
「開けていいのか?」
「中身を確認しましょう」
アルヴェリスが慎重に蓋へ手をかける。
ギ・・・。
乾いた音がした。
蓋が少しだけ浮く。
中には、油をしみ込ませた紙にくるまれた、古びた紙が何枚も重なっていた。
地図のようなもの。
植物の絵。
水場らしき印。
紙の他には、見たことのない文字が書かれた木札。
アルヴェリスは、ひとつずつ取り出していく。
「・・・これは」
「読めるのか?」
「少しだけ」
アルヴェリスは紙を光にかざした。
文字の多くは擦れている。
欠けているものもある。
それでも、いくつかの文字だけは残っていた。
「かなり古い記録ですね」
「誰のものだ?」
「分かりません」
アルヴェリスは答えながら、もう一度、森を見る。
自分たちがここへ来るよりも前。
この土地を歩き、この森を調べた誰かがいた。
その人物は、何を見たのだろう。
何を知っていたのだろう。
「・・・調べる価値がありそうだな」
レイアスが言った。
「ええ」
アルヴェリスは木箱を見つめた。
「かなり、ありそうです」
その日の夕方、開拓団は森の外れで見つかった古い石積みと、その奥から現れた木箱を、集落へ持ち帰った。
アルヴェリスは、その夜から木箱の中身を調べ始めた。




