第三節 森の痕跡
開拓団がこの土地で暮らし始めてから、さらに季節が一つ巡った。
仮住まいだった家は少しずつ建て替えられ、畑も広がっていた。
最初は荷車を置くだけだった場所に、道ができている。
畑と畑の間には、人が歩くための細い道も伸びていた。
まだ小さな集落にすぎない。
それでも、ここで暮らす者たちにとっては、少しずつ「自分たちの土地」と呼べる場所になり始めていた。
その日も、開拓団の男たちは森の近くで作業をしていた。
畑を広げるため、地面をならしている。
「そこはもう少し削ってくれ!」
「分かった!」
「石が多いな・・・」
鍬を振るう音が、乾いた土に響く。
レイアスも作業に加わり、土を運ぶ者たちへ指示を出していた。
そのときだった。
ガンッ!
鍬の先が、地面の中で何かに当たった。
「・・・ん?」
男が鍬を止める。
もう一度、周囲の土を掘った。
ガツン!
今度は、はっきりと硬いものに当たった。
「レイアス!」
「どうした?」
「これ、ただの石じゃないみたいだ」
レイアスが近づく。
土を払ってみると、平らな石の一部が見えていた。
「・・・壁か?」
「分からない」
周囲の土を少しずつ掘っていく。
すると、石が一つではないことが分かった。
横に並んでいる。
その下にもある。
さらに掘ると、直角に折れている部分まで出てきた。
「石積みだな」
レイアスがしゃがみ込んだ。
自然に転がった石とは明らかに違い、人の手で積まれたものだった。
「建物だったのかな?」
「かもしれない」
そこへアルヴェリスがやってきた。
「どうしました?」
「これを見てくれ」
レイアスが石積みを指す。
アルヴェリスはしゃがみ込み、土を払った。
一つの石を指でなぞる。
「・・・古いですね」
「分かるのか?」
「風化しています。それに、積み方も今のものとは少し違う」
アルヴェリスは周囲を見回した。
「この辺りに、何か他にも残っているかもしれません」
「何の建物だと思う?」
「まだ分かりません」
アルヴェリスは立ち上がった。
「もっと周りを調べてみましょう」
「どのくらいかかる?」
「分かりません」
「またそれか」
「仕方ないでしょう。分からないものを調べているんですから」
レイアスは笑った。
「じゃあ、今日はこの辺りを掘るのをやめておくか」
「そうですね。石を壊さないように、周囲から調べた方がいい」
開拓団の者たちも手を止めた。
畑を広げるための作業だったはずが、思わぬものを見つけてしまった。
誰が作ったのか。
いつ作られたのか。
何のためのものなのか。
分からないことばかりだった。
「明日、もう少し調べてみよう」
アルヴェリスが言った。
「ああ」
レイアスも頷いた。
その日の作業は、そこで切り上げられた。
――その日の夕方。
陽が傾き始め、開拓団の者たちが道具を片付けていた。
畑の向こうでは、家へ戻る者たちの声が聞こえている。
レイアスは最後に残った荷物を運び終え、額の汗を拭った。
「今日はここまでだな」
「そうですね」
アルヴェリスも調査道具をまとめていた。
そのときだった。
森の奥から、何かが動く音がした。
ざわ・・・
二人が同時に森を見る。
枝が揺れている。
風ではない。
葉の間から、何かがこちらへ近づいてくる。
「ん?・・・何だ?」
誰かが呟いた。
次の瞬間。
茂みが大きく揺れた。
低い唸り声が響く。
開拓団の者たちが、一斉に動きを止めた。
「下がれ!」
レイアスの声が飛ぶ。
茂みの奥から、大きな魔獣が姿を現した。
灰褐色の毛。
分厚い身体。
口元から覗く牙は長く、目が赤く光っている。
「ドルートボアだ!」
誰かが叫んだ。
次の瞬間。
ドルートボアが地面を蹴った。
土が大きく跳ねる。
「早く下がれ!」
レイアスの声が飛ぶ。
開拓団の戦闘員が、一斉に武器を抜いた。
剣を持つ者。
槍を構える者。
弓を手に取る者。
作業をしていた者たちは、戦える者に道を譲りながら後ろへ下がった。
ドルートボアが突っ込んでくる。
「散れ!」
戦闘員が左右へ飛ぶ。
その直後、巨大な身体が地面をえぐりながら通り過ぎた。
「速い!」
槍を持った男が振り返る。
ドルートボアはすぐに向きを変えた。
土を蹴り、再びこちらへ向かってくる。
「正面から受けるな!」
アルヴェリスが叫んだ。
槍を持った戦闘員が横へ跳ぶ。
牙が空を切った。
そのままドルートボアの巨体が地面へ突っ込む。
土煙が上がった。
「今だ!」
別の戦闘員が横から斬り込む。
だが、刃は深く入らない。
「硬い!」
ドルートボアが身体を振る。
戦闘員が弾き飛ばされた。
「無理に近づくな!」
レイアスが叫び、そのまま前へ出た。
「俺が引きつける!」
剣を構える。
ドルートボアがレイアスへ向きを変えた。
地面を踏みしめる。
次の瞬間、巨体が突進した。
レイアスは踏み込んだ。
牙を剣で受け止める。
ガンッ!
凄まじい衝撃が腕を伝った。
「ぐっ・・・!」
足元の土が沈む。
それでもレイアスは退かなかった。
「今だ!」
背後から槍が伸びる。
ドルートボアの脇腹を狙った一撃。
槍先が毛皮を裂いた。
ドルートボアが咆哮する。
レイアスが横へ転がった。
「左!」
アルヴェリスの声が飛ぶ。
弓が放たれる。
矢が肩へ突き刺さった。
ドルートボアが身体を翻す。
その瞬間、別の戦闘員が横から斬り込んだ。
だが、浅い。
ドルートボアは構わず身体を振り、戦闘員を弾き飛ばした。
「こいつ・・・!」
レイアスが立ち上がる。
アルヴェリスはドルートボアを見ていた。
呼吸。
足の運び。
身体の向き。
傷を負った場所。
そして、突進するたびに土を踏みしめる後ろ脚。
「右の後ろ脚!」
レイアスが一瞬だけ視線を向けた。
「分かった!」
ドルートボアが再び地面を蹴った。
レイアスが正面から受ける。
槍を持った戦闘員が横へ回る。
弓が放たれる。
ドルートボアが一瞬、動きを止めた。
その瞬間。
レイアスの剣が、後ろ脚を深く斬りつけた。
巨体が崩れる。
「今だ!」
戦闘員たちが一斉に踏み込んだ。
最後の一撃が入る。
ドルートボアは大きく身体を震わせ、それから地面へ倒れた。
静かになった。
誰も、すぐには動かなかった。
荒い息だけが聞こえる。
「・・・倒した、のか?」
誰かが呟いた。
レイアスは剣を下ろした。
「そのようだな」
戦闘員の一人が腰を下ろした。
「怖かった・・・」
「俺もだ」
別の男が笑う。
アルヴェリスは倒れたドルートボアを見ていた。
そして、森へ視線を移した。
「・・・森の中から来たな」
レイアスも森を見る。
「ああ」
暗くなり始めた森は、何事もなかったかのように静まり返っていた。
「俺たちが入らなくても、向こうから出てくることがある」
アルヴェリスが言った。
レイアスはしばらく黙っていた。
やがて、剣を鞘へ収める。
「なら、森を知る必要があるな」
「・・・ええ」
二人は森を見つめた。
昼間に見つけた、古い石積み。
そして、その日の夕方に現れた魔獣。
偶然なのか。
それとも、この森にはまだ知らない何かがあるのか。
その答えを知るには、もう少し時間が必要だった。




