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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
閑話1 開拓団

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第二節 森を知る者

開拓団がこの土地へ来てから、いくつかの月が過ぎた。


簡素な家が建ち、畑には小さな作物が植えられている。

まだ村と呼べるほどの規模ではない。

それでも、最初に荷車を並べただけだった土地には、人の暮らしが少しずつ形を作り始めていた。


その一方で、森はほとんど変わっていなかった。

開拓団のすぐそばに広がる木々は、今日も風に揺れている。


アルヴェリスは、その森の手前にしゃがみ込んでいた。

手にはいつものように短い棒を持っている。

地面に残った跡を確かめ、周囲の木々を見上げる。


「・・・ここだな」


土を少し掘る。

湿っている。

その場所から少し離れると、土は乾いていた。


「水は、この辺りを通っている」


独り言のように呟き、地面に印をつける。


それから立ち上がり、森の中へ少しだけ入った。

木々の間を歩きながら、足元を見る。


落ち葉

折れた枝

木から自然に剥がれ落ちた樹皮

地面には、いくつものものが落ちていた。


アルヴェリスは、その一つを拾い上げる。


「これなら薪にも使えるな」


だが、近くに立っている木には手を伸ばさなかった。


その様子を、少し離れた場所からレイアスが見ていた。


「お前、木を切らないのか?」


アルヴェリスが振り返る。


「必要なら切りますよ」


「必要なら?」


「ええ」


アルヴェリスは手にした樹皮を見せた。


「これは自然に落ちたものです」


「薪になるのか?」


「乾かせば使えます」


レイアスは周囲を見回した。

確かに、地面には枯れ枝も落ちている。


「じゃあ、わざわざ木を切らなくてもいい?」


「全部ではありませんが」


アルヴェリスは森の奥を見た。


「森にあるものは、木だけじゃないですから」


「例えば?」


「きのこ。木の実。食べられる草。薬になる植物。動物の痕跡。それに水です」


レイアスは腕を組んだ。


「随分いろいろあるんだな」


「だから、先に調べるんです」


アルヴェリスはそう言って歩き出した。

レイアスも後をついていく。

少し進んだところで、アルヴェリスが足を止めた。


「ここです」


「何が?」


「木の実が落ちています」


地面を見ると、小さな実がいくつか転がっていた。


「食えるのか?」


「分かりません」


「分からないのかよ」


「だから調べるんです」


レイアスは笑った。


「なるほどな」


アルヴェリスは実を拾い上げ、袋へ入れた。


「持ち帰って確認します。似たものでも、食べられるものと食べられないものがありますから」


「お前、本当に何でも調べるんだな」


「知らないものを、そのまま使う方が怖いでしょう」


レイアスは返事をせず、森を見た。

以前はただ、家を建てるための木材がある場所だと思っていた。

だが、こうして見ると、地面にも、木にも、足元にも、使えるものがいくつもある。

ただ、それを見つけるには、少し時間が必要だった。


「なあ、アルヴェリス」


「何ですか?」


「森ってのは、切らなくても使えるものなんだな」


「そういうものもあります」


「だったら、無理に切る必要はないのか」


「私は、そう思っています」


アルヴェリスは少しだけ間を置いた。


「もちろん、家を建てるなら木は必要です。道を作るにも必要でしょう」


そして、周囲の木々を見上げる。


「でも、必要なものと、あるから使うものは違います」


レイアスは黙って聞いていた。


「森を全部切ってしまえば、木材は手に入ります。でも、その後に何が起きるかは分からない」


「水が変わる?」


「それもあります。土が流れるかもしれない。動物が住む場所を失うかもしれない。別の植物が育たなくなるかもしれない」


アルヴェリスは足元の落ち葉を見た。


「だから、まず知るんです」


風が吹いた。


木々の枝が揺れ、葉が擦れ合う。


ざわ・・・ざわ・・・。


「この森が、どういう場所なのか」


レイアスは森を見上げた。

これまで、森はただの森だった。

木があり、獣がいて、奥へ行けば危険がある。


それだけだと思っていた。


だが、アルヴェリスの話を聞いていると、森そのものが一つの仕組みのようにも思えてくる。


「お前は、森が好きなのか?」


何気なく聞いた。

アルヴェリスは少し考えた。


「好き・・・なんでしょうね」


「なんだ、その答えは」


「好きだから調べているのか、調べているうちに好きになったのか、自分でもよく分かりません」


レイアスは笑った。


「変な奴だな」


「よく言われます」


二人は森の中を歩いた。


それからしばらくして、アルヴェリスが小さなきのこを見つけた。


「これは食べられます」


「分かるのか?」


「似たものをいくつか調べましたから」


レイアスはしゃがみ込んだ。


「じゃあ、これは?」


少し離れた場所にある別のきのこを指差す。


「それは駄目です」


「見ただけで?」


「色と形が違います」


「・・・なるほど」


レイアスは感心したように頷いた。


「じゃあ、これは?」


「それも駄目です」


「これは?」


「レイアス」


「なんだ?」


「遊んでませんか?」


「ばれたか」


二人の間に笑い声が広がった。


森は何も言わない。


ただ、そこにある。

木々が立ち、風が吹き、落ち葉が地面を覆う。

そして、人が手を伸ばせば。


木の実を。

きのこを。

枯れ枝を。

水を。

少しずつ、必要なものを与えてくれる。


アルヴェリスは、そのことを少しずつ理解し始めていた。

そしてレイアスもまた、森を見る目が少しずつ変わっていた。


切り開く場所ではなく。


知るべき場所として。


二人の前には、まだ深い森が続いている。

その奥に何があるのか。


今の二人には、まだ分からなかった。


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