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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第四章 ふたりの道

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第七節 ふたりの服

それから、また少し時間が過ぎた。


ルリエナが服を作ることにも、レオンはすっかり慣れていた。

以前なら、作業台に広げられた布を見ても、すぐには興味を示さなかった。

けれど最近は違う。

ルリエナが布を広げると、いつの間にか隣に座っている。


「それ、何作るの?」


「まだ決めてない」


「じゃあ、俺の?」


「レオンのとは限らないよ」


「じゃあ、俺のにしよう」


「どうして?」


「俺、いっぱい動くから」


レオンは当然のように言った。

ルリエナは少し考えてから、布を持ち上げた。


「・・・じゃあ、動いてみて」


「今?」


「うん」


レオンは立ち上がった。


「どうする?」


「走る」


「ここで?」


「外で」


二人は家の外へ出た。

レオンが走る。

戻ってくる。

腕を上げる。

しゃがむ。

跳ぶ。

最後には、その場でぐるぐる回り始めた。


「もういいよ」


「まだ!」


「何してるの?」


「冒険者の練習!」


「服の練習だよ」


「同じだろ!」


レオンは笑った。

ルリエナも笑った。

そのあと、二人で作業台へ戻った。


ルリエナは布を身体に当て、どこをどうすれば動きやすいか考える。

けれど、まだ分からないことも多い。

肩を動かせば、布が引っ張られる。

腕を上げれば、脇が少し窮屈になる。

しゃがめば、腰のあたりが余る。

そのたびに、少しずつ直す。


「レオン、もう一回」


「また?」


「うん」


「じゃあ、今度は速くする!」


「速くしなくていい!」


レオンは笑いながら走っていった。

戻ってくる。

ルリエナが見る。

また直す。


そんなことを何度も繰り返した。


ある日。


ルリエナが作業台で布を切っていると、レオンが隣から覗き込んだ。


「なあ、エナ」


「なに?」


「俺もやる」


「何を?」


「手伝う」


ルリエナは少し驚いた。


「レオン、針持てる?」


「持てる!」


「危ないよ」


「そう?じゃあ、これ!」


レオンが指差したのは、布の端だった。


「押さえる」


「それならお願い」


ルリエナが布を切る。

レオンは反対側を押さえる。

けれど、ルリエナが切り進めると、レオンも一緒に布を動かしてしまった。


「レオン、動かさないで」


「動かしてない!」


「動いてるよ」


「布が動いたんだよ」


「レオンが動かしたの」


「・・・そうなの?」


ルリエナは思わず笑った。


「もう一回」


「うん!」


今度は、レオンも真剣だった。

布をしっかり押さえる。

ルリエナが切る。

今度はうまくいった。


「できた!」


レオンが嬉しそうに言った。


「うん。ありがとう」


その一言を聞いて、レオンは少し照れたように笑った。


それからだった。

レオンは、少しずつルリエナの仕事を手伝うようになった。

布を押さえる。

糸を持ってくる。

革の端切れを集める。

できあがった服を着て、走る。

しゃがむ。

腕を上げる。

転ぶ。

そして、また立ち上がる。


「ここ、ちょっと引っ張る」


レオンが言う。


「どこ?」


「ここ」


肩のあたりを指す。

ルリエナが触ってみる。


「・・・本当だ」


「直せる?」


「やってみる」


ルリエナは針を持った。

少しだけ縫い直す。


「もう一回動いて」


レオンが腕を上げる。


「どう?」


「今は大丈夫」


「じゃあ、走ってくる!」


「なんで?」


「分からない!」


レオンは笑いながら外へ飛び出した。

ルリエナも笑った。


服を作る。

着てもらう。

動いてもらう。

直す。

また着てもらう。


そんな繰り返しが、二人にとって当たり前になっていった。


ある日の帰り道。


二人は並んで歩いていた。

村の外れまで来ると、レオンが急に立ち止まった。


「エナ」


「なに?」


「俺さ」


レオンは前を見たまま言った。


「冒険者になったら、いろんなところへ行くんだ」


「うん」


「だから、そのときにエナの服を着たい」


「それ、前にも聞いたよ」


レオンは少しだけ笑った。


「でも、最近のエナを見てると、もっと手伝ってやりたいって思うんだ」


ルリエナはしばらく黙っていた。

そして、自分の手を見る。

針を持つ手。

布を切る手。

革を触る手。


少し前までは、レオンの膝当てを作るだけでも精一杯だった。

けれど今は、少しずつ服のことが分かってきた。


「・・・じゃあ、もっと作らないとね」


「うん!」


「レオンだけじゃなくて」


ルリエナは前を向いた。


「いろんな人が、動きやすい服を作りたい」


レオンが目を丸くする。


「いろんな人?」


「うん」


「俺だけじゃないの?」


「レオンだけじゃないよ」


「・・・そっか」


少しだけ残念そうな顔をした。

けれど、すぐに笑った。


「じゃあ、俺が一番に着る!」


「一番?」


「最初!」


「それは分からないよ」


「じゃあ、いっぱい走って、一番役に立つ!」


「何の競争なの?」


二人は笑った。


村の外れへ続く道を歩く。


やがて、村を囲む古い柵が見えてきた。

開拓の頃から残る柵は、ところどころ新しい木に替えられている。

二人はその前で足を止めた。


柵の向こう。

少し離れたところに、あの暗い森が見える。

昼間でも薄暗く、木々の枝が重なっている。


風が吹く。

葉がざわざわと揺れる。

レオンが森を見つめた。


「なあ、エナ」


「うん?」


「あの森って、なんていうんだろうな」


「知らない」


「俺も知らない」


二人はしばらく黙って森を見た。


 すると、レオンがふと思い出したように言った。


「そういえば、父ちゃんが言ってた」


「何を?」


「あそこ、精霊の森って呼ばれてるんだって」


「精霊の森・・・」


ルリエナは、その名前を口の中で小さく繰り返した。


森を見る。

精霊がいるのかどうかは分からない。

もちろん、見たこともない。


「精霊、いるのかな?」


「いるんじゃない?」


「見たことあるの?」


「ない!」


「じゃあ、なんで分かるの?」


「精霊の森だから!」


「・・・それ、答えになってないよ」


「でも、精霊の森だろ?」


レオンは真面目な顔で言った。

ルリエナは、思わず吹き出した。


「ふふっ」


「なんだよ!」


「だって、レオンらしいから」


「俺は本気だぞ!」


「うん」


二人は笑いながら、もう一度森を見る。


しばらくして、レオンが言った。


「いつか、あそこにも行ってみたいな」


ルリエナも森を見つめた。


「うん」


少しだけ間を置いて。


「・・・でも、まだ」


今は、柵のこちら側。

森の向こうには、まだ二人の知らない世界がある。

二人はそれ以上、何も言わなかった。


ただ並んで立ち、暗い森を見つめていた。


やがて夕暮れが近づき、二人は村へ戻っていった。


その背中が小さくなっていく。


そして――。


まだ、セアドール村という名すら存在しなかった頃。


同じ森を見つめながら、別の二人が、この土地に足を踏み入れようとしていた。


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