第六節 膝に合わせて
それから、少しずつ時間が過ぎていった。
二人は相変わらず、村の外れで遊んでいた。
レオンは以前よりも身体が大きくなり、走る速さも少しずつ増していた。
転ぶ回数は・・・あまり変わっていない。
ただ、転び方は少しだけ上手くなった。
以前なら、勢いのまま地面に倒れていた。
今では、とっさに手をついたり、身体を横へ逃がしたりすることもある。
それでも、転ぶものは転ぶ。
「うわっ!」
レオンが草の上を転がった。
「・・・大丈夫?」
「大丈夫!」
レオンはすぐに起き上がった。
そして、膝についた土を払う。
「ほら!」
ルリエナが膝当てを見る。
革には土がついていた。
けれど、膝から外れてはいない。
「今日は大丈夫だね」
「だろ?」
レオンは得意そうに笑った。
最初に作った膝当ては、何度も使っているうちに傷が増えていた。
革紐も何度か結び直している。
それでも、膝を守る役目は果たしていた。
ただ、一つだけ気になることがあった。
走り回ったあと、膝当てが少しずつ下へずれていく。
「レオン」
「ん?」
「ちょっと見せて」
ルリエナがしゃがみ込む。
膝当てを触ってみる。
最初につけた場所より、少し下がっていた。
「やっぱりずれてる」
「そう?」
レオンが膝を曲げる。
革が少し浮く。
立ち上がる。
今度は、少し横へ回った。
ルリエナは黙って見ていた。
「・・・なんでだろう」
「走ったからじゃない?」
「それは分かってる」
「じゃあ、走らなければいい」
「それじゃ意味ないよ」
ルリエナが言うと、レオンは笑った。
「そっか」
ルリエナは膝当てを外した。
手の中で革を曲げてみる。
平らな革は、膝の丸みに合わせようとすると、どこかが浮く。
それなら。
「・・・革を曲げてみようかな」
その日の帰り、ルリエナは母に相談した。
「お母さん。革って、曲げた形にできる?」
「どういう形?」
「膝に合わせたいの」
フィーネは革を一枚手に取った。
「少し湿らせて、形をつけることはできるわ」
「やってみたい」
「じゃあ、一緒にやってみましょう」
フィーネに教えてもらいながら、ルリエナは革を扱った。
柔らかくした革を、丸みのある形に合わせていく。
強く曲げすぎない。
膝を伸ばしたときにも邪魔にならないようにする。
何度も自分の膝に当てて、形を確かめる。
「これくらい?」
「もう少しだけ」
「ここ?」
「そう」
少しずつ形を整えていく。
乾いた革は、以前のように真っ平らではなくなっていた。
膝に当てる。
今までより、すっと収まる。
「・・・こっちのほうがいい」
「そうね」
フィーネが頷いた。
けれど、ルリエナはまだ納得していなかった。
「でも、これだけじゃ動くよね」
「どうして?」
「レオンが動くから」
ルリエナはレオンの膝を思い出した。
曲げる。
伸ばす。
走る。
転ぶ。
膝当てそのものが動くというより、膝の形が変わるたびに革も少しずつ位置を変えている。
なら、紐の位置も変えたほうがいい。
最初の膝当てでは、上下に一本ずつ紐をつけていた。
今度は、革の左右に近いところへ紐を取り付けてみる。
「これなら、回りにくいかも」
ルリエナは革を持ったまま考えた。
「やってみる?」
「うん」
フィーネに手伝ってもらいながら、紐を通す場所を決める。
穴を開ける。
革紐を通す。
結ぶ場所は、膝の真後ろではなく、少し左右へ逃がす。
何度もレオンに試してもらう。
「曲げて」
「こう?」
「うん。次、しゃがんで」
レオンがしゃがむ。
「痛くない?」
「大丈夫」
「立って」
立ち上がる。
「走って」
「ここで?」
「うん」
レオンが草地を走り出した。
行って。
戻って。
また走る。
「どう?」
「動ける!」
レオンが笑った。
ルリエナは膝当てを見る。
最初のものより、ずっと膝に沿っている。
横へ回ることも少ない。
けれど。
何度も走っていると、少しずつ下へ下がってきた。
「・・・やっぱり、動くね」
「うん」
レオンも膝を見る。
「でも、前よりいい」
ルリエナは膝当てを元の位置へ戻した。
「完全には動かなくできない」
「でも、これなら走れるよ」
レオンはまた走り出した。
ルリエナは、その姿を見ながら考えた。
動かなくするのではない。
動いても、邪魔にならないようにする。
ずれたら戻せばいい。
もっと良い方法が見つかったら、また直せばいい。
それが、今のルリエナにできることだった。
「エナ!」
レオンが振り返った。
「何してるんだ?」
「見てるの」
「また?」
「うん」
「じゃあ、もっと走る!」
「なんで?」
「もっと見れば、もっといいの作れるだろ?」
ルリエナは目を丸くした。
そして、少しだけ笑った。
「・・・そうかも」
それからレオンは、ルリエナが何かを作っていると、自然に覗き込むようになった。
糸を選んでいると、
「それ、何に使うんだ?」
革を広げていると、
「これ、俺の?」
服を縫っていると、
「動きやすい?」
と聞いてくる。
ルリエナも、レオンに着てもらって試すようになった。
走ってもらう。
しゃがんでもらう。
腕を上げてもらう。
時には、わざと大きく身体を動かしてもらう。
そのたびに、服のどこかが引っ張られる。
どこかが余る。
少し直す。
また着てもらう。
そんなことを繰り返しているうちに、二人の遊びの中には、いつの間にかルリエナの「仕事」が混ざるようになっていた。
レオンにとっては、遊びの延長だった。
けれど、ルリエナにとっては少しずつ違ってきていた。
服を作る。
人が着る。
人が動く。
その動きを見て、また作り直す。
その繰り返しが、楽しかった。
そしてレオンもまた、それを楽しんでいた。
「なあ、エナ」
「なに?」
「俺、冒険者になったらさ」
レオンが膝当てを見ながら言った。
「エナが作った服、着たい」
ルリエナは、少し驚いた。
「・・・私の服?」
「うん」
「どうして?」
「だって、動きやすいんだろ?」
「まだ、そんなに作ってないよ」
「でも、これ作ったじゃん」
レオンが膝当てを叩く。
「だから、服も作れるだろ」
ルリエナは、膝当てを見た。
まだ少しずれる。
まだ上手くいかないこともある。
それでも。
自分が作ったものを、レオンが使ってくれている。
「・・・じゃあ、もっと作る」
「うん!」
レオンは笑った。
「俺、いっぱい動くから!」
「それは・・・ほどほどにして」
「無理!」
「もう・・・」
二人の笑い声が、村の外れに響いた。




