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魔王様の仕立て屋  作者: 森紬
第四章 ふたりの道

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第五節 ふたつの膝当て

翌日。


ルリエナは、母の仕事を手伝いながら、何度も作業台の端に置かれた革を見ていた。

昨日、レオンの破れたズボンを直しているときに思いついたことが、頭から離れない。


革なら、布より丈夫だ。


何度も転ぶレオンの膝を守ることができるかもしれない。

けれど、それをどうやってズボンにつければいいのかは、まだ分からなかった。


「お母さん」


「なあに?」


「革って・・・どうやって縫うの?」


フィーネの手が止まった。


「革を縫ってみたいの?」


「うん」


ルリエナは昨日のズボンを見せた。


「ここ、何回も破れるから。革をつけたら、破れにくくなるかなって」


フィーネは膝の部分を見た。

そして、少し考えるように革へ目を向けた。


「そうね。革を当てるのは、悪くないと思うわ」


「ほんと?」


「でもね」


フィーネは革の端を指でつまんだ。


「革は布みたいには縫えないの」


「・・・どうして?」


「針が、そのままでは通りにくいからよ」


フィーネは作業台の引き出しから、細い道具を取り出した。


「先に穴を作るの」


「穴?」


「そう。縫いたいところに印をつけて、そこへひとつずつ穴を開けるの」


フィーネは革の切れ端を一枚取り出した。

端から少し離れたところに、細い線を引く。

そして、その線に沿って小さな穴を開けていった。


ひとつ。


またひとつ。


穴と穴の間隔が、きれいに揃っている。


「・・・すごーい」


「これくらいなら、ルリエナにもできるわ」


フィーネは道具をルリエナへ渡した。


「やってみる?」


「うん」


ルリエナは革を押さえ、言われた通りに穴を開けた。


けれど。


ひとつ目は、線から少し外れた。

二つ目は、間隔が近すぎた。

三つ目は、力を入れすぎて、革が少し歪んだ。


「・・・難しいね」


「最初から上手にはできないわよ」


フィーネは笑った。


「革は薄いほど、動きやすいからね。押さえ方も大事なの」


ルリエナは革を見つめた。


布とは違う。

押さえれば形が変わる。

強く引けば伸びる。

けれど、布ほど簡単には形を戻してくれない。


「もう一回やる」


「ええ」


今度は、ゆっくりと穴を開けた。


ひとつ。

その隣に、もうひとつ。

少しずつ間隔を確かめながら進めていく。

さっきよりは揃っている。


「できた」


「上手になったわね」


フィーネは、穴の並びを見た。


「じゃあ、次は縫ってみましょう」


糸を用意する。

革用の針に糸を通し、最初の穴へ針を入れる。


「こうやって、反対側からも糸を通すの」


フィーネがゆっくりと手本を見せた。

糸が革の中で交差する。


「強く引っ張りすぎないでね」


「どうして?」


「革が裂けてしまうから」


ルリエナは頷いた。

針を持つ。

穴へ通す。

反対側から、もう一度通す。

糸を引く。


今度は、少し強すぎた。

革がきゅっと縮んだ。


「・・・やりすぎた」


「そうね」


フィーネが笑う。


「革は、縫ったあとで引っ張って直すことができないの。最初から、ちょうどいい力で縫うのよ」


「うん」


ルリエナはもう一度やり直した。


一針。


また一針。


今度は、ゆっくり。


穴に沿って糸が並んでいく。

布を縫うときとは違う。

けれど、針を動かしていると、少しずつ手が覚えていく。


「できた」


小さな革の切れ端に、短い縫い目ができていた。


まだ不揃いだった。

ところどころ間隔も違う。

けれど、糸はしっかりと革をつないでいる。


「これなら、ズボンに縫える?」


「んー・・・革の膝当てを作ったらどうかしら?」


「それなら作れる?」


ルリエナが聞く。


「作れると思うわ」


フィーネは頷いた。


「でも、形はルリエナが考えてみなさい」


「私が?」


「ええ」


ルリエナは、少し考えた。


レオンの膝の動きを思い出す。


膝を曲げる。

伸ばす。

しゃがむ。

立ち上がる。

そのたびに、服も動く。


だから、ただ革を丸く切ってつければいいわけではない。


「・・・ここ」


ルリエナは、自分の膝を曲げながら指を当てた。


「ここを守りたい」


フィーネは何も言わずに見ている。


「でも、曲がらないと駄目」


「そうね」


「じゃあ・・・大きすぎないほうがいい」


「そう思う?」


「うん」


ルリエナは革の切れ端をいくつか並べた。

大きさを比べる。

少し曲げる。

自分の膝に当ててみる。


そして、一枚を選んだ。


「これ」


フィーネが頷いた。


「じゃあ、それで作ってみましょう」


ルリエナは革を切った。

形は少し歪んだ。

角もきれいには揃わない。

けれど、何度も膝を曲げながら大きさを確かめて、余分なところを少しずつ整えた。


そして、革の縁に沿って穴を開ける。


一つずつ。

今度は、さっきよりも慎重だった。


縫い始める。


一針。

また一針。

糸を引く。

強すぎないように。

革が寄らないように。

途中で糸が絡んだ。


「・・・あれ?」


ルリエナが眉を寄せる。


「一度、置いてみましょう」


 フィーネが言った。


「慌てなくていいのよ」


ルリエナは糸をほどき、もう一度やり直した。


時間はかかった。

それでも、最後まで縫い終える。


「・・・できた」


ルリエナは、できあがった革を両手で持った。


小さな膝当てだった。

縫い目は揃っていない。

形も、少し歪んでいる。

上下に革紐が縫い付けてあった。


それでも、自分で考えて、自分で作った。


翌日。


ルリエナは完成した膝当てをレオンに見せた。


「これ、なに?」


「膝当て」


「俺の?」


「うん」


レオンは目を輝かせた。


「つけていい?」


「うん」


ルリエナは作った革の膝当てをレオンの膝に当てた。


「ここ、押さえて」


「こう?」


「うん」


革紐を膝の上と下に回し、軽く結ぶ。


まずは片方だけ。


ルリエナは縫い目を確かめながら、レオンに膝を曲げてもらった。


「曲げて」


「こう?」


「うん。次、しゃがんで」


レオンがしゃがむ。

立つ。


ルリエナは膝当てがずれていないか確かめた。


「痛くない?」


「全然!」


レオンは、その場で何度か膝を曲げた。


「走ってもいい?」


「まだ」


「なんで?」


「外れるかもしれないから」


「じゃあ、走ってみよう!」


「話聞いてた?」


レオンは笑いながら走り出した。


「レオン!」


ルリエナも慌てて後を追う。

草地を走る。

曲がる。

跳ぶ。

しゃがむ。

立ち上がる。


膝当ては外れなかった。


「エナ!」


レオンが振り返った。


「すごい!」


「なにが?」


「これ!」


レオンが膝を叩く。


「動きやすい!」


ルリエナは少し驚いた。

自分でも、何度も動きを確かめた。

革は膝の動きを邪魔していない。

それでいて、膝を覆っている。


「・・・よかった」


ルリエナが呟く。


レオンは、もう一度走り出した。


「これ、かっこいい!」


茶色い革が、ズボンの上で揺れている。

レオンは嬉しそうだった。


しばらく走り回ったあと、レオンが戻ってきた。


「なあ、エナ」


「なに?」


「もう一個!」


「え?」


「こっちにもつけて!」


レオンは、何もついていないもう片方の膝を指差した。


「でも、こっちは破れてないよ」


「いいじゃん!」


レオンは両膝を見比べた。


「両方のほうが、かっこいい!」


ルリエナは思わず笑った。


「・・・分かった」


翌日から、もう一つの膝当てを作り始めた。

一度作ったからといって、すぐに上手くなるわけではない。


穴がずれる。

糸が絡む。

革が少し歪む。


それでも、一つ目よりは早くできた。

そして、二つの膝当てが揃った。


レオンはそれをつけて、いつもの草地へ走っていった。


「エナ、見てろよ!」


「また転ばないでよ」


「転ばない!」


そう言った直後だった。

レオンの足が草に引っかかった。


「うわっ!」


身体が前へ投げ出される。

どさっ、と地面に転がった。


「レオン!」


ルリエナが駆け寄る。


「大丈夫?」


「大丈夫!」


レオンはすぐに起き上がった。

そして、自分の膝を見る。

革には土がついている。

少し擦れた跡もある。


けれど。


ズボンは破れていなかった。


「・・・破れてない」


レオンが呟いた。


ルリエナも膝を見た。

何度も破れていた場所。

何度も縫い直した場所。


そこが、今日は破れていない。


「・・・すごい」


思わず声が出た。


「すごいだろ!」


レオンが笑う。


「エナ、これすげえぞ!」


ルリエナは、膝当ての縫い目に指を触れた。

少し歪んでいる。

糸の間隔も揃っていない。

それでも、ちゃんとレオンの膝を守っていた。


自分が縫った。


自分が考えた。


そして今、レオンの膝を守った。


胸の奥が、じんと温かくなった。


「もう一回、走ってくる!」


「また転ぶよ!」


「今度は転ばない!」


「さっきも言ってた!」


二人の笑い声が、春の草地に響いた。


その日、ルリエナは初めて知った。


服を作るということは、ただ布を縫うことではない。

その人がどう動くのかを見て、考えて、作る。

そして、作ったものが、その人の役に立つ。


それが、こんなに嬉しいことなのだと。


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